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第1章 北条家騒動
庶民とお城の金銭問題
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「どうもぉ、今戻りましたぁ」
「ユノウさん、羽田さん、お帰りなさい」
「無事、金は手に入ったぞ。ほら、受け取りなさい」
吉右衛門は懐から金の入った袋を取り出し、咲に向かって差し出した。
「ありがとうございます。このご恩は、一生忘れません」
咲はお金を受け取ると、感謝の気持ちを込めるように深々と頭を下げた。
「次にあいつらが来ても、ひとまずこれで凌げるだろう」
「ちょ、ちょっと咲、何かあったの?」
二人のやり取りを見るや、奈々はすぐさま問いただした。
「……ちょっとね。でも、もう大丈夫だから」
奈々は言葉の感じから、「これは大丈夫じゃないな」と察すると同時に、長い付き合いから、「咲に聞いてもはぐらかされるだけだろうなぁ」と考え、ここは吉右衛門に事情を尋ねることにした。
「初めまして。私は河越城家老大道寺直孝が娘、大道寺奈々と申します。咲の親友として事情をお伺いしたいのですが、お教え願えませんでしょうか?」
「ふむ……」
吉右衛門は咲の反応を見たが、「話さないで」というような素振りは特に示さなかったので、奈々に事情を説明することにした。
「……親友であれば、教えないわけにはいかないな。これは昨日のことだが、ガラの悪い連中がこの店へ借金の取り立てにやって来てな。金が払えなければ夏殿を連れていくなどと、物騒な物言いをしておったので、思わず間に入ったのだ。まぁ、その時は辰巳殿が紙魔法で追っ払ってくれたおかげで、事なきを得たのだが、どうやら質の悪い金貸しらしくてな、念のために今月分の払いを用意してやることにしたのだ」
お金を用意するという話を聞いて、何か裏があるのではないかと勘繰ったのか、奈々は怪訝な顔つきになる。
それを見て、吉右衛門はすぐに奈々の心中を察した。
「……無論、これは私がお節介で勝手にやってることだから、返せなどという無粋なことは言わないし、それによって咲殿たちから何かを得ようなどとも思ってはいない。だから、そんな怖い顔をしなくても大丈夫だ」
「……すいません」
奈々は感情が表に出やすいタイプだった。
「申し遅れたが、私は冒険者の羽田吉右衛門だ」
話を聞き終えると、奈々は険しい表情で咲の顔を見た。
「全然大丈夫じゃないじゃない。質の悪い金貸しってどこ?」
「『上狂屋』」
「また面倒なところに……。あそこの評判は咲だって知らないはずないでしょ! なんでそんなところから借りたの」
奈々の声は若干の怒気をはらんでいた。
「借りてないよ。『南雲屋』で借りたの。それで知らないうちに、借金の証文が『上狂屋』にいっちゃってたの。あんなところから借りるわけないでしょ」
奈々の言い方が気に障ったのか、咲は少し強めの口調で言い返した。
ちなみに「南雲屋」とは、文の話にも出てきた呉服屋の屋号である。
「だよね。……じゃあ、突然「これからはうちに借金を払ってくれ」って言ってきたの?」
「そんな感じかな。まったく、利子は跳ね上がるし、税金もバカ高くなる。もう、うんざりだよ」
咲は思わず愚痴をこぼした。
「税金がバカ高い? 咲殿、それは本当の話か?」
行政に携わっていたがゆえか、税金の話が聞こえてきた途端、吉右衛門の顔から笑みが消えた。
「本当本当。三ヶ月くらい前から急に色々と税金が上がり始めて、倍近く上がったやつもあったかな」
「河越では、このように税金が上がることはよくあるのか?」
「多少上がることはあったけど、こんな風に色んなものが一気に上がるのは初めてかな」
「その理由はわかるか?」
「さぁ? お殿様の浪費が原因なんていう噂もあるけど、詳しいことは庶民にはわかりません」
咲はそう言って、奈々の顔を見た。
「……」
奈々は何も答えなかったが、その顔は明らかに曇っており、心当たりがあることは明白だった。
「奈々殿、心当たりがあるのであれば、話してもらえないだろうか」
奈々は吉右衛門の圧に負けた。
「……はぁ、正直に言って、城の内情をお話しするのは気が進まないんですけど、仕方ありませんね。あれは半年ほど前のこと、城主北条重政様のご生母である草月院様が、仁仙という占い師を城に招いたのが、そもそもの始まりでした。草月院様は大変に信心深いお方で、これまでにも占い師や祈祷師を城に招くことがありましたので、『またか』といった感じで、その時は誰も気にはしませんでした。そのうちに、仁仙は草月院様の信頼を得るようになり、お家繁栄のためと称して、様々なものに金箔を施したり、各地から珍品や宝物を集めたり、大規模な酒宴を催したりするようになっていったのです」
「なるほど。つまり、その占い師の浪費によって、城の財政が悪化し、増税ということになったのか。けしからん話だな。……しかし、重政公は名君だとの評判であるが、なにゆえそのような振る舞いを許したのだ」
「おっしゃられるとおり、重政様は領民思いの立派なお方です。ただ、同時にとても母親思いの方でして、草月院様絡みのこととなるとなんとも……。父も、重政様に何度も諫言したのですが……」
「聞き入れられずか」
「はい……。加えて最近では、父に反感を抱く者たちが仁仙を擁護して、城内が二派に分裂しつつあるとも聞いています」
状況の深刻さを表すように、話している奈々の表情はとても暗い。
「話を聞く限りでは、仁仙という占い師がすべての原因のようだな」
「そのとおりです。もちろん、私たちもただ手をこまねいているわけではありません。今、兄を含めた若い家臣を中心に、色々と対抗する策を巡らせているところなんです」
「なるほど、相わかった。その企て、私も力を貸そう」
「あ、ありがとうございます」
吉右衛門の言葉には抗うことができない独特の力強さがあり、奈々は考える間もなくその申し出を受け入れた。
「それと申し訳ないが、辰巳殿、ユノウ殿。貴殿らも力を貸してもらえないだろうか」
一応お願いではあったものの、言葉の力強さに加え、場の空気的にも拒否できるような感じではなかった。
「は、はい」
「……もちろん、いいですよ」
言われるがまま、辰巳とユノウも北条家家中の問題に関わることとなってしまった。
「ユノウさん、羽田さん、お帰りなさい」
「無事、金は手に入ったぞ。ほら、受け取りなさい」
吉右衛門は懐から金の入った袋を取り出し、咲に向かって差し出した。
「ありがとうございます。このご恩は、一生忘れません」
咲はお金を受け取ると、感謝の気持ちを込めるように深々と頭を下げた。
「次にあいつらが来ても、ひとまずこれで凌げるだろう」
「ちょ、ちょっと咲、何かあったの?」
二人のやり取りを見るや、奈々はすぐさま問いただした。
「……ちょっとね。でも、もう大丈夫だから」
奈々は言葉の感じから、「これは大丈夫じゃないな」と察すると同時に、長い付き合いから、「咲に聞いてもはぐらかされるだけだろうなぁ」と考え、ここは吉右衛門に事情を尋ねることにした。
「初めまして。私は河越城家老大道寺直孝が娘、大道寺奈々と申します。咲の親友として事情をお伺いしたいのですが、お教え願えませんでしょうか?」
「ふむ……」
吉右衛門は咲の反応を見たが、「話さないで」というような素振りは特に示さなかったので、奈々に事情を説明することにした。
「……親友であれば、教えないわけにはいかないな。これは昨日のことだが、ガラの悪い連中がこの店へ借金の取り立てにやって来てな。金が払えなければ夏殿を連れていくなどと、物騒な物言いをしておったので、思わず間に入ったのだ。まぁ、その時は辰巳殿が紙魔法で追っ払ってくれたおかげで、事なきを得たのだが、どうやら質の悪い金貸しらしくてな、念のために今月分の払いを用意してやることにしたのだ」
お金を用意するという話を聞いて、何か裏があるのではないかと勘繰ったのか、奈々は怪訝な顔つきになる。
それを見て、吉右衛門はすぐに奈々の心中を察した。
「……無論、これは私がお節介で勝手にやってることだから、返せなどという無粋なことは言わないし、それによって咲殿たちから何かを得ようなどとも思ってはいない。だから、そんな怖い顔をしなくても大丈夫だ」
「……すいません」
奈々は感情が表に出やすいタイプだった。
「申し遅れたが、私は冒険者の羽田吉右衛門だ」
話を聞き終えると、奈々は険しい表情で咲の顔を見た。
「全然大丈夫じゃないじゃない。質の悪い金貸しってどこ?」
「『上狂屋』」
「また面倒なところに……。あそこの評判は咲だって知らないはずないでしょ! なんでそんなところから借りたの」
奈々の声は若干の怒気をはらんでいた。
「借りてないよ。『南雲屋』で借りたの。それで知らないうちに、借金の証文が『上狂屋』にいっちゃってたの。あんなところから借りるわけないでしょ」
奈々の言い方が気に障ったのか、咲は少し強めの口調で言い返した。
ちなみに「南雲屋」とは、文の話にも出てきた呉服屋の屋号である。
「だよね。……じゃあ、突然「これからはうちに借金を払ってくれ」って言ってきたの?」
「そんな感じかな。まったく、利子は跳ね上がるし、税金もバカ高くなる。もう、うんざりだよ」
咲は思わず愚痴をこぼした。
「税金がバカ高い? 咲殿、それは本当の話か?」
行政に携わっていたがゆえか、税金の話が聞こえてきた途端、吉右衛門の顔から笑みが消えた。
「本当本当。三ヶ月くらい前から急に色々と税金が上がり始めて、倍近く上がったやつもあったかな」
「河越では、このように税金が上がることはよくあるのか?」
「多少上がることはあったけど、こんな風に色んなものが一気に上がるのは初めてかな」
「その理由はわかるか?」
「さぁ? お殿様の浪費が原因なんていう噂もあるけど、詳しいことは庶民にはわかりません」
咲はそう言って、奈々の顔を見た。
「……」
奈々は何も答えなかったが、その顔は明らかに曇っており、心当たりがあることは明白だった。
「奈々殿、心当たりがあるのであれば、話してもらえないだろうか」
奈々は吉右衛門の圧に負けた。
「……はぁ、正直に言って、城の内情をお話しするのは気が進まないんですけど、仕方ありませんね。あれは半年ほど前のこと、城主北条重政様のご生母である草月院様が、仁仙という占い師を城に招いたのが、そもそもの始まりでした。草月院様は大変に信心深いお方で、これまでにも占い師や祈祷師を城に招くことがありましたので、『またか』といった感じで、その時は誰も気にはしませんでした。そのうちに、仁仙は草月院様の信頼を得るようになり、お家繁栄のためと称して、様々なものに金箔を施したり、各地から珍品や宝物を集めたり、大規模な酒宴を催したりするようになっていったのです」
「なるほど。つまり、その占い師の浪費によって、城の財政が悪化し、増税ということになったのか。けしからん話だな。……しかし、重政公は名君だとの評判であるが、なにゆえそのような振る舞いを許したのだ」
「おっしゃられるとおり、重政様は領民思いの立派なお方です。ただ、同時にとても母親思いの方でして、草月院様絡みのこととなるとなんとも……。父も、重政様に何度も諫言したのですが……」
「聞き入れられずか」
「はい……。加えて最近では、父に反感を抱く者たちが仁仙を擁護して、城内が二派に分裂しつつあるとも聞いています」
状況の深刻さを表すように、話している奈々の表情はとても暗い。
「話を聞く限りでは、仁仙という占い師がすべての原因のようだな」
「そのとおりです。もちろん、私たちもただ手をこまねいているわけではありません。今、兄を含めた若い家臣を中心に、色々と対抗する策を巡らせているところなんです」
「なるほど、相わかった。その企て、私も力を貸そう」
「あ、ありがとうございます」
吉右衛門の言葉には抗うことができない独特の力強さがあり、奈々は考える間もなくその申し出を受け入れた。
「それと申し訳ないが、辰巳殿、ユノウ殿。貴殿らも力を貸してもらえないだろうか」
一応お願いではあったものの、言葉の力強さに加え、場の空気的にも拒否できるような感じではなかった。
「は、はい」
「……もちろん、いいですよ」
言われるがまま、辰巳とユノウも北条家家中の問題に関わることとなってしまった。
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