蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第四章 自然の恐怖

第十八話

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 衝撃の求婚中発言からしばらく経って、領地には再び平和が訪れていた。

 アルはすっかり領民たちと良い関係性を築き、売買担当者との話し合いから領民の悩み相談、農具の追加購入などにも積極的に加わってくれている。

 領民と話しているときのアルは本当に楽しそうで、嬉しそうで……王宮ではよほど寂しい思いをしていたのだなと、ハシャラはそれを悲しくも微笑ましく眺めていた。

 領主補佐として信頼し始めた頃、堅苦しくてあまり好きではないと使っていなかった執務室も、アルに使ってもらうことになった。

 ハシャラが今までの領地経営に関して簡単に記録していたものも、ミミズや売買担当者の言葉を聞きながら正式な記録としてまとめ上げてくれた。

 滞っていた王宮への報告書なども、アルに手伝ってもらって何とか提出することができた。

 今までの領地経営がいかにずさんだったか、ハシャラは恥ずかしく情けなく思っていたけれども、アルは「はじめは皆そうさ」と笑顔で慰めてくれた。

 そんな平和な日々が続いたある日、領地に大雨が降りしきる。

 今まで見たことがないような大雨は、三日目に入ろうとしていた。

 大粒の雨は領民の簡素な家を次々に叩き壊し、丹精込めて育てた作物を流していき、近隣にある川は溢れんばかりに増水し、ケンゾンの平和な日常を軽々と壊していった。

 それを眺めることしかできないハシャラは、絶望感に打ちひしがれていた。

 私と領民たちが作り上げた村が……作物が……。

 屋敷の窓から見るだけでも、村が壊れていく姿はありありと分かった。

 自然によって築き上げてきたものが悠々と壊されて、蟲神様の加護を持ってしてもそれは止められるものではなく、ただ被害報告を聞くことしかできないハシャラ。

 屋敷へと報告にやってくる領民たちも、一様に不安そうな表情を浮かべていた。

 そんな時に活躍してくれたのが、領主補佐であるアルだった。

「家が壊れた者は屋敷へ避難を! テンたち、増水する川に土のうを積み上げるのを手伝ってくれ!」

 報告にやってくる領民に指示を出すだけでなく、ミミズに雨の影響を受けない土の中から潜って村まで行ってもらい、適宜様子を見ては指示を出していた。

 土のうを積んでもらいに行ったテンたちにも「危険だと思ったら、すぐに退避してくれ」と伝えていた。

 さすがに危険だからと自ら外に出ることはできなかったが、できる範囲内のことを懸命に行っていた。

 そんな姿を見たハシャラは、涙ぐんでいた目元を拭って力強く前を向く。

「大丈夫です! その内に雨は必ず止みますから!」

 何度目かの報告にやってきた領民に、ニコッと精一杯の笑みを浮かべながらそう告げると、向こうもぎこちなくではあるが精一杯の笑みを返してくれた。

「そうだ。雨が止んだら、やることは山積みだな。忙しくなるぞ」

 アルも力強い笑みを浮かべながらそう告げると、ミミズが気を効かせて領民たちにもハシャラとアルの言葉を伝えに回ってくれた。

 領民の不安がなくなったわけではないけれど、少しだけ前向きになることができた領民たちは、雨が止む日を祈るように待ちわびた。

 そして四日目、ついに雨が止んで晴れ間が見えた。

 朝、雨が降っていないことに気がついた領民たちはわっと家の外に出て、無事で良かったとお互いの生存を喜びあった。

 大雨で倒壊した家屋はあっても、それによる死者はいなかった。

 太陽を見たハシャラは、崩れ落ちながら「良かった……良かった……」と朝から涙を流して喜んだ。

 それを見たナラも「良うございましたね」と、優しげな笑みを浮かべながらハシャラの背中をさすった。

 身支度を整えたハシャラとアルが村を訪れると、窓から見るよりも現実はひどい有り様だった。

 倒壊した家屋、作物を失いぬかるんだ畑……ハシャラはまた絶望しそうになったが、そんな彼女の背中をぽんっとアルが支える。

 力強く前を見据えているアルが、領民たちに声をかける。

「ひとまず皆、無事でいてくれてありがとう。早速ではあるが、これから改めて被害状況の確認と、復興のための指示を出すから、どうか協力してくれ」

 村の惨状を見て、呆然としている領民もいたが、その言葉を聞いて立ち上がり「はい!」と大きな声で返事をしていた。

 そこからの動きは早かった。

 テンや領民たちと協力して倒壊した家屋の残骸は撤去し、跡地にはまた大雨が来ても崩れないような家を新たに建築していく。

 水浸しになった畑はミミズが耕しなおし、畑に溝をつくることで畑に溜まった水分ができるだけ流れていくようにした。

 一時的に土のうを積み上げるだけだった増水した川には、クモの糸で土のう同士をくっつけて簡単に流されないようにし、改めて土を重ねて固めて簡易的な堤防をつくった。

 アルの指示のおかげで被害が最小限で済み、被害後の対策もしっかりとできた。

 そのことに、ハシャラは心から感謝していた。

「……ありがとうございました。アル様」

「領主補佐として当然のことをしたまでさ」

 アルは何でもないことのように笑いながら答えるけれど、ハシャラが改めて「本当に……ありがとうございます」と告げて頭を下げると、照れくさそうに頬を掻いていた。

 協力してくれた領民、虫魔物たちにもお礼を伝えると「俺達と領主様(姫様)の村ですから。守るのは当然です」と笑って答えてもらえて、ハシャラはまた泣きそうになった。

 そうして時間はかかったが全ての作業が落ち着いた頃、領民たちの生活は少しずつ日常を取り戻しはじめていた。

 畑は一からやり直しになったが、幸いなことに備蓄していた野菜や干し肉があったので、当面の生活に困ることはなかった。

 しばらくは牛乳だけの出荷になりそうだが、領民たちの表情は明るい。

 ハシャラはそんな領民たちを見つめながら、領主としてもっとしっかりしなければと決意を新たにしていた。
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