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第一章 後宮一の美姫

第二話

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 後宮に入ってから、皇帝陛下の妃となってから三日が過ぎようとしていた頃、皇帝陛下のがあった。

 この三日間は皇帝陛下と関わることはなく、自分の宮と生活を整えることに多くの時間を割いていた。

 食事の好み・寝起きする時刻・気に入っている服についてなどを後宮の女官たちに伝えたり、宮の周囲を警備する宦官からの挨拶などがあったりした。

 言葉にすると簡単なように聞こえるが、わたくしだけではなく数多くの侍女・女官・宦官が関わっているため、それだけでも膨大な時間がかかった。

 あとは実際に暮らしながら、後宮での生活に慣れていくしかない。

 皇帝陛下は女官や宦官を通じてわたくしの状況を聞いているらしく、生活が落ち着くまではゆっくりと過ごすと良いと、これもまた女官を通じてお言葉をもらった。

 そしてそろそろ落ち着いたと感じていた頃、ついに初めて、今夜そちらの宮に行くという旨の連絡をもらった。

 わたくしの宮の寝室にやってきた皇帝陛下は、相変わらず清潔感のある整った身だしなみに威厳のある表情をしていた。

 侍女たちと共に頭を下げ、手を顔の前で組み合わせて挨拶をすると「気を使わずとも良い」というお言葉をいただいて、挨拶の形を解く。

 皇帝陛下は我が物顔で寝台の上に腰掛けて、隣の空いた場所をぽんぽんと手で軽く示して、わたくしにも座るように促した。

 なのでわたくしは示されたとおりに、皇帝陛下の隣に腰掛ける。

 侍女はお茶を持ってきて寝台横の机に置くと、スススっと音もなく下がっていく。

 寝室に残されたわたくしと皇帝陛下。

 少しの沈黙が流れたが、少しすると皇帝陛下が先に口を開いた。

「後宮での生活には慣れたか?」

「はい。快適に過ごさせていただいております」

「不便なことはないか?」

「はい。満足しております」

「そうか」

 そんな世間話をしていたら、おもむろに皇帝陛下がわたくしの肩に手を添え、軽い力ではあったが、押し倒されるような形で寝台に転がった。

 横になった私の上に覆いかぶさるように、皇帝陛下も寝台に手をついて、わたくしを真剣な眼差しで見下ろしている。

 わたくしは、覚悟を決めた。

 恐怖がなかったと言えば嘘になる。

 自分よりも大きな男に覆いかぶされるのは怖かったし、これから起こることが分かっていても想像はできなくて……不安だった。

 けれど自分で決めてここまで来たのだから、抵抗することなく、まっすぐに皇帝陛下を見つめて事が起きるのを待った。

 けれどいくら待っても皇帝陛下が動く気配はなく、押し倒された形のまま、ただお互いに見つめ合っていた。

 すると皇帝陛下が面白いものでも見ているかのように、口角を上げながら口を開く。

「……そなたは本当に良い目をしているな」

「ありがとうございます」

 見た目を褒められるのには慣れていたので、ほぼ反射に近い形で、表情は変えずに言葉だけで感謝を伝えた。

 皇帝陛下も表情を変えずに、世間話をしているときと変わらない口調で言葉を続けた。

「だが、私を好いている目ではないな。かといって、皇后になろうというギラついた野心に満ちた目でもない」

「そのようなことは……」

 図星を突かれていたが、袖を口元にやって目を逸らし、困惑した素振りを見せてやり過ごそうとする。

 けれど皇帝陛下の聞き方から察するに、なにか確信めいたものが感じられて、追求を止めてくださらなかった。

「此度の輿入れはそなたからの希望ということだったが、私の妃になる以外になにか目的があるのか?」

「目的など、そのようなだいそれたことは……」

 あくまでも困惑した調子を続けながら、言葉を濁す。

 さて、どうしたものか……。

 『他に好いた方がいるのです』と真実を伝えるわけにもいかないし、かと言って皇帝陛下のお言葉には確信めいたものがあるから、誤魔化し続けるのは難しいだろう。

 『私の希望というのは嘘で、父上が出世のために輿入れさせたのです』と嘘をつくと、父上の立場に影響があるかもしれない。

 まさか夜伽の前にこんな追求をされるとは思っていなかったので、返答に困って陛下の目を見ることも、口を開くこともできずにいた。

 すると、皇帝陛下が動く気配を感じる。

「この体勢では話しづらいか。よっこいせ」

 皇帝陛下は身体を起こして、寝台から窓際の方へと離れていく。

 これからの言動を頭の中で考えながら、わたくしも身体を起こし、皇帝陛下を見やる。

 皇帝陛下は窓際まで行くと、そこに置いてある椅子ではなく、わざわざ窓枠に直に腰掛けてくつろぎ、こちらに視線を向けてくる。

 その表情は先程までの男らしい威厳のあるものではなく、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「当ててやろうか。そなた、他に好いた者がいるのだろう」

 口調も心なしか、ただの青年のような弾むような話し方になっていた。

 ただ、わたくしがそれ以上に気になったのは、皇帝陛下の言葉だった。

 なぜバレたのだろうかと思いながらも、平静を装って笑みを見せて答える。

「……なんのことでしょうか?」

 すると皇帝陛下は、わたくしが誤魔化そうとしているのを全て分かっているかのようにニッと笑みを浮かべ、話し続けた。

「当たりであろう。目を見れば分かるのだ。さすがに後宮唯一の男皇帝をやっているとな」

「私には、なんのことか分かりかねます」

「なかなかに頑固だな」

 わたくしがまだ白を切り通そうとすると、皇帝陛下は楽しそうに笑顔を見せながらそう言う。

 この押し問答が早く終わってほしいと願ってみるが、皇帝陛下の表情を見るに、答えを得るまでは止まってくださらないだろうと感じさせられた。

「私は知っている。後宮にやってくる野心丸出しの女の目も、無理やり後宮入りさせられた女の目も。そなたの目はどちらとも言えず、なにか秘めたる強い意志を感じる」

 わたくしはもはや答えを返すことすらできなかったが、皇帝陛下にまっすぐに見つめられて、視線を逸らすこともできずにいた。

 そんなわたくしに向けて、皇帝陛下は笑顔を崩さずに語りかけてくる。

「他に好いた者がいる女を抱く趣味はない。事情があるのならば言ってくれれば、できる限りの配慮をするぞ?」

 そう言われて、疑いつつも皇帝陛下の目を見つめる。

 皇帝陛下の目は嘘を言っているようには見えず、男らしく自分を見下ろしていた目とは違って、年相応の青年らしいものに見えた。

 長年、美しいからと嫌なことをしてくる人間の目を見続けてきたせいか、相手の目を見れば何かを企んでいるか否かくらいは分かるようになっていた。

 だからこそ、皇帝陛下の言葉に嘘がないことが分かる。

 そして純粋そうな皇帝陛下の目を見つめていると、後宮に入る前、後宮入りしたいと言う私に、呆れ気味だった父上が言っていた言葉が思い起こされた。

皇帝陛下あの御方ならば、悪いようにはなさらないだろう』

 わたくしは意を決して、いや、観念して……皇帝陛下にわたくしの目的を、事情を説明することにした。
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