9 / 86
第1章 北条家騒動
初めての倭食
しおりを挟む
「で、このあとどうするの?」
お茶を一口飲んだ辰巳は、今後の予定についてユノウに尋ねた。
「とりあえず、冒険者依頼処へ行って現金を手に入れましょう」
辰巳はもちろんだが、ユノウも倭国のお金は持っていなかった。
「手に入れるって、依頼でも受けるの?」
「それだと時間がかかるんで、手っ取り早く素材を売っちゃいます。幸い、昔獲ったやつがいくつかこの中に入っているんで」
ユノウはレッグポーチを指さした。
「昔って、それ状態とか大丈夫なの?」
ユノウが異世界から転送されたのは幕末の頃であり、少なくとも地球時間で一六〇年近い年月が経過していることになる。
「大丈夫です。これは凄腕の職人がこしらえた逸品ですから、その辺に抜かりはありません。そうだ……」
何か思いついたのか、ユノウはレッグポーチの中から扇型に切られた黄色いスイカを取り出した。
「辰巳さん、ちょっとこのスイカ食べてみてください」
「え、嫌だよ。だって、流れ的に絶対古いスイカじゃん」
辰巳はあからさまに嫌そうな顔をした。
「まぁ、そうなんですけど。品質は全く問題ないです。よく見てください、鮮度抜群じゃないですか」
ユノウが断言するように、眼前のスイカはみずみずしさが一切損なわれておらず、甘い香りも漂っていた。
「じゃあ、ユノウが食べればいいじゃん」
「それじゃおもしろ……確認にならないじゃないですか。ほら、どうぞ」
ユノウはグッとスイカを前に出した。
「……わかったよ。食べればいいんでしょ、食べれば」
辰巳は半信半疑な様子でスイカを受け取ると、恐る恐る口に運んだ。
「……甘い」
「でしょ。これ、去年千葉をドライブした時に買ったんですよ」
「去年かぁ、もっと昔のやつかと思ったよ」
一口食べて大丈夫だと判断したのか、辰巳はなんのためらいもなく二口目を食べた。
「食品系は食べちゃうんで、そんなに昔のものはないですよ。ワインやチーズにしても、状態が変わらないんで、月日が経っても熟成されませんから、取っておく意味があまりないんです」
「なるほどねぇ」
辰巳がスイカをかじっていると、台所から夏と文が料理を盆に載せてやって来た。
「お待たせしました」
文は味噌が塗られた大きな焼きおにぎりにたくあんが添えられた皿を、夏は汁物の入った椀と箸を、長椅子の上に置いた。
「これ、さっき採ってきたキノコを使ったお味噌汁です。お口に合うかどうかわかりませんけど、どうぞ召し上がってください」
「美味しそう。いただきます」
ユノウはズズズっとキノコの味噌汁を口に流し込んだ。
「はぁあ、美味しい」
その横で、辰巳は美味しそうにおにぎりを頬張っている。
「このおにぎりもとってもうまいよ」
森の中を動き回って空腹だったことに加え、作った当人がいるということもあってか、二人とも少しオーバー気味に感想を口にした。
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
夏は嬉しそうに頬を緩ませながら、文と一緒に台所へと引っ込んだ。
「おにぎりに味噌汁、味を含めて完全に和食だな」
辰巳は味噌汁をすすりながら、ユノウが言った“倭国は異世界版日本”という言葉の意味を、改めて実感していた。
一方で、ユノウは辰巳が発した“完全に和食だな”という言葉と、美味しそうに食べる顔を見て安心していた。
食べ物の合う合わないは、メンタルに大きな影響を及ぼす重大事項であり、また時が経てば経つほど故郷の味が恋しくなるもので、それもメンタルに影響を及ぼす恐れがあった。
ゆえに、ユノウは倭国の食事に対する辰巳のリアクションを見て、安心したのだ。
「やっぱり、おにぎりにたくわんは合いますね」
「うまいけど、これなんていうキノコなんだろう?」
用意された料理をあっという間にたいらげた二人は、満足げな表情を浮かべながら食後のひと時を過ごしていた。
「……冒険者になってみようかな」
お茶をすすりながら、辰巳は唐突にそんなことを言い出した。
「冒険者? 辰巳さんがですか?」
「なんか、こういう世界だとそっちの方が良さそうじゃん」
自身にチートのような能力があることがわかり、辰巳は異世界ではお馴染みの“冒険者”という職業に強い関心を抱いていた。
同時にそれは、この世界で生活していくことに対して、辰巳が前向きに捉え始めているということを意味していた。
「……確かに、辰巳さんの紙魔法なら冒険者としてもやっていけるかもしれません。最悪、あたしがサポートすれば良いわけだし……」
ユノウは巻き込んでしまったお詫びとして、元の世界に戻る方法を見つけ出すことと、この世界での生活をサポートすることを、辰巳に対して約束していた。
「それで、冒険者になるにはどうしたらいいの? 冒険者依頼処っていう場所で登録すればなれるの?」
「なれるというか、登録した方が仕事はしやすいですね。依頼を見つけやすいですし、報酬の未払いなどのトラブルも基本ないですから。芸人でも、事務所や協会に所属していた方が仕事をしやすいじゃないですか、それと同じようなものです」
「なるほど、だったら登録しちゃおう」
辰巳は残ったお茶をグイっと飲み干した。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
二人は夏と文に挨拶をすると、店を出て冒険者依頼処へと向かった。
お茶を一口飲んだ辰巳は、今後の予定についてユノウに尋ねた。
「とりあえず、冒険者依頼処へ行って現金を手に入れましょう」
辰巳はもちろんだが、ユノウも倭国のお金は持っていなかった。
「手に入れるって、依頼でも受けるの?」
「それだと時間がかかるんで、手っ取り早く素材を売っちゃいます。幸い、昔獲ったやつがいくつかこの中に入っているんで」
ユノウはレッグポーチを指さした。
「昔って、それ状態とか大丈夫なの?」
ユノウが異世界から転送されたのは幕末の頃であり、少なくとも地球時間で一六〇年近い年月が経過していることになる。
「大丈夫です。これは凄腕の職人がこしらえた逸品ですから、その辺に抜かりはありません。そうだ……」
何か思いついたのか、ユノウはレッグポーチの中から扇型に切られた黄色いスイカを取り出した。
「辰巳さん、ちょっとこのスイカ食べてみてください」
「え、嫌だよ。だって、流れ的に絶対古いスイカじゃん」
辰巳はあからさまに嫌そうな顔をした。
「まぁ、そうなんですけど。品質は全く問題ないです。よく見てください、鮮度抜群じゃないですか」
ユノウが断言するように、眼前のスイカはみずみずしさが一切損なわれておらず、甘い香りも漂っていた。
「じゃあ、ユノウが食べればいいじゃん」
「それじゃおもしろ……確認にならないじゃないですか。ほら、どうぞ」
ユノウはグッとスイカを前に出した。
「……わかったよ。食べればいいんでしょ、食べれば」
辰巳は半信半疑な様子でスイカを受け取ると、恐る恐る口に運んだ。
「……甘い」
「でしょ。これ、去年千葉をドライブした時に買ったんですよ」
「去年かぁ、もっと昔のやつかと思ったよ」
一口食べて大丈夫だと判断したのか、辰巳はなんのためらいもなく二口目を食べた。
「食品系は食べちゃうんで、そんなに昔のものはないですよ。ワインやチーズにしても、状態が変わらないんで、月日が経っても熟成されませんから、取っておく意味があまりないんです」
「なるほどねぇ」
辰巳がスイカをかじっていると、台所から夏と文が料理を盆に載せてやって来た。
「お待たせしました」
文は味噌が塗られた大きな焼きおにぎりにたくあんが添えられた皿を、夏は汁物の入った椀と箸を、長椅子の上に置いた。
「これ、さっき採ってきたキノコを使ったお味噌汁です。お口に合うかどうかわかりませんけど、どうぞ召し上がってください」
「美味しそう。いただきます」
ユノウはズズズっとキノコの味噌汁を口に流し込んだ。
「はぁあ、美味しい」
その横で、辰巳は美味しそうにおにぎりを頬張っている。
「このおにぎりもとってもうまいよ」
森の中を動き回って空腹だったことに加え、作った当人がいるということもあってか、二人とも少しオーバー気味に感想を口にした。
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
夏は嬉しそうに頬を緩ませながら、文と一緒に台所へと引っ込んだ。
「おにぎりに味噌汁、味を含めて完全に和食だな」
辰巳は味噌汁をすすりながら、ユノウが言った“倭国は異世界版日本”という言葉の意味を、改めて実感していた。
一方で、ユノウは辰巳が発した“完全に和食だな”という言葉と、美味しそうに食べる顔を見て安心していた。
食べ物の合う合わないは、メンタルに大きな影響を及ぼす重大事項であり、また時が経てば経つほど故郷の味が恋しくなるもので、それもメンタルに影響を及ぼす恐れがあった。
ゆえに、ユノウは倭国の食事に対する辰巳のリアクションを見て、安心したのだ。
「やっぱり、おにぎりにたくわんは合いますね」
「うまいけど、これなんていうキノコなんだろう?」
用意された料理をあっという間にたいらげた二人は、満足げな表情を浮かべながら食後のひと時を過ごしていた。
「……冒険者になってみようかな」
お茶をすすりながら、辰巳は唐突にそんなことを言い出した。
「冒険者? 辰巳さんがですか?」
「なんか、こういう世界だとそっちの方が良さそうじゃん」
自身にチートのような能力があることがわかり、辰巳は異世界ではお馴染みの“冒険者”という職業に強い関心を抱いていた。
同時にそれは、この世界で生活していくことに対して、辰巳が前向きに捉え始めているということを意味していた。
「……確かに、辰巳さんの紙魔法なら冒険者としてもやっていけるかもしれません。最悪、あたしがサポートすれば良いわけだし……」
ユノウは巻き込んでしまったお詫びとして、元の世界に戻る方法を見つけ出すことと、この世界での生活をサポートすることを、辰巳に対して約束していた。
「それで、冒険者になるにはどうしたらいいの? 冒険者依頼処っていう場所で登録すればなれるの?」
「なれるというか、登録した方が仕事はしやすいですね。依頼を見つけやすいですし、報酬の未払いなどのトラブルも基本ないですから。芸人でも、事務所や協会に所属していた方が仕事をしやすいじゃないですか、それと同じようなものです」
「なるほど、だったら登録しちゃおう」
辰巳は残ったお茶をグイっと飲み干した。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
二人は夏と文に挨拶をすると、店を出て冒険者依頼処へと向かった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。
性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる