上 下
36 / 39
第九章 話したいこと

第三十六話

しおりを挟む
「そんなわけで、俺はこの国の王子になる。立場も仕事も変わって、今までみたいに街には出られなくなるし、こんな風に会いたいと思ってすぐにナジマに会いに来ることもできなくなる」

 ワハイドはどこか寂しそうな諦めたような微笑みを浮かべながら私の頬に手を寄せるけど……瞳にはもう決めたことだとでも言いたげな、決意がみなぎっているように感じられた。

 私は黙ってワハイドの言葉を聞いていた。

「だから……俺についてきてほしいと思っている。ナジマに、ずっと俺の隣にいてほしい」

 ……待ち望んでいた告白。

 でもアラサーじゃなくてお子様な私は、もっと彼の言葉が欲しくなってしまっていた。

「それはプロポーズと受け取っても……いいのかな?」

 そう尋ねると、彼はびっくりしたような顔をしてから、すぐに困ったような笑顔を見せて頭をガシガシと掻き、あー……と声を漏らしながら、頭を抱え込むように下げていた。

 アラサーだった私には分かる。

 大人になるとなかなか言葉に出せないことが出てくるよね、察してくれるだろうと言葉少なになることがあるよねと、私の中にいる前世の私は、彼に共感して少しだけ同情していた。

 でも私はもうアラサーじゃない……学園に通う男爵令嬢、ただの世間知らずなお子様だ。

 だからこそ、ちゃんと言ってほしいという想いがあった。

 しばらく無言の時間が流れたけど、バッと急にワハイドが顔を上げて、フー……と息を吐いてから私の両肩に手をのせて、真剣な表情で真っ直ぐに見つめてきた。

 彼の瞳は相変わらずキレイで……よく見ると青の中に紫が混じっているような深みのある瞳が、宝石のように感じられた。

「……ごめん。遠回しに、探るような言い回しをするのはズルいよな」

 そこまで言ってから、彼はまた深呼吸をする。

 アラサーだった自分がやってこなかったことを、彼に強いるのは気の毒かなと思ってしまうほど、彼は緊張しているようだった。

 でも私はドキドキと痛いぐらいに高鳴る胸をグッと抑えながら、静かに彼の言葉を待った。

「……ナジマ、好きだ。俺と結婚してほしい」

 その言葉を聞いた瞬間、時間が止まったのかと思うほど視界がブワッと広がって……全ての物がスローモーションになったような、世界で動けるのは私だけなのではないかと思うぐらいの衝撃が胸にやって来た。

 そして次の瞬間には、こらえていた何かが決壊して……ポロポロと涙が止まらなくなった。

「私も……大好き。これから、よろしくおねがいします……」

 もっと笑顔で答えたかったけど、実際は息も絶え絶えで最低限のことを伝えるので精一杯だったけど、ワハイドは嬉しそうに笑っているのは見えた。

 そして強く抱きしめてきた彼の身体は熱くなっていて、彼がどれほど緊張していたのかが伺い知れた。どれほど私の返事を喜んでくれているのかも。

 男爵令嬢と公表されなかった王族との結婚……これからのことを思うと、苦労はきっと多いことだろう。

 でも今はそんなことどうでも良いと思ってしまうくらい、私は幸せいっぱいで泣きながらではあるけど、抱きつく勢いで背中に腕を回して彼を全身で感じていた。

「良かったー!」

 私の返事を聞いたワハイドは心底嬉しそうに笑っていて、私もつられるように泣きながら笑って……抱きしめ合いながら、そんないつまでも続いてほしい幸せなひと時が過ぎた。

 いつまでもこうしていたと思ったけど、涙が落ち着いてきた頃にふいにクシュンっとくしゃみが出て、今が冬で……外が寒いことに初めて気がついた。

 私が寒くてぷるっと少しだけ震えていると、ワハイドは自分が着ていた上着をササッと脱いで私に掛けてくれた。

 申し訳ないと思いつつも感謝して素直に受け取ると、彼は嬉しそうに満面の笑みを浮かべていて、そんな笑顔にキュンっとしてしまっていた。

「あっ……そうだ」

 私が彼の満面の笑みにキュンっとして赤面してしまって、それが恥ずかしくて顔をふいっと背けていると彼が何かを思い出したように声を上げた。

 何だろうと思いつつ、彼の方を向くとなぜだか分からないがワハイドはニッコリと笑っていた。

「俺と結婚したらエスネイニの婚約者であるお友達と、ナジマは義姉妹になるね」

 私が悩んでいたことを思い出していたのか、何となく思いついただけなのかは分からないが……私は笑顔でそれを言っている彼を見て、プッとつい笑ってしまった。

「じゃぁ、ワハイドとの結婚は『おまけ』ね」

 いたずらっぽい微笑みを浮かべながら私がそう言うと、ワハイドは一瞬びっくりしたような表情をしていたけど、すぐに困ったように笑いながら、おまけかーと声を漏らしていた。

 わたし達はまた笑い合った。

 星願いはとっくに終わっていて空に星は流れていなかったけど、いつもと同じような夜空が、いつも以上にキラキラと輝いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます

水無瀬流那
恋愛
 転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。  このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?  使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います! ※小説家になろうでも掲載しています

【完】チェンジリングなヒロインゲーム ~よくある悪役令嬢に転生したお話~

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
私は気がついてしまった……。ここがとある乙女ゲームの世界に似ていて、私がヒロインとライバル的な立場の侯爵令嬢だったことに。その上、ヒロインと取り違えられていたことが判明し、最終的には侯爵家を放逐されて元の家に戻される。但し、ヒロインの家は商業ギルドの元締めで新興であるけど大富豪なので、とりあえず私としては目指せ、放逐エンド! ……貴族より成金うはうはエンドだもんね。 (他サイトにも掲載しております。表示素材は忠藤いずる:三日月アルペジオ様より)  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。 そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。 ※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様 ※小説家になろう様にも掲載しています

転生悪役令嬢の前途多難な没落計画

一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。 私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。 攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって? 私は、執事攻略に勤しみますわ!! っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。 ※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。

乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました

白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。 「会いたかったーー……!」 一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。 【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。 それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。 そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。 ※王子目線です。 ※一途で健全?なヤンデレ ※ざまああり。 ※なろう、カクヨムにも掲載

処理中です...