蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第三章 王子様襲来

第十五話

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 ハシャラの屋敷を出て、馬車に乗り込んで帰路へとつくアルアサダは、上機嫌に窓の外を眺める。

 窓の外では、ケンゾンの領民が懸命に農作業に励んでいる。

 その顔に辛さや苦しさというのは感じられず、肉体的疲労はありそうだが、どことなく楽しそうに、時に笑い合って作業している様子が微笑ましかった。

 この領民の内、半分が虫魔物か……。

 アルアサダはそう考えながら、改めて領民の様子を眺めてみるが……虫魔物と人間の違いは分からず、領民たちが虫魔物を避けている様子も見受けられなかった。

 領主の手腕によるところが大きいのだろうか。

 そんなことを考えながらも、頭の中には求婚した時に真っ赤になってわたわたとしていたハシャラの姿が浮かぶ。

 思わず、ふっと口から笑みが漏れ出る。

 ……実に面白い女性を見つけたな。

 自分以上に珍しい加護を授かり、そして家族から見捨てられたにも関わらず、懸命に領地経営をこなし土地を潤わせ、虫魔物を新しい家族にと迎えるような女性。

 大変な苦労も絶望もあったであろうに、今はと領民に囲まれて笑顔で暮らしている彼女を、アルアサダは心底羨ましいと思っていた。

 そしてそんな姿があまりにも眩しくて……自分も受け入れてもらえるかもしれないという希望を感じられて、家族に入れてもらいたいと、急ではあるものの求婚してしまったのだ。

 俺の周りには、誰もいないからな……。

 人に囲まれた彼女を見たことで、自分の孤独をより強く感じてしまったアルアサダは、先程まで上機嫌だったはずの表情を曇らせる。

 そのまま気分まで沈みそうになったが、頭の中の余計な思考を振り払うように手を軽く振って、ふっと皮肉げに微笑みながら考えを切り替える。

 いや、一人だけではあるものの、俺のそばにいてくれる人もいるか……。

 少しだけ孤独感が薄れたアルアサダは、また薄く笑みを浮かべて外を眺めながら、王城で待つへの報告を楽しみにしながら帰路についた。

 王城に到着すると、馬車は逃げるように去っていく。

 門番は怯えた表情を浮かべながら「お、おかえりなさいませ! 殿下!」と出迎える。

 王城ですれ違う役人、使用人に至るまで……全員が、アルアサダを見かけるとビクッと身体を震わせながら壁際にはけ、恐怖の塊が通り過ぎるのをただ静かに待つ。

 獅子神様の加護を授かり、威圧の魔法が常時発動状態のアルアサダにとっては、もはや見慣れたいつもの光景だった。

 自分の部屋に入ってソファに座り込むと、やっと一息つくことができた。

 そうしてしばらくぼんやりとしていると、扉をノックする音がした。

 返事もせずにぼんやりと扉を眺めていると、ガチャッと扉が開く。

「入るよ。あっ、やっぱり帰ってきてた。普段は引きこもりのアルが外出なんて珍しいね。今日は何をしていたんだい?」

 明るい声色と笑顔でアルアサダに近づいてくる人間など、この王城には一人しかいない。

 ネメトンの第一王子・ハサル……アルアサダの兄だ。

 ハサルはアルアサダが何も言わずとも、自然な流れでアルアサダの座っているソファの近くまで歩みを進め「よっと……」と声を漏らしながら、一人がけの椅子に腰掛ける。

 そして一つにまとめた長めの金髪をサラリと片側に流して、深みのある緑色をした瞳は、まっすぐにアルアサダを見つめる。

「ただいま戻りました、兄上。今日は面白い女性と出会えたので、求婚してきましたよ」

 元々、報告に行こうと思っていたこともあって、アルアサダはあっさりと今日のことを話す。

 報告を聞いたハサルは目を丸く見開いて驚いていたけれども、すぐに満面の笑みを浮かべて拍手しながら口を開く。

「それは良かったね! おめでとう! どんな人なんだい?」

「蟲神様の加護を授かった噂の令嬢ですよ。家を出されて今はケンゾン領主をしています。どうやら蟲神様の加護で虫魔物を使役できるらしく、その力を活用して成功していますよ」

 それを聞いたハサルはまた驚いていたけれど、またすぐにニッコリと微笑んで言葉を返す。

「そうなんだ。加護の力で魔物を使役できるなんて……初めて聞いたな」

「俺も初めて聞きました。けれどもっと驚くことに、件の令嬢と領民は虫魔物を受け入れていて……実に楽しそうに、仲よさげに暮らしていましたよ」

 アルアサダは今日あったことを、ケンゾンでのことを楽しげに報告する。

 そんなアルアサダを見たハサルは、クスクスと笑みを浮かべる。

「そんなに楽しそうにしているアルを見るのは久しぶりだ。縁談、うまくまとまるといいね」

「はい……!」

 アルアサダは照れくさそうに、嬉しそうに返事をした。

 そんなやり取りをしていると扉をノックする音が再びして、震える声で「し、失礼いたします」と告げ、メイドが入ってきた。

 彼女は震えながら顔を上げ、ハサルの姿を見つけると露骨にホッとした表情を浮かべていた。

 そしてアルアサダのことは無視して「ハサル殿下。国王陛下がお呼びです」と告げる。

 アルアサダはいつものことながら、楽しい話に水を差されて複雑な表情を浮かべていると、ハサルも複雑そうな笑みを浮かべながら彼の頭をぽんぽんっと撫でた。

「……呼ばれてるみたいだから行くね。また進捗を聞かせてよ」

「……子供扱いはやめてください」

 照れくさそうにハサルの手を払い除けながらそう言うと、ハサルはなぜか嬉しそうに微笑んでいた。

 そして部屋の出口に向かっていく。

 けれど途中で何かを思い出したのか足を止めると、くるっとアルアサダの方を振り返って口を開く。

「僕はアルの幸せを、心から願っているよ」

 どこか悲しげな笑みを浮かべながらそう言って、アルアサダの答えも待たずにまたくるっと振り返ってハサルは部屋を出ていった。

 一人残されたアルアサダは、自分も幸せを掴めるのだろうかと……先ほどまでとは裏腹に、少し不安げな表情を浮かべていた。
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