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第一章 幸せを知らない令嬢と、やたらと甘い神様

第一話

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 教会の中央に鎮座している十字架の前で、跪いて手を組み合わせて目をつぶり、祈りのポーズを取っているけど……私は何も祈っていない。

 神様なんていない。

 だって神様がいるのなら、家族から産まなければ良かった、役立たずのグズ、生きている価値がないと言われている不幸な私を、助けてくれるはずでしょう?

 ムカつくことがあったからと子供に暴力を振るわない、それをニヤニヤ見ているだけの妹のいない家庭に産まれさせてくれるはずでしょう?

 不幸な私の前に心優しい男性が現れて、私をこんな地獄から颯爽と連れ去ってくれるはずでしょう?

 誰かが……この憐れなアルサイーダ・ムシバを助けてくれるはずでしょう?

 そうじゃないということは……つまり、そういうことだ。

 あぁ、でも使用人たちがこうして家族の目を盗んで、こっそり教会に連れて来てくれていることが、幸せだという判定になっているのかもしれない。

 使用人たちには感謝している。

 家の恥だからと外に出してもらえない私を憐れんで、家族にバレないようにこうして外に連れ出してくれている。

 長時間は無理だから、来られるのは家からほど近いこの教会くらいだけど……それでもあの家から少しでも離れられるのは、嬉しかった。

 でも彼女たちは雇い主である家族に逆らえないから、いつも私がされていることには見て見ぬ振りをしている。

 もっと幼い頃は、優しくしてくれる使用人に助けてもらおうと手を伸ばしたこともあったが……その手は家族に無慈悲に踏みにじられ、使用人はそれから目を逸らしていた。

 こんな風に教会に連れてくるのも、自分たちの中にある罪悪感を少しでも解消するためだ。

 私は、全て分かっている。

 これが私の日常、幼い頃からずっと変わらない……私の人生だと。

 私は顔を上げて、教会に置かれているたくさんの長椅子の一つに腰を下ろし、ふぅ……と一息ついた。

 そして教会に祈りにやってきた仲睦まじい夫婦、子供が満面の笑みを浮かべている家族をぼんやりと眺める。

 一人で礼拝に来ている人もいるのだけど……どうしても幸せそうな家族が、いつも目についてしまう。

 幸せって何なのか教えてほしい、家族と笑い合うってどんな感じ、普段はどんな気持ちで暮らしているの?

 ……どうして私には幸せが訪れなくて、あなた達はそんなに幸せそうなの?

 そんな醜い感情が、自分の中でぐるぐると巡っているが……私の顔はきっと仮面のように、無表情が張り付いているのだろう。

 ツラい時・悲しい時に感情を顔に出すと、家族が面白がってさらにひどいことをしてくると、私は知っている。

 だから私の顔には気が付いたら無表情が張り付いて、もはや自分の意思では外せなくなっている。

 この無表情の仮面は、私に残されたただ一つの自己防衛だ。

「……君はいつも無表情だな」

 ぼんやりとしていると、ふっ……と、どこからか透き通るような美しい声が聞こえた。

 辺りを見回してみるが人影はなく、気のせいかとも思ったが……姿は見えないけれど、自分の隣にがいるような気配を感じる。

「神様……ですか?」

 私は期待を込めて小声でそう尋ねながらも、今更何の用だろうと思っている自分もいた。

「うん、そうだよ。なんで小声なの?」

 見えない誰かは、当たり前のように自分は神だと答えた。

 そして不思議そうな声色で、小声であることについて問われた。

「……姿の見えない方に話していると、周りから不自然に見られますから」

 私は言葉を選びながらも、淡々とそう答える。

 使用人が一人で話している私を見たら、不幸のあまりついに頭がおかしくなったと思うだろう。

 あぁ、でもそう思わせることができたなら……私は療養所や修道院に入れてもらえるのではないかとも思った。

 あの家から出られるのであれば、きっと私は今よりは幸せになれるはずだから。

 そんなことを心のどこかで考えていた。

「……そうなのか。じゃあ今夜、また教会ここにおいで。俺が君を幸せにするから」

 私の言葉に納得してくれたのか、神様はそれだけ言うとまたふっ……とその気配を消していなくなっていた。

 最初は神様という存在が本当にいること、自分に語りかけてきたことに内心驚いていて……神様が最後に残した『幸せにする』という言葉に、なかなか気付けなかった。

 今夜、教会に来れば私は幸せになれるの……?

 私は心の中に、少しだけほわっと広がる何かを感じた。

「お嬢様、そろそろ戻りませんと……」

 いつもだったら地獄への案内に感じる使用人の声がけも、今日で最後かもしれないと思うと少しだけマシに聞こえた。
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