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第一章 蟲神様の加護を授かりました
第二話
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どれくらい走っただろうか……途中、何度か宿に泊まりながら、数日かけてやっと馬車の御者が「もうすぐ到着します」と声をかけた。
ハシャラは馬車の窓から、これから自分が領主となる村を眺める。
畑作をメインにした小さな小さな農村……お世辞にも裕福な土地・お洒落な村とは言い難く、簡素な家がぽつりぽつりと建ち並ぶだけの何もない場所だった。
全体を見ると子供は少しばかりいるようだが、基本的に若者は少なく、高齢化が進んでいるように見える。
子供には子供らしい元気さがなく静かに座り込んでいて、農業をしている老人は農作業が体にこたえているようで、腰をおさえている姿があった。
馬車で行き過ぎようとすると、畑の世話をしていた領民が普段は見かけない馬車を不思議そうに眺めていて、ハシャラはそんな彼らと目を合わせることができずに顔をそらした。
こんな小娘が、自分たちの住む土地の領主になるなんて……彼らに申し訳がありませんね……。
せめてもの償いに、彼らを今よりも幸せな状態にできれば良いのですが……。
そんな気持ちを抱えながら、静かに馬車で目的地に付くのを待っていると「到着しました」という御者の声が聞こえて、ハシャラは意を決して馬車から降りた。
目の前にあるのは小さな屋敷。
平民から見れば十分に大きな屋敷ではあるが、良家の娘として育ったハシャラから見れば、それはどう見ても小さな屋敷だった。
祖母が亡くなった後、誰も手入れをしていないせいか、屋敷は全体的にどんよりと曇りがかっているように見えた。
私は、ここに……これから住むのですね。
呆然と屋敷を見つめている間に、御者が馬車に積んでいた荷物をせっせと屋敷まで運び入れてくれていた。
ハシャラはそれに気づく様子はなく、ただ呆然と屋敷を見ているような見ていないような遠い目をしていた。
少ない荷物のため、そんな時間も長くは続かず、荷運びはすぐに終わる。
「ではお嬢様。私はこれで……。どうか、お元気で……」
御者が申し訳無さそうにそう伝えてくるので、ハシャラははっとして背筋を伸ばす。
「えぇ。あなたも。今までありがとう」
そう伝えると、御者は自身の仕える家へと帰っていった。
一人取り残されたハシャラは深呼吸をしてから、意を決して屋敷の扉を開けた。
薄暗い玄関ホールには御者が運んでくれた荷物が少しと、扉の開閉によって舞い散っている埃があるだけで他には何もなかった。
家を出て、御者もいなくなって……ハシャラは張り詰めていた気が切れてしまったのか、その場にぺたりとへたり込んだ。
……これから、どうすれば良いのでしょう……。
今まで両親に可愛がられ、身の回りのことは使用人がやってくれたハシャラには、これからどうすればいいのか、どうやって生きていけば良いのか分からなかった。
いや、正確に言えば朧げには分かっていた。
掃除、料理、領地経営……家事と仕事だろうと。
それが分かっていたとしても、どれもした経験のないハシャラにとっては分からないも同然だった。
家を出る時、両親が使用人をつけてくれなかったため、こちらに何人か使用人がいるのだろうと思っていたが、蓋を開けてみればあったのは無人の手入れのされていない屋敷だけ。
ハシャラはどうすればいいのか分からず、ただただ呆然とこれからのことに絶望していた。
瞳から涙が零れそうになった時、玄関をノックする音が届いた。
絶望していたハシャラの瞳に、わずかに希望が灯る。
もしかしたら両親が後から使用人を送ってくれていたのかもしれないと思い、玄関の扉を開ける。
けれどそこに期待していたような人影はなく、巨大な虫の魔物がいるだけだった。
噛みつかれたらひとたまりもなさそうな大顎、大きく真っ黒な目、忙しなく動き回る触覚、扉にかけられた前足……見た目は蟻を巨大化したような姿だった。
そんな魔物が眼前にだけでなく、後ろに何匹も控えているのが見えた。
巨大な……虫……っ!?
あまりのことにハシャラは言葉が出ず硬直し、そしてぐりんっと瞳が裏返ったかと思うと、つられるように自分の体が後ろに倒れていくのを感じた。
あっ……意識が……。
薄れゆく意識の中、この状況で気絶などしたら、その後は虫の魔物に食われて命を落とすのだろうとハシャラは覚悟した。
蟲神の加護なんて不気味な加護を授かった自分が、虫の魔物に食い殺されるなんて……なんとも笑える話だと、もう人生を諦めるハシャラ。
私だって……かわいい生き物の加護が良かったです! 縁談や日常生活に役立つ加護が欲しかったですよ……っ!
当たり前に、両親におめでとうと歓迎される加護が欲しかったです!
こんなところで……こんなところで一人死ぬことになるなんて……っ!
ハシャラはこんな状況になってやっと不満を漏らすことができたけれど、何を思おうともう何も変わらない。
どうしてこんな不幸な目に……私が……。
そんなことを思いながら、ハシャラは意識を手放した。
ハシャラは馬車の窓から、これから自分が領主となる村を眺める。
畑作をメインにした小さな小さな農村……お世辞にも裕福な土地・お洒落な村とは言い難く、簡素な家がぽつりぽつりと建ち並ぶだけの何もない場所だった。
全体を見ると子供は少しばかりいるようだが、基本的に若者は少なく、高齢化が進んでいるように見える。
子供には子供らしい元気さがなく静かに座り込んでいて、農業をしている老人は農作業が体にこたえているようで、腰をおさえている姿があった。
馬車で行き過ぎようとすると、畑の世話をしていた領民が普段は見かけない馬車を不思議そうに眺めていて、ハシャラはそんな彼らと目を合わせることができずに顔をそらした。
こんな小娘が、自分たちの住む土地の領主になるなんて……彼らに申し訳がありませんね……。
せめてもの償いに、彼らを今よりも幸せな状態にできれば良いのですが……。
そんな気持ちを抱えながら、静かに馬車で目的地に付くのを待っていると「到着しました」という御者の声が聞こえて、ハシャラは意を決して馬車から降りた。
目の前にあるのは小さな屋敷。
平民から見れば十分に大きな屋敷ではあるが、良家の娘として育ったハシャラから見れば、それはどう見ても小さな屋敷だった。
祖母が亡くなった後、誰も手入れをしていないせいか、屋敷は全体的にどんよりと曇りがかっているように見えた。
私は、ここに……これから住むのですね。
呆然と屋敷を見つめている間に、御者が馬車に積んでいた荷物をせっせと屋敷まで運び入れてくれていた。
ハシャラはそれに気づく様子はなく、ただ呆然と屋敷を見ているような見ていないような遠い目をしていた。
少ない荷物のため、そんな時間も長くは続かず、荷運びはすぐに終わる。
「ではお嬢様。私はこれで……。どうか、お元気で……」
御者が申し訳無さそうにそう伝えてくるので、ハシャラははっとして背筋を伸ばす。
「えぇ。あなたも。今までありがとう」
そう伝えると、御者は自身の仕える家へと帰っていった。
一人取り残されたハシャラは深呼吸をしてから、意を決して屋敷の扉を開けた。
薄暗い玄関ホールには御者が運んでくれた荷物が少しと、扉の開閉によって舞い散っている埃があるだけで他には何もなかった。
家を出て、御者もいなくなって……ハシャラは張り詰めていた気が切れてしまったのか、その場にぺたりとへたり込んだ。
……これから、どうすれば良いのでしょう……。
今まで両親に可愛がられ、身の回りのことは使用人がやってくれたハシャラには、これからどうすればいいのか、どうやって生きていけば良いのか分からなかった。
いや、正確に言えば朧げには分かっていた。
掃除、料理、領地経営……家事と仕事だろうと。
それが分かっていたとしても、どれもした経験のないハシャラにとっては分からないも同然だった。
家を出る時、両親が使用人をつけてくれなかったため、こちらに何人か使用人がいるのだろうと思っていたが、蓋を開けてみればあったのは無人の手入れのされていない屋敷だけ。
ハシャラはどうすればいいのか分からず、ただただ呆然とこれからのことに絶望していた。
瞳から涙が零れそうになった時、玄関をノックする音が届いた。
絶望していたハシャラの瞳に、わずかに希望が灯る。
もしかしたら両親が後から使用人を送ってくれていたのかもしれないと思い、玄関の扉を開ける。
けれどそこに期待していたような人影はなく、巨大な虫の魔物がいるだけだった。
噛みつかれたらひとたまりもなさそうな大顎、大きく真っ黒な目、忙しなく動き回る触覚、扉にかけられた前足……見た目は蟻を巨大化したような姿だった。
そんな魔物が眼前にだけでなく、後ろに何匹も控えているのが見えた。
巨大な……虫……っ!?
あまりのことにハシャラは言葉が出ず硬直し、そしてぐりんっと瞳が裏返ったかと思うと、つられるように自分の体が後ろに倒れていくのを感じた。
あっ……意識が……。
薄れゆく意識の中、この状況で気絶などしたら、その後は虫の魔物に食われて命を落とすのだろうとハシャラは覚悟した。
蟲神の加護なんて不気味な加護を授かった自分が、虫の魔物に食い殺されるなんて……なんとも笑える話だと、もう人生を諦めるハシャラ。
私だって……かわいい生き物の加護が良かったです! 縁談や日常生活に役立つ加護が欲しかったですよ……っ!
当たり前に、両親におめでとうと歓迎される加護が欲しかったです!
こんなところで……こんなところで一人死ぬことになるなんて……っ!
ハシャラはこんな状況になってやっと不満を漏らすことができたけれど、何を思おうともう何も変わらない。
どうしてこんな不幸な目に……私が……。
そんなことを思いながら、ハシャラは意識を手放した。
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