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イヴァンのお話 その五

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会場に着くと、扉の前で一呼吸置く。

中はすでに電気がついているようで、扉の隙間から灯りが漏れ出ていた。

ガチャリ

イヴァンは扉を開き中に入る。
パーティーも終盤で先程より幾分、人が減っているが、それでもまだたくさんの人が残っていた。

・・・・だが、何だか様子がおかしい。

多くの人が一箇所に集まり、なにやらザワザワとしている。
人混みの中進んでいくと・・・・


「それ、返してください。」

人だかりの中央にいたのはリーベと・・・・なんとハルだった。

何でハルが?

そう思っているうちにハルが再び口を開く。

「返してください。」

手を前に出し、しきりにリーベに何かを返すよう要求している。

「僕がもらったものです!王太子妃様には関係ないのでは?」

気の強いリーベも負けじと言い返していた。

なんなんだ、この状況・・・・。

「あげてないです。騙して取ったんでしょう。」
「酷い!!言いがかりはやめてください!」

リーベが涙をこぼし始めるが、ハルは動揺することなく冷めた目でそれを見ていた。


「ゼノウ様、こう言ってますけどあげたんですか?」

ハルが冷たい目のまま、ゼノウのほうに顔を向ける。

「いや、あげた覚えはない。店に行くついでに返品してくれるというから渡したんだ。ハルの言う通り、悪いが返して欲しい。」

ゼノウの言葉にイヴァンは息を飲んだ。

もしや・・・・髪飾りの話か?


その時だった、ゼノウと目が合い、イヴァンの存在に気づかれた。
その瞬間、ゼノウの顔がなぜか苦悩に歪む。


「イヴァン!!ごめんな。本当にごめん!!」


ガバっと抱きしめられると、痛いくらいに締め付けられる。
耳元で「ごめんごめん」と繰り返すゼノウ越しに周りを見ると、周りにいるほぼ全員の視線が自分に向けられていた。

「おい、ゼノウ。目立ってる。一旦離してくれ。」

そう言ってもゼノウは腕を解く様子がない。


「ごめんな、イヴァン。ハルに聞いたんだ。髪飾りのプレゼント、楽しみにしててくれたんだよな?それなのに俺ってやつは・・・・」

ハルのほうを見るとゼノウを未だに冷たい目で見ていた。
なにやら相当怒っているらしい。

「一体、何が起こってるんだ・・・・?」

「この方がゼノウ様に嘘ついて、髪飾りを横取りしたんです。そんな嘘に騙されるゼノウ様もゼノウ様ですけどね。」


まさかあのハルがゼノウ相手に毒を吐くとは!!イヴァンは驚いたが、ゼノウはシュンと体を縮めた。




ハルが言うにはこうだ。

イヴァンが広間を出た後、大きな声が聞こえたため、ハルがゼノウに「どうしたんですか?」と声を掛けた。

ゼノウは「イヴァンにプレゼントをあげたら急に態度がおかしくなった」と言う。

「あぁ、髪飾りあげたんですね。」とハルが返すと「いや、あげたのは香水だ。」とゼノウから返ってきた。

そこでハルは異変に気付いたらしい。

ゼノウに詳しく話を聞くと、イヴァンのために青い髪飾りを買った、と。だが、店から出て道を歩いていると、たまたまリーベに会った。

ゼノウの手にある箱に気付いたリーベに尋ねられ、ゼノウは素直に「イヴァンへの月蘭のプレゼントで青い髪飾りを買った。」と答えた。

すると、「月蘭のプレゼントに青いものは御法度ですよ」とリーベが教えたらしい。
ゼノウがそれなら代わりのプレゼントを探さないと!、と焦っていると「オメガの間で流行ってる香水をあげればイヴァンも喜ぶ」とリーベに耳打ちされたらしい。


手元に残った髪飾りをどうしようかと考えていたゼノウに「ちょうど店に行くところだから返品しておく」と申し出たリーベを信じて、髪飾りを渡した。と・・・・。



「そうだったのか・・・・。」

「イヴァンごめんな。ハルに言われたんだ。『人から勧められたモノより心を込めて選んでくれたモノのほうが何倍も嬉しいに決まってる』って。
その通りだと思う。
・・・・あの髪飾りイヴァンに似合うだろうって時間かけて選んだんだ。
御法度だろうとなんだろうとあれをあげるべきだった。」

「ゼノウ、私こそすまない。くだらない嫉妬で傷つけてしまった。リーゼは私にないものをたくさんもってるからゼノウが彼に惹かれてしまっていたら、と考えると怖かったんだ。」

少しだけ体を離すとイヴァンとゼノウは見つめ合う。
ゼノウの瞳は白よりの灰色で、白銀に光る月とよく似ている。

外で煌々と輝く月より遥かに綺麗だと、イヴァンはゼノウの目元を撫でた。

「俺が愛するのは今も昔もイヴァンただ一人だ。イヴァン以外に心惹かれたことなど一度もない。でも、嫉妬してくれて少しだけ嬉しく思ってしまった。」


「するさ。ゼノウは魅力的だから、みんなを魅了してしまう。ゼノウがもっと魅力的じゃなければいい、私だけが知っていたい・・・・なんていつも思ってるんだ。狭量だろ?」

「そんなことはない。イヴァンがそんな可愛いことを考えていたなんて・・・・嬉しいよ。」



「・・・・二人とも、忘れてるかもしれないけど、ここパーティー会場のど真ん中だよ。」

完全なる二人の世界に割って入るように、レオが呆れた声で言った。

ハッとして、イヴァンは咄嗟に周りを見渡す。
生暖かい視線がいくつも集まっていた。


「これで分かりましたよね?二人は愛し合ってるんです。ということで、それ返してください。」

ハルは諦めず手を出す。

リーゼは「チッ」と小さく舌打ちすると、髪飾りをパチンと外し、床に放り投げた。

「別にそんなのいらないし。欲しいなら拾ったらどうです?」

ハルが屈んでそれを拾おうとした時、リーベが足を持ち上げた。

バキリッ

リーベの足に踏み抜かれた繊細な作りの髪飾りは装飾が折れ、バラバラに壊れた。
もう直りそうにないほどに・・・・。

「ふんっ、あなた程度の人がレオ様の相手だなんて。大体、床に屈むなんて王太子妃の自覚がないのでは?向いてないですよ、あなた。」

リーベの本命は昔からレオだ。
最初はイヴァンへの嫌がらせのつもりだったのが、途中から矛先がハルに向いていた。

ハルは何も言い返すことなく、無言でバラバラになった髪飾りを拾い集める。

一瞬の静けさの後、会場中の空気が一気に張り詰めた。
空気が重い。体に緊張が走り、無意識に手足に震えが走る。
強いアルファの威圧だった。


「お前、ハルになんて言ったの?」

一歩、また一歩とレオがリーベに近づいていき、リーベはそれに合わせて後ずさる。

周りの人間でさえ威圧で肌がビリビリするほどだ。
直にそれをくらっているリーベは恐怖で息を吸うのも難しく、ハクハクと空気を求めて喉を掻いた。

「お前ごときが、俺のハルになんて言った?って聞いてるんだよ。早く答えて。」

目前に迫ったレオを前にリーベは立ってることができず尻餅をつくと、その拍子にズボンの前を濡らしてしまった。

「レオ様その辺で。僕は気にしてませんから。」

ハルがレオをそういなすと鋭い視線のままレオがハルに向き直る。
それから少しの間、二人は無言で視線を交わす。
周りはその様子を緊張した面持ちで見つめた。


「・・・・ハァ、ハルは優しすぎるんだよな。まぁ、そこも好きなんだけどね。」

そう言うと、レオはニッコリとハルに向かって微笑む。
その瞬間、すっかり威圧はなりを潜め、周りの人間もホッと息を吐いた。


「僕はいいんです。僕は。でも、イヴァン様にしたことは許せない。
イヴァン様は本当にあの髪飾りを楽しみにしてたんですよ。なのに、青いものが御法度なんて嘘までついて・・・・。本当は香水のほうが御法度なのに。
イヴァン様に謝ってください。」

ハルがここまでキレている姿なんて初めて見る、とレオは瞳を輝かした。

「怒ってるハルもすごい可愛い。」

蕩けた笑みを浮かべるレオに対し、周りのドン引き具合が凄まじい。


ハルに迫られたリーベは未だにガタガタと震える体を自身で抱き締め、「イヴァン、悪かった・・・・」と消えそうな声で言った。


「あぁ、過ぎたことだ。ただ、リーベももしゼノウが好きなら今度は正面から勝負しよう。もちろん、私も負ける気はない。」

さすがにレオとハルにすでにコテンパンにやられているリーベをこれ以上責める気にはなれない。

イヴァンはリーベの腕を取って、引き起こすと自身の上着を肩から掛けてやり、近くにいた使用人に休憩室に連れて行くよう指示を出す。
リーベも大人しくそれに従い、会場を後にした。


レオは手をパンパンと叩くと、笑みを浮かべ、すっかりいつもの調子に戻って言った。

「さて、煩くしてしまって申し訳ない。パーティーの続きを楽しんで。」


そうは言われても、その後のパーティーは先ほどの出来事の話題で持ちきりだった。

「ゼノウ様とイヴァン様のお互いを思いやる姿素敵だった。」
「それよりブラックレオ様がかっこよすぎたよね。僕ゾクゾクしちゃったもん。」
「あの威圧の中、飄々としてらしたハル様も凄かった。」


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