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第六章 計画は順調……

第二十四話

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 目の前に見えるのはベンチからブランっと垂れ下がっている自分の足と舗装された川沿いの道だけのはずなのに、気を抜くとすぐにアミーラと私、そしてイケメンたちと一緒にいる図書室の情景が浮かぶ。

 普段だったらきっと、ぼんやりしている私にアミーラがそろそろ声をかけてくる頃だろう。

「――ね? ナジマ」

 イケメンたちと絡まないようにしている私に気を使って、アミーラはいつもそれとなく声をかけて私がイケメンたちと直に話さなくて済むようにしながらも、話に混ざれるようにしてくれていた。

 愛しのアミーラに気を使わせてしまうことはすごく申し訳なかったけど、アミーラが自分を気遣ってくれるということに正直嬉しさを感じていた。

 でもここにアミーラはいない……深い溜め息を付いていると、私に人影が近づいてきて聞き覚えのある声がした。

「……ナジマ?」

 驚いて顔を上げると、そこにはダンスパーティーの時に相手役をしてもらったワハイドが、私の顔を少しだけ覗き込むようにしながら立っていた。

 私が驚き過ぎてぼんやりとした表情のまま硬直していると、ワハイドはやっぱりナジマだと嬉しそうに微笑む。

 そういえば初めて会ったのも街中だったし、別に街で出会っても珍しくないのか……と、私はどこかぼんやり考えていた。

「お久しぶりです、ワハイドさん」

 おそらく上流である貴族に対してずっと無視しているわけにもいかず、ひとまず挨拶をする。

「うん、久しぶり~」

 ワハイドはゆるく返事をしながら、しれっとベンチの隣に腰を下ろした。

 距離の詰め方をちょっとイラッとしつつも、疲労からか……特に文句を言うこともできずにいた。

「……どうしたの? 元気ないね」

 何も言ってこない私を訝しく思ったのか、はたまた心配してくれたのか……ワハイドが声をかけてきた時と同じように、少し私の顔を覗き込むようにしながら尋ねてくる。

 ワハイドが動くたびにサラサラとした金髪は揺れ、その奥に見える深みのあるブルーの瞳がじっとこちらを見つめてくる。

 その瞳に見つめられると何だか心の中まで覗かれそうな気持ちになって、ふいっと目を逸しながら何でもありませんと答える。

 私の返答にえ~と少し不満げなような、それでいて楽しそうな調子で声を漏らすワハイド。

 「何でもなければ、あの学園に通う生徒が一人で街に出てきたりしないんじゃない?」

 私に言っているような、空に向かって独り言を言っているようなそのセリフに、確かにな……と冷静に思う自分がいた。

「良ければ話ぐらい聞くよ。一緒にダンスを踊った仲なんだからさ」

 取って付けたような理由を添えつつも、ワハイドはちゃんと話を聞いてくれそうな優しい雰囲気を醸し出していた。

 私は疲れていたんだと思う。

 だからそんな優しい雰囲気に飲まれて、私は口を開いてしまう。

「……本当になんでもないんですよ。ただ友達を失ったら私にはやりたいことがなくて、でも貴族の娘としてやらなければならないことだけはあって……今更ながら今後について考え込んでいただけです」

 実際は今後について全く考えられていないけど、嘘は言っていない。

 大好きなアミーラはもうイケメンたちとすっかり仲良くなっているし、彼女をちゃんと愛してくれている王子様が王となったら、王妃となるアミーラもこの国も安泰だろう。

 そこは安堵しているのだけれど……でもそうなった時、王妃となったアミーラとたかだか男爵家の娘である私が今のように気安く会えるわけもなく、私は一人になる。

 アミーラを失った私には貴族の娘として『やらなければならないこと』はあれども『やりたいこと』はなくて、どこぞの知らない男と政略結婚をすることになるのだろう。

 そしたら貴族の妻として子を為して、乳母に子守を任せてティーパーティーに参加したり家を守ったり……長い人生を貴族の妻として生きて、王妃となったアミーラを遠くに眺めるだけで人生を終える。

 それが私の望んだ結末……アミーラをヒロインとして幸せにするために選んだ道の終着点。

「一応、やりたいことはあるんですよ。でも貴族の娘として、それはやることができなくて……」

 できることならば、私はずっとアミーラのそばにいたい、ゲームで見ることができなかった幸せになったアミーラを見守りたい。

 できれば王宮に勤めてでも彼女を間近で見守りたい……しかし私はアルセイフ家の一人娘、そんな勝手が許されるわけもない。

 私が婿をもらうか、アルセイフ家に男子の養子を迎えつつ私が結婚して他家との繋がりを強める……これがゲームのヒロインであり、貴族の娘となったナジマに転生した私の宿命だ。

 乙女ゲームのヒロインに転生して貴族になるなんて、キラキラと華やかで甘く夢いっぱいなイメージがあるかもしれないが……推しのイケメンがいなければこんなものだ。

「……貴族の娘に生まれるって、不自由ですね」

 自分の人生すら自由にならない、家のためにはやらなければならないことだけが積み上がる。

 この世界に転生して学園に通って貴族としての人生を学んで、王子様の婚約者となったアミーラと話していく内にそのことを痛感した。

 でもアミーラは大好きな王子様とくっつければ、きっと幸せになれるだろう。

 王太子妃、ゆくゆくは王妃としての業務もきっと一生懸命に卒なくこなして、この国をより良くしてくれる。

 自分のことを考えていたはずなのに、すぐにアミーラのことを考えてしまう。

 そんな自分にまた嫌気が差して深い溜め息をつくと、隣で黙って私の言葉を聞いてくれていたワハイドがよしっ! と膝を叩いて立ち上がる。

 急なことにびっくりしていると、立ち上がったワハイドは私の方を見てニッと笑う。

「気分転換しよう!」

 突然何を言い出すのか、思考が追いつかずに戸惑っているとワハイドはさらに続けてこう言う。

「貴族として懸命に悩んでいる君に、貴族なんて辞めちまえなんて言えない。それにやりたいことがあってもできない不自由さや、やるべきことだけが積み上がっていくことは俺も同じだから、君の気持ちは分かるよ」

 その表情は悲しそうにも見えるが、真剣そのものだった。

 私が圧倒されていると、ワハイドは私の方に手を伸ばす。

 「だからこそ……そんな状態で考え込んでても、答えなんて出てこないってのも分かる。
まずは気持ちをリセットして、ちゃんと自分がどうしたいのか落ち着いて考えられるようにならなきゃ。
だからナジマに必要なのはまずは気分転換だと思うよ。」

 そう言うとワハイドはまたニコッと笑う。

 普段の私だったらポジティブ・楽観的過ぎると相手にしなかっただろう。

 でも私はきっと疲れていたんだ。

 だから静かにワハイドの手に、自分の手をのせた。
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