上 下
26 / 40
第七章 忘れられない不幸

第二十六話

しおりを挟む
 教会に家族がやってきて、私はへたり込んで震えることしかできずにいる。

 イラホン様が移動しようか、家に戻ろうかと提案してくださるけれど……家族がなぜ教会に来たのか確認しておきたかった私は、静かに首を横に振って拒否した。

 私に拒否されてはどうすることもできない……イラホン様は静かに寄り添って、心配そうに私の身体を支えてくださる。

 そのおかげもあってか、今すぐ逃げ出したい心をグッと抑え込むことができた。

 十字架の前でへたり込む私のことなど見えていない家族は、神父様から息子であるカーフィンのことを紹介されているようだが、分かりやすく興味なさげな様子だ。

 他人を見下し、無関心なその態度に……あぁ、変わっていないのだなと感じた。

「――それで、本日はどういったご用向で?」

 神父様が家族にそう尋ねると、父がやっと本題に入れると言わんばかりに口を開いた。

「いや、娘が結婚するのでな。結婚式は相手側の領地にある大きな教会で執り行われるのだが、一応は領地内の教会にも挨拶ぐらいはしておこうと思ってな」

 まくし立てるようにそう言う父。

 母と妹はそんな父の言葉を聞いて、後ろでクスクスと笑っている。

 明らかにこの教会を馬鹿にした言い回しと嘲笑……何も変わっていない。

 変わっていない家族の言動に、少しずつ冷静になっていく自分がいた。

「……そうですか。それはおめでとうございます」

 神父様がそう言うと、相手のことなど何も考えていない父は、娘の婚約者がいかに大きな家柄であるのか、この結婚がいかに素晴らしいものであるのかを、まるで自分の手柄と言わんばかりに語り始める。

 そんな話を延々と聞かされる神父様とカーフィンには、心底同情する。

「これでやっと肩の荷がおりるというものだ」

 好き放題に話し終わった父は、そう言って肩に手を添えながら品のない笑い声をあげている。

 黙って聞いていた神父様は不思議そうな顔をして、ごくごく当たり前のことを尋ねた。

「おや、ムシバ家にはご令嬢がお二人おりましたよね。もうお一方もご結婚が決まったのですか?」

 神父様の言うもう一方のご令嬢は、ここでへたり込んでいる。

 茶会・夜会はおろか外に出たことすらほとんどないが、さすがにムシバ家に娘が二人いることは知られているようだ。

 まぁ、私のことを知らなくても……母が妊娠していたことは、領民や親しい人たちには分かることだろう。

 そんな神父様の問に、父も当たり前のように答える。

「何のことやら……我がムシバ家には、娘は一人しかおりませんよ」

 その表情は、幼い頃から見慣れたあの歪んだ笑みだった。

 家族以外の教会にいた全員が、怪訝な表情をしたのを感じる。

 領主一家の話だ……話し相手である神父様とカーフィン以外も、聞き耳を立てているのだろう。

 けれどこの人たちが何を言っているのか、普通だったら理解できないだろう。

 だけど私の表情は、いつもの通りだ……と無表情で固まっていた。

「邪魔だったクズであれば、少し前に処分しましたけれどね」

 母がくすくすと口元を扇で隠しながら、嫌なことを思い出したと言わんばかりに目元を歪ませてそう言った。

「結婚前にゴミ掃除ができて、良かったわ~」

 妹も母に続けるようにそう言って、両親によく似た歪んだ笑みを浮かべている。

 この教会で、今笑っているのは私の家族だけだ。

 ゴミ・クズ・おもちゃ……そんな言葉で私が表現されて、家族はそれを捨ててやったのだと実に楽しそうに笑っている。

 教会への侮辱を聞き流していた神父様も、さすがに動揺しているように見える。

 対して私は、恐怖や心配でぐちゃぐちゃになっていた頭と心が今や完全に冷めていた。

 いつもの聞き慣れた言葉を聞いて、私はスッと静かに立ち上がる。

「……アルサ?」

 突然立ち上がった私を、イラホン様が心配そうに声を掛けてくださる。

 その声に気が付いてか、カーフィンもこちらを見ているようだった。

 でも私の顔はピクリとも動かない。

 声も出ないし、出そうという発想すらない。

 私は家族のストレス発散を、侮蔑と嘲笑を……ただ静かに、無表情のまま聞いていた。

 自分がイラホン様と出会う前の自分に戻っていくのを感じる。

 幸せを感じていた自分も、幸せを望んでいた自分も……どんどん消えていく。

 視界も聴覚も思考も表情筋も……全部止まった。

 そこには家族に見えていないことすらもはや理解できていない私が、ただいつも通りに立っているだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...