禁断☆ラビリンス

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第1章 運命線の上で

4 ひとたびの別れと金の腕輪

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「ごちそうさまでしたっ!」

 結局、美味しさという魔物には勝てず、デザートの特製プリンまですっかり平らげたレーリエだった。

「レーリエさま、きれいに食べて下さって、ありがとうございぁます」

 トコトコと食器を下げにやって来たグーグーが、空っぽのお皿を見て嬉しそうに尻尾を振った。

「いやもう、すっごくおいしかったです! 天国の食事でした!」

 並の食堂ではまずお目にかかれない絶品料理のフルコースに、レーリエもつい勢い込んで答えた。

 だが、そんな自分を、ガイが向かいの席から満足げに見つめているのに気づき、

(や……やばい、こいつの策略にはまってたまるか!)

 昨夜から、レーリエの体を好きなだけ味わったガイである。しかも、魔族の発情期はしばらく続くと言っていた。もしかすると、レーリエをこの屋敷に留まらせ、さらに弄ぼうと目論んでいるかもしれないのだ。

「お、おれはもう帰るからな!」

 レーリエは人差し指をビシッと立て、戦闘の呪文でも浴びせるようにガイに言い放った。

「ああ。そうするといい」

 しかし、レーリエの予想に反して、ガイはあっさり了承した。

「へっ?」

 思わずすっとんきょうな声を上げるレーリエに、

「まだ腰がきついだろう? 馬車を用意してやるから乗っていけ」

 熨斗までつける口ぶりで、気前よく応じた。

「い……いいの? おれ、帰っちゃっても?」

 レーリエは拍子抜けのあまり、ガイに妙な念押しをしてしまう。発情期は終わったのかと聞きたいくらいだったが、さすがにこの場では躊躇われた。

「何だ、引きとめてほしいのか?」

 そのさまが滑稽だったのか、ガイの整った顔にからかいの色が浮かぶ。

「そ、そんなわけないだろ! おれはてっきり、お前がまた良からぬことを企んでるんじゃないかと思って――!」

 これでは、まるで自分が残りたがっているようではないか。レーリエはあからさまに狼狽し、それを隠すため、大げさにがなり立てた。

 すると、ガイは一転して不快げに眉根を寄せ、

「お前という奴は、人を完全に犯罪者扱いだな。だが生憎、俺はお前の相手ばかりしているほど暇じゃない」

 顔をフイッと背け、そっけなく言った。

「なっ……!」

「これでも、俺はお前たち人間の言うところの実業家でね。色々、予定もある」

「実業家ぁ!? 詐欺師じゃなくって?」

 レーリエの声が、優に1オクターブは跳ね上がった。商いをする魔族など、聞いたことがない。

「レーリエ。お前はどうやら、俺にもっと可愛がられたいらしい」

 ガイは微笑みつつ、ゆらめく炎のような怒気を漂わせ、穏やかではない台詞を口にした。

(しまった、怒らせた)

 口八丁手八丁で体を奪われたことへの不満はあるが、一応紳士的に扱われ、朝食もごちそうになっている。

(ちょっと失礼だったか……)

 レーリエは自戒をこめて、己の口元を手でぺちんと叩いた。

「……ふん」

 これで謝意が伝わったか不明だが、ガイはひとまず不機嫌を収めて、小さく鼻を鳴らした。

「けど、実業家って、具体的には何してるんだよ?」

 しばしの沈黙の後、レーリエが話の続きを促した。見た目は人間と同じでも、その魔力は桁違いの魔族が、なぜわざわざ人間みたいなことをするのか、気になったのだ。

「農場経営と羊毛業だ。特に羊毛の方は、毛織物の材料としてよく売れる。この地方の毛織物は、国外にも取引されているからな」

 そう語るガイの面持ちは、まさに青年実業家と見まごう気概と知性に彩られている。

(いやいや、わかるもんか。実は真っ赤なウソかもしれないぞ)

 レーリエは薄れかける警戒心を懸命にふるい起こし、

「でも、どうして魔族がそんなことを?」

 一番の謎に迫った。

「人間の活動が興味深いからさ」

 ガイは漆黒の瞳に飽くなき探求心を映し出し、即答した。

「理性と感性、倫理性と自然性の間で揺れ動くのが、お前たち人間族だ。不安定で、だからこそ興味の尽きない存在でもある。俺は、お前たちを知りたいんだよ」



(何だか、変なヤツだなぁ……魔族のイメージと違うっていうか)

 食事を終えたレーリエは、ガイの屋敷を出て、門の先に待つ馬車に向かって歩いていた。

(もしや、おれと一晩過ごしたのは、発情期もあるにせよ、本当はあいつの人間研究のためだったりして)

 玄関でレーリエを見送ったのはグーグーだけで、ガイの姿はなかった。用事があるという話だったが、

(おれにはもう、キョーミないのかも……)

 妖しい相手なのだし、ここで縁が切れるなら、願ったり叶ったりのはずなのに。美しく手入れされた庭も目に入らず、うつむいて小道をたどるレーリエだった。

 門まであと数歩という所で、

「レーリエ」

 後ろから呼びけられた――と同時に、腕をつかまれ、ガイにふわりと抱きすくめられていた。声を発する間もなく、封じられる唇。

「……んっ……」

 レーリエは一瞬、驚いて息を呑んだが、ガイの抱擁も口づけも熱く、骨まで溶かされてしまう気がした。

 身を焦がすようなひとときが流れ、やがて、二人の唇が糸を引きながら離れた。

「ガイ……」

「お前を帰すのは、確信があるからだ」

 見上げた先にあるガイの目が、金色に輝いている――まぎれもない、魔族の光だった。

「お前は必ず、俺の虜になる」

「そ、そんな……」

 そんなことにはならないと言おうとしたレーリエだが、なぜか口が動かない。

「なる。これは必然だ。俺と、他ならぬお前自身が、互いをそのように導いていくのさ」

 ガイの低い囁きが、レーリエの耳を犯していく。

 カチャリ。

(え……?)

 束の間だが、ガイの胸の中で惚けていたレーリエは、小さな金属音とともに、左手首にわずかな違和感を感じた。

「腕輪?」

 見ると、いつの間にか左手首に金の腕輪がつけられていた。が、奇妙なことに腕輪には留め具がなく、どうやってつけたのか、またどうやって外すのかもわからない。

「俺からのプレゼントだ、受け取れ。悪い虫を遠ざけるお守りさ」

 ガイはしてやったりという笑みを浮かべて言った。

「お守り!? 勝手なこと……!」

(さっきのふるまいは、おれの気をそらせて腕輪をつけるための作戦だったんだ……やられた!)

 レーリエは地団駄を踏んだ。

 腕輪は一見シンプルなデザインだが、お守りというからには、何らかの魔力がこめられているに違いない。

「いらないよ、外せ!」

「その頼みは聞けないな」

「~~~っ!!」

 不毛な押し問答の末、レーリエは根負けして、腕輪を受け取る羽目になったのだった。

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