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Prologue
ヒルダの骨董店3
しおりを挟む私のもう一つの眼、〈一隻眼〉
発動させることで、対象の物質的な立体構造や内部構造、そして施された魔導紋様や細かな術式などが右眼を通して意識に飛び込んでくる。
しかし、ここまでなら〈識別眼〉とさほど変わらない。この能力にはまだその先がある。
さらに意識を研ぎ澄ませていくことで、それを構成している魔素の微細な粒子までがつぶさに視えてくるのだ。幾何学模様のように配置された無数の粒子、螺旋のように複雑に絡み合う粒子の流動、その全てが私の眼の奥深くに次々と焼き付いていくイメージ。
一度分解された【偽りの手鏡】が私の意識の中で完全なる姿へと再構築されていく、まるで魔法陣が幾十にも重なりあうように──
まただ……この能力を使うといつもそうだ……
無限に広がるエメラルドグリーンの空間に落ちていくような感覚……
そして、同じことを考えてしまう……
この世界は何? 私たちは何? 私たちは皆同じ……いえ違う……
私は……私は……創造神……
「──さん、姉さん」
クロロの声。
クロロが私を現実に呼び戻してくれる。無限に広がる空間の中から、いつも。
「クロロ……」
「大丈夫? 【魔導書典】に僕の魔素を流し込んだよ」
「大丈夫。続けるわ」
そうだ、私はここにいる。私たちはあれをやり遂げなくてはならないのだ。
私は【魔導書典】に乗せた右手に全意識を集中させた。意識の奥底から右手にゆっくりと魔素を送り込んでいく。右手がほのかに熱くなってきた。うまくいっているサイン。
「いいぞ、来た来た!」
クロロが興奮しているのがわかる。意識を途切れさせてはいけない。完全なる転写ができなくなってしまう。
「順調、順調! その調子だよ」
意識の中から全ての魔素が右手に移り切ったような感覚。よし、成功だ。
「姉さん、完璧な転写だ。お疲れ様」
右手を【魔導書典】から上げると、先ほどまで空白だったページには青く灯る複雑な紋様がぎっしりと刻印されていた。【偽りの手鏡】の呪いの術式を含む全情報が魔導紋様で表現されている。【魔導書典】に込められたクロロの魔素が私の右手から魔素の情報を読み取り、空白のページに魔導紋様を刻印していったのだ。
「これで【偽りの手鏡】の情報が全て刻印されたね」
「ええ。この魔導紋様は触れたものから魔素を吸収し、幻覚を見せる術式ね。重宝するわ」
マジックアイテムやカースドアイテムはコピーできる。そしてこの【魔導書典】に刻印された魔導紋様さえあれば、いくらでもそのコピーした能力を再現できるのだ。
これこそが本質。あの人間どもは一生かけても絶対に到達できない世界。
「500魔素の出費でこの収穫、さすが姉さんだね」
「この【偽りの手鏡】をその手のフリークに転売すると軽く1000魔素は出してくれるでしょうから、こちらの出費は帳消しでお釣りが来るわ」
転売が目的ではないけど、知らない方が悪い。商売は商売よ。
「姉さん、まだ右目が……」
「あ、あらそう? 最近、持続時間が増えてきたような」
〈一隻眼〉を使うと、藍色から緋色になった右目の瞳の周りの部分に魔導紋様が現れるそうだ。クロロが言うには複雑怪奇な魔法陣に見えるらしい。私は一度鏡で自分の眼を見て気持ち悪くなって以来、もう見ないようにしている。
「目が疲れたりしない?」
「もうこの変な感覚には慣れたわよ」
右目には高濃度のエネルギーが凝縮されているような感覚はあるが、全くと言っていいほど熱くはない。とても不思議な感覚。
「左手はまだ使わないとだめかい? もう眼だけで読み取れそうだけど」
「うーん。できるかもしれないけど、まだ不安。左手で触れていると安心するの」
「そうか。まぁそれは気長に練習していこう」
この〈一隻眼〉を習得してからというもの、ずっと練習してきた。完全に習得することで、外でもダンジョンの中でも、どこでもコピーできるようになる。来週ダンジョンに潜る機会があるから、その時は……
クロロも最近は〈魔導回路〉の精度をぐんぐんと上げている。動かせる大きさ、数、距離が一昔前と比べて段違いだ。まだ生体の操作には苦労しているみたいだけど、近いうちにマスターできるよね。
私たちは目標に着実に近づいているはず。
「クロロ、この転写した魔導紋様を……」
「ああ、僕も今それを考えていたよ」
私たちの長年続けてきた崇高なる研究。私たち姉弟が全身全霊を傾けてきた研究。
待っていて。
姉さんと兄さんが必ず、必ず助けてあげるから。私たちの命に代えても……
クユンシーラ……
Prologue Fin.
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