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4.呪われた戦士
後編
しおりを挟む「その宝箱についてですが、怪しく思ったのは、開ける前と後のどちらですか? パーティーに盗賊などの感知技能を持った方はいらっしゃいましたか?」
「ええ、感知魔法を使える者がいたんですが……廃宮殿と同じパーティーです。そこに比べるとホルスト洞窟の難度はもの足りなく、強敵といえるモンスターもすでに倒されていましたので、それでちょっとした遊び気分で、宝箱を調べずに開けたら独り占めできるという……いま思えばバカげた遊びです。解呪の治癒魔法を使えるやつもいないのに……。ああ、開ける前に怪しいとは思ったんですけど、怪しいからこそ財宝が入ってると思っちゃったんですよ……白金のぶんを取り戻したいとも思いましたし……」
デールさんは床に貼り付いていて顔は見えませんが、頬だけが動いてしゃっべっているのは視認できます。かつてこのような姿勢で面接に臨まれた方はいらっしゃいません。質疑応答が可能であれば構いませんが。
指定冒険地域においては、地理局の国土調査チームが常時調査を行って地形実態や出現モンスター等の危険度により、立ち入り許可のランク制限を設けています。
この調査書と過去の冒険者実績を参照して冒険者ギルドが攻略推奨レベルを定めています。標本とする冒険者の帰還率が七割以上であれば冒険立ち入り可、冒険目的の達成率が五割以上であれば推奨、といった具合です。野生の肉食動物における狩りの成功率が一割弱から五割と考えると妥当な結果なのでしょう。ただし野生動物における狩猟行動は冒険者の収入以上に生存に直結しますので比較が適切かはわかりません。冒険者は事前準備ができますし未達成帰還の判断も可能です。そもそも冒険自体が任意ですから。冒険者は狩られる側として見ることもできます。
そしてこの攻略難易度は、全体的には年々下がっていく傾向にあります。これは冒険者たちによる集合的経験により攻略方法が確立されていくからで、先駆者により危険が取り除かれる影響は微々たるものです。
強敵モンスターがいなくなれば、より強いモンスターが代わって現れるだけです。危険は絶えず棲み着くものですし地図が常に完璧とはいえません。だからこそ冒険指定地域として定められているわけです。
デールさんの行かれたホルスト洞窟もそのひとつです。難易度の低さ、つまり帰還率の高さは生存の保証ではありませんし、冒険であるからには誰しもが最初の犠牲者になる可能性があります。勇者のみならず冒険者として必要な認識です。
「危険である認識と、その対策がなかったということですか?」
「ああ、いえ、危険は承知です。いつも体を張ってるわけですし。でもですよ、宝箱の罠や呪いって、宝箱全体からすると確率は低いですよね。だから対策はなくても大丈夫だと考えました。自分の運の悪さを考えていなかったのが原因です……」
ちがいます。
「なぜ危険性の疑われる宝箱を開けたのですか?」
「なぜって言われても……。宝箱があったら、開けたくなるじゃないですか」
「わかる!」
私の後ろからリリーが声を上げました。
すぐに着席したようですので、面接への影響はないものと判断します。
質問を続けます。
「先ほどの質問に戻りますが、そのホルスト洞窟での成果を教えてください」
「ええっと、金額でいうと結局、俺の取り分は金貨二枚でした。攻略度からすると平均的だと思います。でも、呪いの治療には金貨三枚がいるんですよね……ああっ!」
デールさんが突然、立ち上がりました。
体をのけ反らせ、ふたたび大剣を振り回しながら走り出します。
ランプシェードが破壊されました。
ランプ本体も割れていますので椅子のぶんも合わせると、ちょうどデールさんの取り分である金貨二枚ぶんの損害でしょうか。デールさんの大柄の体格とこの大剣の間合いでは天井にも届くでしょうから、高額なガラス照明まで壊されたら金貨二枚どころではありません。
いま、三枚を超えました。
壁掛けの絵画が真横に破られたからです。ランプシェードとともに英雄称号課各来客室用風紀項目の経費内で購入したものです。リリーに選定を任せたところ奇妙なウサギが剣を掲げている絵画になりましたが、ようやく交換できる機会が訪れたようです。カメの形のランプシェードもリリーの選定です。
室内風紀はともかく、状態異常時の責任阻却期間は罹患後丸一日間ですので、二日を経ているデールさんには責任を持って全額弁償してもらいます。しかし今は面接中ですので職務を優先します。請求書はその後でリリーに用意してもらいます。購入の選定は私が行いますが。
デールさんは大剣を両手で持ち、コマのように体を回転させています。
「すみません! 本当にすみません!」
「デールさんが勇者になられたとして、具体的にどのような工夫で冒険をなさいますか?」
「そっちに行ってしまったら避けてくださいね! えっとですね、俺は自分で言うのもなんですが、けっこう調べ物とか得意なんですよ。過去の資料や経験から確率を分析するんです。さっき言った宝箱もそうです、罠の確率は低いから、それこそ勇気を持った挑戦です。勇者は冷静な判断が必要になりますから、より成功につながる判断を心がけたいと思います!」
デールさんはその場で回りながら言うのですが、顔の位置は変わらないので聞き取りやすくはあります。
どうやらデールさんは確率というものについて履き違えた解釈をしているようです。
確率は重要性と関係がありません。危険性において頻繁に起きない事態は、たいてい最悪の事態だからです。宝くじの話ではありませんが一生を左右するほどの可能性であれば期待値は無視できます。この宝箱の場合では、低確率で起こる危険への備えを重視すべきでした。現時点のデールさんの呪いの損害賠償はその冒険の報酬を超えていますから。
損害はまだ増えそうな勢いです。
デールさんの回転が加速し、大剣はこちらへ向かってきます。
リリーがハンドベルを手に取りました。
「室長、黒服さんを呼びましょうか?」
「いいえリリー。ベルを置いてください」
仮にですが、デールさんの状態異常に責任阻却が適用されたとしても、宮廷公務員への暴行行為については責任能力による免責事項はありません。しかし管理局の規定では、局課室担当長は職務上であれば違法行為よりも職務権限を優先することができます。
いかなる事態であれ面接は終了時間まで続行します。途中で退室させることは評価基準の示唆につながりますから。
とはいえ、魔法水晶の置き時計は時間を告げています。
私の目の前でデールさんが大剣を振り回しているので見えづらくはありますが、間違いなく面接終了時刻は近づいています。
「ああ! そっちに行きます! よけてください!」
「最後になりますが、勇者称号について質問はありますか?」
「やっぱりダメですかね、俺! 面接で暴れたら落ちちゃいますかね!」
「合否結果は後日郵送します」
「呪われたままで勇者になれるんですかね! そんなひといませんよね! どうやったら止められますかねこれ! 本当はこんなことしたくないんですよ! いろいろ壊してしまいました、ごめんなさい! 呪われてるんです! 勝手に動くんです!」
調べたらわかることなので答えます。調べ物が得意なら知っているかもしれませんが。
「呪いを含む状態異常の罹患中に勇者称号を授与式された前例はありません。仮の話という前提ですが、呪われた状態のまま勇者称号を授与されると想定するならば、勇者称号授与時には勲章や証明書に添えて勇者エンブレムも与えられますので、それを装備すればほとんどの状態異常耐性が得られ、その瞬間に呪いは解けると思われます」
デールさんの回転する向こうで、魔法水晶の置き時計が面接終了の時刻を指しました。もしこの時計が、この中にある魔法水晶への損傷を与えた場合ですが、弁償額はAダイヤランクの冒険者が一生をかけても払えないでしょう。面接の終了次第、早い内に退室させたほうがいいかもしれません。
「では、以上で面接を終了させていただきます。個人的には貯金を崩すなり旧知の仲間の方々に代金を借用するなりなさって、教会に行かれるか解呪魔法を使える僧侶の方に治療魔法を施してもらえばよろしいかと思います」
私は困っている人を放っておけない性格のつもりなので教えてあげました。
現状のところ呪いの状態異常を解く方法は、時間経過のほかではこの二つくらいでしょう。呪いは万能薬でも効きませんから。
「ああ! もらえるなら今すぐもらいたいです、勇者エンブレム!」
「合否結果は後日郵送します」
今度こそハンドベルが鳴りました。よく澄んだガラスの音色です。
黒い服のひとたちが現れました。
デールさんの全身をを押さえこんで退室させていきます。
勇者称号授与式は宮殿の玉座の間、通称プリンセスコートと呼ばれる場で行われます。国内外問わず各界著名人も集まり、そのあと祝賀会などもあります。
最悪の事態のひとつとして、そこで大剣を振り回されてはたまりません。勇者称号授与は、国王陛下の下で行われますから。
「さすがに呪われたままじゃ勇者になれませんよね……」
私が『不採用』のスタンプを押すのに合わせてリリーがつぶやきました。
仮に合格であっても称号授与は一年ないし二年ほど後になるので、さすがに現状の呪いが続いているとは思えませんが、デールさんが病理的慢性状態異常でないことをお大事に願います。
ちなみにこの一年ほどの期間は内定後追加調査期間ですので、面接における採用および勇者全試験合格の通知はしますが本決定ではありません。この期間で不採用になられた方もいくらかいらっしゃいます。
それとプリンセスコートの式典準備ならびに関連する行事日程の調整期間でもあります。新たな勇者の誕生は国家レベルの重要事項ですから、王国初代勇者誕生の日とされる勇者記念日に授与式が行われます。ちなみに祝日ですが宮廷公務員は休めません。
「デールさんは身体能力こそ優秀なのですが、自己管理に加えてリスク管理に重大な欠点があると判断します」
「それより室長、どうしますこれ……」
リリーはぐるりと勇面室を見渡しました。
「リリー、請求書の見積もりは私がやりますので、次の面接時間開始までに片付けをお願いします」
「ええ? ぜんぶですかあ……?」
力なくリリーは事務机に突っ伏しました。
ゾンビのような目が新聞にとまって蘇ります。
「あつ、値段が高騰してますよ! なんかものすごい安くなってたのでわたし買ってたんですよね白金!」
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