上 下
36 / 86
第1章 北条家騒動

仁 vs 大道寺親子

しおりを挟む
 部屋では、直孝を中心に辰巳たちがずらりと座って、仁のことを待ち構えていた。

 仁は端に座る京平の姿をチラリと見てから、ゆっくりと腰を下ろした。

「火急のお呼びとのことでしたが、何を占えばよろしいでしょうか」

 呼ばれた理由が想像できていたせいか、しゃべり方がどこかわざとらしかった。

「生憎と占って欲しいことは何もない。単刀直入に聞こう、仁仙殿は江戸様の回し者か?」

 直孝のド直球な質問に対し、仁は大声で笑いながら否定した。

「何を申されるかと思えば。確かにそういった噂があることは存じておりましたが、荒唐無稽こうとうむけいなことゆえ、特に気にもとめませんでした。ご家老様は、そのような戯言ざれごとをお信じになるのですか?」

「噂のすべてを信じているわけではないが、火のないところに煙は立たぬとも言うからな。仁仙殿に怪しいところがあるのは否定できぬし、占いによって混乱が生じているのも事実だからな」

「これは手厳しい。しかし戯言とはいえ、誤解を招くような行いをしたのは不徳のいたす限り、謹んでお詫び申し上げます」

 仁は頭を下げ、早々に話の幕引きを図った。

「誤解か。では、あの者に見覚えはあるか?」

 直孝が京平のことを指差すと、仁は首を横に振った。

「ございません」

「そうか。いや、実はな、あの者が『自分は仁仙殿の手下であり、占いどおりに事が運ぶように裏で動いていた。そして仁仙殿は、氏吉様から密命を受け、河越へとやって来た』と、申しておるのだ」

 直孝は話しながら仁の様子をうかがっていたが、特に動揺したり、焦りを示すような仕草は見られなかった。

「それこそ戯言にございます。お答えしたように、私はあの者のことを存じ上げませぬ。ゆえに、今ご家老様が申し上げられたことは、全くのでたらめであると言わざるを得ません」

「でたらめだと申すが、そんなことを言って、あの者になんの益があるのだ?」

「金品を得ることができるやもしれません。自らの口でこのようなことを言うのもなんなのですが、草月院様が私に絶大なる信頼をお寄せになっていることを、苦々しく思っておられる方が城内にはいらっしゃいます。もしかするとあの者は、その誰かから金品を受け取り、私を陥れるために、ご家老様にでたらめを申し上げたのかもしれません」

 そう言って、仁は直道に視線を向けた。

「貴様! 某がでっち上げたと申すか!」

 直道は怒号を上げながら、感情の赴くままに立ち上がった。

「落ち着け直道」

 直孝は直道の左腕をグッと掴むと、力強く引っ張って強引に座らせた。

 それを見て、仁は挑発するような口調で言い放った。

「私は直道殿だとは一言も申しておりませぬ。それとも、何か心当たりがおありなのでしょうか?」

 直道は噛みつかんばかりの顔つきでにらみつけたが、仁は平然と話を続けた。

「冗談ですよ。そうお怒りにならないでください」

 ここまでは完全に仁のペースである。

 だが、その辺のことは直孝も想定済みだ。

「両人ともその位にしておけ。仁仙殿、いたずらに愚息ぐそくのことを煽らないでいただきたい」

「失礼をいたしました」

「話を戻そう。あの者は、名を京平と申すのだが、どのような経緯で儂のところへやって来たのか、その辺りのことを説明しておこう。ところで、仁仙殿はそこにいる者が誰か、存じておるかな?」

 直孝が夏のことを指差すと、仁は首を横に振った。

「いいえ、存じ上げませぬが、どなたでございましょうか?」

「夏といってな、娘の友人なんだ。誰からも好かれる良い子なのだが、近ごろ何者かに狙われていてな、先刻も悪漢どもに襲われたそうなのだ。幸いにして怪我はなかったのだが、それは京平殿が身を挺して守ってくれたからだという。で、娘がお礼を含めて色々と話をしたところ、先ほどの話が出てきたというわけだ。娘の大切な友人を助けてくれた人の話ゆえ無下にはできず、こうして仁仙殿を呼んで確認することにしたのだ」

 それは遠回しに「自分は既におおよその事情を把握しているし、京平の言ったことも事実だと思っている。だから否定しても無駄だぞ」と、脅しに近いことを言っているのではないか、そう仁は思った。

 実際、重臣であり、公明正大なことで知られる直孝が事実認定したとなれば、異を唱えられる確率は低く、京平の証言が、仁たちが氏元の謀に関与している証拠として、認められることになる。

「もしかするとご家老は、俺に自白を促しているのかな。……確かに、状況的にはだいぶ追い詰められてる。けど、もう少しくらい悪あがきができるだろう」そう仁は心の中でつぶやくと、草月院に責任をなすりつける方向へ話を持っていくことにした。

「……それで、ご家老様は私をどうするおつもりでしょうか? 占いによって家中を混乱させた罪で、処断なさいますか? 私はただ、草月院様と、お家のことを思って占っただけにございます。その結果として、家中に混乱が生じたのであれば、申し訳ないことでございます。ですが、あくまでも私は助言等を行っただけであり、最終的なご判断は、すべて草月院様がなさいました。その辺りのことは、ご家老様であれば重々承知のことと思いますが、改めてその点をご考慮いただけますと、幸いにございます」

 要するに責任は草月院にあって、自分にはない。もし自分が処断されるのであれば、当然草月院も処断されるはずであると、仁はやや芝居がかった口調で訴えたのだ。

 まさに悪あがきのような主張であったが、直孝はそれを無視するかのように、予想外の答えを仁に提示した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

辺境領主になった俺は、極上のスローライフを約束する~無限の現代知識チートで世界を塗り替える~

昼から山猫
ファンタジー
突然、交通事故で命を落とした俺は、気づけば剣と魔法が支配する異世界に転生していた。 前世で培った現代知識(チート)を武器に、しかも見知らぬ領地の弱小貴族として新たな人生をスタートすることに。 ところが、この世界には数々の危機や差別、さらに魔物の脅威が山積みだった。 俺は「もっと楽しく、もっと快適に暮らしたい!」という欲望丸出しのモチベーションで、片っ端から問題を解決していく。 領地改革はもちろん、出会う仲間たちの支援に恋愛にと、あっという間に忙しい毎日。 その中で、気づけば俺はこの世界にとって欠かせない存在になっていく。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...