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第1章 出会い
2.異世界
しおりを挟む小鳥のさえずりと、風に吹かれて揺れる葉音が心地よい。もう少し寝ていたかったなと思いながら瞼を持ち上げると、真っ先に視界を覆ったのは鹿の顔面だった。
そう、鹿。
「鹿?」
俺が仰向けで寝たまま固まっていたら、その鹿がべロリと顎からおでこまで俺の顔全体を舐めてきた。
「…ぅ、うわぁぁ!!!」
咄嗟に叫びながら起き上がると鹿の方が驚いて飛び上がり颯爽と走り去っていった。
ここはどこだ。
ついさっきまで、あの金髪の先輩に………
と思い出したら吐き気を催してきた。
気分はまだ優れないけど、一刻も早くこの状況を理解する必要があるはずだと人間としての本能が告げている。まず辺りを見回してみると、豊かな緑に包まれた森ということしか分からなかった。
次に、なぜこんな森で寝ていたのか考えてみると、圧倒的な心当たりが1つあった。
最後に聞こえた女性の声は、最後に私の世界においでと言っていた。それは、「異世界転移」という巷で流行りだった設定に近い状況だった。先日読んでいた漫画でも描かれていたから何となく分かった。
そんなことが本当に起こっているなんて、にわかには信じ難いが、現実であるとこの状況が物語っている。
もし、本当に異世界転移したとして、森の中にひとりきりでこれからどうやって生きていけばいいのか。
あの時 聞こえた声の主は、もしかしたら女神様だったのかもしれない。でも、だとしたら、本当に身勝手な神様だ。頼んでもいないのに勝手に連れてきておいて、こんな森に放置して。
普通の現代っ子でサバイバルスキルなんて持ってない俺は、このままここで動物に食べられて死ぬか、餓死するのを待つだけだ。
異世界転移するような物語では、神様が主人公に異世界で生き抜けるような特別な力を与えていたけど、俺は特に何か貰った覚えはないし、そもそも神様と直接会ってすらいない。
段々状況を飲み込めてきて、同時に虚しさも増してきた。立つ気力も湧かなくて、体育座りで丸まったまま、どんどん零れてくる目元の水分がズボンに染み込んで大きなシミを作っていく。
「…ぅ」
しばらくそうして目を腫らしていたら、近くの大きめの茂みが突然ガサガサと音をたてた。
「…?」
頭が真っ白になった。
動物だったらまだいい。しかし、ここは異界の地だ。どんな化け物が出てきてもおかしくない。
恐怖で腰が抜けてしまい、ぶるぶる震えながらただ茂みの中の何かが顔を出すのを待つことしか出来ない。
あの時も俺は逃げられなかった。いざと言う時に力が抜けてしまうという自身の欠点をこんな短期間で2度も味わうことになるなんて、笑えるな。
自分の身に次々と降りかかる災難に、もう呆れるしかない。あの時金髪の先輩には、身体を触られたが、そのままあの場所に居でも、殺されはしなかっただろう。でも、今は違う。飛び出してきた化け物に、すぐに食い殺されるかもしれない。
今にも獰猛な鳴き声が聞こえてくるだろうと、体育座りだった姿勢を崩して後退りしたまま身構えた時、聞こえてきたのは人の声だった。
「おい、誰か居るのか?」
そして茂みから姿を現したのは、動物でも化け物でもなく、人間の男だった。
人だ。それも、鎧を身にまとい、腰に剣を差した、凛々しい顔立ちと、木漏れ日に反射してキラキラと輝く金髪に、深いワインレッドの瞳を持つ、まるでおとぎ話の騎士様のような男だった。
「……」
「……」
お互い見つめあったまま固まること約数秒後、先に口を開いたのは男の方だった。
「遠くから悲鳴が聞こえたので駆けつけたんだが、君は…」
彼は俺を見て目を見開いて動揺している様子だったが、すぐに表情を引き締め、自分が羽織っていたフード付きのコートを脱いで俺にかけてくれた。
「…しばらくこれを羽織っていてくれ。怖かっただろう。もう大丈夫だ。」
まるでおとぎ話の騎士様のような男は、そうして俺の頭を優しく撫でた。
彼は会ったばかりで、お互い何者かは分からないはずなのに、どこかで会ったことのあるような安心感があった。そして、俺の頭をすっぽり包める大きな手のひらのぬくもりを感じた時、これまでの張り詰めた糸がプツっと切れた。すると、それまでびっくりして引っ込んでいた涙が再び溢れ出してしまった。
「…っ、…こわかった」
思わず零れたのは、本当はずっと言いたくて、でも口に出してしまったらどんどん気持ちが沈んで、取り返しがつかなくなりそうで、胸の内に押し込めていた言葉だった。
「もう大丈夫だ」
突然泣き出したよく知りもしない人間を彼は何も聞かずに、ただ優しく頭を撫でて、慰め続けてくれた。
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