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夏目家にちなんで噺
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東京都新宿区にある喜久井町の名は、明治の文豪夏目漱石ととても縁が深いという。
夏目漱石は江戸時代末期の慶応3年に裕福な町方名主の家に生まれたが、この家の家紋が菊に井戸であったために、明治以後に夏目家の屋敷にちなんで”喜久井町”という地名ができたとのことだ。
菊を描く家紋は、本来は皇室の許可なしに使えなかった紋であったが、皇室に遠慮して菊紋を避けたのは上流の家だけで、事情を知らない中流以下の家で菊を意匠にした家紋を作った家はかなりあり、また明治時代になっても皇室のものと明らかに異なる菊紋は大目にみられていたので、漱石自身もこの家紋を用い続けたという。
なお、名主であった漱石の父が区長になった後、自宅そばの坂を「夏目坂」と名づけたとのことだ。
では、今回はこの辺で失礼をば。
夏目漱石は江戸時代末期の慶応3年に裕福な町方名主の家に生まれたが、この家の家紋が菊に井戸であったために、明治以後に夏目家の屋敷にちなんで”喜久井町”という地名ができたとのことだ。
菊を描く家紋は、本来は皇室の許可なしに使えなかった紋であったが、皇室に遠慮して菊紋を避けたのは上流の家だけで、事情を知らない中流以下の家で菊を意匠にした家紋を作った家はかなりあり、また明治時代になっても皇室のものと明らかに異なる菊紋は大目にみられていたので、漱石自身もこの家紋を用い続けたという。
なお、名主であった漱石の父が区長になった後、自宅そばの坂を「夏目坂」と名づけたとのことだ。
では、今回はこの辺で失礼をば。
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