蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第五章 それぞれの過去

第三十三話

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 女王が去ってから数日が経ち、ハシャラの心には少しの寂しさがあるものの、ケンゾンにはいつもと変わらぬ平和な時が流れていた。

 ミミズとミツは畑仕事に出て、クモは談話室でゴロゴロして、ハチとアリたちはハシャラのために今日も働いてくれていて、アルは領主補佐として働いてくれている。

 最近ではアルの方が領主のようだと思うこともあったが、アルにそのことを伝えると彼は苦笑しながら答える。

「俺はあくまで補佐。領主はハシャラだ。領民たちも皆、そう思っているよ」

 アルは「俺もそれが良いと思っている」と付け加えつつそう言っていて、ハシャラは領民の心が自分から離れていないことを内心嬉しく思っていた。

 頼りになる人物が来たから、頼りにならない小娘などいらないと思われても不思議ではないですのに……。

 ハシャラはそう思いつつも、ハッとしてぶんぶんっと首を左右に振った。

 私の愛する領民たちは、そんな風に思う方たちではありませんよね……!

 そう考えを改めると、心に温かいものが広がるのを感じてホッとした。

 そしてそんな領民たちのためにもと、ハシャラはアルの方を見つめながら口を開く。

「これからも……私と、ケンゾンのために、ご助力をよろしくお願い致しますね。領主補佐様」

 ハシャラからそう告げられたアルは、最初は驚いた表情を浮かべていたが、すぐにニッと笑って答える。

「お任せあれ。領主殿」

 大げさに手を胸の前に持ってきながら、頭を下げてそう告げるアルを見て、ハシャラはくすっと笑いをこぼす。

 するとちらりと顔を上げたアルも、楽しそうに笑っていた。

 ――そんなやり取りをした、とある夜。

 ナラとおやすみの挨拶を交わし、ベッドで横になってすぐに眠りについたハシャラは、夢を見る。

 どこまでも続く何もない真っ白な空間、少しだけモヤがかっているような見覚えのある場所だった。

「ここは……蟲神様の……」

 前に蟲神に大量の虫の襲来を教えてもらったときと同じ空間だと思ったハシャラは、誰に言うでもなくそう呟いた。

 そしてまた蟲神に呼ばれているのかと思い、キョロキョロとして蟲神の姿を探す。

 けれど、真っ白な空間には人っ子一人見当たらなかった。

「蟲神様ー! いらっしゃいませんかー?」

 大きな声で呼びかけても見たが、蟲神が現れることも返事が返ってくることもなかった。

 どうしたものかとハシャラがため息をつきながら困惑していると、突然、真っ白な空間が真っ暗な夜の中、炎や煙が上がる戦争の真っ只中の空中に変化した。

「……きゃっ!?」

 ハシャラは戦争を上から見下ろしているような状態になり、困惑して悲鳴を上げた。

 手足をよろよろと動かしながらバランスを取ろうとしつつ、事態が飲み込めずにただただ困惑していると、どこからか蟲神の声が響く。

「これは過去の光景。君に危険が及ぶことはないよ。ただ……君に見てほしいんだ」

「蟲神様……!?」

 蟲神にそう言われたハシャラは、まだ困惑は残るものの少しだけ冷静になり、蟲神の言うを静かに眺めてみることにした。

 戦争を上から眺めてみると、どうやら二つの国が戦っているらしいことが、兵士たちの掲げている国旗から分かった。

 一つはハシャラの住む国・ネメトン、もう一つの方は……見覚えのないものだった。

 戦いの理由は分からないけれど、見たことのない国旗を掲げる国とネメトンが戦っていることを思うと、国土の取り合いか何かだと思われた。

 すると上空に浮かんでいたハシャラの身体が、すーっとゆっくりと落下するようにネメトン側の陣まで引き寄せられた。

 ハシャラはそれに抵抗することなく、導かれる方向に流れるように漂いながら近づいていく。

 すると、ネメトン側の陣に立っていた一人の少女のそばで、身体が止まった。

 鎧も軍服も着ておらずボロボロのワンピースを身にまとっていて、戦争に立つにはあまりにも幼く見える少女が、前方に手を伸ばしながら聞きなれた言葉を呟き始めた。

「……蟲神様の加護を受けし者よりお願い申し上げる。小さき虫たちよ。どうか私の下まで参られよ」

 ハシャラが驚いていると、彼女の手の周りに名前も分からないような小さな虫たちがゾワゾワと集まりだした。

 どうやら彼女は、蟲神の加護と虫を使役する力を授かっているらしい。

「ひっ……!」

 大量の虫に対してハシャラが思わず悲鳴を上げてのけぞるが、少女は無関心な様子でただぼんやりと前の方を見つめていた。

「……虫たちよ。敵を、敵の陣を食い荒らせ」

 少女がそう呟くと、虫たちはまるで大きな生き物かのようにぐにゃりと動きながら、命令されるままに敵側の陣へと飛んでいく。

 そしてブワッと全体に広がるように、小さな虫がそれぞれに敵陣へと飛んでいく。

 ある者は鎧の隙間から入り込んだ虫たちに食い殺され、ある者は陣地のテントで寝ていたところを虫たちに襲われて殺されていた。

 敵は虫の急襲に、悲鳴を上げて逃げ惑う。

 手で必死に虫を払いのけるが、虫たちはすぐに群がって完全に振り払うことはできなかった。

 そして虫の急襲に混乱しているところを、さらにネメトンの兵士たちが襲いかかり斬り殺す。

 そんな悪夢のような一方的な戦いが、敵の陣地を中心に繰り広げられていた。

 戦場からは敵兵たちの悲鳴が響き渡り、逃げ惑う敵兵たちの首をはねることで広がった血が、辺り一帯を染め上げる。

 少女はそれを見ているような、聞いていないような……何もない空間をぼんやりと見つめるような無関心な顔つきで、そこに立っているだけだった。

 これだけのことをしておきながら、感情というものが全く見えない少女を、ハシャラは何とも言えない表情で見つめていた。

 すると彼女の頭の中……記憶のようなものが、ハシャラの頭の中に流れ込んできた。

「大量の虫を敵陣に送り込め」
「鳥だと夜目が効かぬ、普通の動物だと気付かれずに近づくのが難しい。だが虫ならば、敵陣のテントにも敵の鎧の隙間にも容易に入り込めよう」
「誰もこんな汚れ仕事をやりたがらぬが、ならばそんなことも気にすまい」

 少女の上官らしき人物が、少女にそう告げる。

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら指示を出し、最後の方はゲラゲラと笑いながら命令するその人物を、ハシャラは不快感をあらわにしながら眺めていた。

 少女の方は、やはり何も感じていないように無関心だった。

 かと思うとパッと周囲が真っ暗な空間に切り替わり、その中心には少女が体育座りをして小さくなっていた。

 少女は肩を小さく震わせていて、ハシャラが近づいて少女の顔をちらりと覗き込んでみると、潤んだ瞳からは大粒の涙がいくつも零れ落ちていた。

「こんなことしたくないよ……」
「こんなかご、さずかったせいで……」
「だれかたすけて……ここはいやだよ……」
「おとうさん……おかあさん……」

 そして少女の口は動いていないのに、空間の中に少女の声が響き渡っていた。

 そんな少女を見つめながら、ハシャラはここは少女の心の中だと、誰に言われるでもなく気がつく。

 両親を求めて泣く姿、彼女の言葉は、やはり戦場に送られるにはあまりにも幼すぎるように感じた。
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