蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!

ちゃっぷ

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第一章 蟲神様の加護を授かりました

第三話

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 目が覚めると、天井が目に入った。

 場所も硬い床の上ではなく、頭には柔らかい枕があって、身体はふかふかとした布団に包まれていた。

 窓からは温かな日差しが降り注いでいて、なんとなく朝だということが分かる。

 ハシャラはしばらくは夢現にぼーっとしていたけれど、しばらくぼんやりとしてから、ほっと胸をなでおろした。

「なんだ……夢だったのですね」

 きっと蟲神の加護を授かったところから、すべては夢だったのだと思った。

 おそらくは加護授与の儀式に知らず知らず、不安や緊張を抱いていたためにそんな夢を見たのだろうと自分を納得させた。

 安心して身体を起こすと、周りには見覚えのない家具が並んでいて……自分の趣味にはあっているけれど、模様替えなんてしただろうかと首をかしげる。

 そんな彼女のもとに、部屋の扉をノックする音が届く。

 扉を開けたら虫の魔物がいた悪夢のことを思い出し、反射的に身を固くしつつも「は、はい……」と返事をすると、一人のメイド姿をした女性が入ってきた。

 長めの黒髪をお団子状にまとめあげ、涼し気な黒い瞳に添えられた泣きぼくろが印象的なメイドの女性。

 見たことがない顔だったけれど、新しく入ったメイドなのかもしれないと思いつつ、ひとまず人間であったことにほっと胸をなでおろす。

 するとそんなハシャラの姿を見たメイドもまた、安堵の表情を浮かべていた。

「良かった。お目覚めになられたのですね。私の姿を見た途端、お倒れになったので心配しておりましたが……あぁ、本当に良かったです」

 瞳を潤ませ、口元をほころばせる美しい顔立ちをしたメイドが、何を言っているのかハシャラにはさっぱり分からなかった。

「ご、ごめんなさい。どういうことか分からないのだけれど……」

 ハシャラが困惑しながらそう尋ねると、メイドは不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに「あぁ、そうですよね」と手を合わせ、何か納得した様子だった。

 そして胸元に手をあて、答える。

「私、今は人間の姿をしておりますが、本来の姿は蟻の魔物でございます」

 そう言われて、ハシャラの中で時が止まった。

 彼女が何を言っているのか分からない、というよりも何を言っているのか理解したくないという気持ちが強かった。

 だ、だって……あれは夢だったはずです……。

 呆然とするハシャラに、自分は蟻の魔物だというメイドはにこっと微笑む。

「信じられませんか? でしたら、少しばかり証拠を……」

 そう言って、彼女は片手のメイド服の袖を捲りあげて顔の横まで上げる。

 何をするのか分からず、ただそれをじっと眺めるハシャラ。

 するとメイドの手があの時、玄関の扉にかけられた虫の魔物の前足と完全に同じ状態になってキシキシと動き始める。

「きゃーーーっ! 信じます! 信じます! だから人間の姿に戻してください!」

 虫が苦手なハシャラにはあまりにもショッキング過ぎる光景だったためか、悲鳴を上げ、虫の姿をやめてほしいと懇願した。

 すると蟻の魔物だと名乗るメイドはフフ……と笑いながら手を下げ、それと同時に手が人間のものに戻っていった。

「ど……な、何が……どうなっているの……ですか……?」

 メイド服の袖を直すメイドに、ハシャラは呆然としながら疑問を投げかける。

 が夢じゃなかったことは分かったけれど、彼女がなぜメイド姿をしているのか、自分がなぜベッドで横になっていたのかが分からなかった。

 そんなハシャラに対して、メイドは背筋を伸ばして説明を始める。

「ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。私、蟲神様の加護を授かったあなた様への祝福として、我らが女王陛下の命令でやってきた蟻の魔物でございます」

 祝福……?

「姫様のお役に立つため、尽力して参りますので何卒よろしくお願いいたします。さしあたって屋敷内の掃除と、食事のご用意をしておりますので今しばらくお待ち下さい」

「ひ、姫様って私のことですか? あ、ありがとうございます……?」

 そう返事はしつつも、動物神の加護を授かって魔物が祝福に来るなんて聞いたことがなく、ハシャラは話を聞きながら困惑した。

「どうして蟻の魔物あなたたちの女王様が、私に……?」

 不思議に思って、率直な疑問を口にする。

 するとメイドは口元をほころばせながら答える。

「蟲神様の加護を授かった人間が現れるのは何百年ぶりのことでして、特に魔物を使役できる最上級の加護を授かった方は初めてのことだったもので、我らとしても嬉しくて……」

 蟲神の加護を授かった人間が過去にもいたことにはホッとしつつも、加護が上級になると魔物が使役できるようになるなど聞いたことがなく、ハシャラはさらに困惑する。

 自分が無知なだけという可能性もあるけれど、加護のことについて……もしかして人間は意外と知らないのではないかと考え込んでいると、また扉をノックする音がした。

 ハッとしてそちらに視線を向けると、別のメイドが現れて「お食事のご用意ができましたが、お部屋でお召し上がりになりますか? それとも食堂で?」と尋ねる。

 そう言われて食事を食べている場合だろうかと悩んでいると、お腹がくーっと鳴いて、ハシャラは自分はお腹が空いていたのかと気付かされる。

 真剣な考え事をしていたはずなのに、恥知らずにも自己主張したお腹を慌てて抑えていると、メイドたちはフフッと微笑ましそうにしていて、余計に恥ずかしかった。

 メイドが改めて「いかが致しましょうか?」と尋ねてきたので、ハシャラは「食堂でいただきます……」と観念したように答えた。

 掛け布団を身体からよけると、ハシャラは自分が寝巻き姿でいることに初めて気がついた。

 戸惑うハシャラに気がついたメイドが「勝手ながら、気絶されている間にお召し替えをさせていただきました」と答えた。

 それに感謝しつつ、では着替えなければと日常着を荷物から出そうと立ち上がると、メイドがササッと部屋の外に置いてあった台車から水桶とタオルを持ってくる。

「お顔を洗っている間に、お着替えの準備をさせていただきますね」

 メイドはそう言ってカバンからではなく、部屋と繋がっている衣装部屋からハシャラが持ってきていた服を持ってきた。

 あまりにも準備が良く驚いていると「いかがなさいましたか?」と不思議そうに尋ねられて、待たせてはいけないと「何でもありません!」と答えて慌てて顔を洗った。

 立ち上がると当たり前のように着替えも手伝ってくれて「次はこちらへどうぞ」とドレッサーまで促され、髪を整えてもらうハシャラ。

 鏡に写った自分は長いピンクの髪も、グリーンがかった瞳も、平凡な顔立ちも……いつもと何も違わなかった。

 身支度が終わると「では食堂までご案内いたします」とメイドに言われ、ハシャラはそれに続いて部屋を出た。
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