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第五章 それぞれの過去

第二十七話

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 しばらく領民とテンたちを眺めていたハシャラとアル。

 子どもたちの笑い声と、テンと領民の楽しげな話し声を聞きながら……穏やかな時間が流れているのを感じていた。

「姫様ー! 大丈夫ですか!?」

 すると屋敷の方角から、ハチの声が聞こえてきた。

 声のした方を振り向いてみると、ハチがハシャラたちの元へと駆けてきていた。

 ハシャラのもとまで到着すると、隣りにいたアルとの間に割り込むように入り、アルに敵意を向けるハチ。

「ど、どうしました? 何かありましたか?」

 ハシャラが慌ててそう尋ねると、ハチが腰に差した剣に手をかけながら、アルの方に向いたまま答える。

「姫様のお帰りが遅かったので、お迎えに上がりました」

 ハシャラは過保護です……と思いながらも、心配されていることは嬉しくて、複雑な表情を浮かべて苦笑していた。

 この日は、アルの希望でハシャラとアルの二人だけで村に来ていた。

 ハチとナラは屋敷で留守番をしてもらっていた。

 最初、ハチとナラは「姫様から離れるなどありえん」と拒否し、アルの「俺が守るから」と言う言葉も「信用ならん!」と聞く耳を持たなかった。

 けれど見かねたハシャラが「アル様がこう仰ってますし、大丈夫ですよ」と説得すると、渋々といった様子で留守番を受け入れていた。

 だが、実際はハチが迎えに来ている。

「今日は二人にしてくれるという話だっただろう!?」

「迎えに来てはいけないとは言われなかったのでな」

 アルが抗議すると、ハチがハンっと笑い飛ばしながら答える。

 そう言われたアルはぐぬぬ……と黙り込んでしまい、ハチが勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 ハシャラはそんな二人のやり取りを、楽しそうだな……と苦笑しながら眺めていた。

 ハシャラは二人のやり取りを、少し羨ましいと思っていた。

 アルとハチは仲が良いとは言えないし、ハチは敵意をむき出しにしているけれども……王族と魔物とは思えないほど、気安く話しているようにハシャラには思えた。

 忠誠心の強いハチたちとそんな風に話せないハシャラからしてみると、そんなやり取りが微笑ましく羨ましく思えたのだ。

 けれど、いつまでもその状態で放置しておくわけにはいかず……見かねたハシャラが声をかける。

「まぁ、まぁ、二人とも落ち着いてください」

「はい。姫様」

 ハシャラが仲裁に入ろうと声をかけると、ハチはすぐに跪いてアルとのやり取りを中断していた。

 あまりの素早さに、ハシャラは苦笑が止まらなかった。

 そしてそんな姿を見て、ハチは自分と出会う前はどんな人生を送っていたのかと、純粋な疑問が浮かんだ。

「ハチは……私と出会う前は、どんな生活をしていたのですか?」

 尋ねると、ハチはスラスラと答える。

「私は同種と群れで暮らしていました。人間・魔物問わず狩って喰らい、女王陛下がお産みになる仲間を世話して、仲間が増えたら巣を広げて暮らしておりました」

「な、なるほど……」

 簡潔かつ無駄のない答えに、ハシャラは納得することしかできなかった。

 や、やはり人間も食べていたのですね……。

 正直に答えてくれるハチに感謝しながらも、あまりにも正直に話しすぎてくれることに少し困惑した。

 そして、ハチたちにもやはり『女王』がいるのだなと思った。

 ナラたちと出会ったときにも『我らが女王陛下』と言っていたのを思い出し、ハチとナラはアリとハチの魔物だからこそ、以前の生活が似ているのかもなと感じた。

 そして今の忠誠心や生活も……。

 そう考えていると、ハシャラの中にふっと疑問が浮かぶ。

「……ハチは、女王様のもとに戻りたいとは思わないのですか?」

 ハシャラが尋ねると、ハチは少しだけ顔を上げてハシャラのことを見つめたかと思うと、すぐに頭を垂れて答える。

「……私は姫様をお守りするため、巣を離れた身です。今の主は姫様。なので前の主である女王陛下に敬意はあれども、忠義を戻すようなつもりはありません」

 きっぱりと答えられて、ハシャラは心のどこかでホッとしていた。

 女王の命令だから来ていると言われると、ハシャラとしては複雑な気持ちがするところだったので……純粋に自分に忠義を捧げてくれていて嬉しかった。

「……ずっと私のそばにいてくれますか?」

「もちろんです」

 ハシャラがさらに尋ねると、ハチは即答した。

 嬉しくて照れくさくて、ハシャラが何とも言えない表情で微笑んでいると、ハチが顔を上げた。

 そしてハシャラの表情を見ると、彼女も嬉しそうに微笑んでいた。

 ハチの笑顔が貴重で、ハシャラが驚いていると、代わりにと言わんばかりにアルが口を開いた。

「ハチも、笑顔は可愛いじゃないか」

「貴様に言われても、毛ほども嬉しくないわ」

 するとハチは、ケッと唾を吐き出すように返す。

 そんな言葉に、アルは「やっぱり可愛くない……」とこぼしていて、ハシャラはそんなやり取りが面白くて声を出して笑った。

 それにつられるように、アルも笑っていた。

 笑いの合間、ハシャラはハチを見つめながら穏やかな笑みで口を開く。

「ハチはいつでも美しく、可愛いですよ」

 ハシャラがそう言うと、ハチは「ありがとうございます……」と嬉しそうに微笑んでいた。
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