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第一章 幸せを知らない令嬢と、やたらと甘い神様

第四話

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 私がお願いしますというと、神様の顔がぱぁっと明るくなった。

「OK!? やった!」

 先程まで美しい表情をしていた神様は、打って変わって幼さすらを感じさせる満面の笑みになっていた。

 かと思うと、そのまま全身を包み込むように抱きしめられた。

「……!?」

 表情が動くことはなかったが、他人に抱きしめられたのは初めてで、どうすれば良いのか分からず、行き場のない手を上下にばたつかせるしかできない。

「うれしー! これで君は俺の奥さんだ!」

 そんな私とは違って、この状況を心の底から嬉しそうにしていて、ぎゅーっと子供のように私を抱きしめる神様。

 ……状況が全く理解できない。

 そもそもなんで私を妻にしたいのかとか、これからどうするのかとか聞きたいことがたくさんあるが、言葉が全く出てこない。

 すると私の心を読んだのか、神様が話し出す。

「あぁ、急にごめんね」

 謝罪はしているが、私のことを離すつもりはないらしくスリッと頬を寄せている。

「……教会に来る君をずっと見ていたのだけど、あの懺悔を聞いた時、自分の中に衝撃が走って……君をどうしても奥さんにしたいと思ったんだ」

 彼は嬉しそうに、優しい声でそう続けた。

 こんな時……ずっと見ていたのならなぜ助けてくれなかったのだろうと、そう思ってしまう私は心の汚い人間なのだろうと、冷静に思っている自分がいた。

 そしてこの汚さも神様に全てバレているのかと思うと恥ずかしいが……どうしても止まらなかった。

「そうだね……そんなに思い詰めていることに気付けなくてごめんね。でもこれからは、君を必ず幸せにするから」

 そんな汚い私を、神様は変わらず抱きしめてくれる。

 神様が謝る必要性なんてないのに謝罪をしてくれて……まるで誓いを立てるように、大切な約束のように先程と同じ言葉を口にする。

 ……心がほわっと温かくなるのを感じるけど、その気持ちが何なのか私には分からなくてまた戸惑う。

「あっ! もちゃんとしなきゃね!」

 何かを思い出した様子の神様は、私の肩を掴みながらバッと離れた。

 神様の行動は突然で、勢いがあって……なんとなく振り回されるのを感じるが、くるくると明るく変わる表情は見ていて心地よかった。

 次はどんな表情をするのだろうと見ていると、神様は真剣な表情をしてこちらを見つめてくる。

 美しい顔立ちに映える淡い水色の瞳が、宝石のようにキラキラと輝いている。

 急なことに、ドキッと胸が鳴る。

 なんだか落ち着かなくて、ついついふいっと顔をそらしてしまった。

「クスッ……こっちむいて?」

 そんな私を見た神様は、まるで子供をあやすような甘い声色で語りかけてくる。

 神様にそう言われると、なぜか抗えない……そんな感覚がする。

 私がおずおずと神様の方に顔を向けると、神様は頬を赤らめながら穏やかな微笑みを浮かべていて……それに目を奪われて、今度は心臓が止まった気がした。

 私が固まっている内に、神様の口が開く。

「……空と神、イラホンの名において、病めるときも健やかなるときも、汝を永遠に愛することを誓う」

 そして気が付いたら、神様の顔が近付いて……おでこに柔らかく温かい何かが当たる感触がしっかりと感じられて、私は一瞬思考が止まった。

 ……?

 なん……なに……?

 最初は頭が追いつかなかった。

 けれど、どんどん神様の顔が元あった場所に戻っていって、気恥ずかしそうにしながらもニコニコしているのを見て……やっと状況を理解した。

 おでこにキッ、キスされた……!?

 私は張り付いていた無表情の仮面がパリンっと割れて、顔が驚きの表情になっていること、ボッと熱くなるのを感じていた。

 慌てて自分のおでこをおさえたけど、もうキスされた事実も変わらない。

 それに誓いの言葉も自分の表情が動いたことも……全てが突然で、顔は熱いし頭はぐちゃぐちゃだ。

「おっと、まだ名前を聞いていなかったね。俺の名前はイラホン。君の名前は?」

 私の顔を見て嬉しそうにしている神様は、そう尋ねてくる。

 普通は誓いやキスの前に名前を尋ねるのでは!? と思いながらも、私は答える。

「私の名前はアルサイー……いえ、アルサです」

 せっかく新しい人生が始まるのだ。

 不幸に塗れた名前や家名は捨てよう……これからは神の妻として、アルサとして生きる覚悟を決めた。

「アルサかぁ……よろしくね、アルサ」

 私の名前を聞いた神様――イラホン様は、愛おしそうに私の名前を呼びながら、甘く微笑んでいた。

 神の妻として覚悟を決めたばかりなのに……やたらと甘い彼の表情や言葉に、心がぐらついて戸惑う。

 これから私は、ちゃんとやっていけるのだろうか……。
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