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第1章 北条家騒動

仁仙とは何者か?

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 辰巳たちが大道寺家で話し合いを行っている時、当の占い師は、河越城内の一室で草月院のことを占っていた。

「すたんぶびょうりんしちくりとっ!」

 錦の袈裟けさを身にまとった禿頭の占い師は、呪文のような言葉を発すると、手に持った十数本の箸を上に向かって勢いよく投げた。そして畳の上に散らばった箸をじっと見つめると、「うん」と一言つぶやき、草月院の前に腰を下ろした。

「占いの結果が出ました。草月院様が失くされたべっ甲のくしは、台所の水瓶の中にございます」

「仁仙殿助かりました。これ、すぐに台所の水瓶を確認してきなさい」

 草月院の命を受け、女中の一人が部屋を出ていった。

「それでは、私めもこれにて」

 占い師は自室に戻ると、煙草盆たばこぼんを用意して、気持ち良さそうに煙管きせるを吸い始めた。

「いい天気だ」

 空を眺めながらのんびりプカプカ吸っていると、廊下から足音が聞こえてきた。

「失礼いたします」

 部屋に入ってきたのは、先ほど水瓶を確認しにいった女中だ。

「どうだった?」

「櫛は無事に見つかり、草月院様は大変にお喜びでした」

「そうか」

「それと、直道たちに不穏な動きがあり、強硬な手段に出る可能性があるとのことです」

 城内の噂どおり、仁仙は氏吉側の人間であった。

 仁仙こと、風見仁かざみじんは伝統ある風見忍者隊の首領である。かつては北条家に仕えていたが、仁が生まれる前に暇を出された。その後は探偵業のようなことをしながら、再び城仕えすることを目指していたが、よそに引き抜かれる者や辞める者が相次ぐなど、忍者隊は衰退の一途をたどる。

 それでも首領の座を継いだ当初、仁は忍者隊再建に意欲を見せていた。が、意欲とは裏腹に再建の糸口を掴むことはできず、数年の時を経て、その熱意はすっかり失われていた。

 そんなある日、仁は居酒屋で北条家に恨みを持つ老人と出会い意気投合。そこで占いによるお家乗っ取り計画の誘いを受ける。その計画とは、信心深いことで知られる草月院を占いにのめり込ませ、信頼を勝ち取ったところで、老人の息がかかった人物を城主に据えなければお家が滅ぶと占い、お家を乗っ取ろうというものであった。

 いささか無理のある計画ではあったが、仁はその誘いに乗った。成功したら忍者隊を河越城で召し抱えるという約束に加え、仮に乗っ取りが成功しなくても、そういう騒動自体が北条家への嫌がらせになるだろうという考えがあったからだ。

 もっとも、老人のことを完全に信用していたわけではなく、その後配下の忍者たちを使って、氏吉が裏で糸を引いていることや、その狙いがなんであるかをしっかりと掴んでいた。

「そうか」

 平然としている仁に対し、女中は不安を隠せずにいた。
 お家乗っ取り計画は今のところ順調に進んでいるが、一方で仁仙に対する反発も、目に見えて高まっていたのだ。

「お頭、熊木様に頼んで、直道たちを抑え込んでもらってはどうでしょうか」

「無駄だ。熊木が俺を擁護しているのは、直孝への対抗心から。直道が問題を起こせば、直孝も責任を免れないのだから、奴にとっては万々歳だろう。抑え込むどころか、けしかけるかもしれないぞ」

「……では、氏吉様に頼んでみては」

「似たようなものだ。氏吉様が望むのは河越城内での混乱なのだから、それを抑えるようなことはしない。そもそも向こうからすれば、裏で糸を引いているなんてことは、河越はもとより、俺らにもバレちゃいけないんだよ。実際、俺らだって調べたからわかったわけだからさ。むしろ頼ったりしたら、バレたことがわかって、口封じのために俺らを消しに来るかもしれないぞ」

「そんな……」

 先ほど以上に女中の顔が暗くなった。

 そこへ仁は追い打ちをかける。

「加えて言えば、この件に氏吉様が関わっているという決定的な証拠は、今のところない。もし仮に、俺が小田原の氏元様にこの件を訴えたとしても、証拠がなければまともに取り合ってはもらえんだろう。それどころか、北条家に混乱を巻き起こした極悪人として、首をはねられるかもしれないな。だから、助けなければ氏元様に全部バラすぞなんていう風に、氏吉様に脅しをかけることもできない」

「……」

 当然のように、女中の顔はさらに暗くなった。

「……少しばかり不安を煽りすぎたか。安心しろ、ちゃんと策は講じてある」

「本当ですか!」

 女中の顔が一気に明るくなる。

「でなきゃ、こうやって煙草をくゆらせてられないよ。……さて、あのことを氏吉様が知ったら、一体どんな顔をするだろうねぇ」

 仁は不敵な笑みを浮かべながら、煙管を吸った。
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