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第七章 招かれざる客
第四十五話
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「……?」
ベッドで眠っていたハシャラは、何か大きな物音で目を覚ました。
寝ぼけていて何の音だったのかは分からなかったが、音は玄関の方から聞こえてきた気がしたので、ハシャラは特に考えもせずに様子を見に行くことにした。
ハシャラはぼんやりとしながらも寝間着の上に軽く上着を羽織って、部屋を出て玄関ホールへと降りていく。
玄関へと近づくと、何やら物音がすることに気がついた。
争っている物音が。
ぼんやりとしていた頭が、はっきりとしてきて……ハシャラは慌てて、玄関ホールの方へと駆けていった。
そして玄関ホールに到着すると、ハチが何かと争っている姿が見えた。
「ハチ!?」
「姫様!?」
思わずハシャラが声を掛けてしまうと、ハチはバッと振り返ってハシャラの方を見やる。
その言動はお互い、反射に近かった。
思わず声を掛けてしまった、思わず振り向いてしまった……たったそれだけのことが、その瞬間は大きな失敗へとつながる。
ハチと戦っていた何かが、ハチを飛び越してハシャラの方へと向かってきたのである。
薄暗い空間で素早い何かがバサバサと音をたてながら動いていて、それが何かは分からなかったが……何かキラリと光る刃物のようなものが見えた。
ハシャラが驚きから動けずにいると、突然、目の前が黒いものに包まれた。
その時、ハシャラは危険な状況にあるにも関わらず、蟻の魔物の女王に抱きしめられたときのことを思い出していた。
襲撃者の光る刃物が、黒い何かを切り裂く。
小さくうめき声が聞こえたかと思うと、ハシャラの目の前に、それはドサッと倒れこんだ。
呆然とするハシャラは、ゆっくりと倒れた何かの方に目をやる。
ハシャラを包みこんだ黒い何かの正体は、ナラだった。
物音に気がついて玄関ホールまでやってきて、そこにハシャラがいるのを見つけ、さらに襲われそうになっていることに気付き、すぐに抱きしめてかばったようだった。
倒れ込んでいるナラの背中は、鋭い三本線状の傷が身体に深くめり込むようにできていて、そこから多くの血が流れ出ていた。
そんなハシャラたちを襲撃者からかばうように、襲撃者と彼女の間に入り込み、剣を構えるハチ。
ナラを襲った何かは、またバサバサと音をたてながら玄関の方まで下がっていく。
「姫様! お気を確かに! 今は逃げてください!」
ハチが懸命にそう伝えるが、ハシャラの耳には届かない。
正確には届いてはいるのだが、頭に入ってはいなかった。
「な……ナラ……」
ハシャラはその場に力なくへたり込み、呆然としながらも倒れているナラに腕を伸ばして抱き寄せる。
抱き寄せてナラの顔を確認すると、ナラは目を瞑って何も言わず……口からも血を流していた。
ハシャラは、体中の血が一気に引いていくのを感じた。
かと思うと、ナラはゴホッと咳き込む。
傷は深いが、命はあるようだった。
ハシャラが少しだけホッとしながらナラの名前を呼ぶと、彼女は力なく「ひ、ひめ、さま……」と口を開く。
「お、お怪我は……ござい、ませんか……?」
ナラにそう尋ねられて、ハシャラは慌てて返事をする。
「ナラが守ってくれたので、怪我一つありません!」
するとナラはニコッと穏やかな笑みを浮かべる。
「よか……った……」
その笑顔を、ハシャラは泣きそうな表情で見つめていることしかできなかった。
そしてナラはゆっくりと、笑顔のまま、全身の力が抜けていった。
ハシャラは自分の目の前で、腕の中で……何が起こっているのか、正しく理解することができなかった。
ただ、呆然と……力を失っているナラを見下ろす。
「……ごめんね。『君たちには何もしないから屋敷にいれてくれ』と言ったのに抵抗するから、攻撃させてもらったよ」
そんなハシャラに、玄関の方から声が掛けられた。
穏やかで優しく、ゆるい口調だが上品さを感じる声。
声の主は、床に砕け散っている玄関のかけらを踏みながら、ゆっくりと屋敷の中に入ってきた。
ハシャラを……ナラを攻撃した何か……一羽の大きな鳥の魔物も、それに続くように屋敷へと入る。
「まぁ、でも所詮虫は鳥に食われる存在なわけだし、自然の摂理だと思って許してよ」
襲撃者の声は明るく、あっけらかんとそう言ってのけた。
その言葉はやはりハシャラの頭の中にまでは届かなかったが、耳には届いていたらしく、ハシャラがゆっくりと声のした方へと顔を向ける。
そうして呆然とした表情のまま、口を開いた。
「……ハサル……第一王子……殿下……?」
屋敷に入ってきた人物は、王城の舞踏会で見かけた顔……ネメトンの第一王子・ハサルだった。
「……やぁ。お邪魔するよ。ケンゾン領主・ハシャラ嬢」
ハサルはまるでハシャラと旧知の仲であるかのように、気軽な挨拶をした。
なぜここにハサルがいるのか、なぜ攻撃してきたのか、隣の鳥の魔物は何なのか……ハシャラには何も分からなかった。
ただ呆然と、ハサルを見つめていた。
そうしていると、騒ぎを聞きつけたアルが、遅れてではあるものの剣を携えて玄関ホールへとやってきた。
ベッドで眠っていたハシャラは、何か大きな物音で目を覚ました。
寝ぼけていて何の音だったのかは分からなかったが、音は玄関の方から聞こえてきた気がしたので、ハシャラは特に考えもせずに様子を見に行くことにした。
ハシャラはぼんやりとしながらも寝間着の上に軽く上着を羽織って、部屋を出て玄関ホールへと降りていく。
玄関へと近づくと、何やら物音がすることに気がついた。
争っている物音が。
ぼんやりとしていた頭が、はっきりとしてきて……ハシャラは慌てて、玄関ホールの方へと駆けていった。
そして玄関ホールに到着すると、ハチが何かと争っている姿が見えた。
「ハチ!?」
「姫様!?」
思わずハシャラが声を掛けてしまうと、ハチはバッと振り返ってハシャラの方を見やる。
その言動はお互い、反射に近かった。
思わず声を掛けてしまった、思わず振り向いてしまった……たったそれだけのことが、その瞬間は大きな失敗へとつながる。
ハチと戦っていた何かが、ハチを飛び越してハシャラの方へと向かってきたのである。
薄暗い空間で素早い何かがバサバサと音をたてながら動いていて、それが何かは分からなかったが……何かキラリと光る刃物のようなものが見えた。
ハシャラが驚きから動けずにいると、突然、目の前が黒いものに包まれた。
その時、ハシャラは危険な状況にあるにも関わらず、蟻の魔物の女王に抱きしめられたときのことを思い出していた。
襲撃者の光る刃物が、黒い何かを切り裂く。
小さくうめき声が聞こえたかと思うと、ハシャラの目の前に、それはドサッと倒れこんだ。
呆然とするハシャラは、ゆっくりと倒れた何かの方に目をやる。
ハシャラを包みこんだ黒い何かの正体は、ナラだった。
物音に気がついて玄関ホールまでやってきて、そこにハシャラがいるのを見つけ、さらに襲われそうになっていることに気付き、すぐに抱きしめてかばったようだった。
倒れ込んでいるナラの背中は、鋭い三本線状の傷が身体に深くめり込むようにできていて、そこから多くの血が流れ出ていた。
そんなハシャラたちを襲撃者からかばうように、襲撃者と彼女の間に入り込み、剣を構えるハチ。
ナラを襲った何かは、またバサバサと音をたてながら玄関の方まで下がっていく。
「姫様! お気を確かに! 今は逃げてください!」
ハチが懸命にそう伝えるが、ハシャラの耳には届かない。
正確には届いてはいるのだが、頭に入ってはいなかった。
「な……ナラ……」
ハシャラはその場に力なくへたり込み、呆然としながらも倒れているナラに腕を伸ばして抱き寄せる。
抱き寄せてナラの顔を確認すると、ナラは目を瞑って何も言わず……口からも血を流していた。
ハシャラは、体中の血が一気に引いていくのを感じた。
かと思うと、ナラはゴホッと咳き込む。
傷は深いが、命はあるようだった。
ハシャラが少しだけホッとしながらナラの名前を呼ぶと、彼女は力なく「ひ、ひめ、さま……」と口を開く。
「お、お怪我は……ござい、ませんか……?」
ナラにそう尋ねられて、ハシャラは慌てて返事をする。
「ナラが守ってくれたので、怪我一つありません!」
するとナラはニコッと穏やかな笑みを浮かべる。
「よか……った……」
その笑顔を、ハシャラは泣きそうな表情で見つめていることしかできなかった。
そしてナラはゆっくりと、笑顔のまま、全身の力が抜けていった。
ハシャラは自分の目の前で、腕の中で……何が起こっているのか、正しく理解することができなかった。
ただ、呆然と……力を失っているナラを見下ろす。
「……ごめんね。『君たちには何もしないから屋敷にいれてくれ』と言ったのに抵抗するから、攻撃させてもらったよ」
そんなハシャラに、玄関の方から声が掛けられた。
穏やかで優しく、ゆるい口調だが上品さを感じる声。
声の主は、床に砕け散っている玄関のかけらを踏みながら、ゆっくりと屋敷の中に入ってきた。
ハシャラを……ナラを攻撃した何か……一羽の大きな鳥の魔物も、それに続くように屋敷へと入る。
「まぁ、でも所詮虫は鳥に食われる存在なわけだし、自然の摂理だと思って許してよ」
襲撃者の声は明るく、あっけらかんとそう言ってのけた。
その言葉はやはりハシャラの頭の中にまでは届かなかったが、耳には届いていたらしく、ハシャラがゆっくりと声のした方へと顔を向ける。
そうして呆然とした表情のまま、口を開いた。
「……ハサル……第一王子……殿下……?」
屋敷に入ってきた人物は、王城の舞踏会で見かけた顔……ネメトンの第一王子・ハサルだった。
「……やぁ。お邪魔するよ。ケンゾン領主・ハシャラ嬢」
ハサルはまるでハシャラと旧知の仲であるかのように、気軽な挨拶をした。
なぜここにハサルがいるのか、なぜ攻撃してきたのか、隣の鳥の魔物は何なのか……ハシャラには何も分からなかった。
ただ呆然と、ハサルを見つめていた。
そうしていると、騒ぎを聞きつけたアルが、遅れてではあるものの剣を携えて玄関ホールへとやってきた。
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