20 / 40
第五章 美姫の追放
第二十話
しおりを挟む
やっと宴が終わり、自分の宮に帰ってきたが……私は休憩する間もなく、ドスドスと足音を立てながらやってきた陛下の相手をすることになった。
いつものように従者を下げさせ、私はただその時間が終わるのを待つ。
……あと少しの辛抱だ。
――今日は事が終わってもなかなか起き上がれず、陛下に背を向けながら寝台に横たわったままでいた。
けれど陛下は私のそんな様子の変化になど全く気付いていないようで、満足そうにふーっと息を吐きながら水を寄越せと私に命じる。
私は重い体を無理やり起こし、寝台の横に置いてある水差しから盃に水を注ぎ、陛下に渡した。
「――いやぁ、今宵も実に見事であった」
水を飲み終えると、満足そうな声でそう言う陛下。
「……それは良うございましたね」
私はそれをチラリとだけ見てそう答え、いつものように身支度を整え始めた。
「して、今度はどのような薬を盛ったのだ?」
陛下は実に楽しそうな声色でそう尋ねてくる。
私はそれに少しイラッとしながらも、できるだけ静かな口調で答えた。
「薬は盛っておりません。今日持ってきたあの酒……陛下もお飲みになったあの酒が、美姫様のお身体にはあわなかったというだけのことです」
「あの酒か! 実に美味であったぞ! また宴で余に献上せよ」
さっきまで美姫のことを尋ねていたのに、酒と聞いて関心がそちらに移ってしまったらしい……陛下の短絡的な思考回路に呆れを通り越して無関心になり、かしこまりましたと静かに返事をした。
そうして陛下はあの酒がまた飲めると思ったのからなのか、肉欲を満たせたからなのか……上機嫌に自分の宮へと帰っていった。
やっと一息つける……と、私は長椅子に倒れ込む。
ふっと長椅子の横に置いている机の上を見ると、さっきまで陛下が口にしていた盃が置いてあった。
私はそれを苦々しく睨みつけ、手を振り払って床に落とした……すると盃がカランカランッと音を立てて、床の上を跳ねるように転がる。
そんなことをしても全く気は晴れないが、少しだけ冷静になれた気がした。
「……今回の計画は失敗ね」
私は長椅子の上で仰向けに寝転がって、天井を眺めながらポツリッと呟く。
陛下は満足そうであったし、見事であったとの褒め言葉もあった……仕事としても、私に害なし嘲笑った女への仕返しという意味でも成功ではあるだろう。
ただ……純粋に面白くはなかった。
今回の仕返しは、彼女ご自慢の美しさを奪うことが目的だった。
だからこそ口にできない食品を含んだ酒を飲ませ、惨めな姿を陛下の前で晒させたのだが……あんなに悩み、父に頼んで酒まで用意した割には、その後の面白さ・達成感は皆無だった。
心に残るのは虚しさばかり……なぜだろうか……。
考えても答えは出ず、モヤモヤとしたものが心に広がるのを感じる。
はぁ……とため息を漏らしながら、私は今回の計画を最初から思い返して、失敗となった要因を探す。
仕事に飽きてきた? 陛下の隣に座らされた不満? 疲労? 上級妃の心情を考えたから?
あれこれ考えてみるが、特に思い当たる物がない。
その時、陛下の『余を楽しませろ』という一言がパッと頭の中に浮かんだ。
そしてやっと気がついた。
「あー……コレのせいか」
やっと答えが見つかって、私は安堵すると共に陛下への苛立ちを感じていた。
――私は今回、陛下を楽しませようと計画を練った。
今までは私に害なす女たちを惨めに、後宮から追い出すためだけに計画を練って実行していたのに……今回はそこに、陛下が楽しむようにという余計な心情が入り込んでしまっていた。
つまり今回の計画は美姫を後宮から追い出すためでも、私の復讐でもなく……陛下を楽しませるための演劇になっていた。
それが私の中で、喉に刺さった小魚の骨のように……気分を害するもの、達成感を得る邪魔になっていたようだ。
「はぁー……」
私はため息をいて、改めて天井を見据えて決意する。
これからはもう邪魔になるものは捨てて、私がやりたいようにする、私のための計画に専念しましょう。
せっかくの私の最後の娯楽、楽しみ……それを陛下なんかに邪魔されたくないわ。
私の心はすっかり落ち着きを取り戻していた。
私は伸びをしながら寝台まで移動して、その日は眠りにつくことにした。
――数日後、父から美姫が後宮を去ったという知らせが届いた。
どうやら自分が苦しむ姿を笑った陛下に美姫はひどくご立腹で、あの男の妻になぞなりたくないと、あの宴の翌日には半ば無理やり、後宮を出ていったということらしい。
急に戻ってきた美姫に彼女の両親は困惑し、戻るように説得したそうだが美姫は聞き入れず……ついに後宮から戻らなくて良いという手紙が来て、正式に美姫は後宮から出ることが決まったそうだ。
娘を正妃にして、王宮での地位を得ようとしていた父親はかなり残念がっているそうだが、当の美姫はそんな父親にも当たり散らして……美姫の家は荒れていると、手紙には書かれていた。
わがまま放題な美姫にクスッと笑いながら、私も次こそは楽しもうと……彼女のわがままを少しだけ見習おうかなと思った。
――邪魔者四人目、排除完了――。
いつものように従者を下げさせ、私はただその時間が終わるのを待つ。
……あと少しの辛抱だ。
――今日は事が終わってもなかなか起き上がれず、陛下に背を向けながら寝台に横たわったままでいた。
けれど陛下は私のそんな様子の変化になど全く気付いていないようで、満足そうにふーっと息を吐きながら水を寄越せと私に命じる。
私は重い体を無理やり起こし、寝台の横に置いてある水差しから盃に水を注ぎ、陛下に渡した。
「――いやぁ、今宵も実に見事であった」
水を飲み終えると、満足そうな声でそう言う陛下。
「……それは良うございましたね」
私はそれをチラリとだけ見てそう答え、いつものように身支度を整え始めた。
「して、今度はどのような薬を盛ったのだ?」
陛下は実に楽しそうな声色でそう尋ねてくる。
私はそれに少しイラッとしながらも、できるだけ静かな口調で答えた。
「薬は盛っておりません。今日持ってきたあの酒……陛下もお飲みになったあの酒が、美姫様のお身体にはあわなかったというだけのことです」
「あの酒か! 実に美味であったぞ! また宴で余に献上せよ」
さっきまで美姫のことを尋ねていたのに、酒と聞いて関心がそちらに移ってしまったらしい……陛下の短絡的な思考回路に呆れを通り越して無関心になり、かしこまりましたと静かに返事をした。
そうして陛下はあの酒がまた飲めると思ったのからなのか、肉欲を満たせたからなのか……上機嫌に自分の宮へと帰っていった。
やっと一息つける……と、私は長椅子に倒れ込む。
ふっと長椅子の横に置いている机の上を見ると、さっきまで陛下が口にしていた盃が置いてあった。
私はそれを苦々しく睨みつけ、手を振り払って床に落とした……すると盃がカランカランッと音を立てて、床の上を跳ねるように転がる。
そんなことをしても全く気は晴れないが、少しだけ冷静になれた気がした。
「……今回の計画は失敗ね」
私は長椅子の上で仰向けに寝転がって、天井を眺めながらポツリッと呟く。
陛下は満足そうであったし、見事であったとの褒め言葉もあった……仕事としても、私に害なし嘲笑った女への仕返しという意味でも成功ではあるだろう。
ただ……純粋に面白くはなかった。
今回の仕返しは、彼女ご自慢の美しさを奪うことが目的だった。
だからこそ口にできない食品を含んだ酒を飲ませ、惨めな姿を陛下の前で晒させたのだが……あんなに悩み、父に頼んで酒まで用意した割には、その後の面白さ・達成感は皆無だった。
心に残るのは虚しさばかり……なぜだろうか……。
考えても答えは出ず、モヤモヤとしたものが心に広がるのを感じる。
はぁ……とため息を漏らしながら、私は今回の計画を最初から思い返して、失敗となった要因を探す。
仕事に飽きてきた? 陛下の隣に座らされた不満? 疲労? 上級妃の心情を考えたから?
あれこれ考えてみるが、特に思い当たる物がない。
その時、陛下の『余を楽しませろ』という一言がパッと頭の中に浮かんだ。
そしてやっと気がついた。
「あー……コレのせいか」
やっと答えが見つかって、私は安堵すると共に陛下への苛立ちを感じていた。
――私は今回、陛下を楽しませようと計画を練った。
今までは私に害なす女たちを惨めに、後宮から追い出すためだけに計画を練って実行していたのに……今回はそこに、陛下が楽しむようにという余計な心情が入り込んでしまっていた。
つまり今回の計画は美姫を後宮から追い出すためでも、私の復讐でもなく……陛下を楽しませるための演劇になっていた。
それが私の中で、喉に刺さった小魚の骨のように……気分を害するもの、達成感を得る邪魔になっていたようだ。
「はぁー……」
私はため息をいて、改めて天井を見据えて決意する。
これからはもう邪魔になるものは捨てて、私がやりたいようにする、私のための計画に専念しましょう。
せっかくの私の最後の娯楽、楽しみ……それを陛下なんかに邪魔されたくないわ。
私の心はすっかり落ち着きを取り戻していた。
私は伸びをしながら寝台まで移動して、その日は眠りにつくことにした。
――数日後、父から美姫が後宮を去ったという知らせが届いた。
どうやら自分が苦しむ姿を笑った陛下に美姫はひどくご立腹で、あの男の妻になぞなりたくないと、あの宴の翌日には半ば無理やり、後宮を出ていったということらしい。
急に戻ってきた美姫に彼女の両親は困惑し、戻るように説得したそうだが美姫は聞き入れず……ついに後宮から戻らなくて良いという手紙が来て、正式に美姫は後宮から出ることが決まったそうだ。
娘を正妃にして、王宮での地位を得ようとしていた父親はかなり残念がっているそうだが、当の美姫はそんな父親にも当たり散らして……美姫の家は荒れていると、手紙には書かれていた。
わがまま放題な美姫にクスッと笑いながら、私も次こそは楽しもうと……彼女のわがままを少しだけ見習おうかなと思った。
――邪魔者四人目、排除完了――。
10
お気に入りに追加
675
あなたにおすすめの小説
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる