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7章
あと一球でパーフェクト
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『いよいよあと一人、あと一球です。信じられません。奇跡としかいえません。はじめて登場した女性ピッチャーが、いきなりパーフェクトゲームを演じようとしています。しかも、172キロの世界新記録も達成しました。さあ、九回の表、ツーアウト、ツーストライクです。ユキ、セットポジションに入った』
テレビのアナウンサーがまくしたてる。
「ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ヤンキース、ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、パーフェクト」
スタジアムにユキコールが木霊す。
パーフェクトゲームがいかにすごい記録であるかは、ユキもよく知っていた。
最後の一人で失敗したピッチャーが何人もいた。
でも、だいじょうぶ。ちょっと気になるのは、さっきからぽっと頭が熱くなり、ニューヨーク、ニューヨークという言葉が聞こえだしたことだ。
自分が頭の中で言っているのか、どこかのだれかの声なのか、はっきりしない。
マウンドのユキは、観客席にいるはずの父親の秦を再三目で探した。
やはり見つけられなかった。
「どこにいるのお父さん。洞窟にいた変な娘をここまで連れてきてくれてありがとう。
わたしは今、五万人の声援を受け、ピチャーズマウンドにいます。
さあいくぞ……」
ユキ、栄光のパーフェクトに向かい、ふりかぶって、ラストの一球……』
ユキコールがぴたりと止んだ。
場内が静まり返る。バッターは、二メートルはありそうな大男だ。
眉も睫毛も顎の下に伸びた鬚も黒く渦を巻いている。
最後の投球はストレートしか投げないと踏み、初球から思いきって振ってきそうなかまえだ。
頭のてっぺんが、またぽっと熱をおびた。
〖ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク〗
ユキはかまわず投げた。
地を這う白球が、キャッチャーのミットをめがけた。
バッターが腰を落とし気味に、歯を食いしばった。
低めのストライクゾーンの超剛速球だ。かっと目を剝く。
『がうー』
すると突然、太くて長い牙を剥いた大型の獣が、バッターボクスに現れた。
四肢を踏んで跳ねあがり、着地したかと思うと人間の頭ほどの大きな左前足を踏みだした。
そして地面すれすれに低くかまえ、獲物を前にした臨機態勢で一歩、二歩とユキに向かい、にじり寄った。
血走った眼を光らせ、腕ほどの太さの犬歯の先から、だらだらと涎を垂らす。
『がおーう』
喉をふるわせ、また吠える。小牛ほどに大きい。
『雪豹じゃないか』
毛の模様は、まさにユキが洞窟で身に着けていた毛皮そのものだった。
『眉間を狙え。速球だ』
背後で声がした。石つぶての名人だ。
ユキは握った石を、鼻尻に皺を寄せる雪豹の眉間をめがけ、力いっぱいに投げた。
『がしっ』
鈍い音がした。
同時に、目の前の雪豹が、ぱっと消えた。
グランドだった。
バットに弾かれ、白いボールが空中に舞い上がった。
ピッチャーズマウンドに立つユキの頭上を越え、ボールが放物線を描いた。
ぼん、ぼん、ぼーん、とライターで発火するかのごとく、熱の塊が頭で大きく音をたてた。
手元が狂ってしまったのだ。
「ああー」
「おお、おー」
スタジアムじゅうに起る溜息。
ボールは二塁手の頭を越え、ぽとんとグランドに落ちた。
センター中央を真二つに割り、転がっていく。ころころころ、と弾み、フィールドを走る。客席のヤンキースファンたちの絶望的な表情。
ユキは目を閉じ、頭を左右に振った。そして目を開けてみた。
幻想だった。
飛んだボールが、待ちかまえていた二塁手のグラブに納まるところだった。
『わあああ』
スタジアム全体から沸き起こる歓声。拍手。そしてユキコール。
「ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ヤンキース、ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、パーフェクト」
「アウトー」
外野側にポジションを取った二塁のアンパイアが、高々と右腕を掲げた。
そしてその右腕を、ぐるぐると頭上でふった。
〖ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク〗
ベンチから、スタッフや控えの選手たちが飛びだしてきた。
背後からも、両手をあげた七人の選手が、ものすごい勢いで駆けてきた。
やったのだ。パーフェクトゲームを完成させたのだ。秦も大喜びだろう。
今まで自分を支えてくれた東京のファンも喜ぶ。
それに、どこか遠いところで、自分に石の投げ方を教えてくれただれか。
『おー、おー』『おー、おー』という男たちの叫び声も聞こえる。
そう、わたしは遠い時代からやってきたのだ。
それで……協力してくれ、地球を救ってくれって頼まれた……。
⦅ぎりぎり、はっきり目が覚めましたね。よかったです⦆
時々遠くから声をかけるだれかが、そんなことを言った。
その声を聞くユキのからだ全体から、一気に歓喜が湧きあがる。
「おー、ああー」
ユキは、天に向かっても思いきり叫んだ。
「おとうさーん、やったよー。おおーあーあー」
からだをのけ反らせ、両手をひろげ、大きく叫んだ。
(7-3 了)
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