19 / 56
第四章 自然の恐怖
第十八話
しおりを挟む
衝撃の求婚中発言からしばらく経って、領地には再び平和が訪れていた。
アルはすっかり領民たちと良い関係性を築き、売買担当者との話し合いから領民の悩み相談、農具の追加購入などにも積極的に加わってくれている。
領民と話しているときのアルは本当に楽しそうで、嬉しそうで……王宮ではよほど寂しい思いをしていたのだなと、ハシャラはそれを悲しくも微笑ましく眺めていた。
領主補佐として信頼し始めた頃、堅苦しくてあまり好きではないと使っていなかった執務室も、アルに使ってもらうことになった。
ハシャラが今までの領地経営に関して簡単に記録していたものも、ミミズや売買担当者の言葉を聞きながら正式な記録としてまとめ上げてくれた。
滞っていた王宮への報告書なども、アルに手伝ってもらって何とか提出することができた。
今までの領地経営がいかにずさんだったか、ハシャラは恥ずかしく情けなく思っていたけれども、アルは「はじめは皆そうさ」と笑顔で慰めてくれた。
そんな平和な日々が続いたある日、領地に大雨が降りしきる。
今まで見たことがないような大雨は、三日目に入ろうとしていた。
大粒の雨は領民の簡素な家を次々に叩き壊し、丹精込めて育てた作物を流していき、近隣にある川は溢れんばかりに増水し、ケンゾンの平和な日常を軽々と壊していった。
それを眺めることしかできないハシャラは、絶望感に打ちひしがれていた。
私と領民たちが作り上げた村が……作物が……。
屋敷の窓から見るだけでも、村が壊れていく姿はありありと分かった。
自然によって築き上げてきたものが悠々と壊されて、蟲神様の加護を持ってしてもそれは止められるものではなく、ただ被害報告を聞くことしかできないハシャラ。
屋敷へと報告にやってくる領民たちも、一様に不安そうな表情を浮かべていた。
そんな時に活躍してくれたのが、領主補佐であるアルだった。
「家が壊れた者は屋敷へ避難を! テンたち、増水する川に土のうを積み上げるのを手伝ってくれ!」
報告にやってくる領民に指示を出すだけでなく、ミミズに雨の影響を受けない土の中から潜って村まで行ってもらい、適宜様子を見ては指示を出していた。
土のうを積んでもらいに行ったテンたちにも「危険だと思ったら、すぐに退避してくれ」と伝えていた。
さすがに危険だからと自ら外に出ることはできなかったが、できる範囲内のことを懸命に行っていた。
そんな姿を見たハシャラは、涙ぐんでいた目元を拭って力強く前を向く。
「大丈夫です! その内に雨は必ず止みますから!」
何度目かの報告にやってきた領民に、ニコッと精一杯の笑みを浮かべながらそう告げると、向こうもぎこちなくではあるが精一杯の笑みを返してくれた。
「そうだ。雨が止んだら、やることは山積みだな。忙しくなるぞ」
アルも力強い笑みを浮かべながらそう告げると、ミミズが気を効かせて領民たちにもハシャラとアルの言葉を伝えに回ってくれた。
領民の不安がなくなったわけではないけれど、少しだけ前向きになることができた領民たちは、雨が止む日を祈るように待ちわびた。
そして四日目、ついに雨が止んで晴れ間が見えた。
朝、雨が降っていないことに気がついた領民たちはわっと家の外に出て、無事で良かったとお互いの生存を喜びあった。
大雨で倒壊した家屋はあっても、それによる死者はいなかった。
太陽を見たハシャラは、崩れ落ちながら「良かった……良かった……」と朝から涙を流して喜んだ。
それを見たナラも「良うございましたね」と、優しげな笑みを浮かべながらハシャラの背中をさすった。
身支度を整えたハシャラとアルが村を訪れると、窓から見るよりも現実はひどい有り様だった。
倒壊した家屋、作物を失いぬかるんだ畑……ハシャラはまた絶望しそうになったが、そんな彼女の背中をぽんっとアルが支える。
力強く前を見据えているアルが、領民たちに声をかける。
「ひとまず皆、無事でいてくれてありがとう。早速ではあるが、これから改めて被害状況の確認と、復興のための指示を出すから、どうか協力してくれ」
村の惨状を見て、呆然としている領民もいたが、その言葉を聞いて立ち上がり「はい!」と大きな声で返事をしていた。
そこからの動きは早かった。
テンや領民たちと協力して倒壊した家屋の残骸は撤去し、跡地にはまた大雨が来ても崩れないような家を新たに建築していく。
水浸しになった畑はミミズが耕しなおし、畑に溝をつくることで畑に溜まった水分ができるだけ流れていくようにした。
一時的に土のうを積み上げるだけだった増水した川には、クモの糸で土のう同士をくっつけて簡単に流されないようにし、改めて土を重ねて固めて簡易的な堤防をつくった。
アルの指示のおかげで被害が最小限で済み、被害後の対策もしっかりとできた。
そのことに、ハシャラは心から感謝していた。
「……ありがとうございました。アル様」
「領主補佐として当然のことをしたまでさ」
アルは何でもないことのように笑いながら答えるけれど、ハシャラが改めて「本当に……ありがとうございます」と告げて頭を下げると、照れくさそうに頬を掻いていた。
協力してくれた領民、虫魔物たちにもお礼を伝えると「俺達と領主様(姫様)の村ですから。守るのは当然です」と笑って答えてもらえて、ハシャラはまた泣きそうになった。
そうして時間はかかったが全ての作業が落ち着いた頃、領民たちの生活は少しずつ日常を取り戻しはじめていた。
畑は一からやり直しになったが、幸いなことに備蓄していた野菜や干し肉があったので、当面の生活に困ることはなかった。
しばらくは牛乳だけの出荷になりそうだが、領民たちの表情は明るい。
ハシャラはそんな領民たちを見つめながら、領主としてもっとしっかりしなければと決意を新たにしていた。
アルはすっかり領民たちと良い関係性を築き、売買担当者との話し合いから領民の悩み相談、農具の追加購入などにも積極的に加わってくれている。
領民と話しているときのアルは本当に楽しそうで、嬉しそうで……王宮ではよほど寂しい思いをしていたのだなと、ハシャラはそれを悲しくも微笑ましく眺めていた。
領主補佐として信頼し始めた頃、堅苦しくてあまり好きではないと使っていなかった執務室も、アルに使ってもらうことになった。
ハシャラが今までの領地経営に関して簡単に記録していたものも、ミミズや売買担当者の言葉を聞きながら正式な記録としてまとめ上げてくれた。
滞っていた王宮への報告書なども、アルに手伝ってもらって何とか提出することができた。
今までの領地経営がいかにずさんだったか、ハシャラは恥ずかしく情けなく思っていたけれども、アルは「はじめは皆そうさ」と笑顔で慰めてくれた。
そんな平和な日々が続いたある日、領地に大雨が降りしきる。
今まで見たことがないような大雨は、三日目に入ろうとしていた。
大粒の雨は領民の簡素な家を次々に叩き壊し、丹精込めて育てた作物を流していき、近隣にある川は溢れんばかりに増水し、ケンゾンの平和な日常を軽々と壊していった。
それを眺めることしかできないハシャラは、絶望感に打ちひしがれていた。
私と領民たちが作り上げた村が……作物が……。
屋敷の窓から見るだけでも、村が壊れていく姿はありありと分かった。
自然によって築き上げてきたものが悠々と壊されて、蟲神様の加護を持ってしてもそれは止められるものではなく、ただ被害報告を聞くことしかできないハシャラ。
屋敷へと報告にやってくる領民たちも、一様に不安そうな表情を浮かべていた。
そんな時に活躍してくれたのが、領主補佐であるアルだった。
「家が壊れた者は屋敷へ避難を! テンたち、増水する川に土のうを積み上げるのを手伝ってくれ!」
報告にやってくる領民に指示を出すだけでなく、ミミズに雨の影響を受けない土の中から潜って村まで行ってもらい、適宜様子を見ては指示を出していた。
土のうを積んでもらいに行ったテンたちにも「危険だと思ったら、すぐに退避してくれ」と伝えていた。
さすがに危険だからと自ら外に出ることはできなかったが、できる範囲内のことを懸命に行っていた。
そんな姿を見たハシャラは、涙ぐんでいた目元を拭って力強く前を向く。
「大丈夫です! その内に雨は必ず止みますから!」
何度目かの報告にやってきた領民に、ニコッと精一杯の笑みを浮かべながらそう告げると、向こうもぎこちなくではあるが精一杯の笑みを返してくれた。
「そうだ。雨が止んだら、やることは山積みだな。忙しくなるぞ」
アルも力強い笑みを浮かべながらそう告げると、ミミズが気を効かせて領民たちにもハシャラとアルの言葉を伝えに回ってくれた。
領民の不安がなくなったわけではないけれど、少しだけ前向きになることができた領民たちは、雨が止む日を祈るように待ちわびた。
そして四日目、ついに雨が止んで晴れ間が見えた。
朝、雨が降っていないことに気がついた領民たちはわっと家の外に出て、無事で良かったとお互いの生存を喜びあった。
大雨で倒壊した家屋はあっても、それによる死者はいなかった。
太陽を見たハシャラは、崩れ落ちながら「良かった……良かった……」と朝から涙を流して喜んだ。
それを見たナラも「良うございましたね」と、優しげな笑みを浮かべながらハシャラの背中をさすった。
身支度を整えたハシャラとアルが村を訪れると、窓から見るよりも現実はひどい有り様だった。
倒壊した家屋、作物を失いぬかるんだ畑……ハシャラはまた絶望しそうになったが、そんな彼女の背中をぽんっとアルが支える。
力強く前を見据えているアルが、領民たちに声をかける。
「ひとまず皆、無事でいてくれてありがとう。早速ではあるが、これから改めて被害状況の確認と、復興のための指示を出すから、どうか協力してくれ」
村の惨状を見て、呆然としている領民もいたが、その言葉を聞いて立ち上がり「はい!」と大きな声で返事をしていた。
そこからの動きは早かった。
テンや領民たちと協力して倒壊した家屋の残骸は撤去し、跡地にはまた大雨が来ても崩れないような家を新たに建築していく。
水浸しになった畑はミミズが耕しなおし、畑に溝をつくることで畑に溜まった水分ができるだけ流れていくようにした。
一時的に土のうを積み上げるだけだった増水した川には、クモの糸で土のう同士をくっつけて簡単に流されないようにし、改めて土を重ねて固めて簡易的な堤防をつくった。
アルの指示のおかげで被害が最小限で済み、被害後の対策もしっかりとできた。
そのことに、ハシャラは心から感謝していた。
「……ありがとうございました。アル様」
「領主補佐として当然のことをしたまでさ」
アルは何でもないことのように笑いながら答えるけれど、ハシャラが改めて「本当に……ありがとうございます」と告げて頭を下げると、照れくさそうに頬を掻いていた。
協力してくれた領民、虫魔物たちにもお礼を伝えると「俺達と領主様(姫様)の村ですから。守るのは当然です」と笑って答えてもらえて、ハシャラはまた泣きそうになった。
そうして時間はかかったが全ての作業が落ち着いた頃、領民たちの生活は少しずつ日常を取り戻しはじめていた。
畑は一からやり直しになったが、幸いなことに備蓄していた野菜や干し肉があったので、当面の生活に困ることはなかった。
しばらくは牛乳だけの出荷になりそうだが、領民たちの表情は明るい。
ハシャラはそんな領民たちを見つめながら、領主としてもっとしっかりしなければと決意を新たにしていた。
10
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

追放された運送屋、僕の【機械使役】は百年先の技術レベルでした ~馬車?汽船? こちら「潜水艦」です ドラゴンとか敵じゃない装甲カチカチだし~
なっくる
ファンタジー
☆気に入っていただけましたら、ファンタジー小説大賞の投票よろしくお願いします!☆
「申し訳ないが、ウチに必要な機械を使役できない君はクビだ」
”上の世界”から不思議な”機械”が落ちてくる世界……機械を魔法的に使役するスキル持ちは重宝されているのだが……なぜかフェドのスキルは”電話”など、そのままでは使えないものにばかり反応するのだ。
あえなくギルドをクビになったフェドの前に、上の世界から潜水艦と飛行機が落ちてくる……使役用の魔法を使ったところ、現れたのはふたりの美少女だった!
彼女たちの助力も得て、この世界の技術レベルのはるか先を行く機械を使役できるようになったフェド。
持ち前の魔力と明るさで、潜水艦と飛行機を使った世界最強最速の運び屋……トランスポーターへと上り詰めてゆく。
これは、世界最先端のスキルを持つ主人公が、潜水艦と飛行機を操る美少女達と世界を変えていく物語。
※他サイトでも連載予定です。

きっと幸せな異世界生活
スノウ
ファンタジー
神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。
そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。
時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。
女神の導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?
毎日12時頃に投稿します。
─────────────────
いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる