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オリバー•ハミリオンの場合
しおりを挟む「来ましたね。さっさと始めましょう。この後もまだ仕事が残っています。」
中隊長様の次の日は宰相補佐様だ。
ハルが今、週に6日王宮通いしているのも元はこの人がきっかけである。
3人の中で一番手強いのもこの人だ。
……なんせ体が固すぎる。
週に2度も施術してるというのに毎回肩から背中にかけての筋肉、腰、股関節がガチガチに凝り固まっているのだ。
だからよくギックリ腰になって緊急で呼び出されることもある。
「あーー、利く!そこ!そこの肩甲骨の上をもっとゴリゴリしてください!」
ハルは指が抜けそうなほど力一杯解していく。
宰相補佐様は明らかに椅子に座りすぎている人の症状だ。
一日中同じ姿勢を維持し続けて筋肉が悲鳴をあげている。
一体この人は1日何時間仕事をしているのだろう。
といつも疑問に思う。
ハルとの出会いだって、街に視察に来ていた宰相補佐様が久しぶりに歩き過ぎたことによってギックリ腰になったのがきっかけだ。
宰相補佐様は王太子様や中隊長様と同い年らしいのでまだ20代半ばのはず。
にも関わらずギックリ腰だ。
ただでさえ、若い人など滅多にこない按摩指圧治療院に、顔の整った身なり良い青年がおじいさんのように腰を折り曲げ、よたよたと入ってきたのである。
それはそれは吃驚した。
今回も3人の中で一番時間をかけて丁寧に筋肉をほぐしていくと、なんとか人並みの柔らかさになった。
頭の使い過ぎか慢性頭痛までお持ちなので、頭皮のマッサージも忘れない。
この後も仕事があるということで血行がよくなりすぎないように手の温度は少しひんやり感じる程度にする。
体が温まりすぎると眠くなるから。
「あー、今日もよかったですよ。この後も頑張れそうです。」
肩を回しながら、宰相補佐様は美しい顔に笑みを浮かべた。
細い銀フレームの眼鏡はスタイリッシュな宰相補佐様によく似合っている。
「ところで余計なお節介かもしれませんが、ハルのその服……さすがによれ過ぎでは?」
あぁ……とうとう言われてしまった。
丁寧に優しく手洗いまでして大事にしていたが、二日に一度という高頻度で着ているためか、すでにハルの服は寿命を迎えていた。
だが、替えの服を買うお金がない。
言われるまでは気にしないでおこうと思っていたが、とうとう言われてしまえば対処せざるを得ない、、、
「というか言わないでおこうと、ずっと心にしまっておきましたがそもそも似合ってないです。
デザインが古臭過ぎますし、その無駄なレースなんなんですか?ヒラヒラする度に引きちぎりたくなります。」
……さすがに言い過ぎである。
ちょっとだけ傷ついた。しかし、古臭いのも似合ってないのも、レースがひらひら邪魔なのも否めないため何も言えない。
「ごほんっ、そこで、まぁ……庶民の君には服一枚とっても大きな買い物だと思いますので……わ、私の昔の服をあげましょうか。君さえよければですけど。」
「欲しいです。ください。」
いつもボソボソ話すハルが珍しく光の速さで受け応えするのを見て宰相補佐様は目を丸くした。
「そっ、そうですか。分かりました。
君のほうが私より少しだけ……ほんのちょっーとだけ体躯がいいので君用に少しだけ手直しします。
次の施術の日には出来上がってると思いますので、その時持ってきます。」
「ありがとうございます、宰相補佐様。」
「別にお礼を言われるほどのことでは……。」
珍しく口元に笑みを浮かべたハルを見て、宰相補佐様は照れ臭そうに頬をかいた。
宰相補佐様は一見冷たそうに見えるし論理的な方なので口調も怖く感じる時があるが、心根はとても優しいのだ。
さながら、誇り高きボーダーコリーとでも言っておこう。
初めて治療院に来た日もハルがオメガだと分かって、一度は帰ろうとしていた。
万が一にでも番になってしまうと困るため、貴族のアルファは準備もせず自らオメガに近づくことは滅多にない。
だが、たまたま待合にいたお年寄りがハルの特殊性質のことを話したらきちんと信じてくれた。
貴族が庶民の言葉に耳を傾けること自体珍しいというのに。
宰相補佐様はきちんと物事を自身で判断できる方だ。周りに流されることがないため彼が宰相になった暁には、素晴らしい采配で国を引っ張っていってくれることだろう。
その日は服代が浮いたことにハルはホクホク顔で帰路に着いた。
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