蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第五章 それぞれの過去

第三十四話

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「彼女は十歳だったんだ。かわいそうに……」

 するとハシャラの背後から声がした。

 振り返ると……そこには白い長い髪に白い服、美しい顔立ちと美しい蝶の羽が印象的な蟲神が立っていた。

 宝石のように透き通る赤い瞳は、悲しみによって伏せられていた。

「蟲神様……!」

 ハシャラがそう声をかけると、少女の心の中だと思われる真っ暗な空間と少女がざぁっと消え、いつもの真っ白なモヤがかった空間に戻っていた。

 ハシャラが突然のことに驚いていると、蟲神が声をかける。

「やぁ、また会ったね」

 声は優しく穏やかだが、その表情はやはり悲しげに見えた。

「お久しぶりです。蟲神様」

 ハシャラが挨拶を返しても、眉尻を下げながら微笑んでいた。

 蟲神にとって、今見せた過去の光景は……あの少女のことは、相当にツライものだったのだと察することができた。

 ハシャラは、そんな蟲神を気遣いながらもおずおずと口を開く。

「……なぜ、今の光景を私に見せたのですか……?」

「……誰も知らない、歴史に記されない彼女のことを知ってほしかったんだ」

 蟲神の言葉に、ハシャラは戸惑いながらも納得した。

 確かにあんな寝込みを襲うような騎士道に反する戦い方、国が記録に残すことはないだろう。

 さらにネメトンで暮らしているハシャラですら、蟲神の加護を授かった前例を、蟲魔物以外から聞いたことがなかった。

 彼女のことは、歴史の闇に葬り去られたのであろうことが、容易に想像がついた。

 ハシャラは先程の光景を思い出し、眉を寄せながら拳を握りしめて下の方を睨むように見つめる。

 すると、そんな話の中心である少女が、蟲神の服の裾を掴みながら背後に隠れていることに気がついた。

「わっ……あっ……は、はじめまして?」

 驚きつつも、ハシャラが腰をかがめて笑顔を作り挨拶をすると、少女はぴゃっとさらに蟲神の背後に隠れこんでしまった。

 怯えさせてしまったことにハシャラが落ち込んでいると、蟲神が後ろに隠れた少女の頭を撫でながらハシャラに声をかける。

「ごめんね。この子、人見知りで……」

「いえ、そうなんですね……」

 その言葉にハシャラが少し立ち直りつつ、諦めずに声をかける。

「……私はハシャラと言います。良かったらお名前を教えてくれませんか?」

 ハシャラは笑みを浮かべ、できるだけ優しい口調で声をかける。

 すると蟲神の背後に隠れていた少女がちらりと顔だけのぞかせ、じーっとハシャラの顔を見つめていた。

 ハシャラが顔を見せてくれたことに喜び、少女の返事を待ってみるが……一向に返事はもらえなかった。

 どうしたものかとハシャラが笑顔のまま困惑していると、代わりに蟲神が口を開く。

「……彼女は自分の名前を覚えていないんだよ、ハシャラ。当時は私の加護からとって……と、呼ばれていた」

 最初は優しげな表情で答えていた蟲神だが、彼女の呼び名に関して語るときには、苦々しく怒りをにじませた表情をしていた。

「そう……なのですね」

 ハシャラがなんと言えば良いのか分からず、曖昧な返事を返すと、蟲神は険しい表情のまま彼女について語り始めた。

「戦時中、本来であれば十六歳で授かる加護を、戦争に活かすために年齢を問わずに孤児に授与させていてね。彼女はその被害者なんだ」

「そんなことが……」

 平和な時代を生きているハシャラからすると信じられないことで絶句していると、蟲神は困ったように微笑みながら言葉を続けた。

「私は虫に優しかった彼女を守りたくて加護を授けたんだ。だけど……私のせいで、彼女をさらなる地獄に導くだけになってしまった……」

 苦しそうに、今にも泣き出しそうな顔をしながらそう語る蟲神に、ハシャラはかける言葉が見つからない。

「そして彼女は『化け物め!』と叫ぶ敵の剣に、守ろうと群がる虫共々切られ、命を落としてしまった……」

「……真の化け物は、こんな幼子を戦場に連れ出した大人たちでしょうに……」

 ハシャラが珍しく怒りをにじませた表情でそう告げると、蟲神も「まったくだ」と同意していた。

 少女だけが、ハシャラと蟲神の顔を交互に見ながら、不思議そうな表情を浮かべていた。

 そんな少女の頭を撫でながら、蟲神が続ける。

「だからね。私はもう、加護を人に授けるつもりはなかったんだ」

「え……? では、私は……?」

 蟲神は困ったように微笑んだかと思うと、昔を懐かしむような目をして語る。

「……最初は、瞳の色が彼女と似ているなと思ったんだ」

 ハシャラは蟲神に初めて会った時、瞳の色が美しいと言っていたことを思い出した。

 そしてちらりと少女の方を見ると、確かに彼女も自分とよく似たグリーンの瞳をしていることに気がついた。

「それと虫が苦手なくせに、家で虫を見つけると震える手で紙の上にすくって、使用人に殺されないようにと外に逃がしている姿も……その優しさが、彼女を思い出させた」

「ふふふ……そんなこともありましたね」

 ハシャラも前の家でのことを思い出し、懐かしくなって微笑む。

 蟲神はそんなハシャラの笑顔を愛おしそうに見つめ、さらに言葉を続けた。

「時代も平和になったし、前と同じ結果にならないことを祈りつつ……私は君に加護を授けたんだ」

「そうだったのですね」

「だけどやっぱり、虫使役の力を授けるのは怖くて……それに君は虫が苦手だから、人間に化けられる虫魔物の方が良いかなとも思ってね。虫魔物使役の加護にしたんだ」

「ご配慮、痛み入ります。今そのおかげで、彼女たちと生活できてると言っても過言ではないです」

「良かった。……どうか、これからも虫魔物たちと仲良く暮らしてね」

「もちろんです」

 ハシャラがそう答えると、蟲神はくすっと微笑み、かと思うと目元を潤ませながら語る。

「……君に加護を授けて良かった。虫魔物の力を他人のためにつかって、虫魔物たちを思いやって……家族と呼んでくれて、本当に嬉しかったんだ」

「私の方こそ……虫魔物たちには助けられてばかりです。蟲神様に教えていただいた大群の虫の襲来も、彼女たちのおかげで事なきを得ましたし……」

「そのことも感謝してる。あの虫たちは食料を求めて移動してきた難民のようなものでね。そんなあの子達を、食べるという自然な形で逝かせてくれて……ありがとう」

 あの大群の虫の事情を知って、少しばかり申し訳ない気持ちになっていると、蟲神が慌てて否定する。

「撃退したことに関しては正当防衛だし、あくまでも自然の摂理だから。ハシャラが気にすることはないんだよ」

「そう言っていただけると、救われます……」

 ハシャラが眉尻を下げながら微笑んでそう言うと、蟲神は困ったように笑っていた。

「……おねえちゃんは、むしがみさまのかご、いやじゃないの?」

 すると、少女が突然口を開いた。

 蟲神もハシャラモ驚いたが、ハシャラはすぐに笑顔を浮かべて、少女の目線に合わせて腰をかがめて答える。

「最初は嫌でした。でも蟲神様の加護のおかげで新しい家族ができて、領民を守れる力をもらって……私は幸せになれたんです」

 ハシャラが今までのことを思いながら、穏やかな笑みを浮かべてそう答える。

「しあわせ……?」

 ハシャラの答えに、少女は不思議そうな表情でオウム返しする。

 それにハシャラはニコッと微笑み、答える。

「そう、幸せ。ニコニコが止まらなくなるんですよ」

 そう言って、すでに微笑んでいる自分の口角を指でぐいっと引っ張り上げて笑顔をつくると、少女はくすくすっと楽しそうに笑っていた。

「彼女の笑顔……久しぶりに見たよ」

 それを見た蟲神が、涙ぐみながらそう呟いていた。

 蟲神が目元の涙を拭っている姿を見て、ハシャラもまたニコッと微笑みながら、彼女に語りかける。

「あなたも、ここから私のことを見守っていてください。きっとニコニコが止まらなくなるような幸せな生活を私が送るから、それを見て一緒にニコニコしてください」

 少女は笑うのをやめ、不思議そうな表情をしながらじっとハシャラを見つめる。

 そんな彼女の頭を撫で、ハシャラは言葉を続ける。

「それでニコニコがいっぱいになって、自分ももっとニコニコさんになりたいなと思ったら……また生まれ変わってきてください。その時は、お友達になりましょう」

「……うん」

 少女は少し照れながら、ニコッと微笑みこくんっと頷いた。

 蟲神の目からは涙が零れ落ち、頬を伝っていた。

 ハシャラがそんな蟲神にもニコッと微笑みを向けると、辺りが急にぼやけてきた。

 突然のことに困惑すると、蟲神の声が空間に響き渡るようにして聞こえてくる。

「……本当に、ありがとう。これからも、彼女と一緒に見守っているからね……」

 そこで、ハシャラは夢から覚めた。

 いつもの天井が見えて、身体の下にはふかふかのベッドがあった。

 少しだけ泣きそうになったが、少女との約束を思い出し、ぱんっと両頬を打ってニッと笑顔を浮かべてみせた。

 すると扉をノックする音が聞こえて、いつも通りにナラが部屋に入ってきた。

「おはようございます。姫様」

 いつもの光景にほっとしつつも、ハシャラも挨拶を返す。

「おはようございます、ナラ。今日もよろしくお願いしますね」

 突然のよろしくに、ナラは不思議そうな表情を浮かべていたが、ハシャラは気にせずニコッと笑顔をみせた。

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