上 下
27 / 40
第七章 忘れられない不幸

第二十七話

しおりを挟む
 無表情で静かに立っている私。

 そんな私を困惑の表情で見ているカーフィンとイラホン様。

 ケラケラと楽しそうに笑いながら、私の話をしている家族。

 私はすっかりイラホン様と出会う前のいつも通りの私に戻って、家族の侮辱と嘲笑を静かに受け止めていた。

 目も開いているし耳も聞こえているが、脳にその情報が伝達されていないような感覚……あぁ、いつも通りだ。

 思考も止まっている。

 何も考えられない。

 ただ無表情でいること、目と耳を開きながら情報を脳と心に伝えないこと、口を開かないこと……私にできるのはそれだけだ。

 でもそんな様子を見かねたのか、カーフィンが口を開いた。

 けれどカーフィンが声を出すよりも前に、もっと大きな声が教会に響いた。

「――聞くな!!」

 カーフィンは驚いた様子だったけど、他の人達は誰も気付いていないようだ……家族も構わず、楽しそうに話を続けている。

 この声が聞こえているのは、私とカーフィンだけらしい。

 それに気が付いた頃には耳と視界がなにかで覆われていた。

 ……そうなって、やっと耳と視界が機能し始めたように感じる。

 耳は、イラホン様の両手で覆われていた。

 視界にはイラホン様の胸元あたりの服だけが見える。

 私は……イラホン様に耳を塞がれながら、抱きしめられるように顔を胸元に押し当てられていたらしい。

 そうして少しずつ、少しずつ脳と心が……感情と思考が戻ってきた。

 ……イラホン様の心臓の音が聞こえる、抑えられた耳元は温かい。

 心まで温かくなるのを感じる。

 私はこうやって、家族のことを見るな聞くなと……誰かに言われたかったのかもしれないなと、思い出すように考えていた。

 家族は私をストレス発散のおもちゃにするだけ。

 必要ない時は視界に入るなと、部屋に閉じ込められる。

 使用人は家族からの暴力で撒き散らされた私の血や吐瀉物を掃除するために部屋にやってきて、罪悪感から逃れるために世話を焼いたり教会に連れ出したりするだけだった。

 だれも……逃げていいんだと教えてくれなかった。

 私もそんな簡単なことに思い至らなかった。

 ただ耐えることしか、知らなかった。

 ずっと、そうしてきたから。

 でもイラホン様は私のことを守ろうと、耳と目を塞いでくれる。

 逃げていいんだと教えてくれる。

 私はずっと……こうされたかったんだ。

 気が付いたら視界が歪んで、頬を涙がつたう。

 そうすると次々に、ぽろぽろとこぼれ落ちるように涙が溢れ出てきて止まらなくなる。

 鼻をすすりながら肩を揺らしていると、イラホン様が私の状態に気が付いたのか耳から手を離して、私の背中に回して力強く抱きしめてくれた。

 その頃にはもう堪えきれず、声を出して泣いていた。

 どんなに泣き声を教会に響かせても、聞こえているのはイラホン様とカーフィンだけ。

 二人は泣きわめく私を咎めることはなかった。

 声を出して泣いたのは、幼い頃以来だ。

 子供の頃、暴力を嫌がる私は泣いて拒絶して……それがうるさいと、さらに暴力を受けた。

 ひどい言葉を投げつけられることもあった……否定や泣き言を言うと面白がられ、さらにひどい言葉をぶつけられる。

 使用人に助けを求めても、誰も助けてくれないし事態が悪化するだけ。

 そんなことが何度も続いて、私は次第に泣くことも拒絶することも声を出すこともなくなった。

 そうするのが自分の損傷を減らす、効率の良い方法だから。

 無表情・無抵抗でいることが、一番イヤなことが早く終わる方法だった。

 でももう、私の声は家族には届かない。

 暴力や侮辱をぶつけられることはない。

 何より、私のそばにはイラホン様がいてくれる。

 そう思うと、涙も泣き声も止まらない。

 私はイラホン様の背中に手を回して、服を握りしめるようにしながらワンワン泣いた。

 子供の頃の分まで取り戻すように、泣きわめいた。

 イラホン様はただ黙って、力強く抱きしめてくれていた。

 時折、優しく頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ、アルサ。俺が幸せにするから。誰にも傷つけさせない。大丈夫」

 それに安心して、また泣くの繰り返し。

 他者から守られるのが、こんなに心地良いことだとは知らなかった。

 カラカラに乾いていた心が、イラホン様のおかげで潤い満たされていくのを感じる……これが幸せなのだろうかと思った。

 泣き止むまでには、まだ時間がかかりそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

仮面夫婦のはずが執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
仮面夫婦のはずが執着溺愛されちゃいました

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...