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「っ……?」
それが何なのか、初めは理解できなかった。どこもかしこも体温に乏しいアルクス様の印象を裏切る濡れた器官。
指で開いた隙間から口腔に潜りこんで、歯列の縁をなぞられたとき、雷に打たれたように理解した。アルクス様の舌が口の中に触れている、アルクス様に口腔を侵されていると。
「ぅ、んんっ」
まるで知らない、自分の身に起きるなんて想像もしていなかった深い口付けに、私は少しの間、抵抗すら忘れた。一般的な考え方として、少なくともシルヴァの貴族にとって、口付けとは成婚の儀において初めて許されるもの。その決まりを破ってしまっただけでも後ろ暗いのに、こんな生々しい、身体の内側が触れ合うような口付けをするなんて。
厚みのない柔らかな舌は、稜線を確かめるように歯列を辿る。一本一本丁寧に。そのまま上顎の柔らかい箇所を舌先でくすぐられると、頭の芯がじんと痺れた。
「ふ、ぁ……」
息が苦しい。逃げ場なく口元を覆われて、ぎこちなく呼吸するたびに思考がぼやけていく。歯の付け根、下顎の裏、内頬、口腔のすみずみまで征服されて、無意識に逃げを打つ舌は、けれどすぐに絡め取られて呼吸ごと奪われる。
「んっ、ぅ……っ、んん……ッ」
荒々しささえ感じる舌がアルクス様のものであることが信じられない。ざらついた表面となめらかな裏側がくり返し擦れ合って、口角から唾液があふれそうになる。唇が離れる合間を縫って息を継ぐと、ひどく乱れた吐息が洩れた。
膝が震える。力が抜けてしまう。どう抗えばいいのかわからなくて、嵐が去るのを待つように口付けを受け入れていた私は、けれど次の瞬間、全身を硬直させた。喉元に触れていたアルクス様の手が下がって、長衣の上から腿を撫でたから。
「は……、ぇ、あ……?」
熱に浮かされたようだった意識が急激に凍りつき、ひび割れる。同時に唇がゆっくり離れて、皮膚の表面を撫でる呼気に背すじがざわめいた。
ゆったりとした布地越しに、アルクス様の手の質量を感じる。指先が浅く食い込んでいる。二本の指が器用に布地をたくし上げて、普段隠されている下肢の肌に空気が触れる気配がした。
「ア、アルクス様……な、なに……」
あまりの状況に、声が出ない。絹衣の長衣と、中に着ている白麻の下着がアルクス様の手元でわだかまって、こわばった右足が晒されていく。やがて中指の腹が素肌に届いたかと思えば、すぐに剥き出しの腿を手の平でさすられて、口の中で舌が浮いた。
「だ、だめです、離して……」
喉が震える。刃を突きつけられたような切れ切れの声で、私は必死に懇願した。弱々しく首を横に振ると不意に耳朶に唇が触れて、喉から悲鳴が上がりそうになる。信じられないほど近い位置から、吐息混じりの声音で囁かれる。
「複合型の術がかかっているようだが、どれも細部が甘い。こんなもの、少し腕に覚えのある魔法使いなら外からでも解除できてしまう」
「おっしゃる意味、が……」
「例えば、」
アルクス様が短い詠唱を口にすると、体の内側で、ふつりと糸が切れるような感覚が生じた。何かの魔法が解かれた、そう知覚すると同時に、強烈な悪寒が背中を這い上がる。
多くの貴族の子女は、子供の内に身を守るための魔法をいくつかかける。自身の魔力によって半永久的に作動し、特殊な薬を飲まなければ解除できないそれを、私は普段意識すらしていなかった。結婚しない限り、触れる必要のないものだから。
耳殻にじわりと歯を立てて、アルクス様がこともなげに続けた。
「これで貞操防護の加護が消えた、私は君の純潔を奪うことができる」
それが何なのか、初めは理解できなかった。どこもかしこも体温に乏しいアルクス様の印象を裏切る濡れた器官。
指で開いた隙間から口腔に潜りこんで、歯列の縁をなぞられたとき、雷に打たれたように理解した。アルクス様の舌が口の中に触れている、アルクス様に口腔を侵されていると。
「ぅ、んんっ」
まるで知らない、自分の身に起きるなんて想像もしていなかった深い口付けに、私は少しの間、抵抗すら忘れた。一般的な考え方として、少なくともシルヴァの貴族にとって、口付けとは成婚の儀において初めて許されるもの。その決まりを破ってしまっただけでも後ろ暗いのに、こんな生々しい、身体の内側が触れ合うような口付けをするなんて。
厚みのない柔らかな舌は、稜線を確かめるように歯列を辿る。一本一本丁寧に。そのまま上顎の柔らかい箇所を舌先でくすぐられると、頭の芯がじんと痺れた。
「ふ、ぁ……」
息が苦しい。逃げ場なく口元を覆われて、ぎこちなく呼吸するたびに思考がぼやけていく。歯の付け根、下顎の裏、内頬、口腔のすみずみまで征服されて、無意識に逃げを打つ舌は、けれどすぐに絡め取られて呼吸ごと奪われる。
「んっ、ぅ……っ、んん……ッ」
荒々しささえ感じる舌がアルクス様のものであることが信じられない。ざらついた表面となめらかな裏側がくり返し擦れ合って、口角から唾液があふれそうになる。唇が離れる合間を縫って息を継ぐと、ひどく乱れた吐息が洩れた。
膝が震える。力が抜けてしまう。どう抗えばいいのかわからなくて、嵐が去るのを待つように口付けを受け入れていた私は、けれど次の瞬間、全身を硬直させた。喉元に触れていたアルクス様の手が下がって、長衣の上から腿を撫でたから。
「は……、ぇ、あ……?」
熱に浮かされたようだった意識が急激に凍りつき、ひび割れる。同時に唇がゆっくり離れて、皮膚の表面を撫でる呼気に背すじがざわめいた。
ゆったりとした布地越しに、アルクス様の手の質量を感じる。指先が浅く食い込んでいる。二本の指が器用に布地をたくし上げて、普段隠されている下肢の肌に空気が触れる気配がした。
「ア、アルクス様……な、なに……」
あまりの状況に、声が出ない。絹衣の長衣と、中に着ている白麻の下着がアルクス様の手元でわだかまって、こわばった右足が晒されていく。やがて中指の腹が素肌に届いたかと思えば、すぐに剥き出しの腿を手の平でさすられて、口の中で舌が浮いた。
「だ、だめです、離して……」
喉が震える。刃を突きつけられたような切れ切れの声で、私は必死に懇願した。弱々しく首を横に振ると不意に耳朶に唇が触れて、喉から悲鳴が上がりそうになる。信じられないほど近い位置から、吐息混じりの声音で囁かれる。
「複合型の術がかかっているようだが、どれも細部が甘い。こんなもの、少し腕に覚えのある魔法使いなら外からでも解除できてしまう」
「おっしゃる意味、が……」
「例えば、」
アルクス様が短い詠唱を口にすると、体の内側で、ふつりと糸が切れるような感覚が生じた。何かの魔法が解かれた、そう知覚すると同時に、強烈な悪寒が背中を這い上がる。
多くの貴族の子女は、子供の内に身を守るための魔法をいくつかかける。自身の魔力によって半永久的に作動し、特殊な薬を飲まなければ解除できないそれを、私は普段意識すらしていなかった。結婚しない限り、触れる必要のないものだから。
耳殻にじわりと歯を立てて、アルクス様がこともなげに続けた。
「これで貞操防護の加護が消えた、私は君の純潔を奪うことができる」
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