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第1章 北条家騒動

もしかして陰陽師?

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「なんだったんだ、あれ……」

 ポカンとする辰巳。

「辰巳さんって、陰陽師でもあったんですね」

 夏が興奮気味に話しかけてきた。

「え、陰陽師? 俺が? なんで?」

「今出てきた鎧武者って、式神ですよね」

「あー」

 言われて合点がてんがいった。

 陰陽師といえば、人型に切った紙に術をかけて、様々な式神を呼び出しているイメージがある。
 辰巳がやったことを振り返ってみると、騎馬武者の形に切った紙を左手に持ち、右手で気を送るような仕草をして、「出ろ」と強く念じたら騎馬武者が姿を現した。
 見た目だけで言えば、陰陽師が式神を呼び出している姿に見えなくもない。

「陰陽師ねぇ……」

 無論辰巳は根っからの紙切り芸人であって陰陽師ではない。当然ながら陰陽道に関する知識など全くないのだが、「異世界へ連れて行かれた場合、魔法の力や謎のスキルを与えられがち」という異世界作品あるあるが頭に浮かび、もしかしたらと思い始めていた。

「一体何をやったんですか?」

 ユノウがモクメザリガニを回収し終えて戻ってきた。

「俺、陰陽師になったかもしれないよ」

「は? どういうことですか?」

「実は……」

 辰巳は騎馬武者が現れた経緯を簡単に説明した。

「……それたぶん、切った紙を具現化する魔法が使えるっていうだけで、陰陽師じゃないと思いますよ。そもそも、陰陽師に関すること何もしてないじゃないですか」

「確かに、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう的な呪文は全く言っていない。けど、紙を具現化するような魔法なんてあるの?」

「正直に言えば、そんなマニアックな魔法聞いたことないです。けど、魔法って簡単に言えばイメージの具現化なんで、紙で表現したイメージを具現化できたとしても、不思議ではないです。試しに、何か一枚切ってみたらどうですか」

 辰巳はユノウの言葉にうなずくと、もう一枚紙を切り始めた。

 先ほどとは違い、無言でパパっと切り上げたのは、傘を持つ女性と、そこへ一緒に入る男性とで表現した相合傘。
 辰巳は切り上がった紙を右手で持つと、強く念じながら叫んだ。

「出でよ、相合傘」

 すると、その言葉に呼応するように相合傘の紙がスーッと消え、同時に和傘を持った和服姿の女性と、そこへ一緒に入る和服姿の男性が姿を現した。

「オヤッ、こんつわ~。お兄さんがせつたちを呼んだんでげすか?」

 和服姿の男性が辰巳に声をかけた。どことなくお調子者そうな雰囲気が漂っている。

「そうです」

 一度このくだりを経験していることもあって、辰巳は落ち着いた様子で返答した。

「それで、ご用件は何でありましょうか?」

「特にないです」

 辰巳は迷いなく返答した。

「特にない……では、これにて失礼をば」

 男女は一瞬顔を見合わせたが、特に文句を言うこともなくそのまま姿を消した。

「やっぱり陰陽師じゃないですね。言うなれば、紙属性の召喚魔法って感じですかね」

 ユノウは改めて断言した。

「紙属性? そんな属性あるの?」

「ある……んじゃないですかね」

「いやいや。言い方が“ない”感じじゃん」

 辰巳は思わずツッコミを入れた。

「正直、聞いたことはないですよ。さっきも言いましたけど、魔法はイメージが重要なんです。火や水、風なんかはなんとなくイメージできると思うんですけど、例えば“ファイアーカッター“や“ウォーターカッター”っていう技名で魔法を出そうとしたら、なんとなくそれっぽいイメージが頭に浮かんでくると思います。けど“ペーパーカッター”だと、真っ先に思い浮かぶのは文房具屋で売っているあのカッターですよ。紙で切るんじゃなくて、紙を切るものがイメージされちゃうんです。他にも紙だとイメージしにくかったり、強そうじゃなかったりするんで、誰も試してみようとはしないんですよ。まぁ、もしかしたらあたしが知らないだけで、描いた絵を具現化させるみたいな魔法を使っている人がいるかもしれないですけど。……いずれにせよ、紙属性の召喚魔法って考えるのが、一番しっくりきます」

 いささか偏見が混じった意見ではあったものの、辰巳としては魔法を使えることがわかっただけで十分であった。 
 しかも、切った紙を具現化するという、紙切り芸人としての才能を遺憾なく発揮することのできる能力に、思わず顔がほころぶ。

「あ、夏さん。俺、陰陽師じゃなくて紙魔法の使い手です」

 心なしか声も弾んでいた。

「紙魔法……初めて聞きました」

「ええ。だからよく陰陽師と間違われるんです」

「そうなんですか」

 笑顔で夏と話す辰巳を見て、ユノウは少しほっとしていた。

「……良かった。あれだけすごい力があれば、メンタルもなんとかもちそう」

 異世界に飛ばされた時、不安や怖さなどでメンタルがどういう状況に陥るか、そして魔法にしろ道具にしろ、何かしらの力が使えることがどれだけ心の支えになるかということを、ユノウは身に染みて理解していた。

 ちなみに、ユノウの心の支えとなったのはレッグポーチであり、もし能力が失われていたら、不安などに押しつぶされて自暴自棄になっていたかもしれない。

 それゆえ、異世界に来た拍子に、辰巳が何かしらの力を手にしてくれていたら良いなと、祈りにも似た気持ちを抱いていた。

 そして理想を言えば、メンタルとのバランスから考えて、強すぎるくらいの力があれば良いなとも思っていたが、辰巳が示した能力はその理想に合致するものであった。実際、辰巳の心中で生じ始めていた不安感は、チートとも思える強い能力を手にした高揚感によって、すっかりかき消されていた。

「……あとは、寂しくないように、あたしがちゃあんと話し相手になってあげないとね」

 適当そうに見えて、ユノウは辰巳に対して色々と心を砕いていたのだった。

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