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1章
娘と一緒に
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1
その日は、ほかにもまだ洞窟があるか、調べるつもりだった。
娘はいっしょに探すという。
岩山の急斜面を歩くのに毛皮はじゃまのような気がしたので、着替えを提案した。
秦がザックから取りだしたセーターと下着、ヤッケを娘は受け取った。
そして前を隠すような仕草で着替えた。
無駄肉のない筋肉質の体だった。ちらりと見えた尻は、くりっと丸く引きしまっている。冷たい渓流でからだを洗っていたのか、肌には艶があり、清潔そうだった。
『毛皮の衣をまとい、背丈はすらりとし、頭はわれわれよりも小さめで、手足も長かった。筋肉で引きしまり、しっかりした体つきだった』
古文書の一文が頭に浮かんだ。
娘が着替えているあいだ、秦は毛皮を引き寄せ、手に取った。
毛皮からは、古の爽やかな匂いがした。
柔らかく滑らかで、羽毛のごとく軽やかだった。豹のような模様である。たたむと空気が抜け、小さくなった。
これ、しまっておくよ、とザックの中に毛皮をおしこんだ。
娘は紺のヤッケを着終えていた。172センチの秦の衣服は、160センチちょっとの大きさの娘には多少だぶつき気味だった。
でもなんとか着られそうだった。
秦はザックの奥から、さらに予備のキャラバンシューズを取りだした。そして厚手の靴下を二枚重ね、きつく紐をしめ、娘の足をおさめた。
ヤッケを着、靴をはいた娘は、完全な都会人だった。
秦は四歳の成長した雪子の姿を見ているようで、涙がでそうになった。
事情を知らぬ他人が見たら、仲のよい父と娘のトレッキングだと思うだろう。
それから数時間、斜面の大岩の陰や襞になった壁の奥を確かめた。
洞窟は他のどこにもなかった。
探索中、娘についていろいろ知ろうとしたが、答えはなにを訊いても『分からない』だった。
答えるとき、とまどったような悲しい目をするので、その日はそれ以上は控えた。
陽が陰らないうちテントを張り、食事をすませたかった。
斜面をくだり、洞窟のすぐ下の平らな岩場にテントを建てた。
「そこで火を焚いて、食事を作ろう」
「じゃあ、わたしも用意します」
娘は岩陰に置いてあった鳥の首をもち、瓦礫場の小川のほうに向かった。
秦も小川に水を汲みにいった。
小川の岸の所々には、上流から運ばれてきた這松の類の枝や枯れ木が散っていた。
娘が小川の縁にしゃがんでいた。
腕をまくり、岩の上に羽を毟った鳥を置き、小さな黒い石の包丁で腹を裂いていた。黒曜石だった。ポシェットにしまってあったものらしい。
娘のわきには、小石を掘った窪みがあった。
中に骨やごみなどが積もっていた。木の実の種、胡桃の殻や玉蜀黍の芯もある。
「これ、全部あなたが捨てたの?」
「ここは塵捨て場です」
「木の実や、胡桃や玉蜀黍はどこから取ってきたの?」
「下の林にいけばいっぱいあります。玉蜀黍も野生のものです」
洞窟内は清潔だった。食べかすなどはここに捨てていたのだ。
山の空が灰色に変わり、あたりが薄暮におおわれた。
二人はテントの前にもどった。
秦はコンロに火をつけ、娘がコンロの火を木の枝で移し、焚き火で鳥肉を焼いた。石を投げて捕まえた獲物だ。秦はコンロに鍋をかけ、湯を沸かした。ラーメンを作るのだ。
「名前思い出したかい?」
赤い炎を見つめる娘に、秦が訊ねた。
「ゆきこ、でいいです」
顔をあげた娘が答えた。唇をきゅうっと結び、また悲しそうな顔をした。
「ゆきこ、は私の子供の名前だよ」
「でも、そう呼びました。ほかの名前、思いつきません。ゆきこがいいです」
娘は、か細い声で告げ、赤い炎を見つめた。
その瞳に透きとおった泪がふくらんだ。
どこからきたのか、なぜ洞窟にいたのか、自分の名前がなんだったのかが答えられず、困っていたのだ。
そのようすが妻の明日子、四歳の雪子と重なる。
この娘を助けてやらなければ、という気持がこみあげる。
「あなたの部族は巧みに石を投げ、獲物を捕まえ、そして動物の毛皮を着て生活しているんですね?」
人知れず、密かに暮らしている少数民族なのか。石を投げて飛ぶ鳥を落とす技にはおどろかされた。
投石で狩りをする部族がいるのなら、ぜひともその村を訪れてみたかった。
世の中から隔離している部族は、たいてい独自の薬草を持っているものである。
「石を投げ、狩りをする技はだれに習ったの?」
娘の答えは、やはり分からないだった。
朝、秦が目を覚ますと、ヤッケを着た娘が隣に丸まっていた。
昨夜は洞窟内の自分の寝床に戻ったはずだ。
以降の三日間、娘は秦のテントで眠った。
秦は、四歳の娘が隣ですやすや眠っている安心感で見守った。頼られている自分が嬉しかった。
秦は念入りに周辺を探した。
食料は三日分を用意してあったが、娘が時々捕まえる鳥で、二人分をなんとか間に合せた。
娘は百発百中、目にも鮮やかな直球で鳥を仕留めた。
手を見せてもらったが、石で狩りをする生活をしているせいか、指が長い。
石が握りやすいのだ。雲南地方で、小石を巧みに使って狩りをする少数民族がいるのなら話題になるはずだが、噂は耳にしなかった。
四日めの朝、荷物をかたづけ、二人は瓦礫場を明永村のほうに下りていった。
娘の持ち物は、豹皮のポシェットだけだった。
2
村長の名前はガマツリ。チベット人である。
最初にこの村にきたとき、秦の相手をしてくれた男だ。
「いくらなんでも、そんな石器時代の暮らしをしている民族なんていませんよ。で、その豹柄の毛皮を着た石投げの名人は、どこにいるんですか?」
私の後ろにいるよ、と言いそうになったが、口をつぐんだ。
「チベット自治区から、山を越えてやってきたんじぁないかなあ」
秦は、梅里雪山の白い峰を仰いだ。
雪崩の遭難事故があった後、京都大学の日本人関係者が何度もやってきた。そして氷河の流れの中から、日本人や共に頂を目指した中国人の遺体や装備品の一部を回収した。そのせいか、日本人には親し気だった。
「でもチベットには、山奥に山岳民族がたくさんいるでしょう?」
「気になるんだったら、徳欽の公安に行って報告してみてください。ほかにも目撃者がいるのかもしれません。そちらの女性は助手の方ですか。いつお見えになったのですか?」
村長のガマツリは、赤銅色の顔を横にずらし、秦の背後をのぞいた。
秦と同じヤッケを着ていたので一緒の仲間と見間違われたのだ。公安とは警察のことである。
「私が着いたすぐあとです。現地の確認調査は終わりましたが、またくるかもしれません」
秦は娘を連れ、徳欽へいく決心をした。
明永村の、ぼろぼろの自家用白タクシーに乗った。
車が走りだすと、娘は運転席の背もたれを両手で掴み、睫毛をしっかり閉じた。車に乗るのはじめてのようだった。
車で三十分。徳欽は中心地にモルタルの建物が並ぶ、そっけない田舎町である。
公安の警官にはどう話せばいいのか。
『この女性は記憶をなくしています。梅里雪山の麓で、毛皮を着て石を投げ、鳥を狩っていました。明永村の村長に聞いたら、ここに連れていけと言うのできました』と報告し、着ていた毛皮をザックからだす。
警官は即座に娘を保護するだろう。それで娘は故郷に帰れる。
そのときは秦もついていき、村の伝統の生薬を見せてもらう。
娘の居場所と安全が確認できれば、いつでもまた会いにいける。
平屋の建物の棟に『公安』と書かれた看板があった。
POLISEの横文字も並んでいた。
入口に五十過ぎの男が立っていた。日本の警官のような薄いブルーのシャツを着ている。
「この地方に、毛皮を着て石で狩をする民族がおりますか?」
突然の質問に、中年の警官は、え? と眉を寄せた。
「あなたたち、どこからきたの?」
「日本からです」
パスポートを見せろ、といわれたら娘をどう説明しようかと身構えたが、警官はふふと笑った。
「雪男なら見たという人がいるけど、そういう話は聞かないね。知りたいのなら、昆明にいくといい。大きな博物館がある。雲南民族村というものもあって、少数民族を専門に研究している学者もいる」
昆明は、雲南州の州都だ。
「バスは十一時にでる」
警官は、急に怖い顔になった。早くいけ、と告げているのだった。
ありがとう、と秦が頭を下げると、娘も真似をした。
よし、昆明にいこう、と秦は決心し、通りをバスターミナルのほうに向かった。途中、麗江の薬屋のところにも寄ってみようと、雑貨屋の店にあった電話で連絡してみた。
楊老人は元気だった。徳欽にいると言うと、すぐこい、と興奮した口調で告げた。なんだ、と聞こうとしたらぷつんと切れた。
「これから昆明の途中の麗江という町にいってみる。どうだ、まだ、名前、思いださないか」
娘は首を傾げた。
「ゆきこ、がいいです」
ぽつりとつぶやく。
いったいどこからきたのか。家族はどこにいるのか。
この娘の正体を見届けたい、という気持が湧く。
当分のあいだ、名前を呼ぶときはユキコとカタカナにする。
最後はどうなるか分からなかったが、成り行きに任せることにした。
四歳の雪子が大人になって目の前に現れたと思えば、うれしくもあった。
バスターミナルまで歩いた。
麗江にいくのには香格里拉行きに乗り、そこで乗り換える。徳欽から香格里拉までは五時間半。
そこから麗江までは四時間。かなりの長旅だ。
シャングリラはイギリスのジェイムズ・ビルトンの小説『失われた地平線』からとった地名である。
3
麗江には夕方に着いた。
何度かきている麗江新華ホテルに部屋をとった。
秦がシャワーでからだを流していると、ユキコが入ってきた。
平然とした態度につられ、秦も落ち着いてからだの洗い方を教えた。
あとからでてきたユキコが着替え終えたとき、秦はユキコにお金をわたした。
「私はこれから知り合いのところにいってくる。あなたは町で自分の好きな衣服を買ってみてください。どう、買い物、一人でやってみる?」
バスの中で、あれなに、あれなに、とこの世を初めて見る子供のように問いかけた。ときどき出現する町を眺めながら、都会の生活についても話をした。うん、うん、とうなずき、だいたいを理解したようだった。
「やる。きれいな服、着てみたかった。ありがとう」
うれしそうだった。やはり若い娘である。
だいじょうぶかなと思ったが、利口そうだから間違いもないだろうと考えた。すぐ来いと言っていた楊の言葉も気になっていた。
「終わったらここに帰ってきなさい。私は一時間か二時間後に部屋にもどる」
秦はホテルの前でユキコと別れた。
雲南薬堂の主、楊の黒い髯は、一年ほどで半分が白くなっていた。
「わしは85歳になった。いつ死んでもおかしくない。だからすぐこい、と言ったんだ」
ははは、と元気いっぱいだ。
チークのテーブルの上には、古器でも納めてありそうな古びた褐色の箱が置かれていた。
「徳欽から電話ということは、行ったんだろう、梅里雪山の明永村に」
楊は、陽焼けした不精髭の秦の顔を面白そうにながめた。
「行ってきました。退職して時間ができたもので」
「それで氷漬けの女性はいましたか?」
梅里雪山はわれわれの故郷だ、といっておきながら第三者のような茶化した口ぶりだった。
秦は、まさかという真剣な顏で左右に首をふった。
氷漬けではない女性ならいましたよ、と言いたかったが控えた。
「ところで文字以前の歴史は、代々言い伝えで記憶されるのだろうが、語られるのはよほど重要な物語か興味のある物語だけなんですな」
楊が眉間に皺をよせ、真顔で切りだした。
「伝達手段が記憶しかないとしたら、物事をぱっと覚えてしまう特殊な人間がいたのかもしれない」
秦は、まるでユキコみたいじゃないかと思った。
「もしそうなら文字がなくても、千年も二千年も語り継げられるのかもしれない。現代医学では説明できない漢方という魔法のような薬を、いつだれがどうやって発展させてきたのかについて、わしもいろいろ調べた。とにかく言い伝えの時代をふくめ、漢方には想像もできない長い時間がかかっているんだ。さあて」
楊は、テーブルの上の古い木箱に手をのばした。
蓋を開けると、中に入っていたのは以前にも見た秦国雲南薬草書簡だった。
「実は、わしも半信半疑でこの箱の底を探ってみた」
楊は箱に入った五冊の秦国雲南薬草書簡を取りだし、テーブルの上に置いた。そして秦に底が見えるように箱を傾けた。
「おどろいたね。合わさった二枚の底板の間に、挟まっていたんだ。それも、秦さんの古文書の文字と同じだった」
楊はいささか興奮の面持ちで箱の底板を外した。
そして二枚の板の隙間から、古びた一枚のよれよれの紙をとりだした。
たしかに秦の古文書と同じ文字がかすれて並んでいた。
「ここになんて書いてあったとおもう?」
押し殺した声だった
自分に関係があるんだな、と秦は楊の意図を受けとめた。
楊が、んっと咳払いをし、別紙に書き出した傍らの翻訳した文章を読みはじめた。
『この前、面白そうな伝聞を忘れないうちに書き留めておこうと、若い娘がやってきて洞窟の中に入っていった話をしたが、話し忘れたことがあるのでここに追加しておく。娘が氷の洞窟に閉じ込められたあと、見知らぬ男がやってきてこう言った。
《おれは行方不明になった娘を探し、西の国からきた。道々噂を聞いたが、娘は魔法にかけられ、いつのまにかとんでもない悪魔のようになっていた。娘と親しくしたネアンデルタール人はみんな具合が悪くなり、この世から消えてしまったのだ。娘の母親はネアンデルタール人だったが、おれはホモサピエンスだったので、どうやら難を逃れたようだが、とにかく、なんとしてもそんな娘を助けねばと跡を追い、とうとうここまできてしまった。
だが、娘は氷の洞窟に入っていき、閉じ込められてしまった。洞窟は深く、氷は石よりも固かった。だからおれは、氷が融けて娘の亡骸を自分の手で弔うまで、この村に住んで時を待つことにした》そう言って男はこの村に住みついた。
男は、遠い故郷では長の地位にあったが、娘をおもう気持ちが強く、もう少し、もう少しと後を追い、とうとうここまできてしまったのだ。故郷に残した妻や家族を忍んで涙を流したが、耐え忍んだ。
しかし氷は、張り詰めた山の寒気に包まれ、神の意志のごとく硬く、石の斧を弾き返えした。男は時を待ったが、いつしかそこで妻をめとり、村人になった』
「見つかった古文書にこう書かれているんだ。そして篆書(てんしょ)に書き換えられた三冊目の秦国雲南薬草書簡の裏表紙の文章の意味に、この一枚の古文書の記述が解答を与えてくれていたのだ。ほら、ここの落書き」
楊は積み重ねた三冊めの秦国雲南薬草書簡を取りだし、裏表紙を開いた。
そこには判甲でよく見かけるような四角い難しい字が、斜めに連なっていた。
「《今日、日が昇る東の遠い国をめざし、薬草書簡を携えて旅立った仲間の薬屋は、昔、悪魔のようになった自分の娘を追い、西からきた異民族の長の男の末裔だった。男は秦国の家臣として都の王に仕えていたが、国が滅びたので一旦故郷に戻り、新しい身の振り方を思案していたものである》と書かれている。これだけなら、ただの落書きだったが、いまようやくその意味するところが理解できたという訳だ」
楊は髯に包まれた口をつぐみ、秦を見詰めた。
「その男のさらなる末裔が、私だということですか?」
縄文末期(弥生時代)に日本に渡ったその男が、古文書を携えていたのだ。当時、漢字が使用されるようになり、古代に記された古文書は読めなくなっていただろう。だが末裔たちは、氷に閉じこめられた娘の伝聞を聞かされていて、いつしか娘が解放され日を信じていたに違いない。
そうだとすれば、秦は弥生時代からの祖先の目的を果たしたことになる。
ようするに洞窟で出逢った娘は、秦の大大大大大……おばあさんの可能性もでてくる。しかし、妻や娘の面影を残し、特に瞳の奥がブルーの娘はまるで祖先の血を受け継いだ四歳の雪子だった。
でも、そんなこと……ある訳がなかった。
なんだこれはと、頭が混乱した。
足元がふわっと宙に浮き、体全体がふらふらと左右に揺れた。
異次元の空間に、立ちすくんでいる気分だった。
「男はわしらの祖先の村の娘と結婚し、薬屋のその村で薬草学を身につけた。だからこの前もいったように、我が家と秦家は親類なんだよ」
楊の声が聞こえた。
「この新しい資料と落書きの内容に気づいたのは一週間ほど前で、日本の秦さんに連絡をしたほうがいいだろう、と考えていたとき、あなたから電話があったんだ。徳欽からだった」
莫大な時間を飛び越えた話に、秦は、うん、うん、とうなずく以外になかった。
信じるか信じないかの結論は後にするとして、とりあえず自分が抱いていた現実的な疑問を口にしてみた。
「雲南は少数民族の宝庫だと聞いたが、毛皮を着て、狩をするときに石を投げるというような民族はおりますか?」
「そんな民族、聞いたことないな。どんな毛皮を着ているんだ?」
「豹」
「雲南に豹なんていないだろう。なにか心当たりでもあるのか?」
「いや、ちょっと噂を聞いたもので」
その日は、用意してくれた新たな古文書と篆書のコピーをもらい、ホテルに帰った。新たにでてきた古文書は、秦の古代の身分証明書のようなものだった。だが、だからと言って一連の物語を素直に信じるかどうかは別問題である。
買い物にいったユキコはまだ戻っていなかった。夜の八時をすぎていた。
秦は食事もせず、ユキコを待った。しかし、いつまでも帰らなかった。秦がでていった後、一度も部屋に戻っていないとホテルのフロントはいう。
十時になっても姿を見せない。あわてて商店街を探し回ったが、すでに店は扉を閉ざし、森閑としていた。
車を呼んで界隈を走ってもらった。しかし、どこにもユキコの姿はなかった。
やっと気がついた。一人で買い物になんか出すんじゃなかったと。バスに乗っていたとき、そとの景色を説明すると、うん、うん、と落ち着いた態度で応じたので、聡明な娘だからだいじょうぶと判断してしまったのだ。
その夜、ユキコはとうとう帰らなかった。眠れなかった。
次の日、思い切って多少の金銭を渡し、公安に頼んだ。昨夜は、地域にコソ泥以外、事件はなかったという。
あらためて行方を捜してもらったが、やはり見つからなかった。
パトカーも動員し、範囲を広げてもらった。だが、記憶喪失の中国娘と知ったとき、公安は気味悪がり、さっと引きあげた。
そのままホテルに部屋をとり、一人で探した。
それでも見つからず、決心し、バスに乗り、再び明永村まで引き返した。
ユキコがきたかどうかを村長に聞いたが、一緒にいた日本人女性は戻っていない、という返事だった。
洞窟にもいってみたが、中に人の気配はなかった。
塵捨て場にも新しい骨や果物の種はなかった。
また麗江にもどった。やはり見つからなかった。
秦は、明日子と雪子とユキコの三人をいっぺんに失ったような喪失感に襲われた。
(1-2了)
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その日は、ほかにもまだ洞窟があるか、調べるつもりだった。
娘はいっしょに探すという。
岩山の急斜面を歩くのに毛皮はじゃまのような気がしたので、着替えを提案した。
秦がザックから取りだしたセーターと下着、ヤッケを娘は受け取った。
そして前を隠すような仕草で着替えた。
無駄肉のない筋肉質の体だった。ちらりと見えた尻は、くりっと丸く引きしまっている。冷たい渓流でからだを洗っていたのか、肌には艶があり、清潔そうだった。
『毛皮の衣をまとい、背丈はすらりとし、頭はわれわれよりも小さめで、手足も長かった。筋肉で引きしまり、しっかりした体つきだった』
古文書の一文が頭に浮かんだ。
娘が着替えているあいだ、秦は毛皮を引き寄せ、手に取った。
毛皮からは、古の爽やかな匂いがした。
柔らかく滑らかで、羽毛のごとく軽やかだった。豹のような模様である。たたむと空気が抜け、小さくなった。
これ、しまっておくよ、とザックの中に毛皮をおしこんだ。
娘は紺のヤッケを着終えていた。172センチの秦の衣服は、160センチちょっとの大きさの娘には多少だぶつき気味だった。
でもなんとか着られそうだった。
秦はザックの奥から、さらに予備のキャラバンシューズを取りだした。そして厚手の靴下を二枚重ね、きつく紐をしめ、娘の足をおさめた。
ヤッケを着、靴をはいた娘は、完全な都会人だった。
秦は四歳の成長した雪子の姿を見ているようで、涙がでそうになった。
事情を知らぬ他人が見たら、仲のよい父と娘のトレッキングだと思うだろう。
それから数時間、斜面の大岩の陰や襞になった壁の奥を確かめた。
洞窟は他のどこにもなかった。
探索中、娘についていろいろ知ろうとしたが、答えはなにを訊いても『分からない』だった。
答えるとき、とまどったような悲しい目をするので、その日はそれ以上は控えた。
陽が陰らないうちテントを張り、食事をすませたかった。
斜面をくだり、洞窟のすぐ下の平らな岩場にテントを建てた。
「そこで火を焚いて、食事を作ろう」
「じゃあ、わたしも用意します」
娘は岩陰に置いてあった鳥の首をもち、瓦礫場の小川のほうに向かった。
秦も小川に水を汲みにいった。
小川の岸の所々には、上流から運ばれてきた這松の類の枝や枯れ木が散っていた。
娘が小川の縁にしゃがんでいた。
腕をまくり、岩の上に羽を毟った鳥を置き、小さな黒い石の包丁で腹を裂いていた。黒曜石だった。ポシェットにしまってあったものらしい。
娘のわきには、小石を掘った窪みがあった。
中に骨やごみなどが積もっていた。木の実の種、胡桃の殻や玉蜀黍の芯もある。
「これ、全部あなたが捨てたの?」
「ここは塵捨て場です」
「木の実や、胡桃や玉蜀黍はどこから取ってきたの?」
「下の林にいけばいっぱいあります。玉蜀黍も野生のものです」
洞窟内は清潔だった。食べかすなどはここに捨てていたのだ。
山の空が灰色に変わり、あたりが薄暮におおわれた。
二人はテントの前にもどった。
秦はコンロに火をつけ、娘がコンロの火を木の枝で移し、焚き火で鳥肉を焼いた。石を投げて捕まえた獲物だ。秦はコンロに鍋をかけ、湯を沸かした。ラーメンを作るのだ。
「名前思い出したかい?」
赤い炎を見つめる娘に、秦が訊ねた。
「ゆきこ、でいいです」
顔をあげた娘が答えた。唇をきゅうっと結び、また悲しそうな顔をした。
「ゆきこ、は私の子供の名前だよ」
「でも、そう呼びました。ほかの名前、思いつきません。ゆきこがいいです」
娘は、か細い声で告げ、赤い炎を見つめた。
その瞳に透きとおった泪がふくらんだ。
どこからきたのか、なぜ洞窟にいたのか、自分の名前がなんだったのかが答えられず、困っていたのだ。
そのようすが妻の明日子、四歳の雪子と重なる。
この娘を助けてやらなければ、という気持がこみあげる。
「あなたの部族は巧みに石を投げ、獲物を捕まえ、そして動物の毛皮を着て生活しているんですね?」
人知れず、密かに暮らしている少数民族なのか。石を投げて飛ぶ鳥を落とす技にはおどろかされた。
投石で狩りをする部族がいるのなら、ぜひともその村を訪れてみたかった。
世の中から隔離している部族は、たいてい独自の薬草を持っているものである。
「石を投げ、狩りをする技はだれに習ったの?」
娘の答えは、やはり分からないだった。
朝、秦が目を覚ますと、ヤッケを着た娘が隣に丸まっていた。
昨夜は洞窟内の自分の寝床に戻ったはずだ。
以降の三日間、娘は秦のテントで眠った。
秦は、四歳の娘が隣ですやすや眠っている安心感で見守った。頼られている自分が嬉しかった。
秦は念入りに周辺を探した。
食料は三日分を用意してあったが、娘が時々捕まえる鳥で、二人分をなんとか間に合せた。
娘は百発百中、目にも鮮やかな直球で鳥を仕留めた。
手を見せてもらったが、石で狩りをする生活をしているせいか、指が長い。
石が握りやすいのだ。雲南地方で、小石を巧みに使って狩りをする少数民族がいるのなら話題になるはずだが、噂は耳にしなかった。
四日めの朝、荷物をかたづけ、二人は瓦礫場を明永村のほうに下りていった。
娘の持ち物は、豹皮のポシェットだけだった。
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村長の名前はガマツリ。チベット人である。
最初にこの村にきたとき、秦の相手をしてくれた男だ。
「いくらなんでも、そんな石器時代の暮らしをしている民族なんていませんよ。で、その豹柄の毛皮を着た石投げの名人は、どこにいるんですか?」
私の後ろにいるよ、と言いそうになったが、口をつぐんだ。
「チベット自治区から、山を越えてやってきたんじぁないかなあ」
秦は、梅里雪山の白い峰を仰いだ。
雪崩の遭難事故があった後、京都大学の日本人関係者が何度もやってきた。そして氷河の流れの中から、日本人や共に頂を目指した中国人の遺体や装備品の一部を回収した。そのせいか、日本人には親し気だった。
「でもチベットには、山奥に山岳民族がたくさんいるでしょう?」
「気になるんだったら、徳欽の公安に行って報告してみてください。ほかにも目撃者がいるのかもしれません。そちらの女性は助手の方ですか。いつお見えになったのですか?」
村長のガマツリは、赤銅色の顔を横にずらし、秦の背後をのぞいた。
秦と同じヤッケを着ていたので一緒の仲間と見間違われたのだ。公安とは警察のことである。
「私が着いたすぐあとです。現地の確認調査は終わりましたが、またくるかもしれません」
秦は娘を連れ、徳欽へいく決心をした。
明永村の、ぼろぼろの自家用白タクシーに乗った。
車が走りだすと、娘は運転席の背もたれを両手で掴み、睫毛をしっかり閉じた。車に乗るのはじめてのようだった。
車で三十分。徳欽は中心地にモルタルの建物が並ぶ、そっけない田舎町である。
公安の警官にはどう話せばいいのか。
『この女性は記憶をなくしています。梅里雪山の麓で、毛皮を着て石を投げ、鳥を狩っていました。明永村の村長に聞いたら、ここに連れていけと言うのできました』と報告し、着ていた毛皮をザックからだす。
警官は即座に娘を保護するだろう。それで娘は故郷に帰れる。
そのときは秦もついていき、村の伝統の生薬を見せてもらう。
娘の居場所と安全が確認できれば、いつでもまた会いにいける。
平屋の建物の棟に『公安』と書かれた看板があった。
POLISEの横文字も並んでいた。
入口に五十過ぎの男が立っていた。日本の警官のような薄いブルーのシャツを着ている。
「この地方に、毛皮を着て石で狩をする民族がおりますか?」
突然の質問に、中年の警官は、え? と眉を寄せた。
「あなたたち、どこからきたの?」
「日本からです」
パスポートを見せろ、といわれたら娘をどう説明しようかと身構えたが、警官はふふと笑った。
「雪男なら見たという人がいるけど、そういう話は聞かないね。知りたいのなら、昆明にいくといい。大きな博物館がある。雲南民族村というものもあって、少数民族を専門に研究している学者もいる」
昆明は、雲南州の州都だ。
「バスは十一時にでる」
警官は、急に怖い顔になった。早くいけ、と告げているのだった。
ありがとう、と秦が頭を下げると、娘も真似をした。
よし、昆明にいこう、と秦は決心し、通りをバスターミナルのほうに向かった。途中、麗江の薬屋のところにも寄ってみようと、雑貨屋の店にあった電話で連絡してみた。
楊老人は元気だった。徳欽にいると言うと、すぐこい、と興奮した口調で告げた。なんだ、と聞こうとしたらぷつんと切れた。
「これから昆明の途中の麗江という町にいってみる。どうだ、まだ、名前、思いださないか」
娘は首を傾げた。
「ゆきこ、がいいです」
ぽつりとつぶやく。
いったいどこからきたのか。家族はどこにいるのか。
この娘の正体を見届けたい、という気持が湧く。
当分のあいだ、名前を呼ぶときはユキコとカタカナにする。
最後はどうなるか分からなかったが、成り行きに任せることにした。
四歳の雪子が大人になって目の前に現れたと思えば、うれしくもあった。
バスターミナルまで歩いた。
麗江にいくのには香格里拉行きに乗り、そこで乗り換える。徳欽から香格里拉までは五時間半。
そこから麗江までは四時間。かなりの長旅だ。
シャングリラはイギリスのジェイムズ・ビルトンの小説『失われた地平線』からとった地名である。
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麗江には夕方に着いた。
何度かきている麗江新華ホテルに部屋をとった。
秦がシャワーでからだを流していると、ユキコが入ってきた。
平然とした態度につられ、秦も落ち着いてからだの洗い方を教えた。
あとからでてきたユキコが着替え終えたとき、秦はユキコにお金をわたした。
「私はこれから知り合いのところにいってくる。あなたは町で自分の好きな衣服を買ってみてください。どう、買い物、一人でやってみる?」
バスの中で、あれなに、あれなに、とこの世を初めて見る子供のように問いかけた。ときどき出現する町を眺めながら、都会の生活についても話をした。うん、うん、とうなずき、だいたいを理解したようだった。
「やる。きれいな服、着てみたかった。ありがとう」
うれしそうだった。やはり若い娘である。
だいじょうぶかなと思ったが、利口そうだから間違いもないだろうと考えた。すぐ来いと言っていた楊の言葉も気になっていた。
「終わったらここに帰ってきなさい。私は一時間か二時間後に部屋にもどる」
秦はホテルの前でユキコと別れた。
雲南薬堂の主、楊の黒い髯は、一年ほどで半分が白くなっていた。
「わしは85歳になった。いつ死んでもおかしくない。だからすぐこい、と言ったんだ」
ははは、と元気いっぱいだ。
チークのテーブルの上には、古器でも納めてありそうな古びた褐色の箱が置かれていた。
「徳欽から電話ということは、行ったんだろう、梅里雪山の明永村に」
楊は、陽焼けした不精髭の秦の顔を面白そうにながめた。
「行ってきました。退職して時間ができたもので」
「それで氷漬けの女性はいましたか?」
梅里雪山はわれわれの故郷だ、といっておきながら第三者のような茶化した口ぶりだった。
秦は、まさかという真剣な顏で左右に首をふった。
氷漬けではない女性ならいましたよ、と言いたかったが控えた。
「ところで文字以前の歴史は、代々言い伝えで記憶されるのだろうが、語られるのはよほど重要な物語か興味のある物語だけなんですな」
楊が眉間に皺をよせ、真顔で切りだした。
「伝達手段が記憶しかないとしたら、物事をぱっと覚えてしまう特殊な人間がいたのかもしれない」
秦は、まるでユキコみたいじゃないかと思った。
「もしそうなら文字がなくても、千年も二千年も語り継げられるのかもしれない。現代医学では説明できない漢方という魔法のような薬を、いつだれがどうやって発展させてきたのかについて、わしもいろいろ調べた。とにかく言い伝えの時代をふくめ、漢方には想像もできない長い時間がかかっているんだ。さあて」
楊は、テーブルの上の古い木箱に手をのばした。
蓋を開けると、中に入っていたのは以前にも見た秦国雲南薬草書簡だった。
「実は、わしも半信半疑でこの箱の底を探ってみた」
楊は箱に入った五冊の秦国雲南薬草書簡を取りだし、テーブルの上に置いた。そして秦に底が見えるように箱を傾けた。
「おどろいたね。合わさった二枚の底板の間に、挟まっていたんだ。それも、秦さんの古文書の文字と同じだった」
楊はいささか興奮の面持ちで箱の底板を外した。
そして二枚の板の隙間から、古びた一枚のよれよれの紙をとりだした。
たしかに秦の古文書と同じ文字がかすれて並んでいた。
「ここになんて書いてあったとおもう?」
押し殺した声だった
自分に関係があるんだな、と秦は楊の意図を受けとめた。
楊が、んっと咳払いをし、別紙に書き出した傍らの翻訳した文章を読みはじめた。
『この前、面白そうな伝聞を忘れないうちに書き留めておこうと、若い娘がやってきて洞窟の中に入っていった話をしたが、話し忘れたことがあるのでここに追加しておく。娘が氷の洞窟に閉じ込められたあと、見知らぬ男がやってきてこう言った。
《おれは行方不明になった娘を探し、西の国からきた。道々噂を聞いたが、娘は魔法にかけられ、いつのまにかとんでもない悪魔のようになっていた。娘と親しくしたネアンデルタール人はみんな具合が悪くなり、この世から消えてしまったのだ。娘の母親はネアンデルタール人だったが、おれはホモサピエンスだったので、どうやら難を逃れたようだが、とにかく、なんとしてもそんな娘を助けねばと跡を追い、とうとうここまできてしまった。
だが、娘は氷の洞窟に入っていき、閉じ込められてしまった。洞窟は深く、氷は石よりも固かった。だからおれは、氷が融けて娘の亡骸を自分の手で弔うまで、この村に住んで時を待つことにした》そう言って男はこの村に住みついた。
男は、遠い故郷では長の地位にあったが、娘をおもう気持ちが強く、もう少し、もう少しと後を追い、とうとうここまできてしまったのだ。故郷に残した妻や家族を忍んで涙を流したが、耐え忍んだ。
しかし氷は、張り詰めた山の寒気に包まれ、神の意志のごとく硬く、石の斧を弾き返えした。男は時を待ったが、いつしかそこで妻をめとり、村人になった』
「見つかった古文書にこう書かれているんだ。そして篆書(てんしょ)に書き換えられた三冊目の秦国雲南薬草書簡の裏表紙の文章の意味に、この一枚の古文書の記述が解答を与えてくれていたのだ。ほら、ここの落書き」
楊は積み重ねた三冊めの秦国雲南薬草書簡を取りだし、裏表紙を開いた。
そこには判甲でよく見かけるような四角い難しい字が、斜めに連なっていた。
「《今日、日が昇る東の遠い国をめざし、薬草書簡を携えて旅立った仲間の薬屋は、昔、悪魔のようになった自分の娘を追い、西からきた異民族の長の男の末裔だった。男は秦国の家臣として都の王に仕えていたが、国が滅びたので一旦故郷に戻り、新しい身の振り方を思案していたものである》と書かれている。これだけなら、ただの落書きだったが、いまようやくその意味するところが理解できたという訳だ」
楊は髯に包まれた口をつぐみ、秦を見詰めた。
「その男のさらなる末裔が、私だということですか?」
縄文末期(弥生時代)に日本に渡ったその男が、古文書を携えていたのだ。当時、漢字が使用されるようになり、古代に記された古文書は読めなくなっていただろう。だが末裔たちは、氷に閉じこめられた娘の伝聞を聞かされていて、いつしか娘が解放され日を信じていたに違いない。
そうだとすれば、秦は弥生時代からの祖先の目的を果たしたことになる。
ようするに洞窟で出逢った娘は、秦の大大大大大……おばあさんの可能性もでてくる。しかし、妻や娘の面影を残し、特に瞳の奥がブルーの娘はまるで祖先の血を受け継いだ四歳の雪子だった。
でも、そんなこと……ある訳がなかった。
なんだこれはと、頭が混乱した。
足元がふわっと宙に浮き、体全体がふらふらと左右に揺れた。
異次元の空間に、立ちすくんでいる気分だった。
「男はわしらの祖先の村の娘と結婚し、薬屋のその村で薬草学を身につけた。だからこの前もいったように、我が家と秦家は親類なんだよ」
楊の声が聞こえた。
「この新しい資料と落書きの内容に気づいたのは一週間ほど前で、日本の秦さんに連絡をしたほうがいいだろう、と考えていたとき、あなたから電話があったんだ。徳欽からだった」
莫大な時間を飛び越えた話に、秦は、うん、うん、とうなずく以外になかった。
信じるか信じないかの結論は後にするとして、とりあえず自分が抱いていた現実的な疑問を口にしてみた。
「雲南は少数民族の宝庫だと聞いたが、毛皮を着て、狩をするときに石を投げるというような民族はおりますか?」
「そんな民族、聞いたことないな。どんな毛皮を着ているんだ?」
「豹」
「雲南に豹なんていないだろう。なにか心当たりでもあるのか?」
「いや、ちょっと噂を聞いたもので」
その日は、用意してくれた新たな古文書と篆書のコピーをもらい、ホテルに帰った。新たにでてきた古文書は、秦の古代の身分証明書のようなものだった。だが、だからと言って一連の物語を素直に信じるかどうかは別問題である。
買い物にいったユキコはまだ戻っていなかった。夜の八時をすぎていた。
秦は食事もせず、ユキコを待った。しかし、いつまでも帰らなかった。秦がでていった後、一度も部屋に戻っていないとホテルのフロントはいう。
十時になっても姿を見せない。あわてて商店街を探し回ったが、すでに店は扉を閉ざし、森閑としていた。
車を呼んで界隈を走ってもらった。しかし、どこにもユキコの姿はなかった。
やっと気がついた。一人で買い物になんか出すんじゃなかったと。バスに乗っていたとき、そとの景色を説明すると、うん、うん、と落ち着いた態度で応じたので、聡明な娘だからだいじょうぶと判断してしまったのだ。
その夜、ユキコはとうとう帰らなかった。眠れなかった。
次の日、思い切って多少の金銭を渡し、公安に頼んだ。昨夜は、地域にコソ泥以外、事件はなかったという。
あらためて行方を捜してもらったが、やはり見つからなかった。
パトカーも動員し、範囲を広げてもらった。だが、記憶喪失の中国娘と知ったとき、公安は気味悪がり、さっと引きあげた。
そのままホテルに部屋をとり、一人で探した。
それでも見つからず、決心し、バスに乗り、再び明永村まで引き返した。
ユキコがきたかどうかを村長に聞いたが、一緒にいた日本人女性は戻っていない、という返事だった。
洞窟にもいってみたが、中に人の気配はなかった。
塵捨て場にも新しい骨や果物の種はなかった。
また麗江にもどった。やはり見つからなかった。
秦は、明日子と雪子とユキコの三人をいっぺんに失ったような喪失感に襲われた。
(1-2了)
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