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第八章 今日も平和な家族
第五十話
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ハサルの屋敷襲撃から、時間が経って翌朝。
ハシャラはベッドの上でゆっくりと瞼を開け、天井を見つめる。
そしてゆっくりと身体を起こすと、眠れないと思っていたのに、何だかんだとぐっすり眠っていた自分を自嘲気味に笑い飛ばした。
そして……どうしようもない喪失感に暮れていた。
そんなハシャラのもとに、扉をノックする音が届く。
昨夜、世話をしてくれたアリが朝も来てくれたのかと思い、ハシャラは「どうぞ」と答えた。
すると扉が開かれ、扉の向こうから台車を押したナラが、いつも通りな様子で部屋に入ってきた。
「おはようございます、姫様」
ナラはいつもと変わらない調子で挨拶をしてくるが、ハシャラは目を見開いてパチパチと目を瞬かせたかと思うと、パクパクと口を動かして言葉にならない声を漏らす。
「なっ……どっ……傷……!?」
そんなハシャラをスルーして、ナラはいつもの調子で朝の紅茶を用意してくれる。
ハシャラは呆然としながら紅茶を受け取って一口飲み、一度深呼吸してから、改めてナラの方を見る。
見る限り、背中に血が滲んでいる様子はないし、体調が悪そうな様子も見受けられない。
けれど、昨夜見た傷は……そんな翌朝に消えてなくなるような、生易しい傷ではなかったはず。
ハシャラは混乱しながら、紅茶をもう一口飲んだ。
そうしていると、ナラがたまらずといった様子でくすっと微笑んで口を開く。
「……魔物は丈夫なのですよ、姫様」
その言葉にハシャラはまた目を見開いて、ぽかんと口を開けてナラを見つめていた。
呆けた顔をしているハシャラを見たナラは、さらにくすくすと楽しそうに笑っていた。
そんな二人のもとに、また扉をノックする音が飛び込んできた。
呆けているハシャラの代わりに、ナラが「どうぞ」と答えると、ハチが部屋に入ってきた。
こちらも昨夜部屋の前にいたハチではなく、いつも護衛をしてくれているハチだった。
ハチは部屋に入って跪くと、淡々とした調子で言う。
「おはようございます、姫様。昨夜、私のことを探していたと仲間から聞いたもので、朝のご挨拶に伺いました」
ハチを見たハシャラは、すでに開いていた目と口をさらに大きく広げて、ハチを見つめる。
ナラは身体を震わせながら、お腹をおさえて懸命に声を押し殺して笑っている。
ハチは状況が飲み込めていない様子で、不思議そうに首をかしげていた。
「き、傷は……大丈夫、なのですか……?」
やっとの思いでハシャラが尋ねると、ハチはあぁと、今思い出したと言わんばかりに口を開く。
「はい、問題ありません。すでに全快しておりますので、今日から護衛に戻らせていただきます」
「私も全快しておりますので、今日からまた姫様の身の回りのお世話をさせていただきます」
ハチが答えると、ついでにと言わんばかりにナラも同様の説明をする。
そしてナラにアイコンタクトでこちらへと示されたハチは、跪くのをやめて立ち上がり、ナラの隣に並び立つ。
「ご心配をおかけいたしました、姫様。私共は、この通りでございます」
ナラがそう言って、ハシャラに優しい笑みを見せる。
やっと状況が読めたらしいハチも、美しい笑みを浮かべていた。
その言葉を聞いて、二人の笑顔を見たハシャラは、紅茶をサイドテーブルに置くと、ゆっくりとベッドから起き上がって、二人のもとへと近付いていく。
二人は変わらず、微笑んでハシャラを見つめている。
ハシャラは我慢の限界と言わんばかりに、瞳から大粒の涙を流して二人を抱きしめた。
「よ……よかった、です……無事で……良かった……ッ!」
抱きしめられたハチとナラは、愛おしいものを包み込むように、ハシャラを抱きしめ返した。
しばらくそうしていたが、ハシャラが気恥ずかしそうに抱きしめていた腕を離すと、ナラとハチはニコニコと嬉しそうに微笑んでいた。
そんな笑顔が、ハシャラの顔をさらに赤くさせていた。
「あ、朝の支度をしましょうか!」
いたたまれずハシャラがそう言うと、ナラとハチが「かしこまりました」といつもの調子に戻って、仕事を遂行する。
ハチは扉の外に戻って護衛。
ナラはテキパキとハシャラの身支度を整えてくれた。
準備の済んだハシャラが二人を伴って食堂に向かうと、そこにはすでにアルが座っていた。
「おはようございます、アル様」
「……おはよう」
ハシャラに挨拶こそ返したものの、アルの顔は全く眠れていないことが一目で分かるほど、憔悴しきっている様子だった。
しかしそんな様子でもニコリと笑顔を浮かべていて、心なしかスッキリとしているように見えた。
なのでハシャラは過去に決着をつけたのだなと思い至り、それ以上声を掛けることはしなかった。
ミミズとミツはすでに畑に出ており、クモはまだ寝ているとのことだったので、二人で静かに食事をした。
その後はハシャラは領地に出向いたり、アルは執務室で領主補佐の仕事をしたり……皆が、いつもの日常に戻っていった。
玄関も夜の内にアリたちが直していて、まるでハサルの襲撃などなかったかのような、平和ないつもの日常だった。
ハシャラはベッドの上でゆっくりと瞼を開け、天井を見つめる。
そしてゆっくりと身体を起こすと、眠れないと思っていたのに、何だかんだとぐっすり眠っていた自分を自嘲気味に笑い飛ばした。
そして……どうしようもない喪失感に暮れていた。
そんなハシャラのもとに、扉をノックする音が届く。
昨夜、世話をしてくれたアリが朝も来てくれたのかと思い、ハシャラは「どうぞ」と答えた。
すると扉が開かれ、扉の向こうから台車を押したナラが、いつも通りな様子で部屋に入ってきた。
「おはようございます、姫様」
ナラはいつもと変わらない調子で挨拶をしてくるが、ハシャラは目を見開いてパチパチと目を瞬かせたかと思うと、パクパクと口を動かして言葉にならない声を漏らす。
「なっ……どっ……傷……!?」
そんなハシャラをスルーして、ナラはいつもの調子で朝の紅茶を用意してくれる。
ハシャラは呆然としながら紅茶を受け取って一口飲み、一度深呼吸してから、改めてナラの方を見る。
見る限り、背中に血が滲んでいる様子はないし、体調が悪そうな様子も見受けられない。
けれど、昨夜見た傷は……そんな翌朝に消えてなくなるような、生易しい傷ではなかったはず。
ハシャラは混乱しながら、紅茶をもう一口飲んだ。
そうしていると、ナラがたまらずといった様子でくすっと微笑んで口を開く。
「……魔物は丈夫なのですよ、姫様」
その言葉にハシャラはまた目を見開いて、ぽかんと口を開けてナラを見つめていた。
呆けた顔をしているハシャラを見たナラは、さらにくすくすと楽しそうに笑っていた。
そんな二人のもとに、また扉をノックする音が飛び込んできた。
呆けているハシャラの代わりに、ナラが「どうぞ」と答えると、ハチが部屋に入ってきた。
こちらも昨夜部屋の前にいたハチではなく、いつも護衛をしてくれているハチだった。
ハチは部屋に入って跪くと、淡々とした調子で言う。
「おはようございます、姫様。昨夜、私のことを探していたと仲間から聞いたもので、朝のご挨拶に伺いました」
ハチを見たハシャラは、すでに開いていた目と口をさらに大きく広げて、ハチを見つめる。
ナラは身体を震わせながら、お腹をおさえて懸命に声を押し殺して笑っている。
ハチは状況が飲み込めていない様子で、不思議そうに首をかしげていた。
「き、傷は……大丈夫、なのですか……?」
やっとの思いでハシャラが尋ねると、ハチはあぁと、今思い出したと言わんばかりに口を開く。
「はい、問題ありません。すでに全快しておりますので、今日から護衛に戻らせていただきます」
「私も全快しておりますので、今日からまた姫様の身の回りのお世話をさせていただきます」
ハチが答えると、ついでにと言わんばかりにナラも同様の説明をする。
そしてナラにアイコンタクトでこちらへと示されたハチは、跪くのをやめて立ち上がり、ナラの隣に並び立つ。
「ご心配をおかけいたしました、姫様。私共は、この通りでございます」
ナラがそう言って、ハシャラに優しい笑みを見せる。
やっと状況が読めたらしいハチも、美しい笑みを浮かべていた。
その言葉を聞いて、二人の笑顔を見たハシャラは、紅茶をサイドテーブルに置くと、ゆっくりとベッドから起き上がって、二人のもとへと近付いていく。
二人は変わらず、微笑んでハシャラを見つめている。
ハシャラは我慢の限界と言わんばかりに、瞳から大粒の涙を流して二人を抱きしめた。
「よ……よかった、です……無事で……良かった……ッ!」
抱きしめられたハチとナラは、愛おしいものを包み込むように、ハシャラを抱きしめ返した。
しばらくそうしていたが、ハシャラが気恥ずかしそうに抱きしめていた腕を離すと、ナラとハチはニコニコと嬉しそうに微笑んでいた。
そんな笑顔が、ハシャラの顔をさらに赤くさせていた。
「あ、朝の支度をしましょうか!」
いたたまれずハシャラがそう言うと、ナラとハチが「かしこまりました」といつもの調子に戻って、仕事を遂行する。
ハチは扉の外に戻って護衛。
ナラはテキパキとハシャラの身支度を整えてくれた。
準備の済んだハシャラが二人を伴って食堂に向かうと、そこにはすでにアルが座っていた。
「おはようございます、アル様」
「……おはよう」
ハシャラに挨拶こそ返したものの、アルの顔は全く眠れていないことが一目で分かるほど、憔悴しきっている様子だった。
しかしそんな様子でもニコリと笑顔を浮かべていて、心なしかスッキリとしているように見えた。
なのでハシャラは過去に決着をつけたのだなと思い至り、それ以上声を掛けることはしなかった。
ミミズとミツはすでに畑に出ており、クモはまだ寝ているとのことだったので、二人で静かに食事をした。
その後はハシャラは領地に出向いたり、アルは執務室で領主補佐の仕事をしたり……皆が、いつもの日常に戻っていった。
玄関も夜の内にアリたちが直していて、まるでハサルの襲撃などなかったかのような、平和ないつもの日常だった。
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