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第四章 賢姫の追放

第十四話

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 賢姫シェンチェンについて慎重に調査しようと思っていた矢先、彼女の方から二人でお茶会をしようとお誘いが来た。

 上級妃からのお茶のお誘いなど、後宮に来たばかりの頃を思い出して全く乗り気はしないが……賢姫という人間を知るには、やはり近付いてみるのが一番だろうと思い、誘いに乗ることにした。

 ――今回のお茶会は、賢姫の宮で行われることになった。

 賢姫の侍女に客室らしき部屋まで通されると、さっそく賢姫が出迎えてくれた。

「ようこそお越しくださいました。遊姫様」

 その表情はいつもどおり、笑顔ではないものの物腰柔らかというか……実に普通な出迎え。

「この度はお招きいただき、誠にありがとうございます。賢姫様」

 私も口元を袖で隠しながらではあるが、一応微笑みを浮かべ、当たり障りのない挨拶をした。

 席につくとさっそく賢姫の侍女がお茶を出してきたが、何が入っているか分からない……私は微笑みだけを浮かべて、お茶には手を付けずにいた。

「――最近、歌姫様と舞姫様が続けて後宮を出ていかれましたね」

 するとお茶を一口飲んだ賢姫が世間話でもするように、そう切り出してきた。

 私のことを探っているのだろうか、私が彼女たちを追い出したと疑っている? ……頭の中では色々考えながらも表情には出さず、そうですねとだけ答える。

「彼女たちは陛下のお気に入りでしたから……陛下は気に病んでおられませんか? 彼女たちがいなくなる前後から、遊姫様のところへ通われることが多くなったので、何かご存知ないかと思いまして……」

 彼女の表情には特に変わりはない。

「……賢姫様も宴でご覧になっていると思いますが、陛下の様子はお変わりないように見えます。ただ、陛下の心の内までは分かりかねますが」

 当たり障りのない返事でのらりくらりと避けたつもりだったが、何かが彼女の触覚に引っかかったらしくピクッと反応を示したかと思うと、お茶を机に置いて俯き出した。

「……カにしているの?」

 その状態で何かを呟いていたが、よく聞き取れなかったので聞き返すと、彼女はバッと顔を上げた。

 さっきまでの穏やかな表情とは正反対の般若のような目でこちらを睨みながら、ギリっと口惜しそうに口元を歪めている。

「私が陛下にお会いできるのは宴のときだけと、馬鹿にしているの!?」

「いえ、そのようなことは……」

 何が彼女の逆鱗に触れたのかよく分からないので、とりあえず否定しておいたが、これで彼女の本性が知れそうだなと思っている自分がいた。

「今までは上級妃の宮を順番に通っていらしたのに、最近はあんたのところばかり! 一体どうやって陛下を誑かしているのか……ッ!」

 すっかり本性丸出しの賢姫は荒々しくそう言いながら、私に対して今まで溜め込んでいたらしい怒りをぶつけてくるが、全く身に覚えがない。

「歌姫と舞姫が後宮から追い出されたのも、どうせあんたのせいじゃないの!? あんたが余計なことを陛下に言っているのでしょう!? 自分だけが寵愛を受けようとしているのでしょう!?」

 こちらに関しては少しだけ身に覚えがあるが、別に陛下を唆しているわけではないし、寵愛を受けようとしているわけでもない。

 そんなことを思いながら、目の前でギャンギャン騒いでいる賢姫を見る。

 もう先程までの穏やかな彼女はどこにもなく、今は表情も口調も別人のようだ。

 見た目のせいか知的で大人しい女性だと思っていたけど……想像以上に感情的で短絡的な女性であることが、この短い間の会話だけでもよく分かった。

 これは思っていたよりも情報を引き出すのは簡単そうだ。

「わっ、私にはなんのことかさっぱり……それに賢姫様は、女性がお好きという噂を耳にしました。陛下のご寵愛には興味がないのでは……?」

 私はあえて何もわからない弱々しい女性を演じつつ、さらに彼女の神経を逆なでできるような言葉を選びながら探りを入れる。

 すると賢姫はハンッと鼻で笑って、ニヤリと顔を歪めていた。

「女なんか好きじゃないわよ! それは陛下の関心を得るため、上級妃となるためにしたこと! 陛下に寵愛されるための私の努力! ただそれだけよ!」

 そう吐き捨てるように言った賢姫の顔は、恥知らずなほど醜く歪んでいた。

「それなのに……陛下はあんたのとこばかり……ッ!」

 かと思うと、ギッと私の方を鋭い視線で睨んできて般若の顔を見せる。

 ……本性丸出し、本音丸出し、表情にも出過ぎ。

 賢姫なんて名前を受けているが、さてはこの女……だな?

 歌姫ほどの秀でた才もなく、舞姫ほどの上級妃としての矜持もなく……ただただ努力だけで、上級妃に成り上がった女。

 彼女こそ陛下が生み出した上級妃という立場に振り回される、哀れな怪物なのかもしれない。

 ――じゃあ、壊すのなんて簡単だな。

「……そんなに努力されているのであれば、きっと陛下が賢姫様のことを見てくださる日が来るはずだわ!」

 私は馬鹿なフリをしたまま、天真爛漫な笑顔でそう言った。

 賢姫はもう怒りのあまり、震えるだけで返す言葉を失っているようだったので……今日のところは失礼いたしますと言って、賢姫の宮を後にした。
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