32 / 40
第八章 協力者の思惑
第三十二話
しおりを挟む
「これから……そなたはどうするのだ?」
私が協力した理由、後宮にこだわる理由に納得した様子の陛下は、その先のことを尋ねてきた。
これから……か。
「まずは残っている下級妃には、後宮を出ていっていただこうと思います。前皇帝が無理やり側妃にした者も多いので、家族・恋人が待っている者はそこへ……志願者には、王宮勤めの武官・文官への下賜も考えています」
前皇帝は女性に夫がいようが恋人がいようが、子供がいようが……自分が良いと思った女は、無理やり引き裂いて後宮で囲っていた。
王宮勤めの者に美しい娘・妻がいると聞きつければ、即座に後宮入りさせられたので……王宮勤めの者は自分の家族を守るために、市井にいる美人の噂を前皇帝に伝えることも多かった。
そうするとその女はすぐに後宮に呼びつけられ、前皇帝が気に入ればそのまま後宮入り……気に入らなければ帰されることもあったが、そんなことは本当に稀だった。
だから後宮には陛下へ取り入ろうとする女たちの裏に、家族と引き離されたことを嘆き悲しむ女も多くいた。
「なるほど。それは余が請け負おう」
話を聞いた陛下は、自分から名乗りを上げてくれた。
私から宦官や父に働きかけても良かったが、陛下が指示した方が事が円滑に進むだろう……その申し出は、ありがたく受け取った。
「行き場がないという者には、一時金を持たせて仕事や住居が見つかるまでの生活を保証していただきたいです」
後宮へ連れてこられたのは前皇帝のわがまま、後宮から出されるのは私のわがまま……彼女たちは被害者という想いが強いので、できるだけ手厚い対応をお願いした。
幸いなことに後宮にいる女性は見目麗しく若い者ばかりなので、ある程度の一時金を持たせておけば、そこからの生活は自分でなんとかしていけるだろう。
陛下は分かったと、少しだけ笑いながら答えてくれた。
前皇帝だったら笑みがいやらしいものばかりだったが、陛下の笑みは安心感を与えてくれる……彼女たちの処遇に関しては、任せても大丈夫だろうと思えた。
他には何かあるか? と尋ねられたので、ここで改めて仕事を請け負った時の条件を確認しておいた。
「……私を死ぬまで後宮から追い出さないこと、後宮にこれ以上女性を入れないことという約束は、必ず守っていただけますよね?」
私が少しだけ冷めた目線でそう告げると、陛下はもちろんだと真剣な表情で答えてくれた。
「王宮にも、後宮のことは遊姫に一任すると周知する。あとは余が死んだ後にも、そなたが死ぬまではこの命令は絶対であるという文言を残しておく」
私が思っていたよりも、陛下はちゃんと約束を守るつもりでいてくれたらしい。
そこまでしてくれるとは思っておらず少しだけ驚いたが、素直にありがとうございますと感謝を述べた。
「後宮はもうそなたの物だ。好きにするが良い」
陛下が威厳ある顔で、改めてそう言ってくれた。
やっと報酬が得られて嬉しく思うと共に、もう戻れないのだなという……重い物を背負ったのを感じた。
「……差し出がましいですが、私亡き後も後宮なんて場所が使われないことを願います。女を政や己のために利用するのは、もう十分でしょう」
精一杯の微笑みを浮かべたつもりだったが、口元は袖で隠した。
陛下はさすがにその願いには何も答えることができず、苦々しい表情をしていた。
その他のことは必要な物があれば女官や宦官に言えば用意させる旨や、何かあれば連絡をくれと、私にも手厚い対応をしてくれた。
けれど、これは言っておかなければならないだろう。
「……恐れながら、私のことは放おっておいて頂ければと思います。後宮付きの女官や宦官も不要です。私はこれから後宮で一人で生きていきますので、陛下はどうか皇后様と良い治世をつくってください」
私がそう言うと、陛下は驚きを隠せない様子で固まっていた。
これも最初から決めていた。
後宮はもらうが、後宮の女官や宦官は不要……私は一人で生きていく。
一人といっても数人の従者がいるし、基本的には自分の宮だけで過ごすつもりだから、特に不便はないだろう。
陛下は何か言いたげな顔をしていたが、全てを飲み込んで分かったと返事をしてくれた。
それがありがたくて、ありがとうございますと心からの感謝を伝えた。
「あぁ……父はこれからも宰相として陛下を支えるでしょうし、あと何年かすれば弟も王宮で勤め始めるはずです。その時は、どうぞよろしくお願いいたします」
私がそう言って頭を下げると、陛下はそれは楽しみだなと穏やかな声で答えてくれた。
――陛下が私の宮を去って、すっかり静かになった。
これから数日間はこの静けさが嘘のように、下級妃たちが後宮を出ていくので慌ただしくなるだろうなと、ぼんやりと窓の外を眺めながら考えていた。
その騒動が過ぎ去ったら、私も最後の仕事をしなくてはね。
私が協力した理由、後宮にこだわる理由に納得した様子の陛下は、その先のことを尋ねてきた。
これから……か。
「まずは残っている下級妃には、後宮を出ていっていただこうと思います。前皇帝が無理やり側妃にした者も多いので、家族・恋人が待っている者はそこへ……志願者には、王宮勤めの武官・文官への下賜も考えています」
前皇帝は女性に夫がいようが恋人がいようが、子供がいようが……自分が良いと思った女は、無理やり引き裂いて後宮で囲っていた。
王宮勤めの者に美しい娘・妻がいると聞きつければ、即座に後宮入りさせられたので……王宮勤めの者は自分の家族を守るために、市井にいる美人の噂を前皇帝に伝えることも多かった。
そうするとその女はすぐに後宮に呼びつけられ、前皇帝が気に入ればそのまま後宮入り……気に入らなければ帰されることもあったが、そんなことは本当に稀だった。
だから後宮には陛下へ取り入ろうとする女たちの裏に、家族と引き離されたことを嘆き悲しむ女も多くいた。
「なるほど。それは余が請け負おう」
話を聞いた陛下は、自分から名乗りを上げてくれた。
私から宦官や父に働きかけても良かったが、陛下が指示した方が事が円滑に進むだろう……その申し出は、ありがたく受け取った。
「行き場がないという者には、一時金を持たせて仕事や住居が見つかるまでの生活を保証していただきたいです」
後宮へ連れてこられたのは前皇帝のわがまま、後宮から出されるのは私のわがまま……彼女たちは被害者という想いが強いので、できるだけ手厚い対応をお願いした。
幸いなことに後宮にいる女性は見目麗しく若い者ばかりなので、ある程度の一時金を持たせておけば、そこからの生活は自分でなんとかしていけるだろう。
陛下は分かったと、少しだけ笑いながら答えてくれた。
前皇帝だったら笑みがいやらしいものばかりだったが、陛下の笑みは安心感を与えてくれる……彼女たちの処遇に関しては、任せても大丈夫だろうと思えた。
他には何かあるか? と尋ねられたので、ここで改めて仕事を請け負った時の条件を確認しておいた。
「……私を死ぬまで後宮から追い出さないこと、後宮にこれ以上女性を入れないことという約束は、必ず守っていただけますよね?」
私が少しだけ冷めた目線でそう告げると、陛下はもちろんだと真剣な表情で答えてくれた。
「王宮にも、後宮のことは遊姫に一任すると周知する。あとは余が死んだ後にも、そなたが死ぬまではこの命令は絶対であるという文言を残しておく」
私が思っていたよりも、陛下はちゃんと約束を守るつもりでいてくれたらしい。
そこまでしてくれるとは思っておらず少しだけ驚いたが、素直にありがとうございますと感謝を述べた。
「後宮はもうそなたの物だ。好きにするが良い」
陛下が威厳ある顔で、改めてそう言ってくれた。
やっと報酬が得られて嬉しく思うと共に、もう戻れないのだなという……重い物を背負ったのを感じた。
「……差し出がましいですが、私亡き後も後宮なんて場所が使われないことを願います。女を政や己のために利用するのは、もう十分でしょう」
精一杯の微笑みを浮かべたつもりだったが、口元は袖で隠した。
陛下はさすがにその願いには何も答えることができず、苦々しい表情をしていた。
その他のことは必要な物があれば女官や宦官に言えば用意させる旨や、何かあれば連絡をくれと、私にも手厚い対応をしてくれた。
けれど、これは言っておかなければならないだろう。
「……恐れながら、私のことは放おっておいて頂ければと思います。後宮付きの女官や宦官も不要です。私はこれから後宮で一人で生きていきますので、陛下はどうか皇后様と良い治世をつくってください」
私がそう言うと、陛下は驚きを隠せない様子で固まっていた。
これも最初から決めていた。
後宮はもらうが、後宮の女官や宦官は不要……私は一人で生きていく。
一人といっても数人の従者がいるし、基本的には自分の宮だけで過ごすつもりだから、特に不便はないだろう。
陛下は何か言いたげな顔をしていたが、全てを飲み込んで分かったと返事をしてくれた。
それがありがたくて、ありがとうございますと心からの感謝を伝えた。
「あぁ……父はこれからも宰相として陛下を支えるでしょうし、あと何年かすれば弟も王宮で勤め始めるはずです。その時は、どうぞよろしくお願いいたします」
私がそう言って頭を下げると、陛下はそれは楽しみだなと穏やかな声で答えてくれた。
――陛下が私の宮を去って、すっかり静かになった。
これから数日間はこの静けさが嘘のように、下級妃たちが後宮を出ていくので慌ただしくなるだろうなと、ぼんやりと窓の外を眺めながら考えていた。
その騒動が過ぎ去ったら、私も最後の仕事をしなくてはね。
11
お気に入りに追加
670
あなたにおすすめの小説

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる