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第二章
霊体操作
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棺の蓋がアスファルトの地面に落ちて大きな音が鳴り響く。蓋の開いた棺からは不気味な黒い煙が溢れ出てくる。
その黒煙の中から骨と皮だけの死人のような手が現れ、棺の縁に手をかける。
私は固唾を呑んでその光景を見つめる。
棺から現れたのは老人、いや能で登場するような翁面をかぶった者だった。真っ白な死装束のような服を纏っている。その翁は棺の前に立ち我々の方を見ている。しかし彼らからはなぜか全く生気が感じられないのだ。
棺に目をやると、また新たな者が出ようとしていた。今度は媼面をかぶった者だった。翁と同じく真っ白な死装束を纏っている。その後も次々と気味の悪い面をかぶった者たちが現れた。女面、鬼神面、そして最後は般若の面をかぶった者だった。
般若の面をかぶった者は他の者とは明らかに異なる様相を呈していた。その鬼気迫る表情には嫉妬、恨み、憎悪、怨念などこの世のありとあらゆる負の感情が宿っているかのようであった。
般若を見ていると自分の心が腐り果ててしまいそうで、思わず目をそらしてしまうほどだ。
「これが私が住んでいる世界──時任さん、直視できないでしょ」
「つばさちゃんはどうして……」
「私は子供の頃から人の死と向き合って来た。物心ついた時にはもう死んだ人が見えてたの」
「死んだ人が見えていた? つまり霊が見えていたということか?」
「ええ……この世に未練を残したままであの世に行けない人たち。その人たちの負の感情と共に生きてきた」
この子は子供の頃から今までずっとこのような負の感情に晒されてきたというのか。見た目は普通の可愛らしい女の子なのに、その内実では誰も想像がつかないような過酷な世界を生き抜いてきた……何という辛い人生なんだ。
つばさはおもむろに右目の眼帯を外すと、棺から出てきた者たちに向かって叫ぶ。
「あんたたち、そのままそこにじっとしてなさい」
つばさは私の方を向いた。そこにあったのは普通の右目ではなかった。彼女の右目の瞳が血のように真っ赤だったのだ。
「この右目を見て。これがこのダイスを振って手に入れた能力よ」
つばさの赤い瞳が私の心の奥底を覗いているかのような錯覚に陥る。そしてその赤い瞳が次第に怨念に満ちた殺意を帯びてくる。
突如息が苦しくなり、私はその場に膝をついた。急に酸素がなくなったようだ。さらに心臓を握られているような感覚に襲われ目の前が暗くなっていく。
「私に取り憑いている異界の住人、時任さんの霊体の核を握りつぶそうとしているわ」
この子、本気で私を殺そうとしているのか。危険──
そう感じた時、つばさの前に黒い霧が現れて彼女の首に巻きついていった。私にはその黒い霧が誰だかわかった。
「や、やめろ……イヴ」
かろうじて声を出せた。黒い霧を纏った女──イヴはつばさの首をつかんだままの状態で静止する。
「こ、ここまでよ」
急に普通の女の子の顔に戻るつばさ。同時に私の心臓が解放される。呼吸が徐々に落ち着きを取り戻す。
「これが時任さんの能力かな? ごめんね、試すようなことして。でもこうでもしないと説明が難しいし、時任さんも本性を出さないでしょ」
自分の首に化け物が手をかけているのにも関わらず、平然な顔で話すつばさ。私は呼吸を整えるとイヴに命じた。
「イヴ、その子から手を離すんだ」
イヴはつばさの首から手を離すと、そのままだらんと手を垂らした。
「ありがとう。この人、イヴっていう名前なんだ……」
つばさは何か言いたそうだったが、そのまま押し黙ってしまった。彼女の赤い瞳の奥の光が哀調を帯びていた。
「つばさちゃん、さっきは生きた心地がしなかったぞ」
「ごめんなさい」
しおらしく謝るつばさ。どうやら本気で謝っているようだ。
「イヴが君の首をへし折っていたかもしれない。こいつは化け物でも簡単に八つ裂きにしてしまうほどの力がある」
「へぇー、イヴさんってすごいんだね!」
つばさは自分の首がへし折られる寸前だったというのに、まったく怖気づいていない。
一方、私は棺から出てきた不気味な奴らから漂うただならぬ雰囲気に心穏やかではなかった。そんな私に気がついたつばさは、クスっと笑った。
「安心して。あの子たちは私の言うことを聞くわ。この右目で確認したから間違いない」
「右目で確認……それが君の能力か?」
「そうよ。私のこの右目は霊体と交信し、操作することができるの。あの子たちは霊体よ」
「霊体⁈ なぜ見えるんだ?」
「異常なまでの怨念がエネルギーになって体を持つのよ。でもあれは私たちの肉体とは違って物理的な制約を受けない」
「俺の霊体を攻撃した異界の者とは違うってこと?」
「本質的には同じだと思う。でもそこら辺の説明は少し難しいからまた今度ね」
もっと知りたいことがある。美沙の死の謎に関係があるかもしれない。あのダイスのことだけでも聞いておかなくては。
「ダイスとつばさちゃんの能力の関係は?」
「質問攻めね。でも約束だから言うわ。あのダイスを振ったことで異界の住人が私に取り憑き、右目がこうなったの」
「なるほど、最後に一つ。ダイスは何度振っても効果はあるのかい?」
「……」
急に黙ってしまうつばさ。何か言いたくないことがあるのだろうか。しかし、ルーレットで行き詰まってしまっている私にとって、この情報は喉から手が出るほど欲しい。
「そこで亡くなっている人──女性なんだけど、その人のおかげ」
「えっどういう意味?」
「ダイスはこの世に未練を残して亡くなった人のエネルギーを使うの。私は霊体と交信ができるって言ったでしょ。この世に彷徨う霊体を説得してエネルギーを分けてもらうのよ」
つばさは悲しげな視線を路上の遺体に向け、手を合わせる。
「この世に彷徨う霊体は恨みや憎悪の塊。私は彼らに『恨みを晴らしてあげるかわりに力を貸して』って言って説得するの。協力してくれる霊体は膨大なエネルギーを私に与えてくれる。それがダイスを起動させるエネルギーになる」
「昔からつばさちゃんは霊が見えていたと言っていたね。それが今の能力につながったのかもしれないな」
「そうね……でもこれは復讐のエネルギー。私にエネルギーをくれた霊体はその先どうなるか分からないわ……」
図鑑にはルーレットに魂を捧げろと書かれていた。やはりルーレットを起動するのには魂が関係しているのだろうか。
つばさは空を見上げる。私もつばさの視線を追いかけた。
私たちの上空には血のように赤い雲が広がっていた。
その黒煙の中から骨と皮だけの死人のような手が現れ、棺の縁に手をかける。
私は固唾を呑んでその光景を見つめる。
棺から現れたのは老人、いや能で登場するような翁面をかぶった者だった。真っ白な死装束のような服を纏っている。その翁は棺の前に立ち我々の方を見ている。しかし彼らからはなぜか全く生気が感じられないのだ。
棺に目をやると、また新たな者が出ようとしていた。今度は媼面をかぶった者だった。翁と同じく真っ白な死装束を纏っている。その後も次々と気味の悪い面をかぶった者たちが現れた。女面、鬼神面、そして最後は般若の面をかぶった者だった。
般若の面をかぶった者は他の者とは明らかに異なる様相を呈していた。その鬼気迫る表情には嫉妬、恨み、憎悪、怨念などこの世のありとあらゆる負の感情が宿っているかのようであった。
般若を見ていると自分の心が腐り果ててしまいそうで、思わず目をそらしてしまうほどだ。
「これが私が住んでいる世界──時任さん、直視できないでしょ」
「つばさちゃんはどうして……」
「私は子供の頃から人の死と向き合って来た。物心ついた時にはもう死んだ人が見えてたの」
「死んだ人が見えていた? つまり霊が見えていたということか?」
「ええ……この世に未練を残したままであの世に行けない人たち。その人たちの負の感情と共に生きてきた」
この子は子供の頃から今までずっとこのような負の感情に晒されてきたというのか。見た目は普通の可愛らしい女の子なのに、その内実では誰も想像がつかないような過酷な世界を生き抜いてきた……何という辛い人生なんだ。
つばさはおもむろに右目の眼帯を外すと、棺から出てきた者たちに向かって叫ぶ。
「あんたたち、そのままそこにじっとしてなさい」
つばさは私の方を向いた。そこにあったのは普通の右目ではなかった。彼女の右目の瞳が血のように真っ赤だったのだ。
「この右目を見て。これがこのダイスを振って手に入れた能力よ」
つばさの赤い瞳が私の心の奥底を覗いているかのような錯覚に陥る。そしてその赤い瞳が次第に怨念に満ちた殺意を帯びてくる。
突如息が苦しくなり、私はその場に膝をついた。急に酸素がなくなったようだ。さらに心臓を握られているような感覚に襲われ目の前が暗くなっていく。
「私に取り憑いている異界の住人、時任さんの霊体の核を握りつぶそうとしているわ」
この子、本気で私を殺そうとしているのか。危険──
そう感じた時、つばさの前に黒い霧が現れて彼女の首に巻きついていった。私にはその黒い霧が誰だかわかった。
「や、やめろ……イヴ」
かろうじて声を出せた。黒い霧を纏った女──イヴはつばさの首をつかんだままの状態で静止する。
「こ、ここまでよ」
急に普通の女の子の顔に戻るつばさ。同時に私の心臓が解放される。呼吸が徐々に落ち着きを取り戻す。
「これが時任さんの能力かな? ごめんね、試すようなことして。でもこうでもしないと説明が難しいし、時任さんも本性を出さないでしょ」
自分の首に化け物が手をかけているのにも関わらず、平然な顔で話すつばさ。私は呼吸を整えるとイヴに命じた。
「イヴ、その子から手を離すんだ」
イヴはつばさの首から手を離すと、そのままだらんと手を垂らした。
「ありがとう。この人、イヴっていう名前なんだ……」
つばさは何か言いたそうだったが、そのまま押し黙ってしまった。彼女の赤い瞳の奥の光が哀調を帯びていた。
「つばさちゃん、さっきは生きた心地がしなかったぞ」
「ごめんなさい」
しおらしく謝るつばさ。どうやら本気で謝っているようだ。
「イヴが君の首をへし折っていたかもしれない。こいつは化け物でも簡単に八つ裂きにしてしまうほどの力がある」
「へぇー、イヴさんってすごいんだね!」
つばさは自分の首がへし折られる寸前だったというのに、まったく怖気づいていない。
一方、私は棺から出てきた不気味な奴らから漂うただならぬ雰囲気に心穏やかではなかった。そんな私に気がついたつばさは、クスっと笑った。
「安心して。あの子たちは私の言うことを聞くわ。この右目で確認したから間違いない」
「右目で確認……それが君の能力か?」
「そうよ。私のこの右目は霊体と交信し、操作することができるの。あの子たちは霊体よ」
「霊体⁈ なぜ見えるんだ?」
「異常なまでの怨念がエネルギーになって体を持つのよ。でもあれは私たちの肉体とは違って物理的な制約を受けない」
「俺の霊体を攻撃した異界の者とは違うってこと?」
「本質的には同じだと思う。でもそこら辺の説明は少し難しいからまた今度ね」
もっと知りたいことがある。美沙の死の謎に関係があるかもしれない。あのダイスのことだけでも聞いておかなくては。
「ダイスとつばさちゃんの能力の関係は?」
「質問攻めね。でも約束だから言うわ。あのダイスを振ったことで異界の住人が私に取り憑き、右目がこうなったの」
「なるほど、最後に一つ。ダイスは何度振っても効果はあるのかい?」
「……」
急に黙ってしまうつばさ。何か言いたくないことがあるのだろうか。しかし、ルーレットで行き詰まってしまっている私にとって、この情報は喉から手が出るほど欲しい。
「そこで亡くなっている人──女性なんだけど、その人のおかげ」
「えっどういう意味?」
「ダイスはこの世に未練を残して亡くなった人のエネルギーを使うの。私は霊体と交信ができるって言ったでしょ。この世に彷徨う霊体を説得してエネルギーを分けてもらうのよ」
つばさは悲しげな視線を路上の遺体に向け、手を合わせる。
「この世に彷徨う霊体は恨みや憎悪の塊。私は彼らに『恨みを晴らしてあげるかわりに力を貸して』って言って説得するの。協力してくれる霊体は膨大なエネルギーを私に与えてくれる。それがダイスを起動させるエネルギーになる」
「昔からつばさちゃんは霊が見えていたと言っていたね。それが今の能力につながったのかもしれないな」
「そうね……でもこれは復讐のエネルギー。私にエネルギーをくれた霊体はその先どうなるか分からないわ……」
図鑑にはルーレットに魂を捧げろと書かれていた。やはりルーレットを起動するのには魂が関係しているのだろうか。
つばさは空を見上げる。私もつばさの視線を追いかけた。
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