蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第五章 それぞれの過去

第二十六話

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「俺の昔の話ー? なんでそんなの聞きたいのー?」

 村に来たついでといってしまうとアレだけれども、屋敷に住んでいる者と比べると関わりの少ないテンたちにも話を聞いてみることにした。

 テンはみんなテンなので、誰に話を聞くか悩んだけれど、出会った時にやり取りをしたリーダー格と思われるテンと話すことにした。

 リーダー格と思われるテンは、他のテンや領民たちと楽しげに話をしながら、領地仕事をしているところだった。

 声をかけるのが申し訳ないなと思っていると、テンの方から「あー! 姫様だー」と声をかけられた。

 他の者にもそこそこの挨拶を返しつつ、テンに「ちょっと良いですか?」というと、快く承諾してくれたので、他の者から少し距離を取った場所に移動してきた。

 そしてハシャラに過去のことを尋ねられたテンは、心底不思議そうな表情をしながら尋ね返した。

「みんなのことをもっと知りたいなと思って、聞いて回ってるんです。どうか教えていただけませんか?」

 ハシャラがそう答えると、テンは「うーん……」と声を出しながら悩んでいるようだった。

 何か答えにくい過去でもあるのだろうかと思い、ハシャラが「言いたくなければ、無理強いはしませんよ」と慌てて付け加えると、テンが答える。

「いや、言いたくないとかじゃないんだよ。ただ……俺、というか俺達の過去って、特に何もないからさ」

 あっけらかんと答えるテンに、嘘をついている様子はなかった。

 ハシャラが不思議そうに「何もない、とは?」と尋ね返すと、テンが「んー」と空を見上げながら、思い出すように答える。

「飯食って寝て仲間増やして、飯食って寝て仲間増やして……それを毎日ずーっと繰り返してただけだよ」

「……ずーっとですか?」

「うん。ずーっと」

 ハシャラが尋ね返しても、テンは同じ答えを返す。

 魔物の言うずっとというのは数週間などではなく、何百年という単位だろうと思うと、ハシャラは気の遠くなる思いがした。

「他には何かしなかったのですか?」

 たまらずハシャラがさらに深堀りすると、テンは変わらぬ調子で答える。

「何もしてないね。したいことも、するべきこともなかったし」

 こんなにも明るくフレンドリーなテンたちの、予想外な過去にハシャラはぽかーんっと口を開けて困惑した。

 それを見たテンが「姫様、変な顔してる―」と楽しげに笑っていた。

 ハシャラは何もしていないというテンの人生を否定するつもりはないのだが、あまりにも『生きていただけ』な過去に困惑する。

 すると見かねたアルが代わりに口を開く。

「ならば、労働ばかりの今の生活は辛いのではないか?」

 テンはきょとんっとした表情をしたかと思うと、二パッと笑って答える。

「そんなことないよー。やるべきことがあるって、すっごく楽しいよー」

 楽しげにしているテンに、やはり嘘をついている様子はなかった。

 その答えを聞いて、ハシャラは少しだけほっとしていた。

 そんな様子を見たテンは、ニコニコと微笑みながらさらに言葉を続けた。

「今まで何もなかった俺達からすると、今の生活がきっと人生の中で一番のハイライトだよ。人間だけど、仲間も増えたしね」

 領民のことも仲間と呼んでいるテンを、ハシャラは微笑ましく見つめていた。

 その言葉にはやっぱり裏なんてなさそうだし、自分の目で先ほど、テンと領民たちが楽しげに話しながら働いている姿を見ていたので、その言葉を心から信じることができた。

 最初はどうなるかと不安もあったけれど、テンと領民の良好な関係が……ハシャラにはたまらなく嬉しかった。

「俺は今が一番幸せだよ! 呼んでくれてありがとね、姫様」

 満面の笑みでそう言うテンを見て、ハシャラは少しだけ目元を潤ませていた。

 ここまでまっすぐに感謝を伝えられたのは初めてのことで、ハシャラは自分のやってきたことが肯定された気持ちがした。

「……テンもケンゾンの大切な領民ですからね。テンが幸せそうで、私も嬉しいです」

 ハシャラが胸いっぱいになりながらそう答えると、テンは二カッと笑っていた。

 アルはそんな二人をにこやかに見守っていた。

「おーい、テン! 姫様とのお話は終わったかー?」

 すると、先ほどテンと一緒に仕事をしていた領民の一人が、テンを探している声がした。

 テンがその声に気付き、気遣うようにちらっとハシャラの方に振り向く。

「……お話してくれてありがとう、テン。仕事に戻って大丈夫ですよ」

 それに気がついたハシャラは、穏やかな笑みを浮かべながらそう告げる。

 するとテンは二パーッと満面の笑みを浮かべて、声のした領民の方へと駆けていった。

「今、終わったよー! なーにー?」

 そう言うテンの声は、子どものように明るかった。

 その後ろ姿を、ハシャラは嬉しそうに眺めていた。

 領民とテンが合流して、楽しげに話している姿も……ハシャラは笑顔で見つめていた。

 視界を広げて他のテンたちも見てみると、先程のテンと同じように領民と一緒に畑仕事をしたり牛の世話をしていたり、子供を背負って働いている女性のテンもいた。

 子供を背負っているテンを見かけた時、ハシャラは最初大丈夫だろうかと思いながら見つめていたが、彼女が楽しそうに働いているのを見ると……あぁ、大丈夫だと思えた。

 テンが連れてきた子供のテンたちは、この村にいた子供と楽しげに駆け回って遊んでいた。

 最初この村の子供を見た時、子供らしい笑顔がなく……大人しく座り込んでいるのが気になっていたけれど、その子も楽しげな表情を浮かべていた。

 それを見ていたら、思わず言葉が口から漏れ出た。

「……この村の皆さんも、きっとテンたちが来てくれて幸せですよ」

 誰に言うでもなくそうこぼすと、アルはその声に気付いていたけれど、笑顔で同じ光景を見つめるだけで声をかけることはしなかった。
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