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1巻
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人間というのは、二通りの人種に分かれていると私は思う。どう分かれているかというと、異性にモテるかモテないかだ。
そういう私、森下美奈は、生まれてからの二十三年間、モテないほうに属している。
私はどこにでもいる平々凡々な顔に、身長一五二センチ体重六十二キロというチビデブだ。
お腹は出てないけれど、ウエストのお肉がちょっと(かなり?)摘めてしまうし、どんなにこれ以上育つなと願っても成長をやめなかった胸は、今ではFカップになってしまった。
そしてムチムチとしたお尻と太腿……。どれだけ必死にやっても効果のなかったダイエットの数々に、これまで何度も泣いてきた。
茶色い猫っ毛はふわふわとしていて、一年を通していうことをきいてくれたことがない。何度かストレートパーマとかも試してみたけど、頭皮がかぶれて酷いことになったから諦めた。今では肩先より少し伸ばしたあたりで切り揃えて、縛って纏めることで何とか形を整えている。
……つまり、何も自慢できるものがない見た目をしているのだ。
無駄についているお肉のせいで、小さい頃は周りから虐められることもあった。学校で虐められるのが辛くて、毎日家で泣いていた私に、ある日、母は言った。
「馬鹿にされるのが嫌なら戦え。泣くだけなら誰でもできる。どうしたら現状を打破できるか考え、そして行動しろ。だが忘れるな。馬鹿にされたのが辛かったのなら、美奈は決して人を馬鹿にするな。悪口を言われて悲しかったのなら、美奈は決して人の悪口を言うな。いいか、美奈の中身をきちんと見てくれる人は絶対にいる。その人に出会えた時に、失望されない自分でいるんだ」
そんな私たちを見て、年の離れた兄たちは、小学生になんてことを言うのだ母よ、と頭を抱えていた。
言われたことがよくわからず泣き続ける私を、母はきつく抱きしめながら、「それでも駄目だった時は、必ず母が助けてやるから」と言った。
(戦うってどうやって?)
それから毎日毎日、母が言ったことを考えたけど、どうすればいいのか全然わからなかった。
そんな時、兄たちと見ていたテレビ番組で、私は衝撃を受けた。
その時やっていたのはよくあるバラエティー番組で、そこには私よりも太っているタレントが出演していた。その彼女が言ったのだ。
「暗いデブは嫌われるけど、明るいデブは好かれる」
それが全てではないだろうけど、その時の私はこれだと思った。
それからは常に笑顔を心がけた。楽しい時はもちろん、虐められても全然気にしてないと笑って過ごした。そうして、自分なりの戦いを始めた。
何を言われても何をされても笑っている私を、最初はさらに馬鹿にしていた虐めっ子たちは、次第に私を虐めることをやめた。多分私の反応がつまらなくなったんだろう。
こうして始まった私なりの戦いは、社会に出ても続いている。
第一話 変態はチャンスを逃がさない
(……雨?)
ザァーッという音を目覚ましに、ゆっくりと目を開ける。部屋の中はまだ薄暗かった。
今何時なのか知りたくて、寝起きでぼんやりとしたまま、携帯を探すけど見つからない。ただ、カーテンの隙間から見えた外は明るくて、もう日が昇っているのがわかった。
朝かぁ……と思いながらカーテンを開けるために上半身を起こす。その瞬間、下腹部に鈍痛がはしった。同時に、大事な部分からコポッと液体が流れ出る。
そんな体の違和感に、あれ? 生理がきたかな? ショーツとベッドを汚しちゃうっと思い、慌ててベッドから降りようと床に足を着ける。が、立とうとしても膝に力が入らず、そのまま床に崩れ落ちてしまった。
(えっ? 何? っていうか……えっ、なんで私、裸なの!?)
今の行動のせいで、下半身からはさらにコポッと液体が流れ出ていた。そんな状況と、下着もつけていない自分に混乱しながら、なんでこんなことになっているのかと、私は昨夜のことを必死に思い出そうとした。
†
昨日は花の金曜日。私が所属する総務部、そして営業一課・企画二課の合同飲み会の日だった。
うちの会社では部を跨いで親睦を深めようと、半年ほど前から月に一度、色々な部署と合同で飲み会が開かれている。
ちなみに、この飲み会の発案者は我が社の社長の奥様らしい。
昨今の結婚率の低下を嘆いた奥様は、まずは出会いが大事だと思い、社員たちに出会いのきっかけを与えてはどうかと社長とその周りの方たちに提案した。上司からそれを聞いた独身社員たちが乗り気になり合同飲み会を企画したものが、いつの間にか毎月の行事になってしまっているそうだ。
私が勤めているのは貿易、建築、電気機器などなど……様々な業種で成功を収めているMTグループの本社だ。当然、将来有望な男性がたくさんいる。そのため独身の女性陣は、この飲み会にいつも気合十分で挑むのだ。
昨日の飲み会には営業部長の立花逸人さんも来るということで、女性陣の気合の入り方も桁違いだった。
立花部長は我が社一の人気者。エリートコース必須の海外支社への転勤を二度経験し、半年前にイタリアから帰ってきたばかり。黒い髪に濃茶の瞳、ほりが深く、精悍さと優しい性格が表れている顔は、芸能人にも負けないイケメンぶりだ。細身でありながらも、スーツがとっても似合う、がっしりとした体の持ち主。仕事面では厳しくも優しい人格者で、理想の上司だと男女問わず慕われている。現在三十六歳、独身。狙われないほうが不思議という男性だ。
……実は私が、身の程知らずにも好きになってしまった人でもある。
四ヶ月ほど前のある日……月末の処理と月初の処理が重なった時があり、総務部の経理課全員が残業をしていた。覚悟はしていたけどなかなか終わらず、とうとう二十時半を越えたあたりでみんながお腹がすいたと騒ぎ出した。そこで、ちょうど区切りのよかった私が、コンビニに買い出しに行くことにしたのだ。
みんなからあれが欲しい、自分にはこれを買ってきてくれと頼まれるものをメモしていると、一緒に残業していた先輩の由理さんが、「私も一緒に行くわ」と言ってくれた。
頼まれた量も量なので、とっても嬉しかったんだけど……そんな由理さんを周りの男性陣が止めた。
「こんなに暗くなってから女性が外を出歩くのは危ない」
「今日は特に寒いし、風邪をひいちゃいますよ」
などなど……。由理さんは私と違うモテる人種。美人でスタイルが良く、おまけに性格もとってもいい人。私もよくお世話になっている大好きな先輩だ。今も「なら美奈ちゃんじゃなくて、あなたたちが行ってくれるのよね?」と、迫力のある笑顔で男性陣に言ってくれている。由理さんは課内の人たちの私への対応に、よく怒っているから……
この時も、男性陣は笑いながら反論した。
「いやいや、森下は女じゃないから平気だって」
「そうですよ、本木さんは心配しすぎですって。こいつを襲ったら返り討ちにされますよ」
なぁと顔を見合わせて笑っている彼らに悪気はない。……たぶん、きっと。
「あんたたちっ」
「ほんとですよねっ、由理さんは心配しすぎです。じゃあ私、行ってきま~す」
こういう扱いに慣れているからといって辛くないわけじゃない。怒鳴り声をあげようとしてくれた由理さんの袖を引っ張って止め、へらっと笑うと、私は財布を持ってその場から逃げ出した。
うちの会社の近くには、コンビニが三つある。あえてその中で一番遠いところを選んで、頼まれた食料や飲み物をカゴいっぱいに買った。大きな袋を両手に持って会社に戻りながら、心の中で必死に平常心平常心と唱える。
(気にするな、いつものことだ)
その時、背後から声をかけられた。
「もしかして森下さん?」
その美声に一瞬、ある人を思い浮かべた。まさかねと思いながら振り返ると、そこにはまさかと思った人物――黒のコートを着た立花部長が立っていた。立花部長とは、一度由理さんと一緒に社食にいた時に、自己紹介のような会話をしただけだったから、まさか名前を覚えてもらえているとは思わなかった。だから余計に驚いた。数メートル先に立っている立花部長は、ポカンとしている私の顔を見ると、眉間にしわを寄せた。
「やっぱり森下さんか。そんなに荷物を持ってどうしたの? それにコートは? まさかその格好で会社からここまで来たの?」
「あ……の。今日うちの課、全員残業で。まだかかりそうなんで私が買い出しに来たんです」
「買い出しって一人で? ああ、ちょっとそれを置いて」
そう言いながら足早に目の前までやってくると、私の両手の荷物を地面に置かせた。そして、自分が着ていたコートを私にかけてくれる。
「こんなに手が冷えて……寒かったろ? これを着なさい」
「だ、大丈夫ですっ。私、お肉が厚いので寒さを感じないんですっ」
「何を言ってるの、そんなわけないだろう。女の子なんだから体を冷やしてはいけないよ。いいから着なさい」
そうして私に着せたコートの前ボタンを留めると、地面に置いてあった荷物を持って歩き始めてしまう。慌てて追いかけて荷物を返してもらおうとするけど、絶対に渡してはくれなかった。
「あのっ、立花部長に持ってもらうわけにはいかないですっ」
「何を言ってるの。こんなに重いものを君に持たせるわけないでしょう。まったく……総務の男どもは何をしているんだ」
「いえ、私が自分で行くと言って……」
「それでもこんな時間に女の子を一人で買い出しに行かせるなんて……何かあったらどうする気なんだ」
『女の子なんだから』『女の子に』
そんなことを家族以外の男性に言われたのは、生まれて初めてだった。私のことを女の子として扱ってくれるなんて……。立花部長がみんなに人気がある理由が、よくわかった。
気を抜いたら裾を地面に擦ってしまいそうなほど大きい男物のコート。その温かさに、涙が出そうになるのを堪えながら歩く。
会社のロビーに入ったところで、後ろから私を呼ぶ声がした。振り返ると、顔を真っ赤にした由理さんが走り寄ってくる。
「ごめんね美奈ちゃんっ、急いで追いかけたんだけど、どこのコンビニに行ったのかわからなくて……。ローモンかなと思って行ってみたんだけど、美奈ちゃんいなくて……ああっ顔が真っ赤よ? 寒かったでしょう? ダメよっ、ちゃんと上着を着ていかないと!」
そう言うと、手にしていた私の上着を着せてくれる。すでに立花部長のコートを着ているのに、その上にさらに着せられ、いつも以上に丸々としてしまったけれど、由理さんの優しさが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「ありがとうございます、由理さん。ローモンよりエイトの気分だったんでそっちに行ってました。でもコンビニから帰る途中で立花部長と偶然会いまして、ここまで荷物を持ってもらえたので……」
「立花? あっ、ホントだ。あんたいつからそこにいたの?」
「最初からいた。いいからほら、行くぞ」
結局、立花部長は、総務部まで私が買い込んだ荷物を運んでくれた。突然の立花部長の出現に驚く男性陣に、「夜の買い出しに女を行かせるような男はモテないぞ」と、チクリと皮肉を言う。
そうして帰っていく後ろ姿を見ながら、私は身の程知らずにも胸のときめきを抑えられなかった。
それからも同じようなことが何度かあった。
段ボールを運んでいたら、「こういう力仕事は男性に助けてもらいなさい」と手伝ってくれた。残業で遅くなった日にたまたまロビーで会った時には、「もう暗いから送っていくよ」と駅まで一緒に歩いてくれた。その度に、部長に対しての憧れが募っていった。
そして今、それは間違いなく恋心へと変わっていた。
飲み会は、コップ一杯のビールで酔ってしまう私には辛い場所だ。……それ以外にも辛い理由はあるけどね。
私の予想どおり、立花部長は開始早々、女性陣に囲まれていた。そこから抜けて男性陣にまざっても、すぐに違う女性たちがその周りを囲む。そんな姿を、私は由理さんと隅っこで飲みながら見ていた。
これが私があまり飲み会に来たくない理由の一つ。立花部長を好きな人はいっぱいいるって知っていても、実際に見るのは結構辛いから……
立花部長と同期である由理さんは、彼女たちを見て「相手にされてないのに、よくやるよね~」と毒を吐いていた。
立花部長と由理さんは仲が良くて、二人にはよく、付き合っているんじゃないかとか結婚するんじゃないかとかの噂が出る。そんなわけで立花部長ファンの女性社員に、嫌がらせをされることが多い由理さんは、立花部長ファンの女性に厳しい。
私も最初の頃、二人が付き合っていると思っていたから、「本当のところ付き合ってるんですよね?」と聞いたことがある。けれど由理さん曰く「あいつだけは嫌、人類最後の二人になってもありえない」らしい。美男美女でお似合いなのに……と言うと、由理さんはニヤッと笑いながら何かを小声で呟いた。
「美奈ちゃんにそう思われていると知ったら、あいつどうなるかしら……」
よく聞こえなくて聞き返したけど、由理さんは笑うだけで教えてくれなかった。
しばらく二人で飲んでいたけど、由理さん目当てに他課の男性たちがやってきたので、トイレと称してこっそり抜け出し、廊下の隅にあるソファで休むことにした。同じ課の酔っ払いたちに絡まれて、いつもよりも急ピッチで飲んだから、今日はもう私の許容量を随分超えている。
ふうっと息を吐き出しながら目を瞑って、綺麗な女性に囲まれている立花部長の姿を思い出す。
(やっぱり人気があるんだなぁ。私も由理さんみたいだったら……彼女にしてくれたかな……)
私は今まで男性に、女性として見てもらえたことがない。どんなに仲が良くなっても友達止まり。憧れていた人や気になっていた人に、恋愛相談や橋渡しを頼まれたこともたくさんある。
それでも一度だけ勇気を出して、告白をしたことがある。中学生の頃、初めて本気で好きになったその人には、「は? 冗談だよな? 俺、お前を女と思ったことがない」という返事をもらった。
そのあとそのことをクラス中に知られて、私は卒業までからかわれ、仲の良かったその彼には目も合わせてもらえなくなった。
この時、やっぱり私は異性からはよくて友達止まりで、好きだとかそういう感情を持つことすら、相手にとっては迷惑なんだと思った。
それに……自分で決めたことだけど、どんなに辛くても周りと一緒に笑ってしまう自分も嫌になった。みんなの前では一緒になって自分を笑い、家で一人泣きながら考えた。
(恋愛っていうのは、私みたいな見た目の女には遠い世界のことなんだ)
バカみたいだけど、その時の私は本気でそう思った。世の中、見た目で恋愛していない人だっていっぱいいるのに、たった一度の失敗で、私は恋愛することを諦めた。
ただ私には、私が馬鹿にされたりした時に、私の代わりに怒りをあらわにして泣いてくれる友達が二人もいたから、それで十分かな? と思った。恋愛なんてしなくても、大好きな友達がいれば、まあまあいい人生なんじゃないかな、と。
お見合いは、隠れ人見知りの私にはハードルが高いから、結婚も諦めた。だから短大を出てこの会社に入れた時はホッとした。これで人生安泰だ、と。
それでも恋をしないというのは無理で……中学生以来、初めて好きな人ができた。それが立花部長だ。
社内でも……いや社外でもより取り見取りだろう立花部長と、どうにかなるなんて想像したこともない。ただ……家族以外で初めて、私を女の子として扱ってくれた立花部長を、秘かに好きでいるくらいは許してほしい。絶対に迷惑をかけるようなことはしないから。
そんなことを考えながらうつらうつらとしていた時、耳元で予想外の声がした。
「もしかして、森下さん好きな奴がいるのか!?」
「え?」
驚いて声のほうを向くと、何故か立花部長がすぐ横に座っていた。
(なんで立花部長がここにいるんだろ……? あんなにたくさんの女性陣に囲まれていたのに……。そっか……私はだいぶ酔っているんだな……頭が半分寝ているんだ。起きながら夢を見るなんて、なんて器用なんだろ、私)
そんなことを考えながら、ボーッと立花部長の顔を見ていると、部長がなんだか必死な顔をして私に詰め寄ってきた。
「教えてくれ、森下さんが好きな奴は誰なんだ!?」
「好きな人……ですか?」
「いるんだろ?」
「います……。けど部長には内緒です」
せっかくいい夢を見ているのに、本当のことを言って夢の中でまでふられたくない。
そう思って内緒だと言ったのに、部長はしつこく食い下がってくる。
(ちょ、ちょっと立花部長っ、いくら夢でも顔が近いですっ)
「なんで内緒なんだ? 俺が知っている奴なのか? 誰なんだ? 井上課長か? 企画の川崎か? それとも営業部の人間か?」
「秘密ですって」
「頼むから教えてくれ! どんな奴なんだ?」
「名前は秘密ですけど……とっても優しい人です」
教えないって言っているのに、何度も何度も聞いてくるから、結局ちょっとずつ答えていってしまう。……近すぎる顔の距離にテンパっていたせいもあるけど。
「うちの会社の人間か? 背は? 顔はどうなんだ?」
「うちの会社の人です。背も高くてかっこいいです。とってもモテる人で、由理さんともお似合いで……だから私は見ているだけで満足なんです」
「由理……本木と……そうか……」
「はい」
「森下さんは……なんでそいつのことを好きになったんだ?」
「優しくしてくれたんです……。初めて私のことを女の子って言ってくれた男の人なんです……」
「そんなの当たり前じゃないかっ、森下さんはとっても可愛い女の子だよっ!」
「ありがとうございます」
立花部長は夢の中でまで優しい……。おかしいな……もう夢を見ているのに、さらに眠くなってきてしまった。会社の飲み会で寝るなんてダメなのに……起きなきゃいけないのに……ダメだ……眠い……
「告白する気はないの?」
「ふられるのはわかっていますし……それに私、恋愛は諦めているんで……。ホントは一度くらい……デートとか……いろんなこともしてみたいですけど……」
「じゃあ俺としようっ、デート。……それ以上でもいいけど」
「ふふっ。部長、私なんかでその気になるんですか?」
「もちろんっ! むしろお願いしたら抱かせてくれるなら、今ここで土下座だってするさっ」
「ほんとに優しいですね~。……ふふっ、そんなのこっちからお願いしたいですよ……」
「なら今夜……これから俺の部屋に来てくれる?」
「はい……嬉しい……です。いい思い出になりますね……」
そう答えたあと、私は夢も見ない眠りに旅立った。
「……ん」
「起きた? そろそろお預けが辛いよ」
その言葉と一緒に、閉じた瞼に何か柔らかいものが触れた。それが何かはわからなかったけど、近くに誰かがいるのはわかったから、渇いた喉を潤すものが欲しいと頼んだ。すると、すぐに唇に何かが触れる。うっすらと口を開けると、ぬるめの水が流れ込んできた。
少しずつ注がれるそれじゃあ足りなくて、もっと欲しいと口を大きく開けると、小さく笑う声が聞こえた。
そのあと、何度も水を飲ませてもらった。
ようやく満足すると、今度は柔らかくて力強い何かが、にゅるっと口の中に入ってきた。それは私の舌を絡めとり、口内を縦横無尽に動き回る。息苦しさに頭を振ると、私の口を占拠していたものはあっさりと離れていった。
足りなくなった酸素を、呼吸も荒く取り込む。すると今度は、耳たぶを温かく湿ったものが包んだ。くすぐったさに体が震えた直後、耳元で大好きな人の声がする。
「キスも初めてだった? 嬉しいよ。これからたくさん練習しよう……」
「……え? た、ちばなぶちょ……?」
「逸人って呼んで。……可愛い耳たぶだね、ピアスの穴、あけてないんだ」
「母が……嫌がるので……私も痛いのは嫌いですし……」
「痛いの嫌いなんだ……? じゃあ嫌われないように……優しく……時間をかけて溶かしてあげよう……」
耳元でピチャピチャと音がするのを聞きながら、ああ、私はまだ夢を見ているんだな、と理解した。随分自分の願望が入ったリアルな夢だなと思いつつも、どうせならこのまま最後まで覚めないでほしいと思った。
立花部長は何度も私にキスをした。
口の端から含みきれなかった唾液が流れていくと、それを部長の舌が追っていく。大きく開いた口で、肉食獣が獲物を捕らえるように私の喉元に口付け、ジュルッと音を立てて舌で舐めて、軽く歯を当て刺激する。
一瞬ぞわっと足から頭まで震えが走る。次の瞬間、足の付け根から何かがとろっと流れた。
丹念に首を舐め回していた舌は、次に鎖骨に向かうと、何度もそこを食み、吸い上げる。その間に立花部長の両手は、私のスーツとその下のシャツのボタンを外していった。
現れたブラを上へずらし胸を外に出すと、両手で私の贅肉の塊である胸を優しく揉みながら、その頂を口に含む。お風呂で洗う時くらいしか触れたことのないその部分を、部長の舌で転がされ、歯で軽く噛まれると……下腹の奥が熱くなった。
「……んっ……っふ」
「気持ちいい?」
「わからな……お腹が……熱いです……」
「可愛いっ」
その言葉と共にまた口を塞がれる。部長はそのまま両手で胸を揉んでいたけど、やがて片手をお尻のほうへと下ろしていった。
何度もお尻を撫でたあと少し体を離し、ゆっくりと私の服を脱がしていく。さすがにショーツを脱がされるのは抵抗があったけど、どんどん動きを激しくしていく部長の舌に翻弄されているうちに、足から抜き取られていた。
唇を解放されたあとも、激しかったキスの余韻にボーっとしてしまう。ふと気付くと、私の両足の間に部長が収まっていた。
部長に両太腿を持たれて腰を上げられ、お尻の下にクッションを入れられる。大事な部分を部長に突き出すような格好が恥ずかしくて、拒否の言葉と一緒に暴れてみたけど、部長は決して私の太腿を放してくれなかった。更には信じられないことに、私の秘所にゆっくりと顔を寄せていってしまう。
「いやっ、そんなとこ見ないでっ」
「何故? とっても綺麗で可愛いのに……」
そしてペロッと一舐めする。まだ乾いているそこを、部長の肉厚な舌が何度も上下に舐め上げる。ひだが合わさり固く閉じたそこをこじ開けるようにして舌を押し込まれ、震える秘芯に鼻で軽い刺激が与えられた。
「ダメッ! やだぁっ」
どうにかして部長の舌をそこから離そうともがいたけど、宙に浮いている足がバタバタと動いただけだった。体全体で抵抗すると、何故か部長の顔が私の秘所に余計に押し付けられてしまう。涙目で部長の頭をグイグイ押していると、小さい笑い声が聞こえ、やっと立花部長が頭を上げてくれた。
「そんなに嫌?」
「当たり前ですっ、そんなとこっ、そんなっ、きたないのにっ、ぶ、部長が汚れちゃいますっ」
自慢じゃないが、私の性知識は保健体育止まりだ。あんなところを舐めしゃぶられ、舌を突き入れられるなんて信じられなかった。そして、そうされると下腹の奥から何か溢れ出してしまい、ぐちゅっと音がするのが堪らなく恥ずかしい。
部屋中に響く音も、あんなところを大好きな人に晒しているのも、お腹の奥から込み上げてくるよくわからないものも、全部が恥ずかしくて……
「汚れる? 俺が?」
そういう私、森下美奈は、生まれてからの二十三年間、モテないほうに属している。
私はどこにでもいる平々凡々な顔に、身長一五二センチ体重六十二キロというチビデブだ。
お腹は出てないけれど、ウエストのお肉がちょっと(かなり?)摘めてしまうし、どんなにこれ以上育つなと願っても成長をやめなかった胸は、今ではFカップになってしまった。
そしてムチムチとしたお尻と太腿……。どれだけ必死にやっても効果のなかったダイエットの数々に、これまで何度も泣いてきた。
茶色い猫っ毛はふわふわとしていて、一年を通していうことをきいてくれたことがない。何度かストレートパーマとかも試してみたけど、頭皮がかぶれて酷いことになったから諦めた。今では肩先より少し伸ばしたあたりで切り揃えて、縛って纏めることで何とか形を整えている。
……つまり、何も自慢できるものがない見た目をしているのだ。
無駄についているお肉のせいで、小さい頃は周りから虐められることもあった。学校で虐められるのが辛くて、毎日家で泣いていた私に、ある日、母は言った。
「馬鹿にされるのが嫌なら戦え。泣くだけなら誰でもできる。どうしたら現状を打破できるか考え、そして行動しろ。だが忘れるな。馬鹿にされたのが辛かったのなら、美奈は決して人を馬鹿にするな。悪口を言われて悲しかったのなら、美奈は決して人の悪口を言うな。いいか、美奈の中身をきちんと見てくれる人は絶対にいる。その人に出会えた時に、失望されない自分でいるんだ」
そんな私たちを見て、年の離れた兄たちは、小学生になんてことを言うのだ母よ、と頭を抱えていた。
言われたことがよくわからず泣き続ける私を、母はきつく抱きしめながら、「それでも駄目だった時は、必ず母が助けてやるから」と言った。
(戦うってどうやって?)
それから毎日毎日、母が言ったことを考えたけど、どうすればいいのか全然わからなかった。
そんな時、兄たちと見ていたテレビ番組で、私は衝撃を受けた。
その時やっていたのはよくあるバラエティー番組で、そこには私よりも太っているタレントが出演していた。その彼女が言ったのだ。
「暗いデブは嫌われるけど、明るいデブは好かれる」
それが全てではないだろうけど、その時の私はこれだと思った。
それからは常に笑顔を心がけた。楽しい時はもちろん、虐められても全然気にしてないと笑って過ごした。そうして、自分なりの戦いを始めた。
何を言われても何をされても笑っている私を、最初はさらに馬鹿にしていた虐めっ子たちは、次第に私を虐めることをやめた。多分私の反応がつまらなくなったんだろう。
こうして始まった私なりの戦いは、社会に出ても続いている。
第一話 変態はチャンスを逃がさない
(……雨?)
ザァーッという音を目覚ましに、ゆっくりと目を開ける。部屋の中はまだ薄暗かった。
今何時なのか知りたくて、寝起きでぼんやりとしたまま、携帯を探すけど見つからない。ただ、カーテンの隙間から見えた外は明るくて、もう日が昇っているのがわかった。
朝かぁ……と思いながらカーテンを開けるために上半身を起こす。その瞬間、下腹部に鈍痛がはしった。同時に、大事な部分からコポッと液体が流れ出る。
そんな体の違和感に、あれ? 生理がきたかな? ショーツとベッドを汚しちゃうっと思い、慌ててベッドから降りようと床に足を着ける。が、立とうとしても膝に力が入らず、そのまま床に崩れ落ちてしまった。
(えっ? 何? っていうか……えっ、なんで私、裸なの!?)
今の行動のせいで、下半身からはさらにコポッと液体が流れ出ていた。そんな状況と、下着もつけていない自分に混乱しながら、なんでこんなことになっているのかと、私は昨夜のことを必死に思い出そうとした。
†
昨日は花の金曜日。私が所属する総務部、そして営業一課・企画二課の合同飲み会の日だった。
うちの会社では部を跨いで親睦を深めようと、半年ほど前から月に一度、色々な部署と合同で飲み会が開かれている。
ちなみに、この飲み会の発案者は我が社の社長の奥様らしい。
昨今の結婚率の低下を嘆いた奥様は、まずは出会いが大事だと思い、社員たちに出会いのきっかけを与えてはどうかと社長とその周りの方たちに提案した。上司からそれを聞いた独身社員たちが乗り気になり合同飲み会を企画したものが、いつの間にか毎月の行事になってしまっているそうだ。
私が勤めているのは貿易、建築、電気機器などなど……様々な業種で成功を収めているMTグループの本社だ。当然、将来有望な男性がたくさんいる。そのため独身の女性陣は、この飲み会にいつも気合十分で挑むのだ。
昨日の飲み会には営業部長の立花逸人さんも来るということで、女性陣の気合の入り方も桁違いだった。
立花部長は我が社一の人気者。エリートコース必須の海外支社への転勤を二度経験し、半年前にイタリアから帰ってきたばかり。黒い髪に濃茶の瞳、ほりが深く、精悍さと優しい性格が表れている顔は、芸能人にも負けないイケメンぶりだ。細身でありながらも、スーツがとっても似合う、がっしりとした体の持ち主。仕事面では厳しくも優しい人格者で、理想の上司だと男女問わず慕われている。現在三十六歳、独身。狙われないほうが不思議という男性だ。
……実は私が、身の程知らずにも好きになってしまった人でもある。
四ヶ月ほど前のある日……月末の処理と月初の処理が重なった時があり、総務部の経理課全員が残業をしていた。覚悟はしていたけどなかなか終わらず、とうとう二十時半を越えたあたりでみんながお腹がすいたと騒ぎ出した。そこで、ちょうど区切りのよかった私が、コンビニに買い出しに行くことにしたのだ。
みんなからあれが欲しい、自分にはこれを買ってきてくれと頼まれるものをメモしていると、一緒に残業していた先輩の由理さんが、「私も一緒に行くわ」と言ってくれた。
頼まれた量も量なので、とっても嬉しかったんだけど……そんな由理さんを周りの男性陣が止めた。
「こんなに暗くなってから女性が外を出歩くのは危ない」
「今日は特に寒いし、風邪をひいちゃいますよ」
などなど……。由理さんは私と違うモテる人種。美人でスタイルが良く、おまけに性格もとってもいい人。私もよくお世話になっている大好きな先輩だ。今も「なら美奈ちゃんじゃなくて、あなたたちが行ってくれるのよね?」と、迫力のある笑顔で男性陣に言ってくれている。由理さんは課内の人たちの私への対応に、よく怒っているから……
この時も、男性陣は笑いながら反論した。
「いやいや、森下は女じゃないから平気だって」
「そうですよ、本木さんは心配しすぎですって。こいつを襲ったら返り討ちにされますよ」
なぁと顔を見合わせて笑っている彼らに悪気はない。……たぶん、きっと。
「あんたたちっ」
「ほんとですよねっ、由理さんは心配しすぎです。じゃあ私、行ってきま~す」
こういう扱いに慣れているからといって辛くないわけじゃない。怒鳴り声をあげようとしてくれた由理さんの袖を引っ張って止め、へらっと笑うと、私は財布を持ってその場から逃げ出した。
うちの会社の近くには、コンビニが三つある。あえてその中で一番遠いところを選んで、頼まれた食料や飲み物をカゴいっぱいに買った。大きな袋を両手に持って会社に戻りながら、心の中で必死に平常心平常心と唱える。
(気にするな、いつものことだ)
その時、背後から声をかけられた。
「もしかして森下さん?」
その美声に一瞬、ある人を思い浮かべた。まさかねと思いながら振り返ると、そこにはまさかと思った人物――黒のコートを着た立花部長が立っていた。立花部長とは、一度由理さんと一緒に社食にいた時に、自己紹介のような会話をしただけだったから、まさか名前を覚えてもらえているとは思わなかった。だから余計に驚いた。数メートル先に立っている立花部長は、ポカンとしている私の顔を見ると、眉間にしわを寄せた。
「やっぱり森下さんか。そんなに荷物を持ってどうしたの? それにコートは? まさかその格好で会社からここまで来たの?」
「あ……の。今日うちの課、全員残業で。まだかかりそうなんで私が買い出しに来たんです」
「買い出しって一人で? ああ、ちょっとそれを置いて」
そう言いながら足早に目の前までやってくると、私の両手の荷物を地面に置かせた。そして、自分が着ていたコートを私にかけてくれる。
「こんなに手が冷えて……寒かったろ? これを着なさい」
「だ、大丈夫ですっ。私、お肉が厚いので寒さを感じないんですっ」
「何を言ってるの、そんなわけないだろう。女の子なんだから体を冷やしてはいけないよ。いいから着なさい」
そうして私に着せたコートの前ボタンを留めると、地面に置いてあった荷物を持って歩き始めてしまう。慌てて追いかけて荷物を返してもらおうとするけど、絶対に渡してはくれなかった。
「あのっ、立花部長に持ってもらうわけにはいかないですっ」
「何を言ってるの。こんなに重いものを君に持たせるわけないでしょう。まったく……総務の男どもは何をしているんだ」
「いえ、私が自分で行くと言って……」
「それでもこんな時間に女の子を一人で買い出しに行かせるなんて……何かあったらどうする気なんだ」
『女の子なんだから』『女の子に』
そんなことを家族以外の男性に言われたのは、生まれて初めてだった。私のことを女の子として扱ってくれるなんて……。立花部長がみんなに人気がある理由が、よくわかった。
気を抜いたら裾を地面に擦ってしまいそうなほど大きい男物のコート。その温かさに、涙が出そうになるのを堪えながら歩く。
会社のロビーに入ったところで、後ろから私を呼ぶ声がした。振り返ると、顔を真っ赤にした由理さんが走り寄ってくる。
「ごめんね美奈ちゃんっ、急いで追いかけたんだけど、どこのコンビニに行ったのかわからなくて……。ローモンかなと思って行ってみたんだけど、美奈ちゃんいなくて……ああっ顔が真っ赤よ? 寒かったでしょう? ダメよっ、ちゃんと上着を着ていかないと!」
そう言うと、手にしていた私の上着を着せてくれる。すでに立花部長のコートを着ているのに、その上にさらに着せられ、いつも以上に丸々としてしまったけれど、由理さんの優しさが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「ありがとうございます、由理さん。ローモンよりエイトの気分だったんでそっちに行ってました。でもコンビニから帰る途中で立花部長と偶然会いまして、ここまで荷物を持ってもらえたので……」
「立花? あっ、ホントだ。あんたいつからそこにいたの?」
「最初からいた。いいからほら、行くぞ」
結局、立花部長は、総務部まで私が買い込んだ荷物を運んでくれた。突然の立花部長の出現に驚く男性陣に、「夜の買い出しに女を行かせるような男はモテないぞ」と、チクリと皮肉を言う。
そうして帰っていく後ろ姿を見ながら、私は身の程知らずにも胸のときめきを抑えられなかった。
それからも同じようなことが何度かあった。
段ボールを運んでいたら、「こういう力仕事は男性に助けてもらいなさい」と手伝ってくれた。残業で遅くなった日にたまたまロビーで会った時には、「もう暗いから送っていくよ」と駅まで一緒に歩いてくれた。その度に、部長に対しての憧れが募っていった。
そして今、それは間違いなく恋心へと変わっていた。
飲み会は、コップ一杯のビールで酔ってしまう私には辛い場所だ。……それ以外にも辛い理由はあるけどね。
私の予想どおり、立花部長は開始早々、女性陣に囲まれていた。そこから抜けて男性陣にまざっても、すぐに違う女性たちがその周りを囲む。そんな姿を、私は由理さんと隅っこで飲みながら見ていた。
これが私があまり飲み会に来たくない理由の一つ。立花部長を好きな人はいっぱいいるって知っていても、実際に見るのは結構辛いから……
立花部長と同期である由理さんは、彼女たちを見て「相手にされてないのに、よくやるよね~」と毒を吐いていた。
立花部長と由理さんは仲が良くて、二人にはよく、付き合っているんじゃないかとか結婚するんじゃないかとかの噂が出る。そんなわけで立花部長ファンの女性社員に、嫌がらせをされることが多い由理さんは、立花部長ファンの女性に厳しい。
私も最初の頃、二人が付き合っていると思っていたから、「本当のところ付き合ってるんですよね?」と聞いたことがある。けれど由理さん曰く「あいつだけは嫌、人類最後の二人になってもありえない」らしい。美男美女でお似合いなのに……と言うと、由理さんはニヤッと笑いながら何かを小声で呟いた。
「美奈ちゃんにそう思われていると知ったら、あいつどうなるかしら……」
よく聞こえなくて聞き返したけど、由理さんは笑うだけで教えてくれなかった。
しばらく二人で飲んでいたけど、由理さん目当てに他課の男性たちがやってきたので、トイレと称してこっそり抜け出し、廊下の隅にあるソファで休むことにした。同じ課の酔っ払いたちに絡まれて、いつもよりも急ピッチで飲んだから、今日はもう私の許容量を随分超えている。
ふうっと息を吐き出しながら目を瞑って、綺麗な女性に囲まれている立花部長の姿を思い出す。
(やっぱり人気があるんだなぁ。私も由理さんみたいだったら……彼女にしてくれたかな……)
私は今まで男性に、女性として見てもらえたことがない。どんなに仲が良くなっても友達止まり。憧れていた人や気になっていた人に、恋愛相談や橋渡しを頼まれたこともたくさんある。
それでも一度だけ勇気を出して、告白をしたことがある。中学生の頃、初めて本気で好きになったその人には、「は? 冗談だよな? 俺、お前を女と思ったことがない」という返事をもらった。
そのあとそのことをクラス中に知られて、私は卒業までからかわれ、仲の良かったその彼には目も合わせてもらえなくなった。
この時、やっぱり私は異性からはよくて友達止まりで、好きだとかそういう感情を持つことすら、相手にとっては迷惑なんだと思った。
それに……自分で決めたことだけど、どんなに辛くても周りと一緒に笑ってしまう自分も嫌になった。みんなの前では一緒になって自分を笑い、家で一人泣きながら考えた。
(恋愛っていうのは、私みたいな見た目の女には遠い世界のことなんだ)
バカみたいだけど、その時の私は本気でそう思った。世の中、見た目で恋愛していない人だっていっぱいいるのに、たった一度の失敗で、私は恋愛することを諦めた。
ただ私には、私が馬鹿にされたりした時に、私の代わりに怒りをあらわにして泣いてくれる友達が二人もいたから、それで十分かな? と思った。恋愛なんてしなくても、大好きな友達がいれば、まあまあいい人生なんじゃないかな、と。
お見合いは、隠れ人見知りの私にはハードルが高いから、結婚も諦めた。だから短大を出てこの会社に入れた時はホッとした。これで人生安泰だ、と。
それでも恋をしないというのは無理で……中学生以来、初めて好きな人ができた。それが立花部長だ。
社内でも……いや社外でもより取り見取りだろう立花部長と、どうにかなるなんて想像したこともない。ただ……家族以外で初めて、私を女の子として扱ってくれた立花部長を、秘かに好きでいるくらいは許してほしい。絶対に迷惑をかけるようなことはしないから。
そんなことを考えながらうつらうつらとしていた時、耳元で予想外の声がした。
「もしかして、森下さん好きな奴がいるのか!?」
「え?」
驚いて声のほうを向くと、何故か立花部長がすぐ横に座っていた。
(なんで立花部長がここにいるんだろ……? あんなにたくさんの女性陣に囲まれていたのに……。そっか……私はだいぶ酔っているんだな……頭が半分寝ているんだ。起きながら夢を見るなんて、なんて器用なんだろ、私)
そんなことを考えながら、ボーッと立花部長の顔を見ていると、部長がなんだか必死な顔をして私に詰め寄ってきた。
「教えてくれ、森下さんが好きな奴は誰なんだ!?」
「好きな人……ですか?」
「いるんだろ?」
「います……。けど部長には内緒です」
せっかくいい夢を見ているのに、本当のことを言って夢の中でまでふられたくない。
そう思って内緒だと言ったのに、部長はしつこく食い下がってくる。
(ちょ、ちょっと立花部長っ、いくら夢でも顔が近いですっ)
「なんで内緒なんだ? 俺が知っている奴なのか? 誰なんだ? 井上課長か? 企画の川崎か? それとも営業部の人間か?」
「秘密ですって」
「頼むから教えてくれ! どんな奴なんだ?」
「名前は秘密ですけど……とっても優しい人です」
教えないって言っているのに、何度も何度も聞いてくるから、結局ちょっとずつ答えていってしまう。……近すぎる顔の距離にテンパっていたせいもあるけど。
「うちの会社の人間か? 背は? 顔はどうなんだ?」
「うちの会社の人です。背も高くてかっこいいです。とってもモテる人で、由理さんともお似合いで……だから私は見ているだけで満足なんです」
「由理……本木と……そうか……」
「はい」
「森下さんは……なんでそいつのことを好きになったんだ?」
「優しくしてくれたんです……。初めて私のことを女の子って言ってくれた男の人なんです……」
「そんなの当たり前じゃないかっ、森下さんはとっても可愛い女の子だよっ!」
「ありがとうございます」
立花部長は夢の中でまで優しい……。おかしいな……もう夢を見ているのに、さらに眠くなってきてしまった。会社の飲み会で寝るなんてダメなのに……起きなきゃいけないのに……ダメだ……眠い……
「告白する気はないの?」
「ふられるのはわかっていますし……それに私、恋愛は諦めているんで……。ホントは一度くらい……デートとか……いろんなこともしてみたいですけど……」
「じゃあ俺としようっ、デート。……それ以上でもいいけど」
「ふふっ。部長、私なんかでその気になるんですか?」
「もちろんっ! むしろお願いしたら抱かせてくれるなら、今ここで土下座だってするさっ」
「ほんとに優しいですね~。……ふふっ、そんなのこっちからお願いしたいですよ……」
「なら今夜……これから俺の部屋に来てくれる?」
「はい……嬉しい……です。いい思い出になりますね……」
そう答えたあと、私は夢も見ない眠りに旅立った。
「……ん」
「起きた? そろそろお預けが辛いよ」
その言葉と一緒に、閉じた瞼に何か柔らかいものが触れた。それが何かはわからなかったけど、近くに誰かがいるのはわかったから、渇いた喉を潤すものが欲しいと頼んだ。すると、すぐに唇に何かが触れる。うっすらと口を開けると、ぬるめの水が流れ込んできた。
少しずつ注がれるそれじゃあ足りなくて、もっと欲しいと口を大きく開けると、小さく笑う声が聞こえた。
そのあと、何度も水を飲ませてもらった。
ようやく満足すると、今度は柔らかくて力強い何かが、にゅるっと口の中に入ってきた。それは私の舌を絡めとり、口内を縦横無尽に動き回る。息苦しさに頭を振ると、私の口を占拠していたものはあっさりと離れていった。
足りなくなった酸素を、呼吸も荒く取り込む。すると今度は、耳たぶを温かく湿ったものが包んだ。くすぐったさに体が震えた直後、耳元で大好きな人の声がする。
「キスも初めてだった? 嬉しいよ。これからたくさん練習しよう……」
「……え? た、ちばなぶちょ……?」
「逸人って呼んで。……可愛い耳たぶだね、ピアスの穴、あけてないんだ」
「母が……嫌がるので……私も痛いのは嫌いですし……」
「痛いの嫌いなんだ……? じゃあ嫌われないように……優しく……時間をかけて溶かしてあげよう……」
耳元でピチャピチャと音がするのを聞きながら、ああ、私はまだ夢を見ているんだな、と理解した。随分自分の願望が入ったリアルな夢だなと思いつつも、どうせならこのまま最後まで覚めないでほしいと思った。
立花部長は何度も私にキスをした。
口の端から含みきれなかった唾液が流れていくと、それを部長の舌が追っていく。大きく開いた口で、肉食獣が獲物を捕らえるように私の喉元に口付け、ジュルッと音を立てて舌で舐めて、軽く歯を当て刺激する。
一瞬ぞわっと足から頭まで震えが走る。次の瞬間、足の付け根から何かがとろっと流れた。
丹念に首を舐め回していた舌は、次に鎖骨に向かうと、何度もそこを食み、吸い上げる。その間に立花部長の両手は、私のスーツとその下のシャツのボタンを外していった。
現れたブラを上へずらし胸を外に出すと、両手で私の贅肉の塊である胸を優しく揉みながら、その頂を口に含む。お風呂で洗う時くらいしか触れたことのないその部分を、部長の舌で転がされ、歯で軽く噛まれると……下腹の奥が熱くなった。
「……んっ……っふ」
「気持ちいい?」
「わからな……お腹が……熱いです……」
「可愛いっ」
その言葉と共にまた口を塞がれる。部長はそのまま両手で胸を揉んでいたけど、やがて片手をお尻のほうへと下ろしていった。
何度もお尻を撫でたあと少し体を離し、ゆっくりと私の服を脱がしていく。さすがにショーツを脱がされるのは抵抗があったけど、どんどん動きを激しくしていく部長の舌に翻弄されているうちに、足から抜き取られていた。
唇を解放されたあとも、激しかったキスの余韻にボーっとしてしまう。ふと気付くと、私の両足の間に部長が収まっていた。
部長に両太腿を持たれて腰を上げられ、お尻の下にクッションを入れられる。大事な部分を部長に突き出すような格好が恥ずかしくて、拒否の言葉と一緒に暴れてみたけど、部長は決して私の太腿を放してくれなかった。更には信じられないことに、私の秘所にゆっくりと顔を寄せていってしまう。
「いやっ、そんなとこ見ないでっ」
「何故? とっても綺麗で可愛いのに……」
そしてペロッと一舐めする。まだ乾いているそこを、部長の肉厚な舌が何度も上下に舐め上げる。ひだが合わさり固く閉じたそこをこじ開けるようにして舌を押し込まれ、震える秘芯に鼻で軽い刺激が与えられた。
「ダメッ! やだぁっ」
どうにかして部長の舌をそこから離そうともがいたけど、宙に浮いている足がバタバタと動いただけだった。体全体で抵抗すると、何故か部長の顔が私の秘所に余計に押し付けられてしまう。涙目で部長の頭をグイグイ押していると、小さい笑い声が聞こえ、やっと立花部長が頭を上げてくれた。
「そんなに嫌?」
「当たり前ですっ、そんなとこっ、そんなっ、きたないのにっ、ぶ、部長が汚れちゃいますっ」
自慢じゃないが、私の性知識は保健体育止まりだ。あんなところを舐めしゃぶられ、舌を突き入れられるなんて信じられなかった。そして、そうされると下腹の奥から何か溢れ出してしまい、ぐちゅっと音がするのが堪らなく恥ずかしい。
部屋中に響く音も、あんなところを大好きな人に晒しているのも、お腹の奥から込み上げてくるよくわからないものも、全部が恥ずかしくて……
「汚れる? 俺が?」
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