蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第一章 蟲神様の加護を授かりました

第四話

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 これからこの屋敷がハシャラにとって自宅となるわけだが、まだ間取りを把握していないため、屋敷内の移動には案内役が欠かせない。

 食堂に向かう途中、廊下を歩いていると何人かのメイドとすれ違った。

 皆、ハシャラの前を歩くメイドと同じような黒髪黒目で、髪の長さに少しばかりの違いはあるものの、全体的によく似たキレイな顔立ちをしていた。

 掃除をしている最中の者・屋敷内を移動している最中の者など様々いたが、ハシャラが通りかかると一様に立ち止まって背筋を伸ばし、壁際に寄ってお辞儀をしていた。

 ハシャラが「ど、どうも……」と所在なさげに返事をしつつ屋敷の中を見て回ると、あんなに埃っぽかった屋敷内が清掃されており、所々窓を開けているおかげか薄暗さもない。

 屋敷のサイズが変わるわけではないが、一夜にして貴族が住んでいてもおかしくないような美しい屋敷へと変貌していた。

 これら全てが虫の魔物たちのおかげなのかと思い、ハシャラは驚くとともに感謝の気持ちでいっぱいだった。

 ただ……。

「み、皆さん人間の姿をされていますが、や、やはり虫の魔物なのですか……?」

「はい。屋敷内では人間の姿の方が動きやすいので、人間の姿に変化しています」

 恐る恐る聞いてみると、やはり全員虫の魔物だと言うことだった。

 これが全員虫の魔物……。

 感謝はしているけれども、どうしても苦手という気持ちには逆らうことができず、本来の姿で屋敷内を蠢いている光景を想像してしまい、思わず身震いした。

 心底、人間の姿でいてくれて良かったと思う。

 そうこうしている間に、食堂へと到着した。

 メイドに食堂の扉を開けてもらい中に入ると、埃っぽさを感じさせない空間・きれいに磨かれた長テーブル・きちんと揃えられた椅子があり、実に清潔感ある食堂になっていた。

 感心しながら食堂内の壁際の方を見ると、数人のメイドが待機しているようだった。

 ハシャラが「ど、どうも……」と挨拶をすると、一様にペコリとお辞儀を返していた。

 食堂へ案内してくれたメイドに促されるまま席につくと、待機していたメイドたちが一斉に動き出して厨房から食事を運んでくる。

 野菜が煮込まれた良い香りのするスープ・彩り豊かな野菜を使ったサラダ・柔らかそうな肉が入ったビーフシチュー・みずみずしいフルーツまで、実に豪勢な料理だった。

 加護授与の儀式から引きこもっていたため、数日間食事をしていなかったハシャラにとっては垂涎ものの料理。

 メイドに「どうぞ、お召し上がりください」と告げられ「いただきます」と料理を口に運ぶと、見た目通りに旨味が口いっぱいに広がって、どれもたまらないほど美味しかった。

 一人ぼっちでこの屋敷に来たときは、またこんな温かい食事を口にできるなど思っていなかったため、思わず涙ぐんでしまう。

 それを見たメイドが「お口に合いませんでしたか?」と心配そうに尋ねてきたので、ハシャラは慌てて涙を拭ってにっこりと微笑んで「いいえ、とても美味しいです」と答えた。

 しかし……気になることが一つだけあった。

「どこで、こんなに新鮮な食材を手に入れたのですか?」

 裕福ではなさそうな領民からこんなにも良質な食材を大量に譲ってもらえるとは思えないし、かと言って街に買い出しに行くには距離がありすぎて一日では難しいだろう。

 純粋に疑問だったことを尋ねると、メイドはニコリと微笑んで答える。

「どれも近隣の森で採れたものばかりです」

 ハシャラはその答えを聞いてぎょっとした。

「き、近隣の森って……魔物が数多く生息している、あの危険な森のことですか!?」

 ハシャラがそう尋ねると、メイドはこともなげに「はい」と答えた。

 そんな返事を聞いてハシャラはぽかんっとしつつも、そういえば彼女たちも魔物だったとハッと気がついた。

「わ、私のために、わざわざ採ってきてくださったんですか?」

 さらに尋ねると、メイドはまた「はい」と静かに答える。

「姫様のためならば、これくらいは当たり前のことですから」

 そう言われて、嬉しい反面、どこかむず痒さを感じる。

「そ、その……姫様はやめませんか? 私は今となっては家からも縁を切られた、ただの小娘ですし……」

「いえ! 蟲神様の加護を授かり、女王陛下の祝福を受けた我らが姫様なのですから、もっと胸をお張りください!」

「は、はい! すみません!」

 力強く否定されてしまい、思わず謝罪の言葉が漏れてしまった。

 恐縮しながらも食事を完食したハシャラは「ごちそうさまでした」と告げて、またメイドに導かれるままに先程の部屋まで戻った。

 どうやら、この部屋がこれからハシャラの自室となるようだった。

 部屋に戻るとソファに腰掛けて少しだけ一息つく。

 すると自然な流れで食後の紅茶が運び込まれてきて、また恐縮しつつも感謝を伝えて紅茶を口に運ぶ。

 良い香りと温かさ、ほのかな甘みが優しく口に広がり、ほっと気持ちが落ち着くのを感じた。

 そして、いよいよ聞かなければならないことを尋ねてみることにした。

「あ、あの……今日は本当にありがとうございました。屋敷の掃除から食事まで……恥ずかしながら自分ではできないことばかりなので、助かりました」

「我らは姫様のしもべ。当然のことをしたまでです」

 改めて感謝を伝えると、忠誠心の高い言葉が返ってきて、また恐縮してしまうハシャラ。

 けれど、今度は諦めずに言葉を続ける。

「そ、それで……皆さんは、いつまでここにいてくださるのでしょうか。私一人では何もできないので、これからも一緒に生活してくださると助かるのですが……」

 そこまで言って、ハッと気がつく。

 私には、彼女たちに給金を支払う能力がありません……!

 彼女たちになんの見返りもなく、自分の世話を焼いてほしいと言っている厚顔さに、今更ながら恥ずかしくなって口をつぐんだ。

 そんなハシャラを、メイドはじっと見つめてから目を瞑って跪いた。

「先ほども申し上げましたが、我ら虫魔物は姫様のしもべ。姫様が望んでくださる限り、身の回りのお世話をさせていただく所存。どうか、これからも我らをおそばに」

 ハシャラは彼女たちのあまりの忠誠心に、蟲神様の加護の強力さと申し訳無さを感じつつも、そんな忠誠心と好意をありがたく受け取ることにした。

「あ、ありがとうございます。どうかこれからもよろしくお願いします。あっ、ただ私……虫の……見た目が苦手なので、どうか人間の姿のままでいてくださると助かります」

 虫の魔物に虫が苦手というのはどうも憚られ、あくまでも見た目が……と付け加えつつ、お願いをした。

 ハシャラの言葉にメイドはくすっと笑いながらも「はい。仰せのままに」と答えた。

 自分の身の回りのことはひとまずこれで安心だなと、ハシャラは深く息を吐いてソファの背もたれに寄り掛かる。

 けれどこのまま世話になるだけの暮らしは申し訳ないし、危険も伴うだろうから、自分にできることはやっていこうという決心もしていた。

 ありがたいことに蟲神様の加護を授かって、虫魔物を使役できるようになったようだから……この力を使って、領地を豊かにできないだろうかと考える。

 結局、他力本願な節は否めませんけれども……せっかく授かった加護ですから、多くの人のために活用していかなければ。

 自分のためにも、領民のためにも、忠誠を誓ってくれている虫魔物に報いるためにも、正常な領地経営と領民の生活の安定・向上をまずは目指していくことにした。

 このまま一人だけ豊かに暮らしていると、領民からの反感を買って襲撃……なんて可能性もなくはないですからね。

 慎重に、されど大胆に行動していきましょう。

 方針が決まったら、また深く息を吐いて……紅茶を一口飲む。

「美味しいですね……」

 誰に言うでもなくそう呟いて、これから忙しくなるであろう日々を思いながらも、ゆったりとしたこの一時を楽しんだ。
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