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第1章 北条家騒動
氏元の想い
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氏元にとって、亀は最愛の妻であった。嫉妬深い性格に関しても、それだけ愛されているのだと、好意的に捉えていた。
夫婦関係は円満そのものであったが、子宝には恵まれなかった。
父の氏重は、再三氏元に側室を持つよう進言したが、氏元は亀への想いからそれを拒んだ。
一方で、氏吉のところは子宝に恵まれたため、「もしかしたら氏吉様のお子が、氏元様のお世継ぎになるかもしれない」との声が周囲から漏れ聞こえるようになっていた。
氏吉自身、そうなることを望んでいる節があったため、徐々に亀との関係は悪化していった。
そんな風に状況が変化していくなか、夫婦の執念、いや願いが通じたのか、結婚してから一六年、ついに嫡子たる氏勝が誕生した。この時氏元三九歳、亀三二歳。
だが喜んだのも束の間、氏勝は生まれつき体が弱く、無事成育できるのか危ぶまれていた。
当然周囲からは第二子誕生を望む声があがり、氏重を筆頭に側室論が再び浮上してくることになる。
初めは拒んでいた氏元であったが、子供の誕生によって心境に変化があったのか、とうとう側室を受け入れた。
そして誕生したのが夏である。
亀の心情に配慮し、夏親子の存在は厳重に秘匿されたのだが、それでも噂などは漏れ伝わるもので、ほどなく亀の知るところとなった。
激昂した亀は強硬手段も辞さぬ構えであったが、周囲の必死のとりなしや、氏重が夏親子の盾となったこともあって、ひとまず最悪の事態は避けられた。
だが、それも単なる時間稼ぎでしかなかった。
最大の障壁であった氏重が急死すると、亀はすぐさま行動を起こす。
報告を聞いた氏元は強い衝撃を受けたが、一方で亀をそこまで追い詰めてしまったことに責任を感じ、不問に付すことにした。
その後、小田原城内ではこの件を口にすることはタブーとされ、記憶の闇に葬り去られることになったのである。
「……相わかった。七松丸に問う。そなたは今幸せか?」
「はい。夏は幸せです」
あえて自分の名前を言い直すことで、「自分はあなたの子供ではないし、北条家の人間でもない」という意思を、氏元に示したのであった。
「……左様か」
その答えを聞いて安心したのか、それとも自嘲したのか、氏元は僅かに表情を緩ませた。そして改めて頭の中で状況を整理すると、熟考したうえで結論を出した。
「こたびの騒動について、私の考えを申し伝えておく。まず世継ぎのことについてだが、氏勝に万一のことがありし時は、重政の嫡男、重冬を跡目とする。騒動に関与した者たちへの処分は、十分に吟味したうえで沙汰を下す。高秀、至急江戸に使者を送り、氏吉に小田原へ来るよう申し伝えよ」
「はは」
「それと、七松丸は既にこの世にはいない。この世にいない者が世継ぎになれるはずがない。このこと、決して忘れぬように、よいな」
氏元は世継ぎ問題の終結を家臣たちに向かって言明すると、一呼吸おいて吉右衛門に弁明した。
「こたびの一件、全くもって私の不徳のいたす限りにございます。可及的速やかに領内の混乱を収め、今まで以上に良き政を行い、幕府・将軍家に忠義を尽くしますゆえ、何卒ご寛大なる処置を賜りますよう、お願い申し上げ奉ります」
氏元が平伏するのに合わせ、家臣たちも吉右衛門に向かって平伏した。
「面を上げられよ。今の私は一介の冒険者にすぎん。どう処するか決めるのは、将軍である秀時だ。……ただまぁ、これで落着したのであれば、その辺りを加味したうえで、秀時に意見を申し述べておこう」
「ご厚情、痛み入り奉ります」
色々と予想外のことはあったものの、北条家のお世継ぎ問題も無事終結の時を迎えたのであった。
夫婦関係は円満そのものであったが、子宝には恵まれなかった。
父の氏重は、再三氏元に側室を持つよう進言したが、氏元は亀への想いからそれを拒んだ。
一方で、氏吉のところは子宝に恵まれたため、「もしかしたら氏吉様のお子が、氏元様のお世継ぎになるかもしれない」との声が周囲から漏れ聞こえるようになっていた。
氏吉自身、そうなることを望んでいる節があったため、徐々に亀との関係は悪化していった。
そんな風に状況が変化していくなか、夫婦の執念、いや願いが通じたのか、結婚してから一六年、ついに嫡子たる氏勝が誕生した。この時氏元三九歳、亀三二歳。
だが喜んだのも束の間、氏勝は生まれつき体が弱く、無事成育できるのか危ぶまれていた。
当然周囲からは第二子誕生を望む声があがり、氏重を筆頭に側室論が再び浮上してくることになる。
初めは拒んでいた氏元であったが、子供の誕生によって心境に変化があったのか、とうとう側室を受け入れた。
そして誕生したのが夏である。
亀の心情に配慮し、夏親子の存在は厳重に秘匿されたのだが、それでも噂などは漏れ伝わるもので、ほどなく亀の知るところとなった。
激昂した亀は強硬手段も辞さぬ構えであったが、周囲の必死のとりなしや、氏重が夏親子の盾となったこともあって、ひとまず最悪の事態は避けられた。
だが、それも単なる時間稼ぎでしかなかった。
最大の障壁であった氏重が急死すると、亀はすぐさま行動を起こす。
報告を聞いた氏元は強い衝撃を受けたが、一方で亀をそこまで追い詰めてしまったことに責任を感じ、不問に付すことにした。
その後、小田原城内ではこの件を口にすることはタブーとされ、記憶の闇に葬り去られることになったのである。
「……相わかった。七松丸に問う。そなたは今幸せか?」
「はい。夏は幸せです」
あえて自分の名前を言い直すことで、「自分はあなたの子供ではないし、北条家の人間でもない」という意思を、氏元に示したのであった。
「……左様か」
その答えを聞いて安心したのか、それとも自嘲したのか、氏元は僅かに表情を緩ませた。そして改めて頭の中で状況を整理すると、熟考したうえで結論を出した。
「こたびの騒動について、私の考えを申し伝えておく。まず世継ぎのことについてだが、氏勝に万一のことがありし時は、重政の嫡男、重冬を跡目とする。騒動に関与した者たちへの処分は、十分に吟味したうえで沙汰を下す。高秀、至急江戸に使者を送り、氏吉に小田原へ来るよう申し伝えよ」
「はは」
「それと、七松丸は既にこの世にはいない。この世にいない者が世継ぎになれるはずがない。このこと、決して忘れぬように、よいな」
氏元は世継ぎ問題の終結を家臣たちに向かって言明すると、一呼吸おいて吉右衛門に弁明した。
「こたびの一件、全くもって私の不徳のいたす限りにございます。可及的速やかに領内の混乱を収め、今まで以上に良き政を行い、幕府・将軍家に忠義を尽くしますゆえ、何卒ご寛大なる処置を賜りますよう、お願い申し上げ奉ります」
氏元が平伏するのに合わせ、家臣たちも吉右衛門に向かって平伏した。
「面を上げられよ。今の私は一介の冒険者にすぎん。どう処するか決めるのは、将軍である秀時だ。……ただまぁ、これで落着したのであれば、その辺りを加味したうえで、秀時に意見を申し述べておこう」
「ご厚情、痛み入り奉ります」
色々と予想外のことはあったものの、北条家のお世継ぎ問題も無事終結の時を迎えたのであった。
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