蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第五章 それぞれの過去

第三十五話

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 ハシャラは夢のことを思いながらも、笑顔を意識して朝食をもぐもぐと食べていた。

 今日もお食事が美味しいです!

 この幸せを、お腹だけではなく心でも感じて、体中に行き渡らせましょう!

 ナラはやっぱり朝からハシャラの様子がおかしいと、少しだけ心配そうな表情を浮かべていたが、元気そうではあるので、特に声をかけることはしていなかった。

「……今日はいやに上機嫌だな」

 そんな様子に気がついたアルが、代わりに声をかける。

 するとハシャラはもぐもぐと口に入れていた食べ物をゴクンっと飲み込むと、パッと笑顔を見せて答える。

「はい! 笑顔で過ごすことの大切さを実感したのです」

 ハシャラの満面の笑みに、アルは少し引き気味になりながら「そ、そうか……」と答えることしかできなかった。

「まぁ、元気ならば良いのだが……」

 そう呟くと、ハシャラは「元気です!」と力強く答えて、食事を再開した。

 すると、食堂の扉をコンコンっとノックする音がした。

 食堂をノックされることは少ないので不思議に思っていると、アリが対応してくれた。

 扉の向こうにいたのは、ちらりと見る限り、ハチらしかった。

 いつもハシャラの身辺を護衛しているハチとは別の、屋敷の周りを警戒しているハチに見えた。

 アリとハチが少し会話したかと思うと、ハチが食堂に通され、ハシャラの前で跪いた。

「ど、どうしたのですか?」

 ハシャラが突然のことに驚いて尋ねると、ハチは跪いたまま口を開いた。

「……昨夜、屋敷に何者かの襲撃がありました」

「……!?」

 驚き、ガタッと音をたてながら椅子から立ち上がったハシャラ。

 けれどハチは冷静にゆっくりと顔を上げ、報告を続けた。

「襲撃者は人間で、現在は撃退後に空き部屋の一つに監禁しております。一晩、尋問したところによると、狙いは姫様ではなく、そちらにいるアル……ということでした」

「な、なぜですか……!?」

 ハシャラが声を荒げながら、さらなる報告を求めると、ハチは首を横に振った。

「残念ながら、どんなに尋問しても雇い主や狙う目的に関しては口を割りませんでした。もしかしたら、そもそも奴は捨て駒で、詳細は知らされていないということも考えられます」

 ハチの答えを聞いたハシャラは、力なく椅子に座り込む。

 仮にもネメトン第二王子を狙うなど、余程の理由があってのことだ。

 さらにアルがこの屋敷に滞在していることを知っている人間はごく一部……誰の命令なのかと、ハシャラはぐるぐると考え込む。

「俺が狙いか。ならば、王城の人間の差し金かな」

 顔をしかめながら考え込むハシャラとは対照的に、アルは天井をながめながら世間話でも話すようにゆるい表情と口調でそう語る。

「な、なぜそんなに冷静なのですか……?」

 ハシャラがぽかんっとしながら尋ねると、アルは表情を変えずに語る。

「俺を邪魔に思っている人間なんて、いくらでもいるからな」

 あっけらかんとそう言うアルを、ハシャラは呆然と見つめる。

 それと同時に、ズキッと心が痛むのも感じていた。

 この人は、暗殺者を送り込まれるのを不思議に思わないような生活を、今まで送っていたのだなと。

 その理由には第二王子だからというのももちろんあるだろうが、獅子神の加護を授かっているからというのも、恐らく含まれているのだろうと思われた。

 それが、同じように珍しい加護を授かっているハシャラとしては他人事とは思えず、心を痛めていた。

 黙り込むハシャラを見たアルは、ハッとしたかと思うと慌てて口を開く。

「いや、だからといってお前たちに迷惑を掛けて良い理由はないな。すまない。邪魔なようならば、俺は王城に戻るが……」

 そう言われたハシャラは、眉尻を下げながらアルを見つめる。

 アルからは申し訳無さは感じるものの、自分の命が危ぶまれているという危機感や恐怖はまるでないように感じられた。

 そんなアルを見たハシャラは、はーっとため息を吐いてから答える。

「いえ、その必要はありません。暗殺者を送り込むような者のいる王城に戻るよりも、ここにいる方が安全でしょう。ここにはハチたちもいますしね」

 疲れた目でハチの方を見つめると、ハチは「もちろんでございます。屋敷の者の安全は私共が命にかえても守ります」と答える。

 そんなハチに自分の命も大切にしてください……とひっそりと思いながらも、もう声に出す元気もなくなっていた。

 力なくちらりとアルの方を見ると、彼は困ったように微笑みながら答える。

「すまんな。助かるよ」

 アルの結論を聞いたハチは「では、襲撃者を隣街の警ら隊に引き渡して参ります」と告げて、食堂から出ていった。

 ハシャラは先程までもぐもぐと美味しく食べていた食事を見つめながら、もう上機嫌というわけにもいかなくなってしまったなと落ち込んでいた。

 けれど少女の笑顔を思い出して、バッと顔を上げ……同じように沈みがちに食事を摂るアルを見つめてから、ゆっくりと口を開く。

「……あ、アル様とけ、結婚したら……す、スリリングな人生が送れそうですね……!」

 顔を真っ赤にしながら、あらぬ方向を見ながら、口元だけ精一杯に笑顔を作ってそう告げる。

 するとアルは口にしているものを吹き出してしまいそうになり、それを慌てて飲み込んだためにゴホゴホッと咳き込んでいた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 ハシャラが心配になって尋ねると、アルは「だ、大丈夫だ……」とまだ咳き込みながら、なんとか返事をしていた。

 ハシャラがオロオロとしながらアルを見つめていると、ナラが不機嫌そうに水の入ったコップをテーブルの上に置いた。

 アルはそれを一気に飲み干すと、やっと一心地ついたのか深呼吸をしていた。

 そして落ち着いたアルを見て、少しホッとした表情を浮かべているハシャラをちらりと見て、アルはニヤリとしながら口を開く。

「……スリリングな人生を送ることになるのは、俺の方かもな。婚約者殿」

 そう言われたハシャラは、最初何を言われているのか理解できずにぽかんっとしていたが、と呼ばれたことに気付き、ボッと顔を赤くした。

 そして慌てて否定する。

「ま、まだ……婚約者候補の、一人……です」

「すぐ婚約者になるさ。そして婿になる」

 するとアルがニヤニヤと笑みを浮かべながら、即答した。

 ハシャラは手痛い仕返しを受けたと思いながら、顔を赤くして黙り込むことしかできなかった。
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