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第2章 死都の貴婦人
3 商館へ
しおりを挟む「さ、皆さま、応接室へご案内しますぞ」
イヴォルゾの招きで、初めて商館に足を踏み入れたレーリエは、内部の装飾を見るなり感嘆の声を上げた。
「うわあ……!」
玄関の先は広い吹き抜けになっていた。床は赤い花を思わせる幾何学模様のタイル張りで、高い天井を支える石柱や壁には細かな装飾が施されている。また、白磁の器や古い肖像画など、希少な調度品があちこちに飾られてあった。
「ずいぶん立派だなあ」
レーリエは口をぽかんと開けたまま、キョロキョロと周囲を見物する。商館では主に大口の取引が行われており、一介の市民、しかも魔術師にはあまり縁がない場所だった。
「すごいね。特に、床の模様がとても神秘的だよ」
同じく、初めてここを訪れたシルビーも、タイルの絵柄を覗きこんでいる。
「ねえ、ガイお兄さま、これは何の生き物かしら? 鼻がとても長いのね。頭についている大きいものは翼なの?」
オデットが近くにあった木彫りの置物に目をとめ、しげしげと眺めた。
「それは象だ、オデット。その翼のようなものは、耳らしい。何でも、遥か東や南の国に棲み、ドラゴンに匹敵する大きさだが、とても心やさしいのだとか」
「ユゼスは東西の国々の中間地点に当たりましてな。商いにおいても、南北まで含め、さまざまな地域の品が持ち込まれます。この商館は、そういった多様な文化や様式の粋を結集して造られておるのです」
彼らの反応に気を良くして、イヴォルゾは胸を張る。ずいぶん昔のことだが、商館建設の折、彼も少なからず出資していた。
「なるほど。この場所は品評会や競売のためだけでなく、東西交易発展の象徴でもあるわけですね」
ガイの言葉に、イヴォルゾはさらに満足してうなずいた。
「さすがはガイ殿、話のわかる方ですな」
応接室に着くと、イヴォルゾに勧められ、ガイとレーリエ、そしてテーブルを挟んだ向かい側にシルビーとオデットが並んで肘掛け椅子に座る。まもなく茶菓子も供された。
「皆さま、申し遅れましたが、わしはユゼスの商業組合の理事をしております、イヴォルゾという者です。このたびはとんだ騒ぎに巻き込んだにも関わらず、貴重なお時間とお力をお貸し頂き、心より感謝申し上げます」
イヴォルゾは最後に席につく前に、一同に深々と頭を下げた。
「特にレーリエ殿には、うちのモルテンを救って頂いて――」
「そんな、とんでもありません。大したことじゃないですから!」
イヴォルゾの言葉に、レーリエは思わず慌てた。
商館の前で馬が突然暴れ出し、たまたま居合わせたレーリエが、魔術でイヴォルゾの使用人を助けた。また、ガイとイヴォルゾが知り合いだったことから、彼らはお礼をかねて招かれ、食材を預けたグーグーを先に帰して、この場へ来ていたのだ。
「またまた、ご謙遜を。もしあのままモルテンが馬の下敷きになっていたら、大ごとでした。さすがは魔術師でいらっしゃる」
「いや、あの……」
イヴォルゾのお世辞に、レーリエはくすぐったい気持ちでモゴモゴとはにかんだ。
「それに、ガイ殿もご一緒とは驚きました。先月の毛織物組合の会合でお会いして以来ですな」
続いて、イヴォルゾはガイに話を振る。
「はい。ユゼスの各組合を束ねるイヴォルゾ殿の手腕には、いつも敬服しております。本日も、私のような若輩者にまでお声をかけて下さり、光栄に存じます」
そのとたん、ガイは立て板に水を流すように、美辞麗句を並べ始めた。
(こいつ、いけしゃあしゃあと――)
自分の前では見せたことのない慎ましいガイの言動に、レーリエは唖然として彼を凝視する。
魔族だてらに事業を営むだけあって、ガイはまだ20代だが、年配相手に臆することなく、かつ礼儀と立場をわきまえて渡り合っていた。しかも、その口から出る誉め言葉の数々は、聞いていると何故か心地よくなってくるのだ。
「いえいえ。ガイ殿はお若いですが、商いにおける判断力と実行力は抜きん出ておられますぞ。その証拠に、先ほども、お連れの方々と実に手際よく事態を収拾して下さった」
イヴォルゾはガイの台詞に相好を崩す。騒ぎの直後、彼らも倒れた馬の介抱や散乱する積み荷の片付けを手伝っていた。
「私どもは微力ながらお力添えしただけですが、この街の重鎮たるイヴォルゾ殿にそう仰って頂けるとは、恐悦至極です。ところで、聞いた話ですが、あの馬は元々、よく調教されて賢いそうですね。今回に限って、一体どうしたのでしょう」
「う~む。ガイ殿の仰るとおり、あれはよくしつけられた馬なのですが……まあ、虫の居所が悪かったのか、腹でも壊したのかもしれませんな」
イヴォルゾはやれやれと首を振った。馬が錯乱した原因は、未だにわかっていない。
「積み荷の一部も損なわれたのはお気の毒です。あの時のイヴォルゾ殿のご様子から、よほど重要な品物とお見受けしましたが」
積み荷の惨状を前にした際、イヴォルゾはひどく動揺していた。そして、他には目もくれず、ただ一つの荷だけを探していたのだ。
「ああ、その節はお恥ずかしいところをお見せしました。ガイ殿のご推察どおり、今回の荷にはたいへん貴重な品が含まれておったのです。幸い、損壊を免れてホッとしておりますわい。何せ、ケルーアの遺跡から発掘した物なので」
ガイの話術の効力がなおも続いているのか、ここでもイヴォルゾの舌は滑らかに動いた。
「ケルーア? 本当ですか?」
地名を聞いたガイは食指をそそられたのか、形のよい眉がぴくりと上がる。
「ケルーアって、大昔に謎の滅亡を遂げたとかいう……?」
レーリエは、ガイとは対照的にあやふやな物言いだ。
「さよう。今までにもいくつか出土品はありましたが、これは歴史的価値のみならず、芸術品としても二つとない物です」
強くうなずくイヴォルゾの言葉には、揺るぎない自信がこもっていた。
「百戦錬磨の鑑定眼をもつイヴォルゾ殿がそこまで仰るとは、さぞや素晴らしい品なのでしょうね」
ガイはそう言いながら、感銘と羨望を絶妙に織りまぜた視線をイヴォルゾに送った。
「ご興味がおありですかな?」
すると、イヴォルゾはそのまなざしに自尊心をくすぐられ、ぽろりとそうこぼしていた。
「ええ、とても」
ガイは答えると同時に、上体をやや前のめりにしてみせる。
「本来は競売まで非公開ですが、皆さまにはひとかたならぬご恩がありますのでな。今ここで、特別にお見せいたしましょう」
イヴォルゾはもったいぶった口調で言うと、手元の呼び鈴を鳴らす。ほどなく、古参の使用人らしき白髪まじりの女がやって来た。
「マルゴー、例の物を運んできてくれ。丁寧に扱うのじゃぞ」
「承知しました、旦那さま」
マルゴーは実直な顔つきで従うと、一旦下がり、今度は台車を引いて戻ってきた。台車には厳重に施錠された木箱が積まれている。
イヴォルゾは彼女を退出させ、懐から出した鍵で箱を開けた。
その瞬間、冷たく張りつめた空気が部屋に広がったように感じられて、レーリエはかすかに悪寒がした。
(これは……!? イヴォルゾさんは何も感じてないのか。皆は?)
レーリエはとっさに傍らのガイを見た。しかし、彼は他者に胸中を一切読み取らせない表情で、箱を注視している。向かい側のシルビーも若干緊張した面持ちだが、異常を感じたそぶりはない。オデットにいたっては伸びをして、退屈そうに足をぶらつかせていた。
やがて、イヴォルゾが白い布にくるまれた物をテーブルに置く。人の頭ほど大きい物だった。
「皆さま方。こちらが、名づけて『ケルーアの貴婦人』です」
イヴォルゾの厳かな声と共に、レーリエたちの前で、布がゆっくり外される。その下から現れたのは、雪よりも白く、見る者を呆然とさせる美をまとった女の胸像だった。
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