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第五章 それぞれの過去
第三十二話
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「――昨夜は世話になったな、ハシャラ」
「いえ、ナラやアリたちが頑張ってくれただけですから」
「姫様に恥をかかせぬよう、最善のおもてなしをさせていただきました」
「俺は結局、あまり話もできなかったな」
女王が屋敷に泊まった翌日の朝。
屋敷の前、女王たちが乗ってきた馬車の前で、ハシャラ・ナラとアリたち・アル、そして女王がそんな会話をしていた。
馬車の馬は普通の馬に見えるが、女王からの話によると蟻の魔物の一人が化けているらしかった。
「たった一日でしたが、お話できて嬉しかったです……」
ハシャラは嬉しそうに、けれどどこか寂しそうに微笑みながらそう告げる。
するとそんなハシャラを見た女王は優しく微笑みながら、彼女の頭をぽんっと撫でる。
「ハシャラはほんに嬉しいことを言ってくれるのう」
そう言われ、頭を撫でられて……ハシャラは少しだけ、泣きそうになりながら「本心です……」と精一杯に答えた。
すると女王はコロコロと微笑みながら、ある提案をする。
「……もし妾が男子を産んだら、嫁に来ぬか? そうすれば、ずっと一緒にいられるぞ」
そう提案されたハシャラは、涙がひゅっと引っ込んで、ぽかんっとした表情で女王を見つめていた。
自分が何を言われているのか、一瞬理解できなかった。
そんなハシャラに代わり……というか、むしろ自分が言いたいことがあったアルが、ずいっと一歩前に出て答える。
「ハシャラの婿には俺がなるのでダメです」
そんなアルの言葉を聞いたハシャラは、まだ呆然としていたけれど、少しずつ話の意味を理解していくにつれて、顔が赤くなっていく。
「ま、まだ……決まったわけではないですから……」
「いや、ハシャラの婿には俺がなる」
ハシャラが赤くなった顔を隠すようにしながらボソボソと呟くように反論すると、アルがきっぱりと答える。
それにハシャラは何も言い返すことができず、湯気が出そうなほど顔を熱く、赤くさせていた。
すると女王は残念そうに眉を下げながらも、楽しそうにコロコロと笑っていた。
「これはハシャラを嫁にもらうのは難しそうじゃの。ハシャラが娘になってくれたら、妾は嬉しかったのじゃが……」
最後の方、女王は少しだけ寂しげな表情をしているように見えた。
それに気付いたハシャラは、勇気をだして口を開く。
「私は……嫁に行かなくても、女王様のことを母のようだと思っても……良いでしょうか?」
そう尋ねると、女王は驚きの表情を浮かべていた。
けれど勇気を振り絞って自分にそんな風に言ってくれるハシャラを、愛おしそうに見つめて、もう一度頭を撫でた。
「……もちろんじゃ。嫁に来なくとも、妾もハシャラのことを娘だと思っておるよ」
そう言われたハシャラは、パッと表情を明るくしたが……すぐに考え込んだかと思うと、バッと女王に抱きついた。
女王は驚いていたが、すぐに背中に手を回してハシャラを受け入れていた。
ハシャラは久しぶりの母の温もりに、存分に浸っていた。
すると、女王がゆっくりと口を開く。
「……実はの、ハシャラ。妾にはかつて大切な娘がおったのじゃが、鳥の魔物に食われて……失ってしもうた」
ハシャラは驚いて女王から離れようとしたが、女王はハシャラを強く抱きしめて離そうとしなかった。
「だからというわけではないのじゃが、人間の娘が蟲神様の加護を授かったと聞いた時、守らねばと思ったのじゃ。じゃから、すぐに子らをハシャラのもとに向かわせたのじゃ」
女王はハシャラの頭を撫でながら、言葉を続ける。
「勘違いしないでほしいのじゃが、ハシャラを娘の代わりにしようと思ったわけではない。ただ……もう大切な姫を失いたくないのじゃ」
「もちろん……分かっております。私もそんなつもりで、女王様を母のように慕っているわけではないですから」
抱きしめられているばかりだったハシャラも、女王をぎゅっと抱きしめかえしながら力強くそう答える。
すると女王がふっと微笑み、さらに言葉を続けた。
「何かあれば必ず妾が、妾の子らが力になる。だから……幸せになってくれ」
「はい……女王様」
ハシャラがそう答えると、女王は嬉しそうに……けれどどこか寂しそうに微笑んでいた。
かと思うと力強い視線でアルの方を見て、口を開く。
「必ずハシャラを幸せにするのじゃ。ハシャラを不幸にしたら、生きていることを後悔するほどの生き地獄を味あわせる。分かったか」
そう言う女王の顔は、半分だけ蟻の魔物の本性が出ていた。
「はい。ぜひそうしてください」
けれどアルはそれに怯むことなく頷きながら答えると、女王は「頼んだぞ……」と今度は優しい微笑みを浮かべながら、ゆっくりとハシャラを手放した。
「……これで安心じゃな。では、またな。ハシャラ」
「はい、また……」
そして最後に固い握手を交わすと、女王はゆっくりと馬車に乗り込んで……屋敷から去っていった。
「誰しも、過去に囚われているものなのですね……」
馬車が見えなくなっていき、手を振って見送るのをやめたハシャラがぽつりっと呟く。
それに気付いたアルが、自分に言い聞かせるように……これまたぽつりっと呟くように答える。
「過去よりも、これからの方が大切だ」
ハシャラは静かに「そうですね」とだけ答えて、寂しそうに難しそうに……複雑な笑みを浮かべていた。
「いえ、ナラやアリたちが頑張ってくれただけですから」
「姫様に恥をかかせぬよう、最善のおもてなしをさせていただきました」
「俺は結局、あまり話もできなかったな」
女王が屋敷に泊まった翌日の朝。
屋敷の前、女王たちが乗ってきた馬車の前で、ハシャラ・ナラとアリたち・アル、そして女王がそんな会話をしていた。
馬車の馬は普通の馬に見えるが、女王からの話によると蟻の魔物の一人が化けているらしかった。
「たった一日でしたが、お話できて嬉しかったです……」
ハシャラは嬉しそうに、けれどどこか寂しそうに微笑みながらそう告げる。
するとそんなハシャラを見た女王は優しく微笑みながら、彼女の頭をぽんっと撫でる。
「ハシャラはほんに嬉しいことを言ってくれるのう」
そう言われ、頭を撫でられて……ハシャラは少しだけ、泣きそうになりながら「本心です……」と精一杯に答えた。
すると女王はコロコロと微笑みながら、ある提案をする。
「……もし妾が男子を産んだら、嫁に来ぬか? そうすれば、ずっと一緒にいられるぞ」
そう提案されたハシャラは、涙がひゅっと引っ込んで、ぽかんっとした表情で女王を見つめていた。
自分が何を言われているのか、一瞬理解できなかった。
そんなハシャラに代わり……というか、むしろ自分が言いたいことがあったアルが、ずいっと一歩前に出て答える。
「ハシャラの婿には俺がなるのでダメです」
そんなアルの言葉を聞いたハシャラは、まだ呆然としていたけれど、少しずつ話の意味を理解していくにつれて、顔が赤くなっていく。
「ま、まだ……決まったわけではないですから……」
「いや、ハシャラの婿には俺がなる」
ハシャラが赤くなった顔を隠すようにしながらボソボソと呟くように反論すると、アルがきっぱりと答える。
それにハシャラは何も言い返すことができず、湯気が出そうなほど顔を熱く、赤くさせていた。
すると女王は残念そうに眉を下げながらも、楽しそうにコロコロと笑っていた。
「これはハシャラを嫁にもらうのは難しそうじゃの。ハシャラが娘になってくれたら、妾は嬉しかったのじゃが……」
最後の方、女王は少しだけ寂しげな表情をしているように見えた。
それに気付いたハシャラは、勇気をだして口を開く。
「私は……嫁に行かなくても、女王様のことを母のようだと思っても……良いでしょうか?」
そう尋ねると、女王は驚きの表情を浮かべていた。
けれど勇気を振り絞って自分にそんな風に言ってくれるハシャラを、愛おしそうに見つめて、もう一度頭を撫でた。
「……もちろんじゃ。嫁に来なくとも、妾もハシャラのことを娘だと思っておるよ」
そう言われたハシャラは、パッと表情を明るくしたが……すぐに考え込んだかと思うと、バッと女王に抱きついた。
女王は驚いていたが、すぐに背中に手を回してハシャラを受け入れていた。
ハシャラは久しぶりの母の温もりに、存分に浸っていた。
すると、女王がゆっくりと口を開く。
「……実はの、ハシャラ。妾にはかつて大切な娘がおったのじゃが、鳥の魔物に食われて……失ってしもうた」
ハシャラは驚いて女王から離れようとしたが、女王はハシャラを強く抱きしめて離そうとしなかった。
「だからというわけではないのじゃが、人間の娘が蟲神様の加護を授かったと聞いた時、守らねばと思ったのじゃ。じゃから、すぐに子らをハシャラのもとに向かわせたのじゃ」
女王はハシャラの頭を撫でながら、言葉を続ける。
「勘違いしないでほしいのじゃが、ハシャラを娘の代わりにしようと思ったわけではない。ただ……もう大切な姫を失いたくないのじゃ」
「もちろん……分かっております。私もそんなつもりで、女王様を母のように慕っているわけではないですから」
抱きしめられているばかりだったハシャラも、女王をぎゅっと抱きしめかえしながら力強くそう答える。
すると女王がふっと微笑み、さらに言葉を続けた。
「何かあれば必ず妾が、妾の子らが力になる。だから……幸せになってくれ」
「はい……女王様」
ハシャラがそう答えると、女王は嬉しそうに……けれどどこか寂しそうに微笑んでいた。
かと思うと力強い視線でアルの方を見て、口を開く。
「必ずハシャラを幸せにするのじゃ。ハシャラを不幸にしたら、生きていることを後悔するほどの生き地獄を味あわせる。分かったか」
そう言う女王の顔は、半分だけ蟻の魔物の本性が出ていた。
「はい。ぜひそうしてください」
けれどアルはそれに怯むことなく頷きながら答えると、女王は「頼んだぞ……」と今度は優しい微笑みを浮かべながら、ゆっくりとハシャラを手放した。
「……これで安心じゃな。では、またな。ハシャラ」
「はい、また……」
そして最後に固い握手を交わすと、女王はゆっくりと馬車に乗り込んで……屋敷から去っていった。
「誰しも、過去に囚われているものなのですね……」
馬車が見えなくなっていき、手を振って見送るのをやめたハシャラがぽつりっと呟く。
それに気付いたアルが、自分に言い聞かせるように……これまたぽつりっと呟くように答える。
「過去よりも、これからの方が大切だ」
ハシャラは静かに「そうですね」とだけ答えて、寂しそうに難しそうに……複雑な笑みを浮かべていた。
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