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第七章 忘れられない不幸
第二十七話
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無表情で静かに立っている私。
そんな私を困惑の表情で見ているカーフィンとイラホン様。
ケラケラと楽しそうに笑いながら、私の話をしている家族。
私はすっかりイラホン様と出会う前のいつも通りの私に戻って、家族の侮辱と嘲笑を静かに受け止めていた。
目も開いているし耳も聞こえているが、脳にその情報が伝達されていないような感覚……あぁ、いつも通りだ。
思考も止まっている。
何も考えられない。
ただ無表情でいること、目と耳を開きながら情報を脳と心に伝えないこと、口を開かないこと……私にできるのはそれだけだ。
でもそんな様子を見かねたのか、カーフィンが口を開いた。
けれどカーフィンが声を出すよりも前に、もっと大きな声が教会に響いた。
「――聞くな!!」
カーフィンは驚いた様子だったけど、他の人達は誰も気付いていないようだ……家族も構わず、楽しそうに話を続けている。
この声が聞こえているのは、私とカーフィンだけらしい。
それに気が付いた頃には耳と視界がなにかで覆われていた。
……そうなって、やっと耳と視界が機能し始めたように感じる。
耳は、イラホン様の両手で覆われていた。
視界にはイラホン様の胸元あたりの服だけが見える。
私は……イラホン様に耳を塞がれながら、抱きしめられるように顔を胸元に押し当てられていたらしい。
そうして少しずつ、少しずつ脳と心が……感情と思考が戻ってきた。
……イラホン様の心臓の音が聞こえる、抑えられた耳元は温かい。
心まで温かくなるのを感じる。
私はこうやって、家族のことを見るな聞くなと……誰かに言われたかったのかもしれないなと、思い出すように考えていた。
家族は私をストレス発散のおもちゃにするだけ。
必要ない時は視界に入るなと、部屋に閉じ込められる。
使用人は家族からの暴力で撒き散らされた私の血や吐瀉物を掃除するために部屋にやってきて、罪悪感から逃れるために世話を焼いたり教会に連れ出したりするだけだった。
だれも……逃げていいんだと教えてくれなかった。
私もそんな簡単なことに思い至らなかった。
ただ耐えることしか、知らなかった。
ずっと、そうしてきたから。
でもイラホン様は私のことを守ろうと、耳と目を塞いでくれる。
逃げていいんだと教えてくれる。
私はずっと……こうされたかったんだ。
気が付いたら視界が歪んで、頬を涙がつたう。
そうすると次々に、ぽろぽろとこぼれ落ちるように涙が溢れ出てきて止まらなくなる。
鼻をすすりながら肩を揺らしていると、イラホン様が私の状態に気が付いたのか耳から手を離して、私の背中に回して力強く抱きしめてくれた。
その頃にはもう堪えきれず、声を出して泣いていた。
どんなに泣き声を教会に響かせても、聞こえているのはイラホン様とカーフィンだけ。
二人は泣きわめく私を咎めることはなかった。
声を出して泣いたのは、幼い頃以来だ。
子供の頃、暴力を嫌がる私は泣いて拒絶して……それがうるさいと、さらに暴力を受けた。
ひどい言葉を投げつけられることもあった……否定や泣き言を言うと面白がられ、さらにひどい言葉をぶつけられる。
使用人に助けを求めても、誰も助けてくれないし事態が悪化するだけ。
そんなことが何度も続いて、私は次第に泣くことも拒絶することも声を出すこともなくなった。
そうするのが自分の損傷を減らす、効率の良い方法だから。
無表情・無抵抗でいることが、一番イヤなことが早く終わる方法だった。
でももう、私の声は家族には届かない。
暴力や侮辱をぶつけられることはない。
何より、私のそばにはイラホン様がいてくれる。
そう思うと、涙も泣き声も止まらない。
私はイラホン様の背中に手を回して、服を握りしめるようにしながらワンワン泣いた。
子供の頃の分まで取り戻すように、泣きわめいた。
イラホン様はただ黙って、力強く抱きしめてくれていた。
時折、優しく頭を撫でてくれる。
「大丈夫だよ、アルサ。俺が幸せにするから。誰にも傷つけさせない。大丈夫」
それに安心して、また泣くの繰り返し。
他者から守られるのが、こんなに心地良いことだとは知らなかった。
カラカラに乾いていた心が、イラホン様のおかげで潤い満たされていくのを感じる……これが幸せなのだろうかと思った。
泣き止むまでには、まだ時間がかかりそうだ。
そんな私を困惑の表情で見ているカーフィンとイラホン様。
ケラケラと楽しそうに笑いながら、私の話をしている家族。
私はすっかりイラホン様と出会う前のいつも通りの私に戻って、家族の侮辱と嘲笑を静かに受け止めていた。
目も開いているし耳も聞こえているが、脳にその情報が伝達されていないような感覚……あぁ、いつも通りだ。
思考も止まっている。
何も考えられない。
ただ無表情でいること、目と耳を開きながら情報を脳と心に伝えないこと、口を開かないこと……私にできるのはそれだけだ。
でもそんな様子を見かねたのか、カーフィンが口を開いた。
けれどカーフィンが声を出すよりも前に、もっと大きな声が教会に響いた。
「――聞くな!!」
カーフィンは驚いた様子だったけど、他の人達は誰も気付いていないようだ……家族も構わず、楽しそうに話を続けている。
この声が聞こえているのは、私とカーフィンだけらしい。
それに気が付いた頃には耳と視界がなにかで覆われていた。
……そうなって、やっと耳と視界が機能し始めたように感じる。
耳は、イラホン様の両手で覆われていた。
視界にはイラホン様の胸元あたりの服だけが見える。
私は……イラホン様に耳を塞がれながら、抱きしめられるように顔を胸元に押し当てられていたらしい。
そうして少しずつ、少しずつ脳と心が……感情と思考が戻ってきた。
……イラホン様の心臓の音が聞こえる、抑えられた耳元は温かい。
心まで温かくなるのを感じる。
私はこうやって、家族のことを見るな聞くなと……誰かに言われたかったのかもしれないなと、思い出すように考えていた。
家族は私をストレス発散のおもちゃにするだけ。
必要ない時は視界に入るなと、部屋に閉じ込められる。
使用人は家族からの暴力で撒き散らされた私の血や吐瀉物を掃除するために部屋にやってきて、罪悪感から逃れるために世話を焼いたり教会に連れ出したりするだけだった。
だれも……逃げていいんだと教えてくれなかった。
私もそんな簡単なことに思い至らなかった。
ただ耐えることしか、知らなかった。
ずっと、そうしてきたから。
でもイラホン様は私のことを守ろうと、耳と目を塞いでくれる。
逃げていいんだと教えてくれる。
私はずっと……こうされたかったんだ。
気が付いたら視界が歪んで、頬を涙がつたう。
そうすると次々に、ぽろぽろとこぼれ落ちるように涙が溢れ出てきて止まらなくなる。
鼻をすすりながら肩を揺らしていると、イラホン様が私の状態に気が付いたのか耳から手を離して、私の背中に回して力強く抱きしめてくれた。
その頃にはもう堪えきれず、声を出して泣いていた。
どんなに泣き声を教会に響かせても、聞こえているのはイラホン様とカーフィンだけ。
二人は泣きわめく私を咎めることはなかった。
声を出して泣いたのは、幼い頃以来だ。
子供の頃、暴力を嫌がる私は泣いて拒絶して……それがうるさいと、さらに暴力を受けた。
ひどい言葉を投げつけられることもあった……否定や泣き言を言うと面白がられ、さらにひどい言葉をぶつけられる。
使用人に助けを求めても、誰も助けてくれないし事態が悪化するだけ。
そんなことが何度も続いて、私は次第に泣くことも拒絶することも声を出すこともなくなった。
そうするのが自分の損傷を減らす、効率の良い方法だから。
無表情・無抵抗でいることが、一番イヤなことが早く終わる方法だった。
でももう、私の声は家族には届かない。
暴力や侮辱をぶつけられることはない。
何より、私のそばにはイラホン様がいてくれる。
そう思うと、涙も泣き声も止まらない。
私はイラホン様の背中に手を回して、服を握りしめるようにしながらワンワン泣いた。
子供の頃の分まで取り戻すように、泣きわめいた。
イラホン様はただ黙って、力強く抱きしめてくれていた。
時折、優しく頭を撫でてくれる。
「大丈夫だよ、アルサ。俺が幸せにするから。誰にも傷つけさせない。大丈夫」
それに安心して、また泣くの繰り返し。
他者から守られるのが、こんなに心地良いことだとは知らなかった。
カラカラに乾いていた心が、イラホン様のおかげで潤い満たされていくのを感じる……これが幸せなのだろうかと思った。
泣き止むまでには、まだ時間がかかりそうだ。
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