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第五章 美姫の追放

第二十話

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 やっと宴が終わり、自分の宮に帰ってきたが……私は休憩する間もなく、ドスドスと足音を立てながらやってきた陛下の相手をすることになった。

 いつものように従者を下げさせ、私はただその時間が終わるのを待つ。

 ……あと少しの辛抱だ。

 ――今日は事が終わってもなかなか起き上がれず、陛下に背を向けながら寝台に横たわったままでいた。

 けれど陛下は私のそんな様子の変化になど全く気付いていないようで、満足そうにふーっと息を吐きながら水を寄越せと私に命じる。

 私は重い体を無理やり起こし、寝台の横に置いてある水差しから盃に水を注ぎ、陛下に渡した。

「――いやぁ、今宵も実に見事であった」

 水を飲み終えると、満足そうな声でそう言う陛下。

「……それは良うございましたね」

 私はそれをチラリとだけ見てそう答え、いつものように身支度を整え始めた。

「して、今度はどのような薬を盛ったのだ?」

 陛下は実に楽しそうな声色でそう尋ねてくる。

 私はそれに少しイラッとしながらも、できるだけ静かな口調で答えた。

「薬は盛っておりません。今日持ってきたあの酒……陛下もお飲みになったあの酒が、美姫メイジェン様のお身体にはあわなかったというだけのことです」

「あの酒か! 実に美味であったぞ! また宴で余に献上せよ」

 さっきまで美姫のことを尋ねていたのに、酒と聞いて関心がそちらに移ってしまったらしい……陛下の短絡的な思考回路に呆れを通り越して無関心になり、かしこまりましたと静かに返事をした。

 そうして陛下はあの酒がまた飲めると思ったのからなのか、肉欲を満たせたからなのか……上機嫌に自分の宮へと帰っていった。

 やっと一息つける……と、私は長椅子に倒れ込む。

 ふっと長椅子の横に置いている机の上を見ると、さっきまで陛下が口にしていた盃が置いてあった。

 私はそれを苦々しく睨みつけ、手を振り払って床に落とした……すると盃がカランカランッと音を立てて、床の上を跳ねるように転がる。

 そんなことをしても全く気は晴れないが、少しだけ冷静になれた気がした。

「……今回の計画は失敗ね」

 私は長椅子の上で仰向けに寝転がって、天井を眺めながらポツリッと呟く。

 陛下は満足そうであったし、見事であったとの褒め言葉もあった……仕事としても、私に害なし嘲笑った女への仕返しという意味でも成功ではあるだろう。

 ただ……純粋に面白くはなかった。

 今回の仕返しは、彼女ご自慢の美しさを奪うことが目的だった。

 だからこそ口にできない食品を含んだ酒を飲ませ、惨めな姿を陛下の前で晒させたのだが……あんなに悩み、父に頼んで酒まで用意した割には、その後の面白さ・達成感は皆無だった。

 心に残るのは虚しさばかり……なぜだろうか……。

 考えても答えは出ず、モヤモヤとしたものが心に広がるのを感じる。

 はぁ……とため息を漏らしながら、私は今回の計画を最初から思い返して、失敗となった要因を探す。

 仕事に飽きてきた? 陛下の隣に座らされた不満? 疲労? 上級妃の心情を考えたから?

 あれこれ考えてみるが、特に思い当たる物がない。

 その時、陛下の『余を楽しませろ』という一言がパッと頭の中に浮かんだ。

 そしてやっと気がついた。

「あー……コレのせいか」

 やっと答えが見つかって、私は安堵すると共に陛下への苛立ちを感じていた。

 ――私は今回、と計画を練った。

 今までは私に害なす女たちを惨めに、後宮から追い出すためだけに計画を練って実行していたのに……今回はそこに、陛下が楽しむようにという余計な心情が入り込んでしまっていた。

 つまり今回の計画は美姫を後宮から追い出すためでも、私の復讐でもなく……になっていた。

 それが私の中で、喉に刺さった小魚の骨のように……気分を害するもの、達成感を得る邪魔になっていたようだ。

「はぁー……」

 私はため息をいて、改めて天井を見据えて決意する。

 これからはもう邪魔になるものは捨てて、私がやりたいようにする、私のための計画に専念しましょう。

 せっかくの私の最後の娯楽、楽しみ……それを陛下なんかに邪魔されたくないわ。

 私の心はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 私は伸びをしながら寝台まで移動して、その日は眠りにつくことにした。

 ――数日後、父から美姫が後宮を去ったという知らせが届いた。

 どうやら自分が苦しむ姿を笑った陛下に美姫はひどくご立腹で、あの男の妻になぞなりたくないと、あの宴の翌日には半ば無理やり、後宮を出ていったということらしい。

 急に戻ってきた美姫に彼女の両親は困惑し、戻るように説得したそうだが美姫は聞き入れず……ついに後宮から戻らなくて良いという手紙が来て、正式に美姫は後宮から出ることが決まったそうだ。

 娘を正妃にして、王宮での地位を得ようとしていた父親はかなり残念がっているそうだが、当の美姫はそんな父親にも当たり散らして……美姫の家は荒れていると、手紙には書かれていた。

 わがまま放題な美姫にクスッと笑いながら、私も次こそは楽しもうと……彼女のわがままを少しだけ見習おうかなと思った。

 ――邪魔者四人目、排除完了――。
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