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打算と誤算の女神を嘲笑う
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今までになく大胆な行動に打って出てきたアテナ。冷徹な笑みと無防備な姿、その明け透けな矛盾が不穏な雰囲気を醸し出していた。
『アテナはきっと何かを企んでいます。気をつけてください』
アマテラスの言う通りだ。あの慎重なアテナが策もなしに仕掛けてくるなんてことはまずあり得ない。
「ブラックフィールド……」
アテナの表情から笑みが消えた。
「女神を手にかけるとは悪魔の所業。その罪、万死に値する」
アテナの剣の穂先が光り、黄金の刃がいくつも飛んでくる。僕は造作もなくそれを躱す。
あの冷静沈着なアテナがなぜ、リスクを冒してまでこのようなたわいもない攻撃をしてくるのか。
僕は黄金の刃を躱しながら考えを巡らせる。
僕の体力を消耗させている? こんなこと一年中やってても僕が平気なことをアテナが知らないはずがない。
僕の攻撃を誘っているのか? いや、アテナにとってアマテラスを武器化したこの長刀の力は未知数、考えられない。
アテナ、君は何を企んでいる?
外れた刃が瓦礫を粉々にし、大量の砂塵を舞い上げていく。
そうか──恐らくこれは目くらまし。もしくは時間稼ぎ。アテナは何かを待っているのだ。
僕はアテナの動きをつぶさに観察した。冷静無比の機械人形のように繰り返し剣撃を打ち込んでくるアテナ。
しかし機械だって誤作動を起こす。アテナはその動作に紛れて、ほんの一瞬だけ上空に視線を動かしたのだ。僕はその一瞬を見逃さなかった。
『アマテラス、僕の上空に何か見えるかい』
僕はアテナに悟られないよう、アマテラスに上空を確認させた。
『はい。あ、あれは……遥か上空に別の神たちがいます! ゼウス、他にもヘラ、ガイア……』
滅多に人間界に降臨しない希少な神々……ほう、なるほど。アテナの狙いはこれか。
アテナは神々に援軍の要請をしていたのだろう。あれだけの神がいれば勇者の一人や二人、確実に始末できる。
絶体絶命、四面楚歌──
と、普通の勇者なら考えるのだろうか。でも僕は違う。嬉しくて鳥肌が止まらない。
あの神々も全て僕のこの能力で── 思わず口角が上がってしまう。
『なりません! いくら貴方でもこの状況では分が悪すぎます』
アマテラスに窘められる。心を見透かされてしまうほど興奮していたようだ。
彼らを出し抜ける策をいくつか考えついたのだが、ここは冷静になって確実にアテナを屠ることにしよう。
援軍に気づいていないふりをしたまま、アテナの間隙を突いてやる。
アテナの剣撃の雨が止んだ。
「勇者──いや愚者よ、冥府で悔いるが良い!」
アテナは自慢のアイギスの盾を投げ捨てると、黄金の剣を両手で持ち、勢いよく床に突き刺した。黄金の剣が眩い閃光を放つ。
「〈潔癖なまでの消却!〉」
光の波動が土煙を巻き上げながら突風のように迫ってくる。
この瞬間を待っていた。ここがアテナを討つ絶好のチャンス。
僕は豪炎を纏う長刀を強く握りしめ、全身全霊の力を込めて横一文字に払った。
真紅の一閃が黒い火花を散らしながら、弧を描くように広がっていく。
僕の手元から広がる紅い扇はアテナの放った光の波動を真っ二つにして、その後も空間を切り裂いていった。
切り裂かれた空間はぱっくりと口を開け、その断面から凄まじい炎が巻き起こる。
『私の一太刀はこの世の全てを焼き尽くす劫炎。空間であっても光であっても燃やして消炭にしてしまいます。いえ、消炭さえ残すことを許さないでしょう』
目の前に広がる猛々しい劫炎。紅の扇の上を踊り狂う炎龍。光の波動さえも炎の餌食になっている。
未曾有の光景が僕の血を煮えたぎらせる。僕はこんな時なのにも関わらず、痛いほど勃起していた。
『こ、こほん。そ、その、熱くなってくれて、私はこの上なく感激しています』
武器になった女神の考えることはよくわからない。
『アマテラス、気に入った。この刀は天照と命名するよ』
『本当ですか! 嬉しい!』
アマテラスの性格ってこんなだったろうか? 落ち着いたらしっかりと話してみよう。
僕はアマテラスと会話をしながらもアテナを探していた。先ほどまでアテナがいた空間は灼熱の炎に包まれている。
天照の一撃に巻き込まれたのなら、今頃は跡形もなく焼失してしまっているはず。
雷鳴が轟く。上空を見上げると、空に青い雷がほとばしっていた。
劫炎からもうもうと立ちこめる黒煙の向こうに、アテナを抱きかかえた青年の姿が見えた。
あの雷を纏う青年は恐らく最高神の一人、ゼウス。文献や彫像で見たことはあったが、直接見たのは今回が初めてだ。
『アマテラス、ゼウスがアテナを救出した瞬間を見た?』
『いえ。ゼウスが〈疾風迅雷〉で救出したのでしょう』
疾風迅雷──聞いたことがある。稲妻の如き速度の運動が可能で、瞬時に大陸の三つ四つを横断してしまうと。
ゼウスは無表情のまま僕を見下ろしていた。精悍な顔つきでありながら、どこか頼りなくて儚げな雰囲気を漂わせているのが印象的だ。
僕がゼウスを見つめていると、アマテラスが割って入ってきた。
『ゼウスを武器化するのは危険すぎます。それに、もうそこまで──」
背後に気配を感じて振り向くと、辛うじて原型をとどめている魔王の玉座の前に一人の女神が立っていた。
蔓が体に巻きついただけで、ほぼ裸体と言っていい容姿。こいつは地母神ガイア。民からも絶大な人気を誇る女神だ。
ガイアはおもむろに魔王の玉座をさすり始めた。すると、玉座から蔓がにょきにょきと生え、白い花を咲かせていく。すぐに蔓は萎れ消えていくのだが、驚くことにそこにあった玉座が元の立派な姿に戻っていたのだ。
復元か、それとも時間の操作か。この女神を武器にしたらどうなるのだろう? 僕は生唾を飲みこんだ。
ガイアは玉座の埃をさっと払うと、そこに腰をかけた。僕のことを全く気にかけず、栗色の長い髪をつまんで目の前でいじっている。
『勇者、離脱を』
『ああ、わかっているさ』
アマテラスが気にかけているのは、この神々の脅威よりも寧ろあの劫炎の結末の方だろう。
あの劫炎が空間を焼き尽くすと、焼き尽くされた空間に歪みが生まれ、その収束によるエネルギーでこの辺り一帯が消し飛んでしまう。
『空間に亀裂が走っています。もう時間がありません』
ゼウスを見上げると、彼の肩越しに僕を舐めるように見ている女神がいた。嫉妬と狂気の女神ヘラだ。
ヘラはゼウスの背後から彼の首に手を回し、もう片方の手でゼウスの股間を弄っていた。
ヘラは人間に味方する側にいるが、一部のカルト集団から盲信されるほど異常な残虐性や暴虐性を持つ女神。その能力は未知。数多くの怪物を使役できると聞いたことがあるが、定かではない。
ゼウスのさらに上空を見上げるとアテナがいた。アテナは黄金の剣を天に掲げている。何かを撃ってくる気だ。
こんな奴らがそう簡単に逃がしてくれるわけがない。例え逃げ切れたとしても、この世界にいてはすぐに見つかってしまう。そんなことは百も承知だ。
しかし、この世界のどこにも僕の逃げ場がないという事実が逆に全能の神たちを盲目にする。
僕はお気に入りのベヒモス革のポーチを探り、一枚の古ぼけた紙を取り出した。
「〈最後の審判!〉」
アテナの声と共に巨大な光の柱が天から降りてくる。僕はアテナに向かって大声で叫んだ。
「アテナ、君の望み通りの場所へ行ってくる。残念だけど戦いはお預けだ」
古ぼけた紙を広げ、ある一点を指差した。彼らが唯一追ってくることができない場所。
「〈行き先、辺獄の街へカト〉」
ゼウスが瞬時にして僕の目に前に現れたが、僕はにっこりと微笑んで彼の目の前から姿を消した。
辺獄の街へカト──冥府の入り口へ僕は飛んだのだ。天照が作った土産を置いて。
『アテナはきっと何かを企んでいます。気をつけてください』
アマテラスの言う通りだ。あの慎重なアテナが策もなしに仕掛けてくるなんてことはまずあり得ない。
「ブラックフィールド……」
アテナの表情から笑みが消えた。
「女神を手にかけるとは悪魔の所業。その罪、万死に値する」
アテナの剣の穂先が光り、黄金の刃がいくつも飛んでくる。僕は造作もなくそれを躱す。
あの冷静沈着なアテナがなぜ、リスクを冒してまでこのようなたわいもない攻撃をしてくるのか。
僕は黄金の刃を躱しながら考えを巡らせる。
僕の体力を消耗させている? こんなこと一年中やってても僕が平気なことをアテナが知らないはずがない。
僕の攻撃を誘っているのか? いや、アテナにとってアマテラスを武器化したこの長刀の力は未知数、考えられない。
アテナ、君は何を企んでいる?
外れた刃が瓦礫を粉々にし、大量の砂塵を舞い上げていく。
そうか──恐らくこれは目くらまし。もしくは時間稼ぎ。アテナは何かを待っているのだ。
僕はアテナの動きをつぶさに観察した。冷静無比の機械人形のように繰り返し剣撃を打ち込んでくるアテナ。
しかし機械だって誤作動を起こす。アテナはその動作に紛れて、ほんの一瞬だけ上空に視線を動かしたのだ。僕はその一瞬を見逃さなかった。
『アマテラス、僕の上空に何か見えるかい』
僕はアテナに悟られないよう、アマテラスに上空を確認させた。
『はい。あ、あれは……遥か上空に別の神たちがいます! ゼウス、他にもヘラ、ガイア……』
滅多に人間界に降臨しない希少な神々……ほう、なるほど。アテナの狙いはこれか。
アテナは神々に援軍の要請をしていたのだろう。あれだけの神がいれば勇者の一人や二人、確実に始末できる。
絶体絶命、四面楚歌──
と、普通の勇者なら考えるのだろうか。でも僕は違う。嬉しくて鳥肌が止まらない。
あの神々も全て僕のこの能力で── 思わず口角が上がってしまう。
『なりません! いくら貴方でもこの状況では分が悪すぎます』
アマテラスに窘められる。心を見透かされてしまうほど興奮していたようだ。
彼らを出し抜ける策をいくつか考えついたのだが、ここは冷静になって確実にアテナを屠ることにしよう。
援軍に気づいていないふりをしたまま、アテナの間隙を突いてやる。
アテナの剣撃の雨が止んだ。
「勇者──いや愚者よ、冥府で悔いるが良い!」
アテナは自慢のアイギスの盾を投げ捨てると、黄金の剣を両手で持ち、勢いよく床に突き刺した。黄金の剣が眩い閃光を放つ。
「〈潔癖なまでの消却!〉」
光の波動が土煙を巻き上げながら突風のように迫ってくる。
この瞬間を待っていた。ここがアテナを討つ絶好のチャンス。
僕は豪炎を纏う長刀を強く握りしめ、全身全霊の力を込めて横一文字に払った。
真紅の一閃が黒い火花を散らしながら、弧を描くように広がっていく。
僕の手元から広がる紅い扇はアテナの放った光の波動を真っ二つにして、その後も空間を切り裂いていった。
切り裂かれた空間はぱっくりと口を開け、その断面から凄まじい炎が巻き起こる。
『私の一太刀はこの世の全てを焼き尽くす劫炎。空間であっても光であっても燃やして消炭にしてしまいます。いえ、消炭さえ残すことを許さないでしょう』
目の前に広がる猛々しい劫炎。紅の扇の上を踊り狂う炎龍。光の波動さえも炎の餌食になっている。
未曾有の光景が僕の血を煮えたぎらせる。僕はこんな時なのにも関わらず、痛いほど勃起していた。
『こ、こほん。そ、その、熱くなってくれて、私はこの上なく感激しています』
武器になった女神の考えることはよくわからない。
『アマテラス、気に入った。この刀は天照と命名するよ』
『本当ですか! 嬉しい!』
アマテラスの性格ってこんなだったろうか? 落ち着いたらしっかりと話してみよう。
僕はアマテラスと会話をしながらもアテナを探していた。先ほどまでアテナがいた空間は灼熱の炎に包まれている。
天照の一撃に巻き込まれたのなら、今頃は跡形もなく焼失してしまっているはず。
雷鳴が轟く。上空を見上げると、空に青い雷がほとばしっていた。
劫炎からもうもうと立ちこめる黒煙の向こうに、アテナを抱きかかえた青年の姿が見えた。
あの雷を纏う青年は恐らく最高神の一人、ゼウス。文献や彫像で見たことはあったが、直接見たのは今回が初めてだ。
『アマテラス、ゼウスがアテナを救出した瞬間を見た?』
『いえ。ゼウスが〈疾風迅雷〉で救出したのでしょう』
疾風迅雷──聞いたことがある。稲妻の如き速度の運動が可能で、瞬時に大陸の三つ四つを横断してしまうと。
ゼウスは無表情のまま僕を見下ろしていた。精悍な顔つきでありながら、どこか頼りなくて儚げな雰囲気を漂わせているのが印象的だ。
僕がゼウスを見つめていると、アマテラスが割って入ってきた。
『ゼウスを武器化するのは危険すぎます。それに、もうそこまで──」
背後に気配を感じて振り向くと、辛うじて原型をとどめている魔王の玉座の前に一人の女神が立っていた。
蔓が体に巻きついただけで、ほぼ裸体と言っていい容姿。こいつは地母神ガイア。民からも絶大な人気を誇る女神だ。
ガイアはおもむろに魔王の玉座をさすり始めた。すると、玉座から蔓がにょきにょきと生え、白い花を咲かせていく。すぐに蔓は萎れ消えていくのだが、驚くことにそこにあった玉座が元の立派な姿に戻っていたのだ。
復元か、それとも時間の操作か。この女神を武器にしたらどうなるのだろう? 僕は生唾を飲みこんだ。
ガイアは玉座の埃をさっと払うと、そこに腰をかけた。僕のことを全く気にかけず、栗色の長い髪をつまんで目の前でいじっている。
『勇者、離脱を』
『ああ、わかっているさ』
アマテラスが気にかけているのは、この神々の脅威よりも寧ろあの劫炎の結末の方だろう。
あの劫炎が空間を焼き尽くすと、焼き尽くされた空間に歪みが生まれ、その収束によるエネルギーでこの辺り一帯が消し飛んでしまう。
『空間に亀裂が走っています。もう時間がありません』
ゼウスを見上げると、彼の肩越しに僕を舐めるように見ている女神がいた。嫉妬と狂気の女神ヘラだ。
ヘラはゼウスの背後から彼の首に手を回し、もう片方の手でゼウスの股間を弄っていた。
ヘラは人間に味方する側にいるが、一部のカルト集団から盲信されるほど異常な残虐性や暴虐性を持つ女神。その能力は未知。数多くの怪物を使役できると聞いたことがあるが、定かではない。
ゼウスのさらに上空を見上げるとアテナがいた。アテナは黄金の剣を天に掲げている。何かを撃ってくる気だ。
こんな奴らがそう簡単に逃がしてくれるわけがない。例え逃げ切れたとしても、この世界にいてはすぐに見つかってしまう。そんなことは百も承知だ。
しかし、この世界のどこにも僕の逃げ場がないという事実が逆に全能の神たちを盲目にする。
僕はお気に入りのベヒモス革のポーチを探り、一枚の古ぼけた紙を取り出した。
「〈最後の審判!〉」
アテナの声と共に巨大な光の柱が天から降りてくる。僕はアテナに向かって大声で叫んだ。
「アテナ、君の望み通りの場所へ行ってくる。残念だけど戦いはお預けだ」
古ぼけた紙を広げ、ある一点を指差した。彼らが唯一追ってくることができない場所。
「〈行き先、辺獄の街へカト〉」
ゼウスが瞬時にして僕の目に前に現れたが、僕はにっこりと微笑んで彼の目の前から姿を消した。
辺獄の街へカト──冥府の入り口へ僕は飛んだのだ。天照が作った土産を置いて。
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