死んでもあなたはそこにいる。

ゆったり

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死んでもあなたはそこにいる。

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これは、友人の発言から着想を得た話である。
友人の発言を使ってコンクールに応募し、作家になろうとしている私は、人から借りたものを返さないレベルの愚かな人間なのだが、友人も引けを取らない男……。というより、借りたものを返さない男の代表例なので、見逃して貰いたいと思う。
 ある私の友人である作家は、金にがめつく、よく人からお金を借り、そのお金を返さないどころか返したことにして、またその人からお金を借りようとするどうしようもない男だった。
しかしその男には、誰にも代えがたいものがあり。それ故、というと聞こえが悪いのだが、この男とよく話をするのだ。その代えがたいものと言うのは、彼特有の文才だった。あらゆる作家の本を読んできたが、この男以上に奇想天外なことを言える男はいないのでは無いかと思う。そんな男と、飯を食う誘いをした時に、飯代を奢る代わりに一つ飯屋に行く道中で質問をした。
「小説を書く上で大切なことってなんだと思う?」と、ほとんど無くなるであろう財布の中身を確認しながらいった。その質問に対して彼は、迷いなく
「死じゃねーの?」と言ったのだ。一瞬にして、お金を無駄使いしたことを後悔しつつ話を聞くと、彼曰く「死は、パレット」とのことらしい。全く意味がわからなかった。死という言葉とパレットという言葉は分かるのに、それを繋げることで生まれるであろうシナジーを理解することが出来ないのだ。というより、シナジーなんてものはなくただ、適当に言葉を無差別に組み合わせただけと考える方が近い気がした。どちらにしても、理解という漢字二文字からは程遠い概念が、脳内に形成された。ポカーンと空いた口を見て友人は、
「いづれ分かるさ。」と妙に得意げに腕を組みながら言い、左ポケットに忍ばせた古典的な銀色のライターとよく見るパッケージの葉タバコを取りだし、なんの抵抗もなく私の真横で吸った。その後、私たちにとってなんら変わりない彼との少し遅いランチタイムを交わして、帰宅した。
 またいつかあの言葉の意味について聞こうと考えていたのだが、この意味について彼が語ることはなく 彼は姿を消すこととなった。正確には、私があの言葉の意味を彼に聞くことなく交通事故で姿を消すことになった。という方が正しいだろう。また思い出すことになったのは、彼の弔電を受けてから地球が四回回りかけるくらいのことだった。
 日を浴びるだけで虚無感に苛まれたので、屛居して詩作に更けた。どうしようもない男だったが、友人は友人だったのだろう。明らかに彼が死ぬ前の生活から一変してしまったのだ。それによって、寂しさを紛らわす為に、彼のように煙草を吸いながら煙の中執筆していた。。そんな煙草の味は、敢えて言うならほろ苦く、妙な深みがそこにはあった。吸っている瞬間だけは、亡き大物作家になれたような気がした。彼自身が大物かと問われればそうではなかっただろうが、俺にとっては、立派とは口が裂けても言えないけれど大物作家だった。その感覚に依存してか、まとまったお金を横目に何本も吸った。彼がヘビースモーカーだったかとさらに、問われればそうではなかっただろうが、脳に従って吸い続けた。そんな時にふと彼の言っていた、妙な発言を思い出した。
『死は、パレット』吸った煙草の火を消しつつ亡き友人になるが如くその言葉を反芻させた。
やがてこの言葉の意味を私は理解した。いや、俺は理解した。という方が、彼らしいだろう。
  死はパレット、死というツールは、どんな作品であっても不可欠なのだと彼は、言いたかったんだと思う。
俺が蟄居屛息して、書いたものは、全て死に関する内容だった上にどれもこれも「死」がなければ完結しなかった話なのだ。「死」が、新人作家特有の拙さを消したと言ってもいいだろう。要するに「死」が、新人作家に足らない詩的な表現と言うべき要素を解決したのである。
「死」は、表現技法なのだ。その意で、きっと彼は、
パレットと表現したのだろう。もしそうだとするならば、あの言葉に意味とのシナジーがないと言ったことは、訂正しておくことにしよう。しかしそれなら、どちらかというと「筆」と表現する方が適切な気もするのだ。故に俺のなりきりは、所詮なりきりでしかなくただの妄言でしかないのかもしれない。
 どんなに似ててもモノマネは、モノマネであり、本人以上に似ていることが存在しないように、俺のなりきりもまた、ただのお笑い芸人の一芸のようなものに過ぎないのかもしれない。しかし世の中には、『死人に口なし』というオプチュニズムの臨界点のような言葉が、存在している。つまり、俺が彼になって、なんと言ったとしても。なりきりさんが正解なのである。亡き友人からあるかも分からない死後の世界で説教を受ける羽目になるかもしれないが、それはそれで答え合わせができるので、むしろ楽しみまであるだろう。亡き友人に代弁して……。いや、私の愛すべき友人に代弁して、『死がない』小説は、『詩がない』うえに『しがない』と、言いたかったのだと勝手に言っておこう。我ながら素晴らしい結論に自分を褒めたたえたくなる。
 ただ、そもそも「死」が、小説を作るという点において抜けがあるようにも見えるてしまう。事実、抜けがないかあるかと問われれば当たり前だがあるのだ。死がない小説でおもしろいものも、世の中には、たくさん存在している。例えば、中島敦さんの書いた『山月記』ですら形式上では、死んではいないのだ。故に、死がない小説にはなるのだ。だが、『山月記』では、主人公である男は、姿を消すことにはなるのだ。
物語では、死んでは無いのだが、人の心を失ったあの男は、死んだと言っても差し支えないだろうと思うのである。そう考えれば、太宰治さんの書いた『走れメロス』ですら、山賊は死んだようなもんだし人質を助けるストーリーの時点で、作中で死者として挙がっていなくても「死」を使っていないかと問われると首を横に振らざるおえないのだ。『温故知新』にのっとるなら彼が言っていた理論も概ね正しいことが分かる。
 亡き友人が、もしもここまで考えてあの一瞬で私の質問に対して回答していたのであれば、間違っていたとしても私にとっては、『解答』であり、答えなのだ。私生活はどうしようもなかったが交通事故なんていう、ありきたりな死に方で死ぬには、とても惜しい人材だったと思う。彼には、不相応な死に方で、それこそ虎にでもなって姿を消すか、柄では無いが、待ち人に会うために走って燃え尽きる死に方の方が幾分マシだった。なのに私に連絡なく勝手に死にやがったのだ。許し難いがそんなことよりも彼は今、何をしているかの方が気になってしまった。幻想的な景色でも見て楽しんでいるのだろうか?
どう言ったところで答えは帰ってこないのに、何故か想像してしまう。
 故人のくせに私の頭から離れないのだ。これもまた、小説における詩的な要素なのだろうか。死の効果と言うやつなのだろうか。はたまたこれを『死の美学』なんて言い方をするのだろうか。そんな程よい嘘のような言葉が存在するなら私の友人は、死という美学の探求者になったのだと称え、私としてもあの死に方を勿体無いなんて、確実に言わなくなるだろうに、きっとそんな言葉は、世の中に存在していないのだろう。美の為に死んだ。そんな都合のいい自殺文句があるのなら俺もまたその「美」とやらになりたいとさえ思えてしまう。だがきっと、俺の亡き大物作家である友人は、それを良しとしないのだろう。だが、そんなの我儘だろう。あまりにもエゴイスティックすぎる。クズが案外しぶとく生き残るのが、物語の定石だと言うのに、彼は先に死んだ。俺を置いて先に旅立った。死んだ先に幸せがあるってのは、そう思いたいだけの妄言だ。そんなものなんてありはしない。死んではいなくても断言だけはできる。涙しながら、突っ伏した机を叩き続けた。そこには、何作も完成するはずだったみすぼらしい作品の死屍累々が募った。涙が原稿用紙を水とともに流してしまった。灰皿に溢れるタバコは、私の溢れ出続ける感情を表していた。その場所に残った哀愁とタバコの香りは、敢えて言うならやはりほろ苦かった。涙でボロボロになった原稿用紙に手向けの花としてこの作品を書き記した。墓石に文字を刻むように、死屍累々となった作品の中のひとつに『幸田 祐平』の文字を彫った。その文字は、原稿用紙に本文として書き記した文字と比べてひどく乱筆になっていた。灰皿に残ったタバコの山の中の一つが、安心したかのように僅かに灯していた火を消すのだった。
 そこから数十年の時が経った頃。亡き友人の墓に手紙を置くべく、埃がかぶった万年筆を握った。

拝啓
 春の桜が徐々に散りつつある今日この頃に、
  このたびは、手紙と共に、私のあなたが亡くなった頃に書いていた。「死んでもあなたはここにいる。」という作品を送らせて頂きたく思います。あなたが亡くなってから時計は、針がないものに変わり、携帯は、さらに薄くなってしまいました。兵どもが夢の跡なんて言葉がありますが、私も今似たような心情になっています。勿論、あなたが亡くなったことも含めてですがね。
 冗談です。寧ろあなたがいなくなったことで貯金が溜まるようになったので老後も安心になりました。ただ、会えないのは、やはり寂しいものがあるので墓から少しでも顔を出してみては如何でしょうか?とはいえ、顔を出す日は、私だけがいる日にしてくださいね。皆怖がってしまいますから。
 また近いうちに妻と一緒に顔を出そうとおもっています。わかっているとは思いますが顔は出さないでくださいね。妻どころか娘にも悪影響ですのでね。
                                   敬具
○○○○年         
                幸田 祐平
葉書 親愛なる亡き大物作家様
PS 傍から見ればどうしようもない人でも誰かにとっては、尊敬されるすごい人なのかもしれません。
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