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「え……」

 何が起きたのか理解できなかった。下級とはいえ洞窟の魔力を吸収し、壁を覆うほどの力を蓄えていた悪魔が、煙のように消えてしまった。
 呆然と振り返った視線の先には、こんな場所にいるというのに埃ひとつ付着していない、どこか聖職者めいた瀟洒な黒衣を身にまとったインキュバス。薄く柔らかそうな唇には、小さな笑みが浮かんでいる。

「今のは……あの、あなたが?」
「そうだけど。暇だったし、こんな辛気臭いところさっさと出たいから」

 事もなげに言われて冷や汗が浮かんだ。到底自分なんかに使役できるとは思えない強大な力を前にして、魔法使いの本能が悲鳴を上げる。

「強いんですね……」
「質のいい魔力は相応の悪魔を呼び出せるってだけだよ、君は制御面では話にならないみたいだけど、それはこっちには関係ない話だし」

 話を総合すると、私は魔法使いとしては全く駄目だけど強い悪魔を呼び寄せる魔力貯蔵庫としては優秀らしい。それが喜ぶべきことかどうかはわからないけど……上手く立ち回れば人々を悪魔から守ることはできる、はず。

「ところで」

 と瞳を覗きこまれて私は息を呑んだ。しまった、こんな近くでインキュバスと目を合わせたらと後悔したけれど、蕩けるような視線を前にすると足が縫い止められたように動かなくなる。息が上がって、下腹部の奥に、経験したことのない疼きが生まれて。

「エルナトは、術者が使役する悪魔に魔力を与える方法を知ってる?」
「え……け、血液とか……結晶化させた魔力の受け渡しとか……」
「正解、でも高位の悪魔は欲深くて人をだますのが上手いから、隙あらば魔力を吸い尽くそうとする。こっちは人間との契約なんて暇つぶしで、破棄しても困らないからね。君みたいな主導権を握れない魔法使いじゃ召喚したその日に喰われてお終いだ、でも」

 冷たい手がに触れた時の、ぞくりとする感覚が駄目なものだとわかっていても抗えない。膝から力が抜けて、気がつけば目の前の相手に寄りかかっていた。悪魔に。若い異性に。どちらの意味でも立場上許されるわけがないのに。

「俺は直接魔力を吸わない。人間を喰う趣味もない。自分で言うのも変な話だけど、エルナトは良い悪魔を引き当てたと思うよ」

 指の長い大きな手に背中を撫でられる。それだけで全身を巡る血がじわじわと熱を帯びて、あ、と無防備な声が洩れた。自分でも知らない身体の深いところがきゅうっと締まって、内側から蕩けていく。

「一応呼び出されてすぐ働いたわけだし、そろそろ報酬を貰っていいと思うんだけど」

 口開けて、と囁かれて、何の抵抗もなく従いそうになった私は、けれど不意に鼓膜を震わせた乾いた音にハッと目を見開いた。
 足元に杖が転がっている。立派な魔法使いになれるようにとお祖母様から贈られた大切な杖が。そう認識した瞬間、悪魔に服従しかけていた意識がわずかに踏みとどまる。

「ま、待って……じゃない、待ちなさい悪魔コルバス、正式に私と契約を結ぶのならば宣誓が必要です。だ、誰が誰の従者となるのかこの場で……」
「ああ、血の盟約により地獄の使者コルバスはサラ家エルナトのしもべとなる、だっけ。ちゃんと覚えてて偉いね」

 魔法を介した契約は、口に出して誓わなければ脆くなる。滑らかな声とともに背骨に糸が通るような感覚が生まれて、契約に成功したのだとおぼろげに自覚した。これで、私はこの悪魔と主従の関係になった。強大な力を得る対価は術者の魔力。つまりインキュバスに対しては。

 思考のもやが晴れたことで、信じられないほどの羞恥が心臓を苛むのを感じながら、私は俯いたまま蚊の鳴くような声で続けた。

「それと、こ、こういうことは初めてなので……できればその、お手柔らかに……」

 最後はほとんど吐息のようになってしまった声音に、頬どころか耳やうなじまで熱くなる。それが余程おかしかったのか、堪えきれないとばかりに喉奥で笑って、美しい悪魔は恭しい手つきで私の頬に触れた。


「かしこまりました、ご主人様」
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