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8 私はまんまと誤魔化されました。
しおりを挟むあの現象はアレ一回きりで、それ以降はまた体に傷をつくる黒さんを拭いて、食べさせて、治して、話して、の日々だった。
でも、それもある日突然終わりを告げる。
「お前、明日はここに来るな。」
いつもより怪我の少ない黒さんが珍しくそんなことを言い出したのだ。
コツンコツン
2回踵を鳴らす。
2回鳴らすのは『No』の合図。
だって黒さんに会いたい。なのに、なんで来ちゃだめなんだろう。
「ダメだ。絶対に来るな。明日はできれば家からも出るなよ。分かったか?」
コツンコツン
分からない。なんでそんなこと言うの?
「俺はもうここを出てくから。別の遠い場所に移るんだ。すごく遠いからお前は来れないし、明日来ても俺はいない。移動先はここよりいいところだから心配すんな。・・・・今までありがとな。」
そう言って黒さんは笑う。
せっかく仲良くなれたのに・・・・。怖がらないで話しかけてくれた唯一の人なのに・・・・。
お別れは悲しい。
もうずっと忘れてた寂しいという感情が心から溢れ出て、涙となって流れ落ちる。
…………ポタ ポタ
床に幾つも落ちて染みてゆく。
「泣くなって。な?」
そう言って黒さんは今度はちょっと困った様に笑った。
「なぁ、お別れのプレゼントがてら一個頼みがあるんだけど、いいか?」
コツン
「最初の頃やってくれたみたいに、口移しで花の蜜飲ませてほしい。」
コツン
涙は全然止まらないけど、グイッと袖で強引に拭うとココ花の蜜を吸う。
トロッとした蜜が口に広がり、それを飲み込まないようにして黒さんの頬に手を添えた。
上を向いた黒さんと唇を合わせると、徐々に蜜を送り込んでいく。
黒さんがゴクリと飲み込んだら終わりだ。
だけど今日は、もっと、、、とねだるように黒さんの舌が私の口の中に侵入してきた。
私の舌の上に残る甘い蜜を余すことなく舐めて絡めとっていく。
歯列をなぞり、溢れ出た唾液を飲み干していく。
「……もっとくれ」
唇を離すと刺すような強い眼差しでこちらを射抜く。
逆らうことを許さないようなその鋭く光る瞳は、見えていないはずなのに真っ直ぐこちらに向いている。
蜜を追加で口に含むと、再び唇を合わせた。
今度は蜜を流し込む前に黒さんの舌が絡め取っていってしまう。
私の舌まで自身の口の中に吸い上げると優しく甘噛みをしたり、舌先でチロチロ舐めたり、かと思ったら器用に巻き込み絡めとる。
時折漏れる吐息や唾液の交じる音が牢内に響くことはない。
これは私だけの音。私しか知らない音。
溶けるかと思うほど深く唇を合わせた後、漸く顔が離れていく。
黒さんは自身の濡れた唇をペロリと舐めた。
「ごちそうさま。」
色気を滲ませた顔でかっこよく笑うものだから、つい顔が熱くなってしまう。
涙はいつの間にか止まっていて、上手く誤魔化されたのだと後になって思った。
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