よもやまメモ噺

いんじんリュウキ

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関東のシルクロード

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 関東のシルクロードといわれていたのは、東京都西部の八王子から町田を経由して神奈川県の横浜へと至る町田街道だ。

 この道が隆盛を極めたのは幕末から明治にかけてのことで、黒船来航を機に日本が開国すると、開港された港のひとつである横浜に輸出品として生糸が集められた。

 ヨーロッパでは生糸の需要が高く、質が良くて安価な日本産の生糸が日本の主力輸出品となったのだ。

 これに商機を見出したのが八王子の南にある鑓水村の商人たちで、養蚕が盛んだった八王子一帯はもちろん、群馬、山梨、長野といった関東近郊からも生糸を集め、町田街道を通って横浜まで運んで輸出品として売りさばいていったのである。

 このように関東のシルクロードは多くの商人の往来でにぎわったが、明治後半に新宿や神奈川方面に向かう鉄道が開通すると、生糸の運搬は鉄道へと移行していくことになり、同時にこの絹の道も廃れていったのだ。

 では、今回はこの辺で失礼をば。
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