よもやまメモ噺

いんじんリュウキ

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江戸城弁当問題噺

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 江戸で1日3食の食生活が定着したのは1657年の明暦の大火後のことで、これ以降庶民を含めて昼食をとる習慣が定着していったという。

 江戸庶民は屋台や飯屋などで昼食を済ませることができたが、江戸城で働いている役人たちは気軽に外食や出前をとることはできない。

 なので彼らは弁当持参で出勤したのだが、なかには余分の弁当を持ってきて上司に振舞う者がいたという。

 誰かがやり始めれば、真似をするようになるのは世の常。

 出世の糸口を得ようと贅沢な弁当を持参するなど徐々にエスカレートしていき、さすがにこれは問題だと思ったのか、1735年には「食べ物や酒を持参し、人にも振舞うなどは殿中の礼儀にはずれている」ということで、「殿中に昼食時、詰めている役人には表の大台所で昼食を用意する。したがって、各詰所に食べ物などを持参してはならない」との命令が出されたとのことだ。

 では、今回はこの辺で失礼をば。
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