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4章
奪われた中南米カリブ海諸国
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1
アメリカがメキシコから奪ったカリフォルニアで、金が発見された。
1849年から始まったゴールドラッシュだ。
一攫千金を夢見る男たちが、東海岸から西海岸に押しかけた。
しかし、広大なアメリカ大陸を幌馬車で横切るのは、命がけの冒険だった。
そこで彼らは、船でカリブ海をパナマに渡り、そこからもっとも幅の狭い五一キロのアメリカ大陸を横断した。
そして再び船で太平洋を北上し、カリフォルニアを目指した。
これに目をつけたアメリカの船会社が、パナマ横断鉄道を計画する。
五年をかけて鉄道が完成したとき、アメリカは『自国の財産と国民の保護』といういつもの手を考えた。
同時に鉄道沿いに、運河の掘削も計画した。
当時、パナマはコロンビアの領土だったが、コロンビアはパナマ運河の建設権をアメリカに与えなかった。
するとアメリカは、パナマに独立運動を起こさせた。
その独立運動を助けると見せかけ、最後は自分たちが乗っ取るのである。
とにかく、独立運動を起こした一派が、コロンビア政府に独立を宣言する。
アメリカが承認すれば、新生国家パナマが誕生してしまうのだ。
運動員が少なければ、陰の主催者はいくらでもアメリカから派遣するつもりだった。
ところでアメリカは、ここでもう一枚企んだ。
独立運動のリーダーとの間に介在人を作ったのだ。
そして、パナマ運河運営の契約を勝手に交わしてしまうのである。
『運河地帯の両岸16キロはアメリカの主権の範囲、期限は永久』という内容だった。
条約内容を知ったパナマの新政府側が抗議をした。
しかし、これらの内容を認めなければ独立の承認を取り消すと脅した。
1904年、パナマはこうして完全にアメリカの属国となった。
2
ユナイテッドフルーツ社は、パナマの鉄道沿線のバナナ園で成功した。
ついで他の中南米、キューバなど、カリブ海諸国に次々とフルーツ農園を拡大していった。
1898年、グアテマラでエストラダ・カブレラ将軍が大統領に就任する。
ユナイテッドフルーツ社によって賄賂漬けにされたカブレラ将軍は、ユナイテッドフルーツ社に有益な法律改正を次々に行った。
バナナの販売権、郵便事業、太平洋岸のプエルト・バリオス港の使用権、鉄道沿いにバナナ農園を開拓する権利などを無償で与えた。
1931年、ユナイテッドフルーツ社は、前大統領のカブレラよりも、もっとアメリカ寄りの独裁者、ウビコ将軍を大統領に就任させた。
ウビコは、進出するアメリカ企業に免税特権を与える一方、秘密警察を組織し、反政府を唱える住民を捕らえ、処刑した。
また外国の土地の所有は認められていないはずなのに、ユナイテッドフルーツ社は次々に土地を購入し、グアテマラ一の土地所有者になっていた。
1944年、民衆がついに立ち上がった。
大統領のウビコはアメリカに亡命し、グアテマラ革命が達成される。
翌年、大学教授のアレバロが選挙で当選し、民主政権が誕生する。
アレバロは早速、労働環境の改革に乗りだした。
アメリカの新聞や金を掴まされた地元の新聞が書きたてた。
『アレバロ大統領は共産主義者で、資本主義の敵である』
今まで、アメリカの介入を苦々しく思っていたアレバロ大統領は、アメリカ大使を国外に追放した。
即座にニューヨークタイムスが報じる。
『アメリカは、グアテマラの社会や経済の発展に貢献してきた。グアテマラ政府の態度は侮辱的である。アレバロは《共産主義者》の正体を暴露した』
アレバロに代わり、ハコボ・アルベンスが大統領職を引き継いだ。
アルベンスは民主的な政策をさらにおし進めた。
手始めに、アメリカの会社が経営する鉄道に沿って、高速道路を建設する計画を立てた。
そして、独占的な価格を設定しているアメリカの鉄道会社に、運賃を下げるよう勧告した。
さらにユナイテッドフルーツ社には、税金をまともに払え、と当たり前の要求を突きつけた。
前政権が計画していた農地改革も、積極的に進められた。
改革法の適用で、ユナイテッドフルーツ社は、八割ちかくの土地を没収された。
ユナイテッドフルーツ社は怒った。
アメリカ政府がユナイテッドフルーツ社に代わり、グアテマラ政府に補償金を要求した。
だが、拒否された。
グアテマラはアメリカの巨大国家と比べれば、砂粒のような国である。
「グアテマラなんか、ひとひねりで潰してやる」
アメリカ政府は鼻で笑った。
3
1946年、アメリカはパナマに『アメリカ軍学校(SOA)』を開設した。
そこに南米、中南米カリブ海諸国の優秀な軍人を集めた。
大掛かりな計画だった。資金はアメリカの国防費からでていた。
中南米カリブ海諸国の貧しい若者にとって、経済格差のある大国、アメリカは憧れの国だった。
しかもエリートとしてアメリカ軍学校に入学し、卒業して帰国すれば出世コースが用意されていた。
選ばれた者は天にも昇る気持ちだった。
まず、アメリカは自由の国、正義の国、民主主義の国、人権の国、アメリカンドリームの国、共産主義や社会主義は悪であり、規制のない自由でグローバルな社会経済が自然な姿であり、社会に繁栄と幸せをもたらす──と学校は教えた。
基本的な軍事訓練を終えると、いよいよ本格的な教育に入る。
『デモやストを行う者を取り締まる方法』『反政府側の鎮圧と弾圧の方法』『政府を非難する者を取り締まる方法』『心理作戦』『尋問方法』『クーデターの起こし方』『クーデターの後の統治方法』『反政府市民の拷問と暗殺方法』『狙撃手の訓練方法』『諜報機関の作り方』などのテーマが並ぶ。
なんだこれは、とつぶやきが聞こえてきそうだ。
アメリカ軍学校は、中南米カリブ海諸国の軍人を、アメリカの意のままに動かす人材養成機関だったのである。
選ばれたエリートたちは自然に悟る。
自分たちは出世コースを歩んでいる、やがては自国の大統領も夢ではない、背後にはアメリカがついていると。
こうして育てられた軍のエリートたちは、自国の国民ではなく、アメリカのために働く。
もちろん軍人ばかりでなく、アメリカに留学する一般の優秀な学生も同じである。
アメリカ陸軍学校の卒業生で、ラテンアメリカ九ヶ国で十四名の大物が活躍し、その他、暗殺集団や麻薬取引集団、私的秘密警察集団などを組織する者は数知れない。
南米・中南米に放たれた訓練済みの生徒のほとんどが、CIAとの密接な関係を持ち、陰でデモ、クーデター、ゲリラ、麻薬、暴力、汚職、殺人、誘拐などに関係している。
2001年には、ラテンアメリカの軍幹部を対象とし、アメリカのジョージア州に学校を移転させ、『西半球安全保障研究所』(WHINSEC)と名前を変え、現在も存続している。
卒業生たちはラテンアメリカだけではなく、世界で活躍中だ。
4
さて、民主主義の国、グアテマラはどうなったのか。
アメリカはマイアミに放送局を設け、グアテマラは共産主義の国だと中南米諸国に訴えた。
グアテマラを解放せよと国民に呼びかけ、解放軍の兵士を募った。
新聞はいっせいに、アメリカの正義を書きたてた。
武器はすでに、隣国ホンジェラスに送ってあった。
このとき反政府の狼煙をあげたリーダーは、過去に反逆罪の罪でグアテマラから追放されたアルマス大佐であった。
ホンジェラスの基地からアメリカ空軍の飛行機が飛び立ち、グアテマラを空爆する。
解放軍も、ホンジェラスからグアテマラに進行する。
ユナイテッドフルーツ社が、白いバナナの輸送船で武器や弾薬を解放軍に運んだ。
解放軍は250人しか集らなかったが、ラジオは5,000人が進行中だと放送した。
グアテマラ政府軍から見れば、解放軍の要請でアメリカ軍が出動しているのだから、実際の敵はアメリカ軍である。
アメリカは、新聞、ラジオで『正義と民主主義を守る戦い』をうたい、いつものフェイクニュースで自国民から絶対的な支持を得ていた。
グアテマラのアルベンス大統領は、民主主義国家を放棄せざるを得なくなった。
アルマス大佐が大統領に就任し、ユナイテッドフルーツ社は農地を取り戻した。
その後、グアテマラの軍は右派と左派に分裂し、右派はアメリカと結託し、反政府の労働者や農民を虐殺する。左派は農民や労働者と手を握り、ゲリラとなる。
アメリカは反政府のゲリラを、いつものようにテロ集団と呼んだ。
以降、グアテマラは三十六年間も内戦状態がつづき、二十万人もの犠牲者だした。
利権者たちは独裁者を擁立し、莫大な金銭で取り入る。
そして自分たちに有利な法律を作ってもらう。
都合の悪い指導者はマスコミがよってたかって悪者に仕立て上げ、権力の座から引きずりおろす。
暗殺はあたりまえ、緊急の病にかかったように見せかけ、病死させたり、自殺を装わせたりする。
ある国が、飢える民のない平和で豊かな国を造ろうとしているのに、自分たちに利益をもたらさないからと、マスコミを使いリーダーを悪者に仕立てあげ、その国を潰す。
この地球上には、そんな行為を平気でやってのける人間たちがいるのだ。
5
微生物の仲間であり、超粘菌の集団である蝶は、だれがいうでもなく、急ぎに急いだ。
悲惨な南米の過去や現実から逃れるかのように、けんめいに羽ばたいた。
しかしその一方で、ニューヨークという、逃げているはずの嫌なものの中心に向かっているのである。
ニューヨークという言葉を脳裏に浮かべると、長老の頭が熱くなった。
すると以心伝心、蝶の各部の超粘菌たちも『ニューヨーク、ニューヨーク』とつぶやき、羽ばたきが強くなった。
『彼らはあらゆる手段を用いて他を支配しようとしているが、最終的にはなにがしたいというんだろう?』
長老に浮かんだ疑問だった。
チリのサンチャゴで話を聞いたときから、なにかがすっきりしなかった。
彼らの欲望は果てしなく、他を圧倒する力でさらに大きく強くなる。
マスコミを自分のものにし、フェイクニュースをながし、暴力、陰謀、策謀を重ね、やりたい放題だ。
しかも彼らは自称、自由と民主主義、そして平和を愛する世界のリーダーなのだ。
そのやり方を、野心を抱く世界の権力者が真似るようになる。
その優等生の代表は、唯我独尊の中華人民共和国である。
三千年の歴史などというが、三千年間は絶え間ない殺し合い──戦争の歴史だ。
その間に築かれた国家はすべて異民族のものであり、現在の漢民族の国は七十余年しかたっていない。
そして共産党のトップのエリートたちは、都市に住む三億の中間層を基盤に、残りの約十一億の奴隷農工民に等しい国民を搾取するのである。
かつ周辺の国や自治区の民族を、資源強奪のために殺戮し続けながら、国連の人権委員会(人権理事会)の委員をこなすという離れ技をやってのけている。
いつからこのような生き物がはびこるようになったのか。
「だれも、やつらを止められないのか」
「世界のリーダーは金儲けで忙しい」
「近頃は植物の遺伝子にまで手をだし、他国に強制しだした。その畑には雑草も生えず、経済効率がいいんだと」
「動物の遺伝子にもだ。太る豚とか牛だとかだ。足が五本もある鶏もだ」
「金儲けのために生態系をいじるな」
「変なことをすれば、取り返しがつかなくなる」
BATARAたちが次々に口にする。
⦅そうだ……そのために、娘さんと力を合わせるんだ⦆
すると、そんな呼びかけが聞こえた。
長老ははっとなって頭上を仰いだ。
蝶の視覚を通した空と白い雲がまぶしい。
ぎゅっと目をつぶり、また開けてみた。
陽光が一筋、脳裏を貫いた。
小さな点々が無数に散り、くるくる回って落ちてくる。
フタバガキの木の葉だった。
同時に、ばりばりばりっと枝や梢のへし折れる音。
周囲に茂っていた木々が一瞬にして失せ、一面の砂漠になった。
長老は大木の幹の上に立ち、あたりを見回した。
ぐるり砂の地平線だった。
頭上の太陽だけが以前のままだ。
アジアや南米だけではない。
アフリカでの乱開発は、狂気といえるほどの勢いである。
しかし、豊かになりたいと願う新興国の人々の願望は、だれにも否定できない。
テレビや映画で観る、先進国の国民のようにエネルギーを使い放題、食いたいものを食いたい放題の生活はみんなの憧れだ。
もう地球は限界だから、あなたたちはやめなさい、などとはだれにも言えない。
自然破壊による生物絶滅危惧種は、二万二千種。
EUでは二十年前と比べ、すでに八十パーセントの昆虫が滅びた。
その規模とスピードは、恐竜が死に絶えた白亜紀の危機を超越している。
だが、明日明後日に地球が滅びる訳ではない。
ゆっくりじっくり、百年二百年をかけ、あるいは千年単位で終焉に迫る。
そして、過去の文明国家がそうであったように、そのときは突然やってくる。
この流れは、地球のリーダーがふりまいた価値観が変わらない限り止まらない。
「長老、前方が碧く輝いています」
レーダー係の報告だった。
一面にコバルトブルーの海が、深い色をたたえていた。
カリブ海を渡ってキューバを横切り、フロリダ半島上空からアメリカに入るのである。
長老は、彼方のブルーの輝きに目を細めた。ほっとした気分だった。
⦅ニューヨーク……ニューヨーク……娘さんはニューヨークにいるようです⦆
パルスが、今度はそんな風に伝えてきた。
『そうだ。前に会ったのは三万年前だった……』
長老は、ふいに毛皮をまとったしなやかな彼女の姿を思い出した。
(4-4 了)
5680
アメリカがメキシコから奪ったカリフォルニアで、金が発見された。
1849年から始まったゴールドラッシュだ。
一攫千金を夢見る男たちが、東海岸から西海岸に押しかけた。
しかし、広大なアメリカ大陸を幌馬車で横切るのは、命がけの冒険だった。
そこで彼らは、船でカリブ海をパナマに渡り、そこからもっとも幅の狭い五一キロのアメリカ大陸を横断した。
そして再び船で太平洋を北上し、カリフォルニアを目指した。
これに目をつけたアメリカの船会社が、パナマ横断鉄道を計画する。
五年をかけて鉄道が完成したとき、アメリカは『自国の財産と国民の保護』といういつもの手を考えた。
同時に鉄道沿いに、運河の掘削も計画した。
当時、パナマはコロンビアの領土だったが、コロンビアはパナマ運河の建設権をアメリカに与えなかった。
するとアメリカは、パナマに独立運動を起こさせた。
その独立運動を助けると見せかけ、最後は自分たちが乗っ取るのである。
とにかく、独立運動を起こした一派が、コロンビア政府に独立を宣言する。
アメリカが承認すれば、新生国家パナマが誕生してしまうのだ。
運動員が少なければ、陰の主催者はいくらでもアメリカから派遣するつもりだった。
ところでアメリカは、ここでもう一枚企んだ。
独立運動のリーダーとの間に介在人を作ったのだ。
そして、パナマ運河運営の契約を勝手に交わしてしまうのである。
『運河地帯の両岸16キロはアメリカの主権の範囲、期限は永久』という内容だった。
条約内容を知ったパナマの新政府側が抗議をした。
しかし、これらの内容を認めなければ独立の承認を取り消すと脅した。
1904年、パナマはこうして完全にアメリカの属国となった。
2
ユナイテッドフルーツ社は、パナマの鉄道沿線のバナナ園で成功した。
ついで他の中南米、キューバなど、カリブ海諸国に次々とフルーツ農園を拡大していった。
1898年、グアテマラでエストラダ・カブレラ将軍が大統領に就任する。
ユナイテッドフルーツ社によって賄賂漬けにされたカブレラ将軍は、ユナイテッドフルーツ社に有益な法律改正を次々に行った。
バナナの販売権、郵便事業、太平洋岸のプエルト・バリオス港の使用権、鉄道沿いにバナナ農園を開拓する権利などを無償で与えた。
1931年、ユナイテッドフルーツ社は、前大統領のカブレラよりも、もっとアメリカ寄りの独裁者、ウビコ将軍を大統領に就任させた。
ウビコは、進出するアメリカ企業に免税特権を与える一方、秘密警察を組織し、反政府を唱える住民を捕らえ、処刑した。
また外国の土地の所有は認められていないはずなのに、ユナイテッドフルーツ社は次々に土地を購入し、グアテマラ一の土地所有者になっていた。
1944年、民衆がついに立ち上がった。
大統領のウビコはアメリカに亡命し、グアテマラ革命が達成される。
翌年、大学教授のアレバロが選挙で当選し、民主政権が誕生する。
アレバロは早速、労働環境の改革に乗りだした。
アメリカの新聞や金を掴まされた地元の新聞が書きたてた。
『アレバロ大統領は共産主義者で、資本主義の敵である』
今まで、アメリカの介入を苦々しく思っていたアレバロ大統領は、アメリカ大使を国外に追放した。
即座にニューヨークタイムスが報じる。
『アメリカは、グアテマラの社会や経済の発展に貢献してきた。グアテマラ政府の態度は侮辱的である。アレバロは《共産主義者》の正体を暴露した』
アレバロに代わり、ハコボ・アルベンスが大統領職を引き継いだ。
アルベンスは民主的な政策をさらにおし進めた。
手始めに、アメリカの会社が経営する鉄道に沿って、高速道路を建設する計画を立てた。
そして、独占的な価格を設定しているアメリカの鉄道会社に、運賃を下げるよう勧告した。
さらにユナイテッドフルーツ社には、税金をまともに払え、と当たり前の要求を突きつけた。
前政権が計画していた農地改革も、積極的に進められた。
改革法の適用で、ユナイテッドフルーツ社は、八割ちかくの土地を没収された。
ユナイテッドフルーツ社は怒った。
アメリカ政府がユナイテッドフルーツ社に代わり、グアテマラ政府に補償金を要求した。
だが、拒否された。
グアテマラはアメリカの巨大国家と比べれば、砂粒のような国である。
「グアテマラなんか、ひとひねりで潰してやる」
アメリカ政府は鼻で笑った。
3
1946年、アメリカはパナマに『アメリカ軍学校(SOA)』を開設した。
そこに南米、中南米カリブ海諸国の優秀な軍人を集めた。
大掛かりな計画だった。資金はアメリカの国防費からでていた。
中南米カリブ海諸国の貧しい若者にとって、経済格差のある大国、アメリカは憧れの国だった。
しかもエリートとしてアメリカ軍学校に入学し、卒業して帰国すれば出世コースが用意されていた。
選ばれた者は天にも昇る気持ちだった。
まず、アメリカは自由の国、正義の国、民主主義の国、人権の国、アメリカンドリームの国、共産主義や社会主義は悪であり、規制のない自由でグローバルな社会経済が自然な姿であり、社会に繁栄と幸せをもたらす──と学校は教えた。
基本的な軍事訓練を終えると、いよいよ本格的な教育に入る。
『デモやストを行う者を取り締まる方法』『反政府側の鎮圧と弾圧の方法』『政府を非難する者を取り締まる方法』『心理作戦』『尋問方法』『クーデターの起こし方』『クーデターの後の統治方法』『反政府市民の拷問と暗殺方法』『狙撃手の訓練方法』『諜報機関の作り方』などのテーマが並ぶ。
なんだこれは、とつぶやきが聞こえてきそうだ。
アメリカ軍学校は、中南米カリブ海諸国の軍人を、アメリカの意のままに動かす人材養成機関だったのである。
選ばれたエリートたちは自然に悟る。
自分たちは出世コースを歩んでいる、やがては自国の大統領も夢ではない、背後にはアメリカがついていると。
こうして育てられた軍のエリートたちは、自国の国民ではなく、アメリカのために働く。
もちろん軍人ばかりでなく、アメリカに留学する一般の優秀な学生も同じである。
アメリカ陸軍学校の卒業生で、ラテンアメリカ九ヶ国で十四名の大物が活躍し、その他、暗殺集団や麻薬取引集団、私的秘密警察集団などを組織する者は数知れない。
南米・中南米に放たれた訓練済みの生徒のほとんどが、CIAとの密接な関係を持ち、陰でデモ、クーデター、ゲリラ、麻薬、暴力、汚職、殺人、誘拐などに関係している。
2001年には、ラテンアメリカの軍幹部を対象とし、アメリカのジョージア州に学校を移転させ、『西半球安全保障研究所』(WHINSEC)と名前を変え、現在も存続している。
卒業生たちはラテンアメリカだけではなく、世界で活躍中だ。
4
さて、民主主義の国、グアテマラはどうなったのか。
アメリカはマイアミに放送局を設け、グアテマラは共産主義の国だと中南米諸国に訴えた。
グアテマラを解放せよと国民に呼びかけ、解放軍の兵士を募った。
新聞はいっせいに、アメリカの正義を書きたてた。
武器はすでに、隣国ホンジェラスに送ってあった。
このとき反政府の狼煙をあげたリーダーは、過去に反逆罪の罪でグアテマラから追放されたアルマス大佐であった。
ホンジェラスの基地からアメリカ空軍の飛行機が飛び立ち、グアテマラを空爆する。
解放軍も、ホンジェラスからグアテマラに進行する。
ユナイテッドフルーツ社が、白いバナナの輸送船で武器や弾薬を解放軍に運んだ。
解放軍は250人しか集らなかったが、ラジオは5,000人が進行中だと放送した。
グアテマラ政府軍から見れば、解放軍の要請でアメリカ軍が出動しているのだから、実際の敵はアメリカ軍である。
アメリカは、新聞、ラジオで『正義と民主主義を守る戦い』をうたい、いつものフェイクニュースで自国民から絶対的な支持を得ていた。
グアテマラのアルベンス大統領は、民主主義国家を放棄せざるを得なくなった。
アルマス大佐が大統領に就任し、ユナイテッドフルーツ社は農地を取り戻した。
その後、グアテマラの軍は右派と左派に分裂し、右派はアメリカと結託し、反政府の労働者や農民を虐殺する。左派は農民や労働者と手を握り、ゲリラとなる。
アメリカは反政府のゲリラを、いつものようにテロ集団と呼んだ。
以降、グアテマラは三十六年間も内戦状態がつづき、二十万人もの犠牲者だした。
利権者たちは独裁者を擁立し、莫大な金銭で取り入る。
そして自分たちに有利な法律を作ってもらう。
都合の悪い指導者はマスコミがよってたかって悪者に仕立て上げ、権力の座から引きずりおろす。
暗殺はあたりまえ、緊急の病にかかったように見せかけ、病死させたり、自殺を装わせたりする。
ある国が、飢える民のない平和で豊かな国を造ろうとしているのに、自分たちに利益をもたらさないからと、マスコミを使いリーダーを悪者に仕立てあげ、その国を潰す。
この地球上には、そんな行為を平気でやってのける人間たちがいるのだ。
5
微生物の仲間であり、超粘菌の集団である蝶は、だれがいうでもなく、急ぎに急いだ。
悲惨な南米の過去や現実から逃れるかのように、けんめいに羽ばたいた。
しかしその一方で、ニューヨークという、逃げているはずの嫌なものの中心に向かっているのである。
ニューヨークという言葉を脳裏に浮かべると、長老の頭が熱くなった。
すると以心伝心、蝶の各部の超粘菌たちも『ニューヨーク、ニューヨーク』とつぶやき、羽ばたきが強くなった。
『彼らはあらゆる手段を用いて他を支配しようとしているが、最終的にはなにがしたいというんだろう?』
長老に浮かんだ疑問だった。
チリのサンチャゴで話を聞いたときから、なにかがすっきりしなかった。
彼らの欲望は果てしなく、他を圧倒する力でさらに大きく強くなる。
マスコミを自分のものにし、フェイクニュースをながし、暴力、陰謀、策謀を重ね、やりたい放題だ。
しかも彼らは自称、自由と民主主義、そして平和を愛する世界のリーダーなのだ。
そのやり方を、野心を抱く世界の権力者が真似るようになる。
その優等生の代表は、唯我独尊の中華人民共和国である。
三千年の歴史などというが、三千年間は絶え間ない殺し合い──戦争の歴史だ。
その間に築かれた国家はすべて異民族のものであり、現在の漢民族の国は七十余年しかたっていない。
そして共産党のトップのエリートたちは、都市に住む三億の中間層を基盤に、残りの約十一億の奴隷農工民に等しい国民を搾取するのである。
かつ周辺の国や自治区の民族を、資源強奪のために殺戮し続けながら、国連の人権委員会(人権理事会)の委員をこなすという離れ技をやってのけている。
いつからこのような生き物がはびこるようになったのか。
「だれも、やつらを止められないのか」
「世界のリーダーは金儲けで忙しい」
「近頃は植物の遺伝子にまで手をだし、他国に強制しだした。その畑には雑草も生えず、経済効率がいいんだと」
「動物の遺伝子にもだ。太る豚とか牛だとかだ。足が五本もある鶏もだ」
「金儲けのために生態系をいじるな」
「変なことをすれば、取り返しがつかなくなる」
BATARAたちが次々に口にする。
⦅そうだ……そのために、娘さんと力を合わせるんだ⦆
すると、そんな呼びかけが聞こえた。
長老ははっとなって頭上を仰いだ。
蝶の視覚を通した空と白い雲がまぶしい。
ぎゅっと目をつぶり、また開けてみた。
陽光が一筋、脳裏を貫いた。
小さな点々が無数に散り、くるくる回って落ちてくる。
フタバガキの木の葉だった。
同時に、ばりばりばりっと枝や梢のへし折れる音。
周囲に茂っていた木々が一瞬にして失せ、一面の砂漠になった。
長老は大木の幹の上に立ち、あたりを見回した。
ぐるり砂の地平線だった。
頭上の太陽だけが以前のままだ。
アジアや南米だけではない。
アフリカでの乱開発は、狂気といえるほどの勢いである。
しかし、豊かになりたいと願う新興国の人々の願望は、だれにも否定できない。
テレビや映画で観る、先進国の国民のようにエネルギーを使い放題、食いたいものを食いたい放題の生活はみんなの憧れだ。
もう地球は限界だから、あなたたちはやめなさい、などとはだれにも言えない。
自然破壊による生物絶滅危惧種は、二万二千種。
EUでは二十年前と比べ、すでに八十パーセントの昆虫が滅びた。
その規模とスピードは、恐竜が死に絶えた白亜紀の危機を超越している。
だが、明日明後日に地球が滅びる訳ではない。
ゆっくりじっくり、百年二百年をかけ、あるいは千年単位で終焉に迫る。
そして、過去の文明国家がそうであったように、そのときは突然やってくる。
この流れは、地球のリーダーがふりまいた価値観が変わらない限り止まらない。
「長老、前方が碧く輝いています」
レーダー係の報告だった。
一面にコバルトブルーの海が、深い色をたたえていた。
カリブ海を渡ってキューバを横切り、フロリダ半島上空からアメリカに入るのである。
長老は、彼方のブルーの輝きに目を細めた。ほっとした気分だった。
⦅ニューヨーク……ニューヨーク……娘さんはニューヨークにいるようです⦆
パルスが、今度はそんな風に伝えてきた。
『そうだ。前に会ったのは三万年前だった……』
長老は、ふいに毛皮をまとったしなやかな彼女の姿を思い出した。
(4-4 了)
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少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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