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第1章 出会い
3.5 リベルト・アルバイン
しおりを挟む私、リベルト・アルバインがこのアルシュタイン国の第一騎士団に務めて、もう今年で5年目になる。色々あって、昨年に国王から騎士団長という役職をいただいたが、それから約1年が経ち、25歳となった今も生活は大きく変わっていない。
早朝に起床して、鍛錬に励み、日中は城下町での事件の処理や、アルシュタイン国周辺の偵察を主に行っている。
そして、今日はアルシュタイン国の北部に位置するウラル森林を訪れていた。
ウラル森林は、広大な土地に魔物が多く生息しているため、危険を犯してまで立ち入る人間は少ない。だが、それが人目を避けたい者にとっては好都合となり、これまでも密輸品の取引や人身売買の現場となることが多々あった。だからこそ頻繁に偵察を行っている地域でもある。
特に、この国で人身売買は重罪だ。手引きしたものは即刻打首となる。それは周知の事実であるというのに、未だ水面下で行われていることがここ一年ほど前から国内で問題となっていた。そして、先日人身売買を手引きしている犯罪組織が存在するという情報が入り、今日はその調査が目的だった。
特に目ぼしい手がかりは見つからないままかなり森の奥地まで進んだため、一度仮の拠点を設営して部下達に休憩を取らせようとしていた時、微かな悲鳴が耳に入った。それが聞こえたのは私のみで、隣で今回の報告書を記している部下にも聞こえなかったようだった。
私は部下数名に後をついてくるように声をかけた後、すぐに悲鳴が聞こえた方角に向かった。思っていたより距離があり、到着するまでにかなり時間がかかってしまった。もしかしたら、例の組織に関係しているかもしれないと思ったが、これではもう間に合わないかもしれないと、半ば諦めつつも一際大きい茂みをかき分けた。
すると、そこに居たのは黒曜石のような髪に、雪のように白い肌を持った1人の美しい男だった。男にしては小柄で華奢な体つきから、まだ14歳程だと思われた。
この世界では、髪色が暗いほど強い魔力を持つというのが常識だ。例えば、私の髪は色素の薄い金色をしているため、昔から魔法に適性がなく、剣を使った近接戦闘を得意としている。騎士団には、茶色や灰色の髪を持つ者は何人か所属しているが、こんな純粋な黒の髪は見たことがない。一体どれだけの魔力量を持つのか想像もつかない。
私が、つい不躾な目を向けていたことに気づいた時には、目の前の彼の漆黒の瞳もまたこちらを見つめていて、ドクンと鼓動が跳ねた。潤んだ瞳と、少し開いたままになっている口元があどけなくて、もう一度瞬きをした瞬間消えてしまうような危うさを感じた。光も通さないような漆黒の髪の束がほんのり赤らんだ頬にかかり、涙に濡れて頬に張り付いてしまっている。黒い髪に白い肌色という強いコントラストが、あどけなさの中に確かな色気を生み出していた。
赤くなった目元と、何者かに無理やり前を開かれたと思われる服の痕跡、そして何より人の目を惹く容姿から、彼は人身売買の被害者ではないかと考えた。もしそうだとしたら、色々合点がいく。
近くに他の人間の気配は感じない。彼はやっとのことで逃げ出してきたのか。こんな深い森で1人、どれだけ不安だっただろう。もう大丈夫だと声をかけ、幼い子にするように頭を撫でると、怖かったと嗚咽を漏らしながら大粒の涙を零していた。
その姿が酷く痛々しくて、胸が張り裂けそうな思いだった。私がもう少し早く駆けつけられていれば、助けられたかもしれないと、強い無念感に駆られた。
横抱きで運んで拠点に向かう道中、組織の手がかりを掴めないかと、つい探るようなことを尋ねてしまったことを深く後悔した。辛い目にあったばかりで、つい先程まで大粒の涙を流して嗚咽に震えていたのを目の前で見ていたはずなのに、わざわざ思い出させることをしてしまった。
涙を見られたくないのか、自分の腕の中で、嗚咽を飲み込みながら、零れる涙を必死に腕で隠そうとしている姿を見ていると、心臓が握りつぶされたような気がした。
拠点に到着すると、すぐに部下に準備させていた服に着替えてもらい、軽く食事も用意した。食欲がないのではと心配したが、たくさん食べて、少し明るくなった顔色を見て、安堵した。
子供なんだからもっと食べなさいとおかわりを勧めると、もう大人だとだと言うので、歳を聞くと19歳だと言われて、すぐには信じられなかった。この国の成人年齢は16歳であるため、この子はもうとっくに成人を迎えていることになる。
しかし、外見は若く見えても、出会ってからの短い間、言葉を交わした中で、貴族の令息のような喋り方をすることが少し気になっていた。泣いている姿が印象が強くて気づかなかったが、落ち着いた言動で、食事のマナーも完璧で、明らかに平民のものでは無かった。
「君の家はどこだ?教えて貰えれば、すぐにでも送り届ける。」
もし、本当に貴族の子なら、捜索届が出されている可能性もあり、すぐに送り届けなければならないと、もう少し話してみたかったという本音は飲み込み問いかけたが、返ってきた答えに、まだ帰って欲しくないなどと、自分勝手に思ってしまった自分が恥ずかしくなった。
「……ありません」
申し訳なさそうに俯いて、ぽつりと零した言葉が耳に残った。
没落した貴族の子が、借金の形に売り飛ばされるというのはそんなに珍しい話ではない。これまで取り締まってきた人身売買の事件では、決まってそういった訳ありの人間が商品にされていた。
彼にどんな訳があろうと、自分の心はもう決まっていた。
もう、この子の涙は見たくない。自分が責任を持って、生活が出来るように常に近くで支援する。
これは公務とは関係ない。ただ、一度感じた庇護欲を落ち着かせる方法がそれ以外思いつかなかった。
決して他の邪な感情など持っていないと自分に言い聞かせながら、部下に私が保護することにした旨を伝えた。
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